喧嘩のち晴れ
国道を走っていた車が、高速道路へ入る。
「今日は、外を歩く時、サングラスしてよ」
国也が運転しながら言う。
「ん・・・。また、そのまま食堂に行ったりしたら、気づかれちゃうかなあ?」
乃菊は、懲りていないようだ。
「当たり前だよ。乃菊は、自分が思っているより、有名人なんだから・・・」
聞いているのか?
「ねえねえ、国也様。サービスエリアかパーキングに寄ってほしいの。週刊誌に私たちの写真が載ってるって、新聞の広告欄に見出しが出てたから、買って来る」
やはり、懲りていない。
「僕が買って来るから、乃菊は、車で待っててなさい!」
国也がきつく言う。
「嫌だ!国也様は、私を外へ出さないつもり?」
乃菊がふくれっ面になる。
「違うけど、せっかくの休みなのに、面倒なことになったら、二人の時間が少なくなっちゃうだろ」
何とか説得しようとする国也。
「本を買って来るだけだから。それと、おやつも・・・」
「しかたがないなあ・・・」
甘い国也は、すぐに乃菊に丸め込まれてしまう。
10分ほど走ると、パーキングエリアがあり、二人の車は、駐車場へ入った。
「サングラス、忘れるなよ」
国也が念を押す。
「はいはい・・・」
乃菊は、そう言ってさっさと車を下り、売店へ向かう。
「ねえねえ、あの子、ひょっとして、大人少女の・・・」
すれ違ったカップルの女性が、彼氏に話している。
「本当か?もう一度、見てみようか・・・」
乃菊は、二人がUターンして、後ろをついて来るのを感じた。
「あら、テレビに出てる子じゃない・・・」
今度は、おばさんにまで、勘付かれてしまう。
「どうしよう・・・」
乃菊は、商品の陳列棚をクルリと周り、出口へ向かう。
「国也様、やっぱり車に戻るから、鍵貸して・・・」
乃菊は、鍵をさっと受け取り、駐車場へ向かう。
「週刊誌買って来てね」
大きなサングラスをする乃菊が、笑顔で振り返った。その後ろ姿を見ていると、何人かのパーキングの客が、カメラや携帯を持って、乃菊を追いかけて行く。
「早く買って、出発しよう・・・」
国也は、売店で急いで買い物をし、乃菊の待つ車へ向かった。
「載ってるよ、国也様と一緒のところ。目線が入ってても、誰だかわかっちゃうね」
車は、東名高速から東海環状に入っていた。
「何か悪いことしてるみたいだなあ・・・」
乃菊は、一生懸命記事を読んでいる。
「結婚間近か!だって・・・。どうしてわかっちゃったのかな?」
国也の言うことを聞いていない。
「フムフム、悲劇のヒロインに春が来るか?・・・何だか嬉しくなっちゃう」
一人でにやける乃菊。
「しかし、ファンや業界は、許さないだろう・・・?どうしてよ!?」
今度は、腹を立てる乃菊。
「アイドルって、面倒くさいな。結婚も自由に出来ないんだ」
「じゃあ、やめようか」
冗談のつもりで言った国也だが・・・。
「やだ!国也様、婚約破棄するつもり?」
当然、乃菊は怒った。
「しない、しない、冗談だよ。ごめん・・・」
運転しながら謝る国也。
「今度、そんなこと言ったら、車から飛び降りちゃうから」
この乃菊の言葉に、国也がすぐに反応する。
「馬鹿!そんなことしたら、死んじゃうじゃないか!」
「死なないもん!」
乃菊が言い返す。
「死ぬって絶対!」
本気で馬鹿なことをしそうな乃菊に、ムキになって怒る国也。
「怒んないでよ、冗談なんだから・・・。ずっと一緒に居たいんだもん、そんなことしないよ・・・」
怒られた乃菊が、珍しく弱腰になる。
「冗談でも、そんなこと言うんじゃない!」
国也の怒りは、収まらない。
「ごめんなさい・・・」
助手席の乃菊は、横を向いて小さくなる。
「ごめんなさい・・・」
小さな声で繰り返す乃菊。頬に涙が零れる。
「乃菊、ごめん。言いすぎた・・・」
国也が、乃菊の様子を見て謝る。
「ううん、私が悪いの・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「ちょっと、トイレに寄ろう」
そう言って急にパーキングへ入る国也。
「外へ出よう・・・」
「トイレだよね」
「うん・・・」
二人は、駐車場の車から、トイレに向かう。
「出てきたら、そこで待ってるから」
国也が指さす所に、大きな看板があった。
「はーい」
二人は、分かれてトイレに入る。
「こっちへおいで」
先に出ていた国也が、看板のところへやって来た乃菊を誘導する。
「手を繋いでもいいですか?」
いつもより遠慮気味に聞く乃菊。車の中での言い争いが、まだ気になっているらしい。
「何、これ?」
乃菊が、目の前の建造物に声を上げる。
「展望台だよ」
二人は、スロープを回って上に歩いて行く。
「わあ、景色がいいよ!」
乃菊は、小走りで柵のところまで行く。
「早く、早く!」
乃菊が、国也を呼ぶ。
「下は、公園みたいだね」
「そうだよ、街もよく見えるだろ」
「うん、本当にいい景色だね」
カシャッ!国也は、持って来たカメラで、嬉しそうに景色を見ている乃菊を撮った。
「さっきは、ごめんね。きつく言いすぎた。せっかく二人で出掛けて来たのに、気分を悪くさせちゃって、・・・本当に、ごめん」
乃菊が、国也の腕を掴む。
「私が悪いんだからいいよ。気にしないで、もし喧嘩したって、国也様とだったら、それも幸せだから・・・」
国也は、乃菊の顎を指で持ち上げ、キスをした。
「行こうか・・・」
「うん・・・」
二人は、またスロープを歩いて展望台を下りる。
「誰かに見られちゃったかなあ?」
腕をしっかり掴みながら、乃菊が言う。
「いいじゃないか、見られたって」
国也が、乃菊の顔を見ながら答える。
「国也様、大胆。スキャンダル慣れしちゃった?」
「いや、やっぱり気をつけなきゃ・・・」
そう言って走り出す二人。車に戻るとすぐに出発した・・・。