謎の依頼者たち
人里離れた山の麓に、いつからあるのかわからない墓が集まった場所があった。
その中の一つは、名前さえ刻まれてない小さな墓で、なぜかそこだけには、いつもお供え物がある。
「この人は、私を騙して罪を犯させ、彼を奪って行きました。私が馬鹿だったことは、自分でもわかっています。でも、どうしても許せないんです。この人と一緒になっても、彼は、絶対に幸せにはなれません。だから、私が駄目でも、彼だけには、本当の幸せを掴んで欲しい。ただそれだけなんです」
線香の煙だけが漂う中、相手の名前が書いてある紙を置き、飛ばないようにその上に石を置く。そして手を合わせ、願いを墓に向かって伝える女。
「もしもその女を殺しても、お前自身に幸せは、訪れない。それよりも仇討の気持ちが大きいか?」
誰とも知れない返事が、女の耳には聞こえる。
「はい。私は、この願いさえ叶えば、死んでもかまいません。その方が、彼の負担になる女には、ならなくて済みます。お願いです、私の願いを叶えてください・・・」
女は、涙を流しながら拝んでいる。
「その心が真実であれば、お前の願いは叶うだろう。しかし、もし偽りがあれば、そなたを討つまで追って行く。その覚悟あるなら、その紙を燃やして去るがいい・・・」
女は、石が乗った紙に火をつける。もう一度手を合わせた女は、紙が燃え尽きると、立ち上がり去って行った。
時が経ち、また一人、名もない墓の前に座った。
「せっかくウザい奥さんが亡くなって、やっと私のものになると思ったのに、よりによってその妹が盗んでいくなんて、なんて残酷な世の中なのよ・・・。どうか、この悔しくて、苦しい私の思いを楽にするために、仇討をしてください」
墓の周りに霧が立ち込める。しかし、墓だけは、浮き立つように見えている。
「もし、お前の言葉に嘘があれば、必ずお前を討つ。それでも良いか?」
霧の中から聞こえる声の主は見えない。
「嘘じゃないから、必ず殺してください。全て、あの女が悪いんです」
そう話した女が、言われるままに紙を燃やし、去って行く。
「お疲れさまでした!」
東海地方出身歌手専門の歌番組『新ガー東海ソン宮』の収録が終わり、大人少女23のメンバーは、楽屋に戻った。
「のぎちゃん、大丈夫だった?」
ドレッサーの前に座った乃菊の後ろに、亜美がやって来た。
「やっぱり病気で寝てたって、おじさんが白状したから、今日の収録が無事で良かった」
亜美は、乃菊の肩を揉む。
「本当に無理しないでね、のぎちゃん。駄目な時は、羽流希さん、あ、社長に頼むから・・・」
隣に座るみおんも気に掛ける。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。とっても元気だから」
乃菊は、両腕を上に上げて、ジュリアのように力こぶを作る。
「力こぶは、こう作らなきゃ」
ジュリアがやって来て、右腕を曲げて力こぶを作る。
「うわー、本物だあ・・・」
乃菊がジュリアの腕を掴む。
「元気だ、元気だ。のぎちゃん、元気で良かった」
亜美は、一安心する。
「あっ!」
椅子に座ったっままふらついた乃菊は、ドレッサーの上にあったチークブラシなどを入れてあったコップを、床に落としてしまう。
「のぎちゃん、大丈夫!」
そのまま後ろへ倒れて来た乃菊を、亜美が支える。
「ソファに座らせて!」
ジュリアも加わり、亜美とジュリアが、乃菊を抱えて、反対側の壁際にあるソファへ連れて行く。
「みおん・・・」
意識がもうろうとしたまま運ばれる乃菊の目に、床に落ちた化粧道具を拾うみおんの姿が見えた。そして割れたコップの破片を拾おうとする。
「駄目!」
乃菊は、叫んだつもりだが、声が出ていない。
「あっ、痛っ!」
みおんが破片の一部を拾おうとした時、大きく割れ残った底の部分から長く突きだしたガラスで、小指を切ってしまう。
「あ、血だよ!」
真阿子が、近寄ってみおんの手を見る。
「みおん、縁が切れちゃう・・・」
乃菊が、声には出ない思いを発する。
「私、傷テープ持ってる」
乃菊をジュリアに任せて、亜美がバッグを探しに行く。
「大丈夫だから、こんなの・・・」
そう言ってみおんは、小指を左手で握っているが、その隙間から血が流れている。
「少し酷いかも。亜美ちゃん、傷テープじゃ無理だよ。田沢さん呼んで来て、あ、それより連れて行こう!」
真阿子は、みおんを立たす。
「私が連れて行くよ。菊野ちゃん、心配しなくていいからね。みおんは、医者に連れて行くから」
ジュリアが、乃菊を寝かせて、みおんのところへ行き、真阿子と入れ替わって抱える。
「亜美ちゃん、行くよ。真阿子、菊野ちゃんを頼むね!」
ジュリアがみおんを支えながら歩く。
「うん、ちゃんと見てるから、早く連れて行ってあげて・・・」
真阿子が返事をする間に、3人は、楽屋を出て行く。
「みおん・・・」
ソファで、乃菊が呟いている。
「大丈夫だから、休んでなさい」
真阿子は、乃菊の横に座り、乃菊の頭を自分の腿の上に乗せる。
「みおんが・・・」
まだ、無意識にみおんの名を呼ぶ乃菊。
「心配しなくていいよ。乃菊ちゃんは、私が守ってあげるから・・・」
真阿子は、乃菊の頭を優しく撫でる。
「縁が、切れちゃう・・・」
意識のない乃菊が、涙を流しながら呟く。
「大丈夫だよ・・・」
真阿子は、乃菊の頭を持ち上げ、自分が顔を近づけて、そっと口づけをする。
「安心して、寝なさい・・・」
真阿子が優しく言葉をかけると、乃菊の表情が柔らかくなって、しだいに眠りにつく・・・。