真阿子の奮闘
・・・土曜日。
「乃菊ちゃん、元気になって良かったね。復帰してから、なかなか話す機会が作れなかったけど、どお、食事に行かない?」
“ど曜っと”の番組終了後に、司会のパッシー銀砂が、また乃菊のところへやって来た。
「いいですけど、真阿子と食事に行くつもりだったから、3人でもいいですか?」
少し渋い顔をしたパッシーだったが、気を取り直して言う。
「真阿子ちゃん、あ、ああ、いいよ・・・」
パッシーは、乃菊と初めて食事が出来ることを優先して、真阿子が一緒であることを了解した。
「パッシーさん、残念でしたね、離婚・・・」
乃菊の要望で、ひつまぶしで有名な、名古屋駅からほど近いかっぽう料理店へ、タクシーでやって来た3人。一番奥の座敷に座って、早速真阿子がパッシーに話しかける。
「あ、ああ、まあ、いろいろと事情があったからね・・・」
歯切れの悪い返事をするパッシーだが、彼の再三の浮気が原因なのは、真阿子にもわかっていた。
「パッシーさん、離婚されたんですか?」
まったく興味のない乃菊は、また聞いてしまう。
「あ、ああ、そうだよ。だから、遠慮なく声をかけてね、また食事に誘ってあげるから・・・」
離婚話を切りだされたが、パッシーが盛り返す。
「私だったら、離婚なんてしない。それに、そんな相手と結婚しないし・・・」
乃菊は、独り言を言う。
「いろいろと大人の事情があるんだ・・・」
パッシーは、何とか乃菊の気を引こうと、言い訳をする。
「私たちには、わからないね、乃菊ちゃん・・・」
真阿子は、乃菊の同意を得ようとする。
「あ、もしかして、パッシーさんが浮気して、奥さんに捨てられたんでしょ!」
乃菊は、冗談のつもりで言う。
「乃菊ちゃん・・・」
真阿子も、乃菊の冗談にならない冗談に、パッシーの顔色を窺う。
「あは、乃菊ちゃん、キツイ冗談言うね・・・」
顔が引きつっている。
「ああ、来た来た!」
乃菊は、仲居さんが料理を持って来たため、パッシーの話は、吹っ飛んだ。
「うわあ、美味しそう!」
料理を見て、眼を輝かせる乃菊。パッシーは、離婚の話が終わり、ホッとしたような、淋しいような、複雑な気持ちである。
「さあ、召し上がれ」
パッシーは、とりあえず乃菊に好印象を与えるべく、ご馳走のスポンサーであることを主張する。
「遠慮なく、いただきまーす!」
乃菊も真阿子も、今は恋愛より食い気である。
「どうぞ、どうぞ・・・」
乃菊の笑顔を見て、一先ず安心する。当然、以前から乃菊に気のあるパッシーは、乃菊の復帰を心待ちにしていて、声をかけるチャンスを狙っていたのだ。自業自得の離婚も、乃菊と付き合えれば、帳消しになると思っているのだ。
「あー、乃菊ちゃん、あの、噂になってる人とは、どうなの?」
パッシーは、以前から気になっていたことを聞く。
「おじさんのことですか?乃菊ちゃんが、復帰会見で言った通りですよ。おじさんとは、私たちも仲良しですから、二人の関係は、あの通りです」
夢中で食べる乃菊に代わり、真阿子が答える。
「そ、そうなんだ・・・。良かった・・・」
「えっ?」
真阿子が、パッシーの最後に言った言葉に反応する。
「あ、いや、元気になって、良かったって・・・」
そんな話じゃなかったはず・・・。
「そうですね。私たちも、乃菊ちゃんが復帰してくれて、すごく嬉しいんです」
真阿子は、話を合わせる。
「そうだよね。番組にも張り合いが出て来たからね」
つい本音を言ってしまうパッシー。真阿子は、それを聞いてニヤリと笑みを浮かべる。
「パッシーさんて、乃菊ちゃんのことが好きなんでしょ」
急に核心をつく発言をする真阿子。
「そ、そんなことないよ・・・」
一応否定するパッシー。
「みおんが言ってたんですよ、以前、乃菊ちゃんを誘ってたって・・・。番組内でも、乃菊ちゃんを意識してる対応するから、みんなで言ってたんです、絶対に気があるって・・・。それで、今日でしょ。ピンポーンです」
頭をかくパッシー。
「いやあ、ばれちゃったかな、ははは。真阿子ちゃん、内緒だよ」
と言いながら、乃菊の顔色を窺うパッシー。しかし、相変わらず乃菊は、一生懸命にひつまぶしを食べている。
「え、何か言いました?」
箸を止めて、パッシーと真阿子の顔を見る乃菊。
「いいのよ、乃菊ちゃんは、食べてなさい」
真阿子は、乃菊が話に加わらないように仕向ける。
「はは、乃菊ちゃんは、食事に夢中のようだね。・・・ところで、乃菊ちゃんは、僕のことを何か言ってた?」
壁側に向かい合って座っているパッシーは、身を乗り出して、真阿子にヒソヒソと話しかける。
「面白い人ですねって言ってましたけど、それ以上は・・・」
少し残念そうな顔をするパッシー。
「じゃあ、まずは、時々食事だけでも・・・」
真阿子を手懐けるつもりか・・・。
「社長から、スキャンダル厳禁だって言われてるんで、私と一緒なら、時々は、いいんじゃないかな・・・」
真阿子もパッシーの顔色を窺う。
「あ、そう・・・。まあ、いいか。スキャンダル厳禁ね・・・」
歯切れの悪い言葉が続くパッシーだが、自分もスキャンダルを経験して、多少痛い目にあっているので、納得するしかない。
「美味しかったです。ご馳走様でした」
乃菊は、有名店のひつまぶしに満足顔だ。
「乃菊ちゃんに喜んでもらってうれしいよ。また誘ってあげるから」
次を期待するパッシー。
「ありがとうございました」
乃菊と真阿子は、お礼を言う。
パッシーが会計を済ませると、待っていた乃菊と真阿子の3人で外へ出ようとする。
「あっ、携帯忘れて来ちゃった。先に外へ出て待っててください」
真阿子は、奥の座敷へ戻りながら、バッグから携帯電話を取り出し、メールの送信ボタンを押す。
「来るわよ」
料理店の反対側にあるビルの陰にいた亜美が、加納に言った。
「出て来たね」
料理店から乃菊が出て来た。続いてパッシーが出て来て、乃菊の横に並ぶ。
「とんだスクープだね」
そう言いながら、シャッターを押す加納。
「でも、のぎちゃんのことを悪く書いちゃ駄目だよ!」
亜美が加納に注文する。
「わかってるよ。パッシーの毒牙にかかるアイドルって、タイトルかな?」
亜美は、腕を組んで考える。
「あんまりパッシーさんを苛めても可哀そうだけど・・・」
亜美は、人が好い・・・。
「大丈夫だよ。彼は、慣れてるから」
写真を撮りながら、加納が答える。
「あ、真阿子ちゃんが出て来た。撮れたなら行こう」
亜美と加納は、すぐに退散して行った。
「じゃあ、駅で下ろすから、乗って行こう」
パッシーは、翌日に名古屋を出るので、一人でホテルへ向かう。乃菊と真阿子を駅で降ろすため、3人でタクシーに乗り込む。
「乃菊ちゃん、また食事お願いね」
助手席に座ったパッシーは、満足顔で言う。
「はい、今度は、みおんたちもお願いします」
「私も一緒ですよね」
乃菊と真阿子は、好き勝手に言う。
「あは、は、いいよ、いいよ、みんないいよ・・・」
もう乃菊さえいれば、誰がいようが関係ない!・・・と諦め顔のパッシーである。