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同じ心の呪いを  作者: 天野 さくら
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ウサギとライター



それから一週間、球技大会まで毎日放課後はその準備をすることとなった。




全体の話し合い以外は、同じ係の浅木と一緒に行動することが多く、物を用意したり当日の流れを確認したりしながら沢山話をした。




大半は大会に関することだったけど、たまに授業のことや好き嫌いのことなんかを話した。




浅木はどちらかというと理数系の科目が得意で、辛いものが好き。給食も時々食べきれない程の小食だけど、体格は身長は少し高めだが体重は標準程もない。




私は正反対で文系だし、辛いものより甘いものが好きだし、結構食べる方だと思う。身長はともかく、体重はその頃実は標準より重い方だった






そうやって知らない彼の事を知っていくのは、見えない宝物が一つ一つ増えていくように思えた。勿論想像通りの所もあれば、見かけによらない点に驚かされたり、他人を知ることで何だか自分の中身が広がっていくようでもあった。





でも話しても話しても、最初の印象は消えることはなかった。理数系・小食・薄い青が好き・球技ならサッカー派、彼を彩る個性の要素がこれだけそろってもやっぱり、水のような無色透明な人という印象が拭えなかった。それは彼が柔らかな物腰としゃべり方だからそうなのかと思ったのだけど、違う。




その柔和で何も感じない所が個性なのだと言われれば何も言い返せないけど、話しても話しても彼のはっきりした中身が捉えられなかった。





彼と2人になると緊張してたのは最初の2、3日で、最終日にはだいぶ落ち着いて話せるようになっていた。






そして、球技大会前日。





私たち二人は存外、暇だった。何せ資材係りは要するにタイムウォッチだの得点版だのの管理する係りだから、当日にならないと仕事らしい仕事がない。





進行役や審判の方が前日細やかな打ち合わせが必要で、盛り上がる彼らを後目に私たちはすることがなく1つだけ拝借してきたタイムウオッチで、どちらが先に10秒コンマゼロ秒ぴったりが出せるかというくだらない遊びをこっそりしていた。





思えば、私と浅木が親しくなれたのは、色んな要素があったとはいえこの一週間があったからだろう。





「あ、おしい。10秒04」





机には一応球技大会委員のしおりだの蛍光ペンだのそれらしいものを置いて、「話し合いしてます」な雰囲気を作っている。




「あぁ、おしいね」





そう言って私が浅木の手元のストップウオッチを覗き込んだ時だった。





「アレルギーって、治るもんなの?」






浅木が唐突にそう口にする。





「え、えっと……」





私イコール目が腫れている子という印象なのだろうか。そう言えばその一週間も嫌なことはそれなりにあったが、一度も泣かなかった。





「アレルギーっていうか、なる時とならない時があって……」





「ふーん。もう、ウサギじゃないんだね」




その言葉の意味をどう捉えていいのか分からない。顔を見られたくないから私は液晶の10秒04の表示を凝視したまま言った。





「だったら、今は何なのかな」






君と一緒に放課後を過ごすようになって、私は何になれたのだろう。





これが呪いの解ける始まりなのではないか。この幸せな一週間は私の中から真っ黒な気持ちを追い出して、何年かぶりに明日への期待に胸を膨らまさせた。




呪いが解けるのなら、私は何になって、何ができるのだろう。




「……ライター」




「……は?」




好意を寄せる異性の前とは思えない間抜けな声が出た。ライター、だって?





「ライター、とは?」




「うーん、なんとなく?」




そんなことを言われて困るのは私の方なのに、なんでそう言った浅木の方がちょっと困り気味の表情をしているんだ。




そのあと数回理由を尋ねたが、はぐらかされるばかりで何も言ってはくれずその日は解散となった。





明日は絶対成功させるぞ!!と盛り上がる空気の中、私一人釈然としないものを抱え学校を後にする。






ライター、と確かに聞こえた。あの火をつける道具だと。ウサギからライターならある意味大層な進化だ。




そしてやっぱり人間とはかけ離れている。





この理由を彼が明かしてくれたのは、彼と離れ離れになる少し前。この日から1年以上経ってのことだった。





最も、それと同時に知った事がライターのことなんかどうでも良くさせたのだけれど。








球技大会当日──






私は一晩中ライターの意味を考えていた。




燃やす、それとも使い捨て?など様々なことを連想したが、全く答えらしいものは出なかった。




私は大会そのものには百子と一緒にバレーに参加し、それなりに勝ち進んで大会自体は楽しかったのだが気分は晴れなかった。






今日で浅木とのつながりが終わりなんだ。






私のクラスのバレーチームは準優勝だった。その喜びに浸る間もなく、資材係りは片付けをしなくてはならない。






大会前が忙しい他の係りとは逆で、大会後の道具の片付けがこの係りの本業みたいなもんだと思う。




うちの学校の体育館は脇の階段を下りると半分地下になっている場所があり、そこがボールなどを置く倉庫になっていた。




道具を体育館の下のフロアの所定の位置に戻し、また階段を上がって残りの道具を取りに行こうとすると、




「いだっ」




フロアに上がったと同時に肩に軽い衝撃が走る。




痛みはそれほどでもないが、本当に一歩間違えてよろめけば今上がった階段を落ちていた。その事を思うと痛みからワンテンポ置いて身震いがした。





実行委員が空気をしっかり入れておいたおかげか、私の足元でバレーボールが軽く跳ねていた。私にぶつけられたのは、コレか。






そしてこれをぶつけたのは──





「あっわりーわりー」






右手を顔の横でひらひらさせながらニヤニヤしてる、斐川。コイツに違いない。





彼の後ろには高塚と戸田。いつぞやのメンツだ。ただ、違うのは浅木がそこにはいない。





「…………そう」





私は無視して隅に寄せておいた得点ボードを動かす。この錆びたボードと滑車のキコキコという音だけが唯一の私の味方だ。





「シカトしてんじゃねーよ」





言葉からすれば斐川が言いそうな言葉だが、そう言ったのは目をいつも以上にこじ開けた高塚だった。




そう言って彼女が威嚇するようにボードを強く叩くと、私の意に反してボードが一足先に階段を一気に2段程度落ちる。




あ、まずい。このままボードが階段を転がり落として壊すわけにはいかない。




貧乏ゆえか物が壊れるのを必要以上に悪く思ってしまい、手を離せば良かったものを私は何とか持ちこたえようとした。




が、ダメだった。重さを支えきれず右手を思いっきり引っ張られるような感覚がしたかと思ったら、その直後には全身に痛みと地下倉庫の床の冷たさを感じていた。




ホントに一瞬の出来事のようだった。ボードも私も階段から落ちたはずなのに、それらしい音が聞こえない。




とりあえず起きねばと顔を上げたら、階段上に真っ青な顔の高塚が見えた。




血の気が引いた顔に無理な二重瞼顔、この酷い行動も合わさって今まで見た人間の中で一番醜悪な顔に見えた。




彼女は私を落とすつもりなどなかったのだろう。だが、すぐに起き上がり私がほぼ無傷だと分かると、勝ち誇ったような顔になり





「勘違いすんじゃねーよ、このブス」





お前がな、と即座に脳内でツッコミが入れられたところをみると、運よく私は本当に大した傷ではないらしい。




そう吐き捨てると高塚は背を向けた。斐川と戸田の姿が見えないが一緒に去ったのだろう。





「得点ボードは……?」





幸い私の横に倒れていたそれも問題はなかった。




「どういうことだっての……」




そう言い、立ち上がろうとすると身体の左側面が痛んだ。




「左向きに落ちたのか……」





ボードを起こすと、何事もなかたように私は今まで運んだ用具を整頓し始める。




「これは5個でいいんだっけか……」




「あ、あれもついでに持って降りれば良かった」




「あれ、これどうやって仕舞うんだっけ」




「あぁ………」




いやに私、一人ごとが多い。





「…………なんなんだっての」





高塚が言ってた「勘違い」。それはやはり浅木のことだろう。よくあるパターンでは高塚は浅木のことが好きで、私に嫉妬してということか。






「あいたたたた……」






動かすと左肩が痛む。




ライターの意味がなんとなくわかった。ライターとは簡単に火をつけられる。



そしてその火で高塚を焚き付けるという意味だろう。この前高塚が私と浅木の会話を邪魔したのからしてそうだ。





浅木は恐らく高塚には興味はないのだが、私の存在が高塚には邪魔で余計彼への熱を上げさせる、焚き付ける元ということだろう。





「もう、ウサギじゃ、ない……」






いじめに近いことをされたことも、身体の痛みも何てことない。私が毎日受けてる苦痛に比べればゴミも同然。





私はウサギではない。高塚を煽って浅木に迷惑をかける一つの要因。そう気づいたのが、運の尽き。





幸せだった一週間が終わり、また暗い日々の幕開けだった。




不幸の前払い。幸せになるためには先に苦労をして、その代償に幸せがくる。





この一週間幸せだったから、今こんな不幸がくるのか。今まで私がこんな家に生まれついたのは、大きな幸せを買うための代償というわけではなさそうだ。




この仕合わせは、幸福と引替えではない。心のどこかで私が今苦しいから、その代償として浅木に会えたと思っていた。





やっぱり私は、どう足掻いても何も変わらない呪いをかけられているのか。





「ちょっと……」





何となしに見た得点ボードの得点部分が10-04だった。10秒04、あのタイムウォッチの数字。浅木と私が過ごした放課後の一部。





何だかそれがおかしくて、一人声を殺して泣きながら笑った。





こんなただの偶然さえ、何かの予兆か大きな意味を持たせてしまう自分が滑稽だった。






後で知ったことだけど、浅木は高塚に「会沢はさっさと仕事を終えて帰った」と嘘を吹き込まれていたらしい。







そうとも知らず、もしかして浅木が私を探しにきてくれるのではないか、とその時期待してる自分が痛々しかった。






そして私は今も期待、もとい妄想している。朝目が覚めたら、夜クタクタになってアパートのドアを開けたら、町に出かけたら彼が私を待っているのではないかと。





今の私のそれは妄想でしかない。期待とはこの時の私の状況のように、まだ可能性がある場合だ。今の私には、そんなものはない。








私はとうの昔に、最愛の人を見失ってしまった。




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