プロローグ//in a world
わたくし、さくやといいます。
まだまだお嫁にも行けない歳ですが、頑張ります。
のろ亀な私ですが、よろしくお願いします。
「何をしているのだ、この出来そこないがッ」
そんな声と共に響く、パンッ、というかわいた音。
その後に訪れる静寂。しかし、その静寂はただ静かなものではなく
嵐の前の静けさと形容するに相応しいものだった。
「貴様など生まなければ良かった。・・・千崎の恥さらしめ。」
男はそういい放ち、目の前の少女を汚物を見るかのような目でみる。
その男は名を千崎 誠と言った。
千崎家。それは今も九州の地で強い影響力を持っている旧来の名家の名である。
その力は、明治の一新よりも前から・・・秀吉の朝鮮出兵までさかのぼる家系図と共に、
今なお健在であった。
そして、その千崎家で継がれている2刀流の秘剣。
それを習得さえすれば、次期当主になれるとも言われるその剣を、今、実父にうたれた少女は、
16になっても、習得できないでいた。
「すみません。お父様。その・・・」
「その? その、何だというのか?」
高圧的に言う父の前で少女は文字通り硬直する。
そして、残酷にも誠は少女に言い放つ。
「ふん、なさけない。少し圧をかければすぐこれだ。もう・・・いい。
今晩は夕食抜きだ。・・・反省していなさい。」
「そ・・・んな。」
誠がそこを去った後少女-咲夜は静かに崩れ落ちた。
***
「はあ~・・・おなかへったな~。」
自室に戻った咲夜は、独り空腹にたえていた。
昼、夜と何も食していない胃は、もう、限界にきている。
咲夜は普段、昼食を食べることが出来ない。それは、学校でのいじめによるものだった。
毎日、学校が終わると同時に家へ走って帰っていた咲夜。クラスの者からすれば、彼女は異端である。 そして、つながるいじめへの道。
つまり、咲夜には、どこにも居場所がないのであった。
「・・・また、できなかったな。・・・私が、男の子だったらできたかな?」
千崎の当主は、歴代男性である。よって、咲夜は男になりたいとさえ思っていた。
そんな彼女の心の中では、一つのことがぐるぐると回る。
「私は、親を選べないのに・・・性別を選べないのに・・・なんで私はこんな所にいるのだろう」
と。
そう思う少女の上で、月は少女を見下ろしている。
「私なんて生まなければよかった、か~・・・。
だったら、生まなければいいのに・・・。そしたら、こんなに・・・こんなに苦しくなかったのに・・・」
少女の精神は長年の逆境の中で疲れきっていた。そしてついに、枯れたとさえ思える涙が、流れ出す。
「く、・・・くるしいよっ・・・な・・・んで。なん、で・・・私、こんな思いをしなくちゃいけないの?
うっ、くううっっっ・・・」
泣いている少女。月はそれをただゆっくりと見ている。
「もうっっ、やだっ。私こんなのっ・・・やだよ・・・。」
独り、静かに思いをさらけ出す少女。
今、少女が感じているのは、途方もない無力感。
こうして胸中を吐き出しても、何も変わらないのだという絶望感であった。
月はやはり見ている。今、にとらえられ、明日への希望をなくした少女を。
そして、ついに口を開く。
『あなたは、変わりたいのですか?』
「へ?」
少女は、一瞬何を言われたか分からず(最も、だれに言われたかも分からずだが・・・)とぼけた声を出す。しかし、疲れきった少女の精神は、この当ての知れぬ声に、温かさを、覚えていた。
そして、すがるように返事をする。
「は、はい。変わりたいです。」
返ってくる声。
『それは、今の暮らしをすべて失ってもですか?』
「はい。 ・・・むしろ、失いたい・・・」
少女の意志は強く、即答であった。
そして・・・
『わかりました。・・・では、私は、あなたのその願い。かなえましょう・・・。』
そういう声に、首を向けようとする咲夜。
しかし、それは、不可能であった。
「きゃっっ。なにこれ?」
突如現れた光の奔流。
ゆっくりと、ゆっくりと、咲夜を包む光。
「あ・・・れ・・・?」
少しずつ遠のいてゆく意識。
死、さえもかくごした少女は最期にこう思った。
(やっと・・・やっと解放されるんだね・・・)
花のような微笑みと共に・・・
END・・・プロローグ//in a world
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