吾輩は犬である 名前はもうある
吾輩は犬である 名前はもうある
……あるなら某文学作品の冒頭を借りるなとか、言わないでくれ。
作者の只の遊びだ。
吾輩は……なんてこの時代に言う若者がいるかってーの。
オレの名前はシバ。
格好いいだろう。インドの神様の名前だぜ?
「うん、柴犬だからシバっていうの」
……オイ、そこのねーさん。あっさりカミングアウトしてんじゃねーよ。
マジかよ、そんな事かよ。
だから俺が読犬新聞でコラムった時、笑いが起きたのかよ。
そうだよな、おかしいと思ったんだよな。
神様ならシバじゃなくて、シヴァだもんな。
日本人には発音が難しい、ヴァ、だもんな。
……ケッ
「そうなんですか、シフト制なんですね」
「あぁ、まぁ。流通業だと、土日休みはあまりないから」
いたく心を傷つけられた、傷心(あ、これかぶせてるな。同じ意味。例、頭が痛くて頭痛だ、的な?)の愛しい可愛いオレ様を無視して、飼い主のねーさんはほっぺた染めて目の前の男にふぉーりんらぶ中って、世知辛い世の中だよ。
少しは、オレを労われ。
ぶすっとして地面に丸まって一寝入りしようとすれば、耳の後ろを優しく撫でられてくはっとあくびが出た。
おぉ、飼い主的な事もしてくれるんだな、ねーさんや。
そんな事を思いながら薄目を開けたら、撫でてたのは男の方だった。
「……」
……女の手の方がいいと思うのは、人間世界でもきっと雄共通の思考だと思う。
まぁ、いいや。
目を伏せて寝に入る。
「ありがとう、シバくん連れてきてくれて」
そうそう。
飼い主のねーさん……ちなみに四人家族、他にとーさん・かーさん・にーさんがいる。
そのねーさんの会社の同僚の友達の……どうでもいいや。友達の紹介で会ったらしいっすよー。
もう聞きあきたんだよ、会社から帰ってくるなり延々とそいつの話!
しかも手にドックフードの皿を持ったまましゃべるもんだから、いつまでも待て状態!
オレを発狂させる気か!
で。今日はデートらしいっすよー。
まぁ、ねーさんはまだデートってわけじゃないの、とか言ってたけど。
告白するとかなんとか決意を固めてたけど、絶対無理だと思うね。
さっきから「お日柄もよく……」に準じた話しかできてねーだろ。
犬だったらなー
『ヤらせろ』
『イヤ』
くらいで終わるんだけどなー。
いや、一応切なくなるけど、まぁいいんじゃね?
昔みたいに、つがいになったからと言って一緒に住むとかできないからな。
愛玩動物世界は、世知辛いんだよ。
そのかわり、飼い主から愛情をもらって、飯ももらって、寝床ももらえる。
……スンバラシイィ!
だからオレ達は、飼い主が好きなんだよ。
家族が飼い主だからな。
とまぁ、褒められそうな事を言っといて。
つーか、オレ寝てねぇっ!
寝るつもりだったのに!
昨日はデート前日で眠れねぇとか言って、夜中に話しかけに来たんだよ。
このねーさん。
三時だぜ!?
寝させろよ!
当然夕飯の時にも聞かされてんだからさぁ。
犬の都合も考えやがれ。遠吠えしちゃうぞ!
「あ、お待たせ~」
するとなぜか、女が一人乱入。
あれ? 二人でデートもどきじゃなかったの?
思わず顔を上げて様子を伺えば、男の横にちっちゃな女の子が立った。
「遅くなってごめんなさい、妹です」
ペコリと頭を下げる、妹。
男の妹ね、ふんふん。
つか、なんで名前言わないの?
「あ、いえっ。こちらこそっ!」
ねーさんが、頭を下げる。
ねーさん、何がこちらこそ? 主語述語ないよー。
『あら、あんたもしかしてシバじゃない』
『んあ?』
いきなり声を掛けられて、視線を目の前に移した。
そこにはオレと同じ犬種の、雌。
『ヤらせろ』
『バカじゃないの』
ははっ、こんなもんだぜ。ご主人様よぉ。
軽く言ってるみたいに思えるだろうけどな、結構傷ついてんだぜ、オレ。
『あんたあれでしょ? 読犬新聞のコラムに、インドの神様と同じ名前を授かったとかなんとか書いた、柴犬界きっての勘違いシバって』
『忘れろ、今すぐ忘却の彼方へ押し流せ』
がぁぁっ、一生の不覚!
顔を地面に伏せてぐりぐりこすり付けていたら、
「うちのシバ、ホント馬鹿だから。桜ちゃんは大人しくて、いい子ね」
飼い主が自分の家族を馬鹿にしていいのかぁぁっ!
『柴犬である限り名前にシバが付くなんて、日本人の名前の太郎と花子くらい一般的じゃない』
『いや、今、太郎と花子ってつけたら、ずげぇ希少だと思うぜ? ある意味、オレ好きだわ』
『あぁそうねぇ。私、蔵之介とか好きだわ』
『それ、俳優だろ? 名前でじゃねーだろ?』
そんな事をオレ達が言い合っていたら、妹はリードを男に預けるとそのまま帰って行ってしまった。
「可愛い妹さんね」
「生意気だよ」
あぁっ! なんちゅー、たわいもなさすぎな会話!
『ねぇ、あんたんとこの飼い主ってさ、うちのにーちゃん好きじゃないの?』
『あ? もしかしてにーちゃんもうちのねーさんのこと?』
聞き返せば、そのつぶらな瞳……いやオレもほとんど似た顔してんだけど……をぱちぱちさせて、呆れたようにため息をついた。
『好きなのに告白できないとか、話が続かないとか。ウザイのよねー、男なんだからもっとガツンと行けってのよ』
『ヤらせろ!!』
『お断り!』
ハートが粉々さ☆
『うちのねーさんも同じだよ。今日告白するとか決意ってたけど、どーみても無理そうじゃね?』
二人(二匹?)同時に顔を上げれば、もじもじと俯いてしゃべるねーさんと恥ずかしそうに目線を外しているにーちゃん。
『どうでもいいから、付き合ってくれないかなー。大体今日だってのんびり寝て過ごす予定だったのに、話が続かないから連れてこいって、散歩途中に妹ちゃんとともに呼び出されたのよ? もう少しでジャーキー食べれたのに!』
『いいな、お前んち。ジャーキーなんて、食わせてもらえねぇよ』
『話が脱線するでしょ? なんか手立てない? 私は家に帰りたいのよ、寝たいのよ、ていうか寝たいのよ!』
……どんだけ眠いんだ。
まぁ、でもそうだなぁ。
さっさとくっついてくれれば、オレも夕飯待て地獄から抜け出せるかもしれないってか。
『ふむ』
両腕を組んで(いるつもり、気持ち)、一計を案じる。
『よし』
『あら、何か考え付いたのね!』
『おう、任せろ』
スクッと立ち上がるオレ!
格好イイぜ、オレ!
『いざ!』
「えっ」
「うわっ」
『ぐるぐるぐる~とな』
『……え、シバ? 狂ったの?』
『違うわ!』
二人の周りを、勢いよく走りまわる。
あたりまえだけど、ねーさんがリードを持ってるわけで。
すると、どーなる?
「やっ、ちょっと!」
まぁ、オレ様座高は低いからな。
おなか周りじゃないけどな。
ふくらはぎから下が、リードでぐるぐるーっとな!
『完了!』
ぎゅっ、と纏めたリードを見上げて、すがすがしく叫んでみた。
ワンとしか、言葉にはならないけど!
「やだ、ごめんなさいっ」
見上げれば、真っ赤な顔をして男に謝るねーさんと、真正面からねーさんを抱き込む形になってる男の図。
『いい仕事したと思わねぇ?』
得意げに桜を見たら。
『流石シバ』
なんだろう、少しも褒められた気のしない口調だな。
「あ、いや。いいんだけど。その……リード貸してもらっていい?」
男の顔は、思いっきり照れて真っ赤になっとる。
口元ニヤけてるぞー。
うんうん、ねーさんには見えてないだろうけどいい感じだ。
「あ、はい……」
消え入りそうな声で返事をしたねーさんが、持っていたリードを渡すのとオレがくしゃみをするのがぴったし重なった。
「きゃあっ」
『っくしょーぃっ!』
ん? なんか日が陰ったぞ? 雨か?
『シバ!』
桜の叫び声(しつこいよーだが、ワンとしか言ってない)に顔を上げたオレは、ものすごい衝撃を受けて視界が暗転した。
******************
「シバの馬鹿!」
『早くくれ、エサくれ、ざけんなくれ』
ぐるぐるうなりながらも、エサはねーさんの手の中。
本日、夜も待て状態。
オレが気絶した理由。
それは、リードを渡そうとしたねーさんとくしゃみをしたオレ様の神憑り的ぴったり行動が、二人のバランスを崩したわけで。
オレの上に、二人して倒れこんできたんだってよ!
目、覚ました時、なぜか男の家にいて桜に教えてもらった。
ちなみに、ジャーキーももらったぜ!
しかも、二人はいい雰囲気になったみたいでさぁ。
柔らかく笑ってしゃべってるから、すげー夕飯期待してたのによ。
「なんであんな悪戯したの! 呆れられちゃったじゃない!」
『あー? 呆れてねーよ。むしろ感謝されてるよ。無条件で好きな女に抱きつけたんだぜー?』
「恥ずかしくて、顔合せられないじゃない!」
『はー? 次会う約束、目の前でしてただろ? 絶対、キスはかたいな! 覚悟しとけよ、このこの~』
「もう、シバなんて嫌いっ! お預け!!」
ねーさんは、エサの皿を持ったまま家の中に入ってしまった。
『え?』
思わず犬だってのに、目見開いちゃった。
『オレ、あんだけ頑張ったのに? エサ、エサくれぇぇっ!』
わぉぉぉん~~~
切ない遠吠えが、住宅街に響きましたとさ。
「シバ、うるさい!」
あぁ、世間様ってのは世知辛いねぇ……
思いついて書いてみました、第二弾。
口悪いな、シバ(笑