始まりは此処から
11/12日修正しました。
「おい、聞いたか? 勇者様が召喚されたって話」
「あぁ、聞いた聞いた。魔王討伐のために喚ばれたんだってな」
「勇者様は若い男女二人組で、かなりの美男美女らしいぜ」
「そうなのか!? くぅ〜、一度でいいからお目にかかりたいね」
そんな会話がそこかしこで聞こえる街道を一人の青年が歩いていた。
皮でできた薄茶色の上着に、上着と同じ素材の皮を使ったズボン、よれたローブを肩に掛けている。そんな、防御力より動きやすさを重視したような服装と、ギルドに加入している者なら誰でも所持している物と同じ型のバックパック。 腰にはそれなりに使い込まれたロングソードを履いている。 焦げ茶色の肩に掛かるくらいの長さの髪に、人族の平均的な身長よりも高いが、がっしりとした体格ではなく、かといって細いという訳でもない、中途半端な体つき。
顔は不細工ではないが人目を引く程、整ってもいない。
特徴を上げるのが難しい容姿だが、あえて他人と違う点を上げるとすれば、その目付きと雰囲気だろう。
やる気というか、覇気というか、凡そ生物が持ちうる活力と言ったものがほとんど感じられない、脱力に脱力を重ねたような雰囲気に、普段から眠たげで怠そうな目付き。瞳の色は髪と同じ色である。
そんな、なんとも言えない雰囲気の青年が依頼を終え、街に帰ってくると、至るところで先のような会話がなされていた。
(若い男女の勇者? 美男美女? 見た目が良いのと魔王討伐に何の関係があるんだよ。そもそも戦えるのか、そいつら。というか、情報規制とかしないのか……いや、わざとか?)
……まぁ、いいか。俺には関係ないからなぁ、早く依頼達成の報告をして寝よう。
つらつらとそんな考えをしていた青年だったが、軽い欠伸すると、すぐさまその考えを放棄した。
なんとも見た目を裏切らない思考の軽さだったが、青年にとってはそれも仕方のない事だった。
依頼内容である、魔物の一種【オーク】三体の討伐に向かった森は、青年が現在拠点としている世界で唯一、勇者召喚の儀式ができ、五大国の一つに数えられる〈ブレザリウス〉から徒歩で二日程の位置であったからだ。
〈ブレザリウス〉と森までの往復に四日かかる計算だ。討伐自体はすぐに終わったのだが、往復に青年の精神力を削られた。
普段なら近場の依頼で済ませるのだが、運悪く近場の依頼は全て他の冒険者に受注されていて、渋々と、本当に渋々と今回の依頼を受けたのだ。
新しい依頼がされるまで待つという手もあったのだが、金が底をつきかけていた青年には、依頼を待つ余裕はなかった。
一般的な冒険者からすれば、その程度の事で。と、馬鹿にされるかも知れないが。この青年を知っている者たちからすれば、次の日の天候を本気で心配する程度には珍しい事だった。
青年は街道の並びにある、様々な店の客引きの声を聞き流しながら歩き続け、目的地に到着した。
〈アルカディア〉
冒険者の登録や依頼の受付だけでなく、商工などの物流など幅広く、様々な事柄に精通するギルドである。
〈アルカディア〉という名前には夢や力を求める者の理想郷であれ、という意味が込められている。
ギルドとは、国の中にその本拠地を置いてはいるが、国営ではなく、独立した組織だ。国からの依頼があれば優先して受け付けるが、タダ働きは絶対にせず、依頼に見合った報酬が約束されなければ、例え軍隊に囲まれようとも依頼を受けない、という凄まじいまでの信念を持っている。
まぁ、商工業にまで手を広げているようなギルドを相手にそんなことをすれば、物流が滞り、民衆まで敵に回すことになるので、どれだけ馬鹿な国でもきちんと依頼をする。
それに、もし仮に軍隊を差し向けたとしても、ギルドに登録している、軍隊すらも壊滅に追い込む程の戦闘力を持つ、ギルドランクSの化け物たちに潰されるのが落ちだ。
ギルドランクはF〜Sランクまでの八段階あり、AランクのみAとAAの二つがある。依頼はギルドの審査によってランク付けがなされる。自身のランクを上げるためには、ギルドから出される昇格クエストを受け、それを達成しなければならない。そこに一片の例外もなく。ただ、実力によってのみランクを上げることができる。
依頼は、自分が持つランクより一つ上と二つ下のランクの物が受けられるようになっている。
青年はアルカディアに着くと、真っ直ぐに受付に向かい、
「ランクDの【オーク】三体の討伐完了した」
「はい、お疲れ様です。ギルドカードの提示をお願いします」
青年はギルドカードを取り出し、受付の女性に渡す。
「……確認が終わりました。こちらが報酬金、銀貨九枚になります」
青年は確認が終わったギルドカードと、報酬金を受けとる。
ギルドカードには倒した魔物の記録が残され、討伐系の依頼ではこの確認によって報酬が支払われるため、不正などは出来ない。
青年は報酬金も受け取り、意気揚々と──一部の知り合いにしか分からない程度だが──宿に戻ろうとしたが、
「あっ、ルーフさん! 戻ったら直ぐに自分の所に来るようにと、マスターが仰ってましたよ」
パッと、受付の女性が青年を呼び止め、言伝てを伝える。
「……オッサンが? なんで?」
「さぁ? 理由を聞いてみたんですけど、教えてもらえなくて」
受付の女性は小首を傾げているが、ルーフと呼ばれた青年は露骨に顔をしかめていた。 帰ってきたばかりで呼び出されたのもそうだが、〈アルカディア〉のトップである。ギルドマスターが自分を指名したことに嫌な予感を抱いているのだ。
ルーフの経験上、ギルドマスターに呼ばれた時はろくなことがなかった。
無視することも考えたが、早いか遅いかだけの違いで、結果は変わらない。そう、結論を出したルーフは、ギルドマスターのいるであろう執務室に向かい、罪状を言い渡される犯罪者のような気分になりながら、歩を進めた。