-初-
話は2週間前に。
「秋(しゅう)ちょっと話があるんだ」
父さんは俺を呼んだ。
「ん?どうしたの父さん」
父さんがこんなふうに俺を呼び出して話をするという事はなにかあるのだろう。仕事がらみか。
「実は父さんの仕事についてのことなんだ」
案の定仕事がらみだった。
「出張について?」
「ああ。そうなんだ。出張についてだ」
俺の父さんは仕事上出張が多い。1年で家に居る時間の方が短いのだ。
「実は……出張が今以上に多くなりそうなんだ。そして、出張先にいる時間も今より長くなりそうだ」
「そうなんだ。大変だね。父さん」
やっぱりこういうことか。
「ごめんな。秋。ごめんな……。だからな、お前を文秋(ふみあき)伯父さんの所に住まわせてもらうことにしたんだ」
これは予想できなかった。文秋伯父さんは確か……
「そうなんだ。えっと、文秋伯父さんって確か母さんの葬式のときに来たよね?」
父さんが少しよろめいた。母さんの話を持ち出したからだろう。
「……っん。ああ、そうだ。よく分かったな」
少し苦笑いを浮かべた父さんは話を進めた。
「それでな。9月下旬に伯父さんの所に行くことになった」
今は9月中旬。どうやらすぐらしい。
「そうなんだ。文秋伯父さんはいい人みたいだったから安心だね」
俺は出来るだけ笑顔で言った。
「そう言ってくれると嬉しいよ。伯父さんも喜ぶだろうし」
「うん。えっと、じゃあ転校とかについてはどうするの?」
俺は高校1年生。都立の高校に通っている。
「高校の転校となれば、受験とかしないといけないのかな?」
小中学校の転校とは違う。受験をもう一回受けることも考えられる。
「いや。その件については学校に電話で確かめた。受験もしなくても良いそうだ」
「え?」
これは以外だった。となれば、今通ってる学校よりは偏差値などといったものが低いのだろうか。
「実は文秋伯父さんの家はこっち都会じゃ考えられないほど田舎にあるんだ」
そういうことか。今自分は東京に住んでいる。東京の学校となれば、多少レベルが低くても他の県の中堅レベルなのだと聞いたことがある。自分は勉強が得意な方じゃないが、田舎となれば能力は足りているのだろう。
「学力が足りてるということ?」
「ああ。それもあるんだが、なにせ田舎の方だから座席数に余裕があるそうだ」
そんなに田舎なのか、と少し驚いた。
「しゃべった先生も良い人そうだったし、秋は人になじむのがうまいからあっちでもうまくいくさ」
「そうなんだ。それなら安心だよ」
とは言ったものの、俺が安心できるだけの要素は見当たらなかった。
「実はな、父さんも夏の頃に一回だけ行ったことがあるんだ。文秋伯父さんが住んでいる田舎の方に」
「そうなの?どんな感じなのかな?」
俺が聞いてみると、父さんは優しく微笑みながら言った。
「なんとも言えない温かいものがあるところだった」
「温かいもの?」
「ああ。温かいものだ。それしか言えない。胸にはそれはずっと残るんだが、父さんにはその説明は難しすぎる……」
「だから、秋自身で確かめるんだ。秋は分かるはずだ。温かいものを。胸に残るものを。そして、秋はついてるぞ。文秋伯父さんのところには9月下旬に行くんだから」
「ついているって何が?」
「秋(あき)だよ。全てが絵になる秋だ。紅葉の山は水彩画に、夕日は油絵に、赤蜻蛉(あかとんぼ)は版画に。その全てに哀愁と美を感じる」
「哀愁と美……」
その絵を見たときに俺は何を思うんだろう。そう考えた。
「あはは。少しかっこつけてしまった……。まあ、百聞は一見にしかずだ。実際に見てみないとその凄さは分からないだろう。それに父さんなんかが口で説明するとその凄さはもっとわからなくなりそうだ」
父さんは苦笑いしながら言った。
「澄んだ空気を吸い、絵を見るんだ。答えはすぐにでる。その先の答えも」
「その先の答え?」
父さんは微笑んだ。ゆっくりと俺の記憶に残るようにそう言って。
その後、父さんは明日の仕事に備えるために寝室へ行った。父さんが寝室へ行った後に俺は風呂に入った。俺は浴槽に浸かりながら、父さんが言った「答え」について考えていた。だが、今の俺にはもちろん分からない。今は何を考えても「答え」は見つからないだろう、と。それ以上考えるのはやめて、切り替えるように俺は手で浸かっている湯をすくって、顔を洗った。
そして、話は2週間後……、今に。
「それじゃ、420円。えっと、こんなこと聞くのも悪いけど、姉ちゃんどうしてこんな田舎に?」
バスの運転手は俺に訪ねた。
「あの。えっと……俺……、男です。」
「え!?ああ、いや、すまない。ん、んとそれで?」
「えっと……、こっちの方に伯父が住んでるのですが、父の仕事の関係でその伯父の家に住まわしてもらうことになったんです。それで、こちらに」
「なるほどね。いやあ~すまん。それが、このバスに乗る人なんて滅多にいないからさあ~珍しいもんだから理由を聞きたくなってね。そういうことかい。悪いな。それじゃあ、兄ちゃん頑張れや」
「はい。ありがとうございました」
俺はバスを降りて一礼した。ドアは閉まっていく。運転手はパフッっとクラクションを鳴らして右手を上げた。バスは走っていった。
「……。ま、まあいい。とりあえず、よーっうやくついたわけだ」
ちょっと傷ついたが、いつものことなので俺は深く考えなかった。とりあえず、ようやくの「よ」の部分を今、乗り物三昧でなまった体を伸ばしているのと同時に伸ばした。
この小説が初投稿となります秋ヶ好です。よろしくお願いします。誤字脱字等があった場合は指摘していただけると助かります。