夢扉
3歳の誕生日にパパが天体望遠鏡を買ってくれた。あの時は本当に嬉しかった。
「サブちゃんは宇宙飛行士になるのが夢だよね。」
ママはただいまも言わずにいきなり僕にそう言った。
僕は振り返ってママに
「お帰りなさい、ママ。」と言った。
ママの帰りが遅い時は、屋根裏部屋に設置している天体望遠鏡で星を見るようにしている。「もう遅いから寝ましょう。」「うん。」
僕達は2階の寝室に行った。
僕はお風呂に入った後にパジャマに着替えていた。
ママはスーツからパジャマに着替えて、ベッドに入った。「おいで。」「うん。」
僕は眼鏡を外してベッドに入った。
「でも僕遠視だからな。
それだと不利なんでしょ?」
「そんな事無いわよ。
今は簡単な手術で治せるのよ。
大人になったら受けましょうね。」「うん。」
こうやってお喋りしてる間にいつの間にか眠ってしまう。
目覚めるとママはもう出かけている。
ママは、パパが亡くなった後ピアノ講師をしながら女手一つで僕を育ててくれている。
と言っても家事は掃除しかしてくれないけど、僕の為に一生懸命働いてくれているから文句は言えない。
僕はパパの写真におはよう、と声をかけた。
SF好きな僕の為にママはリビングの横に、ホログラム室を作ってくれた。
そこは家事室も兼ねていて、自動調理器が朝食を用意してくれている。
僕は、調理器から朝食をテーブルに移動して、ご飯を食べる。
食べ終わったら食器を自動食洗機に入れて、パジャマを自動洗濯機に放り込んで、タンスから服を出して着て、リビングに戻る。
ホログラム室とリビングの境目には何も無いけど、僕はそこを夢扉と呼んでいる。
ランドセルを背負って家を出て鍵をかけ小学校に行く。
途中鈴木さん家の犬が僕に吠える。
僕は「サブおはよう。」と返する。
そう、この犬の名前はサブ。
僕は三郎なので、僕の渾名と同じだ。
授業は午前中で終わり、家に帰って昼食を取る。
その後は公園で友達とサッカーをして暗くなったら帰って夕食をとる。
ママがいる時はピアノを習う。
いない時はホログラム室で好きな飲み物を飲みながら勉強したり遊んだりする。
今日も夕食を食べた後、通信室に遊びに行った。
通信機器のボタンを押した後、マイクを握って言った。
「地球へ報告します。
船は任務を終え、地球に帰還する途中です。」
僕は画面に表示されている数字を見て言った。「現在位置宇宙座標はxxxx12507です。」
その時、ゴーンという物凄い音がして、宇宙船が揺れた。
コンピューターの音声が流れる。
「隕石衝突、隕石衝突。
通信機器の下に入って下さい。」
僕は腰を屈めて通信機器の下に潜った。
しばらくして船の揺れは収まった。
「自動チェックシステム作動中です。
安全に移動出来る事が確認される迄出ないで下さい。」
こんなシミュレーションは初めてだ。
面白いとは思ったが、幾ら待っても移動していいというアナウンスが流れない。
僕は痺れを切らして外に出た。
「まだ危険です。出ないで下さい。」
「ごめん、もう戻る。」
「危険です。動かないで下さい。」
音声は繰り返しそう言っていたが、僕は夢扉の方に向かった。
だが、夢扉の向こうはいつものリビングではなかった。
まずママが天井を歩いていたし、亡くなった筈のパパが座っていた。
鈴木さんの家のサブがいつもの三倍の大きさになって走り回っていた。
呆然と立ち尽くしていると、リビングはいつもの風景に戻った。
恐る恐る夢扉を通り抜け、リビングに入った。ママが座っていた。
「サブちゃん、ただいま。」
「さっき向こうから見たらこっちが変だっただけど。
ママが逆立ちして歩いてたし、パパが生きてたよ。」
「ああ、映像アルバム機能が故障したのね。でも何で夢扉に映し出されたのかしら。
後で直しとく。」
「ママピアノ講師なのに何でそんな事出来るの?」「ママだってそれくらい出来るわよ。」
「ねえママ、ママって一度もここで食事した事無いよね?」
「それは帰りに同僚達とレストラン行っているから。」「休日も何も食べないよね。」
「ダイエットしてるから。」
「………。
ママ、一緒に夢扉の向こうに行こう。」
僕は立ち上がって、ママの腕を引っ張った。
「サブちゃんやめて。痛い。」
僕は振り返って言った。
「痛みなんか感じないくせに。」
ママはため息をついて言った。
「わかったわ。本当の事を言うから。
椅子に座って。」
僕達は椅子に座り直した。
「そう、サブちゃんが言う通り、私はホログラムだから痛みとか感じないわ。
私はパパの数年後に死んだわ。
自分の人格をホログラムに投影しているの。」
「先生や友達も?」
「いいえ、彼らはコンピューターよ。
本当はこっちがホログラム室で、夢扉の向こうが現実。
この船は探査船で千年前に地球を出発したの。
中で結婚と出産を蹴り返して来たけど、ある時から何故か子供の数が減っていったの。
そこで、子供達の将来を考えてUターンする事にしたのだけど、宇宙船より少子化のスピードの方が速かったの。」
「そして最後の子供が僕なんだね。」
「そうなの。
私が死んでから自動操縦に切り替えたから小さな隕石は避けられなくなっちゃったの。
物凄く小さかったら影響無いからいいんだけど、中途半端なのが一番困るわ。
言い訳するけど、私のいとこ夫婦達にも何人か子供いたのよ。男の子と女の子も。
まさかその子達も病気で亡くなるとは思わなかった。」
「と言うことは今の地球ってここと全然違うのだね。」
「うん、これは21世紀末の日本を模しているからね。
元々ホログラム室って娯楽用に作られているから他のパターンもいっぱい有るけど、私達日本人だからね。」
「地球にはいつ着くの?」「200年後よ。」
「200年後!
それなら僕生きて帰れないじゃないか!
ここで一人で死ぬの?」
「そうよ。」「そんなの嫌だー。」
僕は家を飛び出して自転車に乗っていつもの道を猛スピードで走った。
途中鈴木さん家のサブが吠えた。
「うるさい!偽物!」と僕は叫んだ。
「コンピューター、僕のスピードに追いついてみろ。」
だが、幾ら漕いでも周りの風景は消えない。
「やっぱりここがホログラム室だなんてありえないよ。
幾ら走っても風景が途切れないじゃないか。」
ママが横に来て僕の肩に手を置いて言った。
「それはね、同じ風景を繰り返しているからよ。」「ママ、家にいたのに。」
「ここはホログラム室だからどんなにサブちゃんが移動しても床がずれるだけだから私と遠く離れることは出来ないわ。
次の瞬間、黄色と黒のタイルが貼られた大きな何も無い部屋になった。
そして次の瞬間、家の寝室に戻った。
ママはパジャマ姿になった。
いつものように先にベッドに入って僕を呼んだ。「早く寝ましょう。」
「朝早く起きて架空の小学校に行っても意味ないよ。」
「違うの。
明日起きたら食堂と通信室の間に手術室が有るからそこに行って、今日の記憶消去してもらって。」
「あそこ手術室だったのだね。わかった。」
僕は泣きつかれて眠った。
次の朝、ママはいなかった。
昨日の事は夢だったのではないか、いつもの日常が又始まるのではないかと思ったが、僕は夢扉を抜けて、手術室に行った。
中に入るとコンピューターの音声が流れた。
「椅子に座って下さい。」
残念ながらやはり夢では無かった。
椅子に座ってすぐに僕は言った。
「記憶消される前に聞きたいのだけど、僕が大人になったらどうするつもり?
まさか職場にもホログラム室が有るって設定にはしないよね。」
「貴方はもう充分大人です。」「えっ。」
部屋の横の鏡が目に入ったので立って見に行った。
鏡の中には、老眼鏡をかけた初老の男がいた。
僕は溜息をついて、椅子に戻って腰かけた。
「だからこっちには鏡がこれしか無いんだね。」
「はい。」「この会話今迄何回繰り返したの。」
「5回です。」「5回も?」「はい。」
「これから何回繰り返すんだろうね。」
「それはわかりません。
この後何回隕石が当たるのかは。」
「父さんにもわからない事有るのだね。」
「うん。」
「父さんだよね。
音声は違うけど話し方が似ているなってずっと思ってたの。」
「うん、一緒にいてやれなくてごめんな。」
「何を言ってるのだい。
いつも一緒にいてくれているじゃないか。」
「うん、毎回かわした方変えているのにサブちゃんが頭がいいからわかっちゃうってママが嘆いていたよ。」僕はクスッと笑った。
「お前が死んだら私と母さんの人格もコンピューターから消すからな。
一人でいかせないからな。」
「うん。」僕は入り口を指さして行った。
「こっちが本当の夢扉だね。」「うん。」
上から線がいっぱい付いた帽子状の機械が降りてきて僕の頭を覆った。
「サブちゃんは宇宙飛行士になるのが夢だものね。」
そうだっけ、ピアニストになりたかったような気もするけど、ママがそう言うならそうなんだろうな。僕は振り返って言った。
「ママお帰りなさい。」「ただいま。」
「もう遅いから寝ましょう」「うん。」
僕達は2階の寝室へ降りていった。
「ママ僕ね、大きくなったら星々の間を飛び回って色々調べて地球に持って帰って報告するの。」「そうなったら素敵ね。」




