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Love is over

 最初に彼と出会ったとき、運命を感じた気がした。


「私、犬養梨奈っていうの。よろしくねっ!!!」


 入学して最初の登校日。

 なんとなく……そう、本当になんとなく。

 たまたま隣の席だった(よしみ)で挨拶してみたのが、”彼”だった。


「え? ……あぁ、よろしく。犬養さん」


 最初の彼の印象は、なんだかぶっきらぼう。

 まあ入学早々いきなり話し掛けられたら、こんな感じだよねって反応。

 だけどこの時点で、私は何故だか無性に彼に惹かれていた。

 理由なんて分からない。

 彼の顔立ちは……悪くはないけど普通。

 体格も普通。声も普通。匂いは、ちょっとイイ感じ。

 成績も特に目立たず、運動もそこそこ。会話のバリエーションも微妙。

 普通も普通、超普通……な、はずなのに。

 近くに居ればいるほどに。

 話せば話すほどに。

 触れ合えば触れ合うほどに。

 関われば関わるだけ、どんどん彼がかっこよく見えてくる。

 素敵な人に思えてくる。

 気持ちが昂ぶって、胸が熱くなって、一緒にいるだけで嬉しくて。

 そしてある時、私は理解した。

 私、彼のことが”好き”なんだって。


 確信を得たきっかけは、ほんの些細なこと。

 ある日の、昼休みが終わったあとの国語の授業中。ウトウトと船を漕いでいた私を先生が当てた。

 私は、どのページか、どこの問題なのか分からなくてアタフタしてた。

 その時、


「(犬養さん、三十二ページの三行目)」


 彼が、広げた自分の教科書をさりげなく指差しながら、小さい声でコッソリ教えてくれた。

 まぁ前の席だったから直ぐにバレて、二人揃って軽く注意されちゃったんだけど。

 苦笑いを浮かべて、先生にペコペコと頭を下げる彼。

 だけど、その姿が私には堪らなく愛おしく思えて。


 それ以来、学校のある日が──彼と会える日が、休日以上に楽しみになった。

 これまで毎年待ち焦がれていた夏休みが、冬休みが、そして春休みが。高校では苦痛に思えたくらいに。

 溢れる想いが、もう自分でも抑えきれなくてどうしようもなくなっていた。

 そうして時が経ち、年を越えて、春休みが明けた始業式の日。

 また彼と、新しい一年を共にできる。

 そう思っていたのに。


「ありえない。信じられない」


 職員室前の掲示板、そこに貼られたクラス分け表。

 二年一組、愛沢恋矢。

 二年二組、犬養梨奈。

 意味が分からなかった。

 どうして一緒のクラスじゃないの?

 どうして、誰もおかしいと思わないの?

 どうして──愛沢くんは、そんな落ち着いているの?

 分からない。わからない。ワカラナイ。

 ただ何かの間違いかもしれなくて、私は先生へ報告しに行った。

 だけど結果は、なにも間違っていなくって。

 ショックだった。絶望だった。心が潰れそうだった。

 それなのに、


「……うそ」


 放課後、私は下校中の彼に声を掛けようとした。

 何を言おうか、なんて決めてない。ただ話がしたかった。

 だけど彼の隣には、もうすでに別の女がいて。

 この瞬間、私の中で何かが明確に壊れた。

 女は親しげで、あの頃の私みたいで、全てが乗っ取られたようで。

 気付けば、私はカバンから取り出したカッターナイフをポケットに忍ばせていた。

 そして彼女の頭を目掛けて、まずはカバンを振りかぶり──。





「……?」


 目が覚めた。

 懐かしいのと、かなり最近のが混ざりあった夢を見ていた気する。

 私が横になっているのは、布団の上。

 なんだか頭が呆っとする。あと身体が異様にダルくて顎が痛い。

 視線を動かしてみると、窓の外がオレンジ色に染まっていた。

 というか、そもそもここは一体──。


「っ!?」


 そして全て思い出す。

 確か私は、愛沢くんを手に入れるために彼の家に上がり込んだ筈だ。

 そこで邪魔をしてくる不審者がいたから、まずはそっちを片付けようとして。


「お目覚めかな、犬養さん」

「っ、愛沢く──」


 その時、声がした。

 聴き間違える訳がない。これは紛れもなく彼の声!

 慌てて身体を起こし、私は愛沢くんの名前を呼んだ。

 だけど、


「ん……?」


 視界に映った彼の姿に、違和感。

 いや、姿かたちは何も変わっていない。いつも通りの愛沢くんだ。玄関のすぐ近くで、片膝を立てて座っている。

 だけど、なんでだろう。

 これまでは彼を見ると、それだけで幸せな気持ちになれた。心が満たさせる感覚があった。

 なのに今は、何も感じない。

 愛沢恋矢という男子に、一切の魅力を感じられない。

 そして今更気付いたが、私の両手首が手錠のようにベルトで固定されている。

 力いっぱい腕を広げようとしてみるが、ビクともしなかった。


『うん。どうやら治療薬は、ちゃんと効いたみたいだね』


 その時、くぐもった声がした。

 ドキリと心臓が跳ね、私はキョロキョロと辺りを見回す。

 そして見つけた。

 右腕を抑えて壁に(もた)れ掛かる、ガスマスクの女を。


「あ、あなたは不審者の」

『佐久間輪、もしくはマーリンさんだよ。……キミといい少年といい、いい加減不審者扱いは辞めて欲しいんだけどね』

「名前なんてどうでもいい! 私に何をしたの!?」

『……どうやら私とキミは、つくづく馬が合わなそうだ』


 不審者は、そう言って肩を竦める。

 だけど、そんなの知ったことじゃない。

 あの女は、『治療薬が効いてるみたい』と口にした。

 何の話かはサッパリだけど、きっと私が今の愛沢くんに違和感を抱く原因は彼女にある。そうに違いない。

 すると女は、臆面もなく頷いた。


『なーに、ただキミが気絶している間に”正常”な状態へと戻しただけさ。……キミ自身も、本当は薄々気付いているんじゃないかい?』

「は、はあ!? なんの話を──」

『今は少年のこと、そこまで魅力的に思えないんだろう?』

「っ!?」


 その言葉に、私は声を詰まらせた。

 だって、その通りだから。

 いや、でも、違う。認めない。きっとこれは環境のせいだ。

 こんな訳分からない状況で頭が混乱しているから、愛沢くんに気持ちを向ける余裕がないだけ。

 少し落ち着いたら、気持ちだってきっとすぐに。


『残念だが、それが本来のキミなんだ。実際のところ、キミは少年を愛してはいなかったんだろう』

「そんなわけ……そんなこと、ある筈が……っ!」

『……まあ、いきなり想いを否定されたうえに、それを認めろと迫られても納得はできないか。なら』

「ひぅっ!?」


 女は、そこで言葉を区切ると不意に立ち上がった。

 そして、こちらに向かって歩いてくる。

 その手に持つのは、ハサミだ。一体なにをしようというのか。

 私は、思わず小さく悲鳴を上げながら反射的に両腕で顔を隠した。

 すると、


「……え?」

『ほら、実際に少年と触れ合って確かめてみるといい。大丈夫、彼も抵抗しないさ』


 私の両手首を拘束していたベルトが外れた。

 恐る恐る顔を上げると、女がハサミをチョキチョキしながら『どうぞうどうぞ』と空いた手で愛沢くんを示している。

 そして当の彼も、自分は何もしないという意思表示なのか黙って目を閉じ両腕を広げていた。

 それは、まるで自分から皿の上に寝転がる被捕食者のようで。


「っ、愛沢くん!!!」

 

 途端、私は一も二もなく彼の元へ駆け出していた。

 彼に触れられる。彼を手に入れられる。自由にできる。

 ずっと妄想してきたことが、今なら叶えられる。

 ああ、今の彼なら全てを受け入れてくれる気がする。だったら()ずは何をしよう。

 いっぱい話したい。甘えたい。手を繋ぎたい。

 口づけしたい。押し倒したい。一線を越えてしまいたい。

 想いが、情念が、溢れ出るのが止まらない。

 もう他に、何も考えられない!!!

 ……って、なる筈だったのに。


「あ、れ……?」


 愛沢くんに触れる一歩手前で、自然と足が止まる。

 やっぱりだ。彼の姿は、なにも変わっていない。

 なのに彼が、まるで私の知ってる彼じゃないみたいな。

 昔大好きだった番組を改めて見返したら、そこまで面白く感じないような。

 久々に行ったお店の好きだったメニューを食べたら、こんな味だったっけ? ってなるような。

 ずっと好きだったモノへの興味が、ある時プツンと冷めてしまったような。


「いや、うそ、こんなはず……は」


 私の心に去来した感情は、恐怖。

 だって、こんなのありえない。

 誰がなんと言おうと、私は愛沢くんが好きだった。

 狂おしいほど好きだ。愛している。彼のためなら死ねるし、人だって殺せる。

 それくらい好きで、好きで、大好きだったはずなのに。

 彼の腕のなかに、飛び込めない。


「どうして……どうして私、今の愛沢くんが好きだって思えないの……っ!?」

『何度だって繰り返そう。それが本来の、あるべきキミの気持ちだ』

「ッ!!!」


 女が口を挟んでくる。

 途端、再び心が燃え上がる。

 これは怒りだ。

 私をこんな風にした元凶に対する、度し難い怒りだった。

 私は、女に詰め寄ると両手で彼女の胸ぐらを掴み上げる。


「ふざけるなッ!!! そんなことない、あなたが私に何かしたんだろうッ!!! そうなんだろッ!!!!!」

『そうだね、確かにやった。ただ私がしたことは、あくまで歪みの矯正(きょうせい)だ』

「何を言って……!」

『ふむ。なら少し話そうか、キミに起きていた異常について』


 女は、なにも抵抗しなかった。

 それどころか、まるで憐れむような声色でこんな話を始めたのだ。

 (いわ)く。

 愛沢くんの特性、メチャモテール症候群について。

 曰く。

 私の状態、恋愛バーサーカーについて。

 曰く。

 それが先程、”解消された”ことについて。


「は……? う、うそだよ、意味が分からない。そんなふざけた症状、現実にあるわけが」

『なら、彼と出会ってから今日までの自分を振り返ってご覧よ。今のキミなら、その異常性に気付けるはずだ』


 異常性? この女は何を言ってるんだ。

 そんなの、ただ愛沢くんが好きで、想いを馳せて、焦がれていただけで。

 

「あ、あれ……ッ?」


 だけど思い返す度に浮かんでくるのは、普通とはかけ離れた記憶。

 下校する彼の跡を付けて家を特定したり。

 彼から抜け落ちた髪をこっそり集めてみたり。

 他にも、表現するのも(はばか)られるような(おぞ)ましい奇行の数々。


「あ、あぁ……ッ!?」


 もういい。もう思い出さなくていい。思い出したくない。

 なのに寝る前にふと思い出す黒歴史のように、”異常を自覚した”私の脳裏に止め処無く彼と出会ってからの自分が溢れてきて。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」


 叫ばずにはいられなかった。

 頭が、おかしくなりそうだった。

 いや、いっそおかしくなりたいとさえ思った。

 女から手を離し、私は頭を抱えて(うずくま)る。


「……」

『……』


 発狂する私に、愛沢くんも女も、なにも言わない。

 ただ『痛ましい』と、そう言いたげな視線だけが確かに感じられた。

 それから、どれだけ時間が経っただろう。

 どれだけ泣き腫らしただろう。

 やがて声も出なくなり、少しだけ頭も冷えてきた頃。


「……迷惑かけてごめんね、愛沢くん。わたし帰るよ」


 私は、そう言って力なく立ち上がる。

 少しも力が出ない。精神もボロボロ。もう、なにもしたくない。

 だけど、ここに居続けるのは何より辛い。

 だから尻尾を巻く負け犬のように、ここから逃げることを選んだ。


「……」


 愛沢くんから返事はない。

 ただ黙って、玄関までの道を空けてくれる。

 引き留めようとはしてくない。でも、それでいい。私も、そんなこと望まない。

 覚束(おぼつか)ない足取りで、私は玄関の前に立つ。

 そして鍵を開けてドアノブを捻る。

 後は、外に出るだけ。

 だけど、最後に。


「ねぇ、愛沢くん。私ね」


 どうしても、これだけは伝えたかった。


「ずっと、キミのことが好きでした」


 彼の顔は見れない。その勇気が出ない。

 半分だけ開けたドアの外を眺めながら、私は蚊の鳴くような声で呟いた。


「ごめん」


 帰ってきたのは、分かりきった答え。

 うん、そりゃそうだ。当たり前だ。当然だ。

 だけど、頬を伝う熱が止まらない。自然と嗚咽が込み上げてくる。

 そんな情けない姿をこれ以上見せたくなくて、私は彼の家を跡にする。


 そうして私の──犬養梨奈の恋は、ここで終わった。

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