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女子陸上部の犬養さん

 俺、愛沢恋矢は驚天動地のモテ男だ。

 今朝は、とうとうヤベー奴らとエンカウントしてしまった。

 一人は、天才を自称する研究者の女──佐久間輪。

 そしてもう一人は、俺の部屋に無断で侵入した同校の女子生徒。

 佐久間輪から開放された俺は、同校の女子生徒が潜む学校へと向かう。

 いざ行かん、伏魔殿。




 ※※※※※




「ふぅ、やっと見えてきた……」


 佐久間輪から逃れて、およそ十分。

 通学路を歩く俺は、ようやく目的地が見えてきたことに安堵の息をこぼす。

 目線の先には、俺が通う高校。校門前では沢山の生徒たちが続々と校舎に向かっていく。

 新学期の始まりということもあり、彼ら彼女らの様子は様々だ。

 浮き足立っている者。ダルそうにしている者。友達とはしゃいでいる者。

 妙に緊張している者。疲れた顔をしている者。平穏無事を願う者、等々。

 ちなみに後半三つは全て俺である。


「さて、ここからだ」


 俺は、校門に近付くにつれて少しずつ顔を(うつむ)けていく。

 なるべく目立たないよう身体を縮こまらせ、歩く速度も足早に。

 どうしてこんなことを、って? そんなの理由なんて一つしかない。

 なぜなら俺は──。


「あ、愛沢くんだ!」

「っ……」


 驚天動地のモテ男なのだから。


「え、嘘、愛沢くん!?」

「どこどこ? あ、居たぁッ!」

「はぁ……今日もイイ感じだよ愛沢くぅん……♡」


 一人の女子生徒が発した声。

 その声が響いた途端、周囲の空気が一変した。

 この場にいる全ての女子の視線が、一斉に俺に集中する。

 そう、これが俺のモテ男たる所以。俺の意思とは無関係に、ただ存在するだけで(あまね)く女子が俺に魅了されてしまうのだ。

 理由は分からない。

 自称天才研究者こと佐久間輪が言うにはフェロモンがどうのこうのということらしいが、果たして真に受けていいものか。

 どちらにせよ困った体質である。


「…………」


 周囲から上がる黄色い声に、俺は沈黙と無反応で返す。

 気分は(さなが)ら、狼の群れに迷い込んだ羊だ。そして悲しいかな、狼からはとっくに見つかっている状況である。

 今襲われていないのも、見逃されているからじゃない。抜け駆けは許さないとばかりに狼同士が勝手に牽制(けんせい)し合っているだけ。

 もしこの不文律が崩れたら、一体どうなってしまうやら。想像できないし、したくもない。

 とはいえ、それならそれで好都合でもあった。


──ま、いつものことだしな。

 

 そもそも俺が入学して三ヶ月経った頃には、とっくにこんな調子だったのだ。

 今や全方位からの熱視線など慣れたもの。休み明けのブランクもあり一瞬怯みはしたが、本来なら意識する程でもない。

 変にキョドったり余計なアクションは起こさず、黙って教室に向かえばいいだけの話である。

 ……なんて思っていたのに。


「あっ!!! おーい愛沢くーんっ!!!!!」

「っ!」


 周囲のヒソヒソ声に完全スルーを決め込んでいた俺は、不意にバカみたいな声量で背後から呼び掛けられ思わず足を止めてしまった。

 だって、しょうがないじゃないか。

 周りで噂されるだけなら、聞こえないフリで通せただろう。でも人間サイズのセミみたいな大声で名指しされては反応しない訳にもいかない。

 何より、その声は俺にとって非常に馴染み深いもので。

 諦めて振り返れば、一人の女子生徒が大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。


「おっはよー! 愛沢くん!!!」

「お、おはよう、犬養(いぬかい)さん。今日も元気だね」


 彼女は、犬養 梨奈(いぬかい りな)さん。

 女子陸上部に所属する、俺が一年の時のクラスメイトだ。

 身長は俺と同じくらい。体系は細身ながらも華奢(きゃしゃ)過ぎず、健康的で引き締まっている。

 髪色は茶髪。髪型は毛先が肩に掛かる長さのハーフツイン。

 目鼻立ちがスッキリした可愛らしいルックスと、誰とでもすぐに仲良くなれる明るい性格で特に男子からの支持が厚い女子だ。

 犬養さんは、俺の前に立つと照れくさそうに笑いながら上目遣いでこちらを見た。


「久しぶり、愛沢くん! なんか休み明けに合うと変な感じだね。テンション上がっちゃうなー」

「そうだね」

「むー、なんか反応がそっけなーい。もしかして、ちょっと緊張してる?」

「そうだね」

「っ! ……それってさ、私と会えたから、ドキドキしてたりとか……?」

「ちがっ……そうだね」

「へ、へ〜。そうなんだー。へ〜」


 犬養さんは、自分から言い出しておきながら目を逸らした。

 頬は紅潮し、視線はブレブレ。額には薄っすらと汗を滲ませている。そこまで照れるなら言わなきゃいいのにね。

 ま、そうは思いつつドキドキしているのは俺も同じだったりする。

 だって、さっきから周りからの視線がヤバいんだもん。

 特に女子からの眼光。殺気や怨念(おんねん)みたいなものが籠りに籠りまくっている。

 想いに質量があったなら、彼女は今頃蜂の巣になっていただろう。

 兎にも角にも(すこぶ)る居心地が悪い。

 俺は、とりあえずこの場(と犬養さん)から離れることにした。


「それじゃ犬養さん、また後で」

「あ、どうせだし一緒に教室行こうよ。クラス分け表も張り出されているし、他のクラスメイトのチェックもしながらさ!」

「……そうだね」


 くっ、やっぱり引き離すのは無理か。

 犬養さんは、俺が手を振るつもりで小さく上げた右手を当然のように両手で握る。そして、そのまま校舎へと引っ張っていった。途端、周囲からの視線が一層激しさを増す。

 耳を()ませば、(ほが)らかな春の風音に紛れて聞こえてくる舌打ちの音。……ヤクザの前で宴会芸をする芸人って、きっと今の俺みたいな気分なんだろうな。

 とはいえ、一方的にドナドナされる俺にはどうしようもない。せめて心の中で念仏でも唱えていよう。

 犬養さんの引く手に逆らうことはせず、俺は黙って彼女の後に続いた。




 ……ところで、犬養さんは気付いているのだろうか。

 まるで二年でも俺と同じクラスであることが前提のような口振りだが、そんなの確認しなけらば分からないことを。

 果たして俺たちは、直後にその結果を知ることになる。



 ※※※※※



「嘘だよ、こんなの」


 隣でそう呟く犬養さんの声からは、まるで温度を感じられなかった。

 彼女の視線の先には、職員室前の掲示板に張り出されたクラス名簿。学年ごとに分けられており、各々(おのおの)でクラスを確認する仕組みになっている。

 自分の名前を探していた俺たちは、そこで【二年一組 愛沢恋矢】と【二年二組 犬養梨奈】の文字を見つけてしまったのだ。


「ありえない。信じられない」

「……」


 犬養さんは、ショックからか似たような言葉を繰り返している。

 俺は、そんな彼女に声を掛けることが出来ない。だって怖いんだもの。

 彼女の(まぶた)は限界まで見開かれているのに、瞳孔(どうこう)には一切の光が無い。墨汁(ぼくじゅう)みたいに真っ黒だ。

 こんな時、俺はどうすればいいだろう。

 答えは簡単だ。何もしない。

 だってクラス分けの結果とか(いち)生徒にはどうしようもないし。なってしまった以上は普通に受け入れる他ないだろう。

 だけど驚いたことに、犬養さんは普通で収まる器じゃなかった。


「は、はは、あはははは。間違えてるトコがあるね、このクラス分け表」

「ん? どうしたんだい犬養さん」

「ちょっと先生に直談判(ほうこく)してくるよ。私か愛沢くんの組、間違えてますよーって」

「マジか」

「うんうん、マジマジ。あ、愛沢くんは先に教室に行ってていいよ。ちゃんと訂正(ていせい)されたら伝えにいくから! それじゃ」


 そう言って犬養さんは、墨汁色の瞳のまま職員室へと乗り込んで行く。

 凄いなぁ犬養さん。(すえ)は革命家かテロリストかな? まさかクラス分けの結果に納得いかないからって先生に突撃しに行くとは思わなかった。

 無謀だと思うけど、その勇気と熱量にだけは敬意を表しよう。

 ともあれ、図らずも犬養さんから解放された。

 俺は、改めてクラス名簿を確認する。


「一組か。一年の頃と変わんないな」


 思い返すのは一年の頃、初めて教室に入った日。

 あの時、隣の席だったのが犬養さんだった。

 それが(えん)で彼女とは何かと関わることが多くなり、結果として現在にまで至っている。

 果たして、今回の席順はどうなるのか。


「さてさて、お隣さんは……っと」


 我が校では、出席番号がそのまま最初の一ヶ月間の席順になっている。

 つまり、このクラス名簿を見れば席順は(おの)ずと分かる仕組みだ。

 ……さて。俺の個人的な理想としては、やはり隣は男子が望ましいところである。

 俺の超モテ男体質では、女子相手だとその気が無くとも惚れさせてしまうからだ。嫌われるよりは良いなんて言われることもあるけど、何事にも限度ってものがある。

 逆に相手が男子だった場合、そういったことは今のところ一切ない。なので面倒やトラブルを避けるなら男子の隣がマスト。

 男子きてくれ。カモン男子。

 そう願いながら、俺の次に続く名前を見てみると。


卯ノ花(うのはな) (かえで)さん? 知らない人だ」


 書かれていたのは、知らない名前だった。

 少なくとも一年のときのクラスメイトではない。そして字面からして恐らく女子だろう。やはり何事も都合良くはいかないものである。

 とはいえ、この程度は想定内。

 元よりクラス分けなんて運だ。気にしたところで結果に影響する訳でもない。

 それより隣が女子と分かった以上、俺が意識すべきことは他にある。

 (すなわ)ち、身の振り方について。


「しょうがない。席替えまでは、なるべく席を空けておくか」


 惚れさせずに済ませるなら、とにかく接点を減らしていくことが重要だ。 

 自分からは極力関わらない。休み時間はなるべく教室を出る。放課後は即下校……といった具合に。

 ちなみに、嫌な態度や無視したりなどして距離を取る方法は論外だ。迷惑行為を受けたり加害されたなら兎も角、そうでない相手に最初から無礼な態度は取りたくない。

 これに関しては、『自分がされて嫌なことは人にもしない』という個人的なポリシーの話である。それと逆恨み対策。

 そして何より、そんなことをしたら実家の父さんに殺されてしまう。

 俺は、まだ死にたくない。


「ふぅ……よしっ!」


 大きく深呼吸。俺は、気持ちを整える。

 これから向かうのは教室じゃない、戦場だ。

 目的地は校舎の二階。覚悟を決めて階段に足を掛ければ、周囲の女子が色めき立つ。

 それらを無視して歩を進めれば、やがて教室前に到着する。

 そして扉に手を掛け一歩、足を踏み入れた──のだが。


「嘘だろ、こんなの」

「あ、愛沢くん! 席、隣同士だね」


 血の気が引く、なんてモンじゃない。俺は、血液が凍りつくような錯覚を覚えた。

 この感覚は、きっとフィクションでは味わえないだろう。

 何故って? そんなの理由は一つしかない。

 教室の最前列かつ廊下側に面した俺の席。

 その隣に座っていたのは、今朝、俺の部屋に不法侵入してきたあの女子生徒だったのだ。

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