メチャモテール症候群
『心当たりがある、という反応だね。それは』
「何か知ってるんですか……?」
俺は、無意識に聞き返していた。
ガスマスク女は確かに言ったのだ。
『生活に支障が出るレベルでモテまくっていないかい?』、と。
なんてタイムリーな話だろう。
今朝、正しくその代表例というべき出来事と遭遇したばかり。そうでなくても人生単位で抱えている俺の疑問だ。
スマホの画面から指を離し、神妙な声色で女に問う。
「分かるんですか。俺が”こう“なってる理由も、原因も」
『確信、とまでは言えないけどね。まぁ大凡の見当は付いてるよ』
「……!」
渡りに船とはこのことだろう。いや、変質者に絡まれたことを考えると怪我の功名か。
だが、そんなことはどうでもいい。
どういう訳か、この女は俺の事情を把握している。そして、その原因も。
なら話は早い。なんの目的があって関わってきたのかは不明だが、解決の糸口がわざわざ向こうから出向いてくれたんだ。この機を逃す手はない。
俺が期待を込めた眼差しを向ければ、女はここぞとばかりに胸を張って名乗りを上げた。
『その前に、まずは自己紹介を──私は佐久間 輪。友人からはマーリンの愛称で親しまれる、しがない天才研究者さ』
「うわ、胡散臭っ」
『失礼なヤツだねキミは』
なんだか急に不安になってきた。
これは俺の偏見だが、天才を自称する人って大概ヤバい奴だと思ってる。
ていうか冷静に考えてみれば、そもそも町中でガスマスク被ってるような女が普通なわけない。
『まあ私のことはいいさ。それより、モテまくって仕方ないというキミの状態についてだが──』
……いや、まだだ。ここで見切りをつけるのは余りに早計が過ぎる。
バカと天才は紙一重なんていうじゃないか。天才を自称する人間の考えることが、俺のような凡人に理解できてたまるものか。
一見すると不条理にしか思えない服装や言動にも、きっと彼女──佐久間輪なりの意味があるのだろう。
だから俺は諦めない。
せめて彼女の言葉を聞くまでは……!
『その名も、“メチャモテール症候群“と呼ばれるものでね』
「チッ」
クソが。変質者と真面目に取り合うべきじゃなかった。
本当にふざけている。人をバカにするのも大概にしろ。こんなカスの嘘に釣られるなんて恥以外の何ものでもない。
俺は、人生でもっとも大きな舌打ちをしてから荒々しくベンチを立つ。もちろんカバンを奪い返すことも忘れない。
強引に持ち手を引けば、佐久間輪はあっさりバランスを崩してカバンを手放した。
『うおっ! と、おいおい待ちたまえよ。まだ話は終わってないのにどこへ行くんだい』
「学校ですよ。変人の与太話に付き合ってるヒマ無いんで」
食い下がってくる佐久間輪に、俺は素気なく応える。これ以上、時間を浪費したくない。
大体なんだよ、メチャモテール症候群って。
しょうもない嘘を吐くにしても、ネーミングぐらいはもうちょっと頑張れただろうに。
『言っておくが、これはすごく真面目な話だよ? ことはキミの命にも影響が』
「どうせ痴情の縺れがどーのこーのってコトでしょう? そういうの中学の頃に経験済みなんで」
佐久間輪は、慌てて俺の服の裾を掴んで制止しようとしてきた。
だが知ったことじゃない。俺は気にせず歩を進める。
もしこのまま学校まで付いてくる気なら、先生や警備員さんにでも引き剥がしてもらえばいい。
……いいや。もういっそのこと、この場で大声を出してしまおうか。運が良ければ声を聞いた誰かが通報してくれるだろう。
と、そんな考えが脳裏を過ったとき。
『いや、命に関してはもっと直接的なものだ。キミ、このままだと最悪一年以内に死んじゃうよ』
「は?」
その言葉に、俺は思わず足を止めた。
変質者の戯言、そう吐き捨て去るのは簡単だ。だけど『一年以内』という具体的な期限を提示されては流石に無視できない。
俺は振り返り、半信半疑……いや、信:1疑:9くらいの眼差しを彼女に向ける。
すると佐久間輪は、俺に言い聞かせるように続けた。
『メチャモテール症候群は、いわば罹患者の命を少しずつ削っていく病気でね。ざっくり例えるとキミの身体は、キミの生命力を燃料に異性を魅了するフェロモンを常時撒き散らしているんだよ』
「フェロモン?」
フェロモンというと、虫などが同種の異性を引き寄せたりするときに発する化学物質……の筈だ。詳しいことはよく知らない。
とはいえ、そんな理解度でも彼女が言わんとしていることはなんとなく伝わった。
要するに、
「えっと、つまり。そのメチャモテール症候群? ってのが俺から異性を魅了するフェロモンを出していて、そのせいで俺は異常にモテまくってるってこと? で、その源が生命力と」
『そうそう、そういうことさ。生命力が源であるとして、もしその源が失われたらどうなるか。それくらいは分かるだろう?』
「……」
生命力が失くなればどうなるか。
言わずもがな、待っているのは”死”ということになる。
なるほど確かに、事実だったら大変な話だ。
そう、事実だったなら。
「で、その言い分を信じる根拠はどこに?」
『カーッ! これだけ説明してまぁーだ納得しないのかい!? キミがモテまくってるのが最大の証明だろうに』
「いやだって、そもそもが変質者の言うことですし……」
これが正式な免許を持つ医師だったり、世界的権威を誇る研究者の発言なら俺も信じていたかもしれない。
だけど彼女は、あくまで天才を自称する素性も知れないガスマスクの不審者だ。
俺がモテまくっていることを知ってるみたいだが、そんなの普段の俺を観察していれば誰でも分かることである。信用には値しない。
せめて信じてくれと言うのであれば。
「ここまでの話が本当だって言うなら、せめて治す方法を教えて下さいよ。現時点じゃ不安煽って壺とか買わせようとする詐欺師と変わらないんですよ」
『やれやれ、結論を急ぎたがるイマドキの若者め。こちらもキミの理解を得られるよう順を追って説明しているんだ、もう少し忍耐というものについて考えてみたらどうだい』
「ここまででもッ! 随分とッ! 辛抱強く付き合った方だと思うけどなぁ俺はッ!」
『わかった、わかった。なら治し方について、さっさと白状するとしようか』
「あるんだったら最初に言えや!」……と怒鳴りたくなったが、グッと堪える。
これ以上、話の腰を折って長引かせたくない。
一方、佐久間輪はガスマスク越しでも表情が容易に想像できる程のドヤ声で言った。
『治し方はズバリ──キミが本気の恋をして、それを成就させることだよ』
「ほんっっっとに時間の無駄でした。はい解散」
『ちょ、待ちたまえ! これは本当に──』
はぁ、バカバカしい。もう怒る気力すら湧かなくなった。
本気の恋をして成就させるのが治す方法? 俺は一体いつから夢の国のプリンセスになったんだ。
呆れて歩き出せば、佐久間輪が慌てて後を追ってくる。
だが構うものか。また掴み掛かってこようものなら今度こそ実力行使に出るまで。きっと正当防衛として認められるはずだ。
いつでも佐久間輪を迎撃できるよう、俺はこっそり拳を固める。
その時だった。
公園の外から、閑静な住宅街に似合わない『ウゥー、ウゥー!』という甲高い音が響き渡ったのは。
「あれ、この音」
『くっ、ここらが潮時か……!』
救急車か。消防車か。
いや、それは紛れもなくパトカーのサイレン音だった。途端、分かりやすく狼狽える佐久間輪。
まったく素晴らしいタイミングだ。とはいえ、あまりに都合が良い気がしなくもない。
……いや、よくよく考えたら俺が彼女に絡まれたとき通行人は他にも居た。襲われる俺を見た誰かが通報した、という可能性も十分ありえる。
ありがたい、これぞ和の心。日本人もまだまだ捨てたもんじゃないや。
俺がそんな感動を覚えている一方、佐久間輪は。
『仕方ない。いずれまた会おう、少年!』
「刑務所で面会の予定は無いっすね」
彼女は、それだけ言い残すと大慌てて公園から出ていった。
直後、一台のパトカーが公園の前を通過していく。
……うん、この様子ならすぐにお縄につくだろう。
日本の警察は優秀だ。ガスマスク女なんて分かりやすい格好の不審者を簡単に取り逃がすとは思えない。
正義は勝つ、俺はそう信じてる。
兎にも角にも、これで嵐は去った。
「……よぉし、学校行くかぁ!」
俺は、大きく伸びをしながら声を張り上げる。
誰かどう見ても空元気。それでも気持ちでは負けない心意気で、俺は登校を再開する。
さて、お次は俺の部屋に侵入してきた方の不審者が潜む学校だ。




