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異世界ざまぁ短編集

どうぞその女とお幸せに──私が消えた後で

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/24

 ◆〜第一章:祝福の言葉を、地獄の底から〜◆



「ジュリアーナ。君との婚約は、本日をもって破棄させてもらう」


 王立学院の卒業記念パーティー。

 きらびやかなシャンデリアの下、聖歌隊の歌声が響く中、婚約者である第一王子・アルフレッドの声が冷たく響いた。


 彼の隣には、震える肩を抱かれた男爵令嬢、エレンがいる。


「……理由は、お伺いしても?」


 ジュリアーナは、感情を殺して問いかけた。

 公爵令嬢として、王太子妃教育に捧げた十年間。


 睡眠時間を削り、血の滲むような努力で身につけた教養も礼儀も、この瞬間のためにあったわけではない。


「エレンに対する度重なる嫌がらせだ。教科書を破り、階段から突き落とそうとし、さらには夜会に出られないようドレスを切り裂いた。……これほどまでに心の醜い女が、次期王妃であってはならない」


 王子の言葉を引き継ぐように、彼の背後に控えていた騎士団長の息子と、魔導師団の跡取りが嘲笑を浮かべて前に出た。


「それだけではありません。あなたは先日の合同演習の際、魔獣に襲われかけたエレンを助けるどころか、彼女を囮にして自分だけ安全な結界へ逃げ込んだそうですね。聖女のような彼女とは対照的に、高貴な血筋を盾に弱者を切り捨てる……その傲慢さには吐き気がする」


「さらに、彼女が大切に育てていた中庭の花々を、使用人に命じてすべて踏みにじらせたとか。他人の慈しむ心を平然と踏みつけるその振る舞い、もはや人の皮を被った魔物だ」


 周囲から「ああ、やはり」「可哀想に、エレン様」という囁きが漏れる。


 すべてはエレンの自作自演だ。

 ジュリアーナには分かっていた。


 だが──証拠はない。


 なぜなら、エレンを支持する“証言者“たちは、アルフレッドの側近──かつてジュリアーナの友人や幼馴染だった男たち──なのだから。


「左様でございますか。……身に覚えはございませんが、殿下と皆様がそう仰るのでしたら、仕方がございませんわね」


 ジュリアーナは深く頭を下げた。

 扇で口元を隠す必要すらない。

 彼女の表情は、鉄の仮面のように無機質だった。


「ジュリアーナ、君には北方の監獄塔での謹慎を命じる。……反省し、エレンに詫びるがいい」

「いいえ、殿下。お詫びなど必要ございませんわ。……代わりに、一つだけ贈り物を残して差し上げます」


 ジュリアーナは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。

 それは、彼女が十年間一度も見せたことのない、太陽のように明るく、そしてどこか空虚な笑顔だった。


「どうぞ、その女とお幸せに──私が消えた後で。」


 それが、彼女が王国に残した最後の言葉となった。



 ◆〜第二章:予定通りの【消失】〜◆



 三日後。

 北方の監獄塔へ向かう馬車は、荒れ狂う嵐の中にあった。


 視界を遮る雨と、耳をつんざく雷鳴。御者が操作を誤ったのか、あるいは運命がそれを望んだのか。


「……さあ、始めましょうか」


 ジュリアーナの呟きと同時に、馬車は急カーブでバランスを崩し、崖に転落した。


 奈落の底へと向かう無重力の中で、彼女は恐怖すら感じなかった。

 激しい破壊音と共に、馬車は鋭利な岩肌に激突しながら、荒れ狂う奔流へと叩きつけられた。


 奇跡的に生き残った御者は、こう証言した。


『北方の監獄塔へ向かう馬車が、崖から転落した。激しい濁流に飲み込まれた馬車からは遺体も見つからず、公爵令嬢ジュリアーナは“死亡“した』と。


 ◇


「……ふう。やっと終わったわ」


 数週間後──。

 隣国の港町、自由都市リブラ。


 そこには、美しい銀髪を短く切り、地味な平民の服を纏った一人の娘がいた。


「ジュリー、お待たせ。船の準備ができたよ」


 声をかけたのは、公爵家の元庭番であり、ジュリアーナの唯一の協力者、カイルだった。


「ありがとう、カイル。まさか、あの【死体なしの転落事故】がこれほど上手くいくなんて」


 ジュリアーナは、かつて王太子妃教育の合間に、万が一のための“逃走経路“を独学で構築していた。


「一年前のあの日、あなたが私の庭仕事を手伝いながら『もし、私が死んだことになったら、どこに逃げればいいかしら?』と笑わずに聞いた時、私は確信しました。お嬢様は本気なのだと」


 カイルが懐かしむように目を細める。


「ええ、あの頃から準備は始まっていたわ。私が夜会で扇を動かしていたのは、ただの優雅な仕草ではないのよ。あの中で有力貴族の資金の流れを把握し、公爵家の裏帳簿を少しずつ書き換えて、カイル、あなたの偽名口座へ資金を移した。一年かけて作った、誰にも追えない『消えるための金』よ」


 カイルは頷いた。


「転落事故の夜も、計算通りでしたね」


 あの嵐の夜──。


 馬車が崖に差し掛かる直前、ジュリアーナは御者を魔法で眠らせた。

 そして馬車がガードレールを突き破る刹那、彼女はカイルが展開した“不可視の足場“へと飛び移ったのだ。


「濁流に飲まれる馬車を見下ろしながら、あんなに晴れやかな気持ちになったのは初めてだったわ。……カイル、あなたが庭師のふりをして、実は潜入や工作のプロだと見抜いた私の目は確かだったでしょう?」

「ええ、完敗です。……『庭番として雇ってやるから、将来私を盗み出しなさい』なんて命令する公爵令嬢は、後にも先にもあなただけですよ、ジュリー」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 彼女にとって、婚約破棄は“絶望“ではなく、緻密に計画された“自由への合図“に過ぎなかったのだ。


「いいのですか? お嬢様。公爵家も、あの王子も、あなたを失って大変なことになっているようですが」

「いいのよ。ジュリアーナ・ド・ラ・マルク公爵令嬢は、あの日あの場所で確かに死んだのだから。……今の私は、ただのジュリーよ」



 ◆〜第三章:残された側の地獄〜◆



 ジュリアーナがいなくなってから三ヶ月。

 アルフレッド王子の生活は、劇的に“崩壊“していた。


 まず、内政が止まった。

 アルフレッドが“自分の功績“だと思い込んでいた膨大な書類仕事や、他国との外交調整、予算の配分。


 そのすべては、ジュリアーナが影で処理し、彼がサインするだけの状態にまで整えていたものだった。


 さらに追い打ちをかけたのは、国境付近の防衛結界の消失だった。


「殿下! 北方の防衛結界が維持できません! 魔力供給のパスが切れています!」

「何だと? あれは宮廷魔導師たちが維持していたものではないのか!?」

「……いえ、実は結界の要となる数式を構築し、個人の魔力で密かに補強し続けていたのはジュリアーナ様でした。彼女という”核”を失った今、我が国の盾は文字通り砕け散ったのです……!」


 王宮の安全すら守れなくなった事実に、アルフレッドは顔を真っ青にして椅子に崩れ落ちた。


 次に、エレンの正体が露呈した。

 王妃教育を受けていないエレンに、王太子のパートナーが務まるはずもなかった。


 夜会ではマナーを間違えて笑いものになり、高価な宝石やドレスを買い漁る彼女の浪費は、王家の国庫を圧迫した。


「アル様ぁ、あのおば様たちが私をいじめるの。もっと素敵なネックレスを買ってくれたら、元気になるのに」

「エレン、今は金がないんだ。ジュリアーナが管理していた予備費が、どこにも見当たらなくて……」


 さらに追い打ちをかけたのは、公爵家の離反だった。

 一人娘を理不尽な罪で殺された──と信じている──公爵は、王家への支援を一切断絶。


 経済の要を失った王国は、みるみるうちに疲弊していった。


 そして決定打となったのは、ジュリアーナが残した“贈り物“──一通の手記だった。


 ……それは、彼らが最も縋りたかった“自分たちの正当性“を根底から覆す、残酷なまでの真実の記録だった。


 そこには、エレンが自作自演した嫌がらせの全記録、証言者たちが買収された証拠、そして、アルフレッドがいかにジュリアーナの功績を横取りしてきたかが、冷徹な筆致ですべて記されていた。


 その手記は魔法で複製され、一夜にして社交界全土にばら撒かれたのだ。



 ◆〜第四章:さよなら、私の過去〜◆



「……惨めなものね」


 リブラのカフェで、ジュリアーナは届いたばかりの母国からの新聞を眺めていた。


 ・第一王子アルフレッドは王位継承権を剥奪。

 ・エレンは詐欺罪で修道院へ。

 ・側近たちも全員、家を追われたという。


「ジュリー、読み終わった? ほら、焼きたてのスコーンだよ」


 カイルが穏やかな笑顔で皿を置く。

 ここでは、彼女を“悪役令嬢“と呼ぶ者はいない。

 毎日、自分で選んだ服を着て、好きな本を読み、誰かに強制されることなく眠りにつく。


「ねえカイル、実を言うと、この街の物流が最近スムーズになったのは私のおかげだって、ギルド長は気づいているかしら?」

「まさか。まさかですよ。まさかあの中央市場の複雑な関税計算を、地味な事務員を装ったあなたが、たった一晩で最適化し直したなんて、誰も夢にも思いません」


 ジュリアーナは楽しげに目を細めた。

 彼女がリブラに来て早々、持ち前の事務能力でギルドの課題を解決した結果、この街の経済は劇的に向上していた。


 一方で、彼女が“最適化“の際に敢えて切り捨てたのが、かつての祖国との交易ルートだ。


「今頃あの国は、輸入に頼っていた穀物の値段が三倍に跳ね上がっているはずよ。私が“不要なコスト“として契約を全て白紙に戻しておいたから。あんなに私を嫌っていたのだもの、私の作った経済圏に頼らなくても生きていけるはずよね?」


 かつて彼女を“心の醜い女“と呼んだ者たちが、彼女が整えた“豊かさ“という恩恵を二度と受けられないよう、完璧にシステムから除外したのだ。


「ねえ、カイル。私、これから何をしようかしら」

「何でもできますよ。あなたが望むなら、この街一番の商人になってもいいし、ただの旅人になってもいい」


 ジュリアーナは、窓の外に広がる無限の青空を見上げた。

 十年間、檻の中にいた彼女を縛るものは、もう何もない。


「まずは、この美味しいスコーンをゆっくり味わうことにするわ。おかわりも、あとでお願いね。」


 ジュリアーナはスコーンを一口頬張ると、今度こそ心からの、自由な微笑みを浮かべた。


 かつての婚約者のことなど、もう一秒も思い出さない。

 彼女が消えた後の世界で、彼らがどれほど不幸になろうとも。


 それが、ジュリアーナが望んだ“復讐“であり、最高の“卒業“だったのだから。


「──お幸せにね、アルフレッド様。もう、二度と会うことはないけれど」


 ジュリアーナはスコーンを一口頬張ると、今度こそ心からの、自由な微笑みを浮かべた。



              〜〜〜fin〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

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