第二話 番号で呼ばれる日
名前を呼ばれなかったのは、初めてではない。
だが、呼ばれなくていいと判断されたのは、これが初めてだった。
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「次の呼び出しだ」
久遠が施設に入ってから、三時間が経っていた。
薄暗い待機室。
壁に埋め込まれたモニターには、検査進行率と被検体番号だけが淡々と表示されている。
B-017
C-112
A-004
名前はない。
「……夜天久遠」
誰かが呼ぶかもしれない。
そう思って、耳を澄ませていた。
だが、呼ばれたのは——
「E-079。検査室へ」
一瞬、分からなかった。
次の瞬間、それが自分の番号だと理解した。
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「E-079、移動を確認」
天井から無機質な音声が降ってくる。
久遠は立ち上がり、指定された通路を歩いた。
足音がやけに大きく響く。
通路の壁は白い。
昨日と同じ色。
なのに、今日は少しだけ違って見えた。
——名前が、消えただけなのに。
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検査室は前回よりも狭かった。
椅子の形も違う。
固定具が多い。
「……拘束、増えてませんか」
思わず漏れた言葉に、返事はなかった。
代わりに、背後から初老の男の声がした。
「必要な処置だ」
振り返る。
「未分類が二度も続いた。
それだけで、危険度は一段階上がる」
「……俺は」
久遠は言葉を探す。
「俺は、何なんですか」
男は、少しだけ視線を逸らした。
「——分からない」
その答えが、何より重かった。
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ヘッドギアが装着される。
前回よりも冷たい。
締め付けが強い。
「今回は再現試験を行う」
白衣の女が告げた。
彼女はモニターから目を離さない。
「昨日のリージング反応時、
あなたの脳波は“外因性の同期”を示しました」
「……外因性?」
「あなたの意思とは別の何かが、
同じタイミングで“選択”を行った痕跡です」
久遠の背中に、嫌な汗が滲む。
——見られている。
あの感覚が、蘇る。
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「開始」
光が落ちる。
音が消える。
世界が、沈む。
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暗闇。
だが、今回は完全ではなかった。
いくつもの“可能性”が、重なって見える。
分岐。
分岐。
分岐。
「……これは」
思考が、追いつかない。
その中で、一つだけ異質な流れがあった。
——失敗する未来。
——崩壊する結末。
それが、最初から“決まっている”ように、
他の可能性を押しのけていた。
「また……」
声が、聞こえる。
低く、静かで。
――観測を、続けるか。
問いかけだった。
久遠は、答えていない。
それでも——
世界は、選ばれた。
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「……停止!」
白衣の女の声。
光が戻る。
拘束が外される。
久遠は、荒い息を吐いた。
「今のは……」
「再現性、確認」
女はモニターを見つめたまま言った。
「あなたは“選択していない”。
それでも、結果だけが固定される」
初老の男が、低く呟く。
「……観測型か」
その言葉を、久遠は聞き逃さなかった。
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「今後の扱いを変更する」
男が告げる。
「夜天久遠——いや」
一瞬の間。
「E-079。
君は今後、フェイスト候補群から外れる」
「……どういう意味ですか」
「戦力にはならない。
だが、危険だ」
久遠の胸が、静かに沈んだ。
「隔離措置を検討する」
その言葉で、全てが繋がった。
——名前を呼ばれなくなった理由。
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その夜。
久遠は、独房に近い個室に移された。
窓はない。
外の音も届かない。
ベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。
星は、ここからも見えない。
それでも——
何かが、こちらを見ている。
――まだ、終わらない。
声は、そう告げている気がした。
久遠は、目を閉じた。
自分が“人”でいられる時間が、
少しずつ削られていることを、
はっきりと自覚しながら。
第三話予告
まだ味方かどうかも分からない何者かが、
夜天久遠に告げる。
「次は、君が選べ」
観測される側だった少年が、
観測を引き継ぐかどうかを問わ




