表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

My Cup of Coffee

作者: はらっぱ

大学の講義を終えて、彼女と喫茶店に入るのは、もはや半ば習慣のようなものだった。

恋人ではない。会えば必ず皮肉を言い合い、口喧嘩のような応酬をする。

だが、気づけばまた一緒に店に来ている。不思議な関係だと思う。


「君の選んだ珈琲は、実に君らしいね」

メニューを閉じるや否や、僕は口を開いた。


「なにが言いたいの?」

「ブレンド。迷わず、当たり障りなく、平凡の極み」

「悪かったわね、無難で」

「つまり退屈だ」


彼女はわざとらしくため息をついた。

「で、あなたは?」

「僕はキリマンジャロ。個性的で誇り高い」

「酸っぱくて、冷めたら誰も口をつけないやつね」


カウンター越しにコーヒーを淹れる音が聞こえる。僕はむっとして身を乗り出した。

「退屈よりはマシだ」

「でも退屈は安心を生むの。結婚するならブレンド。」

「じゃあ、恋人にするならキリマンジャロってことだね」

「違うわ。私は甘い恋がしたいからモカ。」

「君が甘い恋…?想像がつかないな」

少しがっかりした表情を浮かべながら、まだ食い下がらない。

「でも、たまにはキリマンジャロのような野性味も悪くはないね」


一瞬、喉の奥が詰まった。

彼女はその表情を見逃さず、にやりと笑う。


「……君はずるい」

「あなたが勝手にひっかかってるだけ」


カップが二人の前に置かれる。ブレンドの柔らかな香りと、キリマンジャロの鋭い酸味。

僕らは同時に手を伸ばし、同時に止めた。まるで、先に口をつけたら負ける勝負のように。


「しかし君は、本当に退屈な人生を送っているんだな」

「何が?」

「講義中はノートを取るだけ、休み時間は読書だけ。友達もゼロ」

「ノートを忘れて毎回借りに来る人に言われたくないわ」

「……ぐ」


痛いところを突かれ、僕は言葉に詰まる。

彼女はすかさず攻撃を重ねてきた。

「それに、あなたが寝坊して講義に遅れるとき、誰が教授の機嫌を取ってると思ってるの?」

「……君」

「でしょ。私がいなきゃ単位の半分も残ってないんじゃない?」


まるで剣と盾のように、会話がぶつかり合う。

だが、不思議と嫌ではない。むしろ、この瞬間こそが心地よかった。


「まあ、安心しろ」

僕はカップを口に運び、酸味を舌に転がしながら言った。

「君みたいな退屈な人間にも、長所はある」

「それ、褒めてるの?」

「褒めているとも。退屈は、裏を返せば安定だ。君の隣にいると、僕みたいな自由人でも落ち着いてしまう」

「へえ。つまり、私がいないとあなたはバランスを崩すと」

「かもしれない」


彼女はスプーンでカップをかき混ぜ、静かに笑った。

「それ、もう半分告白じゃない」

「いやいや、皮肉だ」

「ふうん。皮肉にしてはずいぶん甘いけど。私砂糖入れすぎたかしら。」

「君のはブラックだ」

「あら、気のせいだったかしら」


赤く染まり始めた夕暮れが窓を照らす。僕は咳払いをして話題を変えようとしたが、彼女の視線に射抜かれ、言葉を失った。


「でもまあ」

彼女はブレンドを一口飲んで、柔らかく息をついた。

「酸っぱいコーヒーも、案外癖になるのよね。明日はキリマンジャロにしようかしら。」

「退屈なブレンドも、君と喧嘩しながら飲むなら悪くない。明日はブレンドを飲もう。」


一瞬、視線がぶつかる。

互いにすぐ逸らし、同時にカップを持ち上げた。


勝敗はつかない。

けれどその日のコーヒーは、砂糖は入っていないのにいつもより少し甘く感じられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ