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魔王の器  作者: 北崎世道
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足手まとい

 帰宅だ。


 孤児院を出た後、僕はひとまず帰宅する事にした。折角、近くまで来たから寄ってみようと思ったのだ。なんていうとまるで本屋みたいだ(人によってはゲーセンや飯屋、コンビニ、になるだろうか)。


 そしたら案の定と言うべきか、こっぴどく叱られた。家の扉を開けた途端、鬼の形相をした母が仁王立ちで待ち構えていた。絶対ゴールは通さないぞというキーパーみたいな意思表示をして待っていた。おかげで僕は部下でも風俗嬢でもないのに説教をくらってしまった。なんてこった。


 けれどもこのまま説教を受けてる暇はないので、僕は逃げた。正座説教一時間コースからの全力逃亡を試みたところ、母が包丁持った般若スマイルで追いかけてきた。玄関から飛び出した瞬間、家の中から妹と父の悲鳴が聞こえてきた。僕はその痛々しい悲鳴に心を痛めつつ、父、妹に心の中で謝罪。南無南無ごめんなさい。


 家を出てからは、夜の住宅街を孤児院とは逆方向に疾走し続けた。


 この世界の電気設備等は元の世界ほど発達していない。なので、街中なのにかなり暗い。電飾もネオンもないし、なんなら元から明かりのない家さえある。だから満天の星空がはっきりと見える。星が見えるって事は、この世界が惑星だという事だが、魔法がある世界で地球での常識を当てはめても仕方ない気か。重力だって地球とは全然別の原理で働いているのかもしれないし、母が包丁を持って追いかけるのも地球とは全く別の原理で行われているのかもしれない。


 そんな事はさておき、僕は助走を踏みつつ空を飛んでホームからの緊急脱出を行う。しかしその瞬間、「させるかっ!」と鋭い声で母が僕の足首を掴み、地面に叩き落とす。


「ぐぇっ!」


 眼球が破裂しそうな強さで叩きつけられる。なんという容赦ない暴力。なんたる仕打ち。これが母のする事か。


「そうよ、母よ。愛ゆえの行動よ。母の愛をなめない事ね!」


 母がとんでもない迷言を堂々と言い放つ。堂々と言えばワンチャン無罪と思ってるのか。我が子をメンコのように地面に叩きつけた母親の台詞とは思えない。


「こ、これが愛とは、狂ってやがる……」


「海よりも深い愛情は、見ようによっては狂気にも映るものよ」


「360度全方位狂気だろ」


「隙がないと言ってもらいたいわね」


「何言ってんだこいつ」


 思わず素で引いたところで、茶番終了。お疲れ様でした。


 いやぁ、いくら異世界とはいえ、まさか昭和のラブコメみたいな暴力展開を令和になってやるとは思わなかった。これまで母には多大な迷惑を掛けた自覚はあるが、いよいよ母からの扱いが一線を越えてきた気がする。これも自業自得か。迷惑を掛け続けた己の罪か。


 とりあえず、遅く帰って迷惑かけた母に土下座でごめんなさいして、僕は再び逃走する。


 ビーチフラッグなら確実に取れるであろう素早いスタートダッシュで逃げて、常識と母を置き去りにする。


「あ、こら、待ちなさいっ!」


「嫌だね。待たないよ! そろそろマジで時間ないから!」


「それなら私も一緒に連れて行きなさい!」


「うぇっ?」


 思わず怯んだ。


 予想外の発想に僕は弱い。思ってもみぬ提案に僕は足を止め、振り返った。母は真剣な顔してこちらを睨んでいた。若干涙目にも見えるのは気のせいだろうか。先程の一線超えた暴力を考えると、母も気持ちに余裕がないと判ってしまえる。月明かりで輝く頬の滴が見間違いではないと教えてくれる。


「いきなり何言ってんの? いやまぁ、しょっちゅう迷惑を掛けてる自覚はあるけど。でもいきなりそんな提案をされると、ちょっと驚いて────、」


「迷惑だなんて思った事ないわよ!」


 こちらの言葉を遮り、母が怒鳴る。


「あんたの事が心配なのよ! 我が子を心配しない母がどこに居ると思ってんの!」


 元の世界ならニュースでたくさん見た、なんて事は言わずに黙る。


「あんたが面倒なトラブルに巻き込まれてるってのはなんとなく判ってる。仮に、好き勝手遊びたいからこうして出て行こうとしたって、私は迷惑だなんて思わない。私はあんたの母親なのよ! 迷惑なんていっぱい掛けなさい! その代わりあまり心配はさせないで。本当に不安なんだから。前にあんたが両腕両足失くして帰ってきた時なんか、本当に死ぬかと思ったんだから! もう二度とあんな目には遭ってほしくないの。だから、危ない事をするのはやめて。せめてお母さんを巻き込んで。お願いだから」 


「あー……」


 ちょいと反応に困る。これはガチなやつだ。


 どうも、掛けてるのは迷惑じゃなくて心配の方だったみたいだ。そりゃそうか。ウチの両親は二人とも真っ当だ。転生して、明らかに異常な僕を、常識では考えられない行動をとった赤ん坊の僕を、何の疑いもみせずに、存分に愛情を籠めて育ててくれた。心から優しくて、本当に立派な両親。僕の自慢の両親だ。


 それに対して僕は一体何だ。何をしているのか。


 こんなに必死に心配してくれてる人に対して、僕はなんでこんなにも引いてるんだろう。


 母の必死な態度にそぐわない言葉がつい口からまろび出てしまう。


「無理。足手まといだから」


 心配だから一緒に連れていけ、という懇願への反応でこれはないだろう。我ながら、いくら何でも非人道的過ぎる、と思う。だけど実際そうなのだ。正直、僕は忙しい。犯罪者にされそうな状況であまり親の事を気付かう余裕なんてない。他の女や孤児院などに気を遣う余裕はあっても、親の事は気付かえない。根っからのクソ野郎だ。


 だから不意に悟る。僕はこの人の息子である資格がないんじゃないかと。


 考えてみれば、僕はこの人の本当の子供を押し退けて、存在を消して、殺して、その場に居座ってる異物なのだ。つまりこの人にとっては害悪でしかない。しかもそれをひた隠して、こうやって迷惑かけて、泣かして、ドン引いている。ガチのクズ野郎じゃないか。


 必死な懇願に対して、足手まといだなんて無慈悲な言葉を投げ掛けるのが何よりもの証拠じゃないか。自分で自分にドン引きだ。


 しかしながら、ここで僕は母の愛情の深さ、強さを目の当たりにする。


 自分で引くような無慈悲な言葉に対して、母は一歩も退かずにこう言った。


「うるさい! 連れて行きなさい!」


「…………っ!」


 強い。こりゃ勝てないなと悟る。異世界チートなんて目じゃない。戦闘力53万だって取るに足らない母の愛情の強さ。精神論を語るならこういうのが本当の強さなんだろうなって結論に達するだろう。


 しかしながら、本当に連れて行く訳にはいかない。足手まといなのは事実なのだ。 


 母の愛情を理解した上で僕が困った顔をすると、母は思いの外あっさりと同行を諦める。


「……分かったわ。なら約束しなさい。できるだけ危ない事は避ける事。何かあったらすぐにお母さん達を頼る事。お母さん達は何があってもあんたの味方なんだから。それだけは忘れないでね」


 突然の豹変に僕は些か戸惑ったが、それだけ母がこちらの事を理解しているのだと判って、胸が痛くなった。


「……分かった。肝に銘じておく」


 僕はそれだけ言い残して、魔法で空を飛ぶ。母の手は外れていた。


 上昇中、僕がふと下を見ると、母がこちらを見上げていた。その目には大粒の涙が零れ落ちそうなのが分かった。


 思わず僕は降りて、母の涙を拭いたい衝動に駆られるが、そうする事ができないのは重々承知していた。


 だから遅いとは判っていても、見てみぬ振りをして上昇し続けた。


 夜空は暗い。空を飛んでも瞬く星達が近づいてるようには思えない。遠い遠い星空の下。僕は己の罪深さを噛みしめながら、空を飛び続けた。



 ◆



 目的地まで空を飛んでる最中、これまで空気を読んで沈黙していたアウルアラが不意に言った。


「お主がどう思おうと、お主はあの女の息子じゃぞ。下ネタじゃなくてな」


 下ネタの下りはいらんと思いつつ、僕はアウルアラの真意を訊く。


「お主が転生せんかったら、おそらくアルカ・フェインは産まれてはおらんかった。いや、産まれても死んでおった可能性が高い。死産じゃな」


「…………どういう事?」


「慰めだと思われそうじゃから事実だけ言う。転生というのは、生者の存在を押し退けてできるようなものではない。仮にアルカ・フェインがきちんと産まれていく運命じゃったら、きっとお主は別の人間から産まれておった筈じゃ。川の水が上から下に流れ落ちていくように。生命がいずれ死を迎えるように。転生者の魂は生者よりも死者を寄生木にする性質がある」


「……女神様から聞いたの?」


「うむ。あのポンコツ上位存在から聞いた。お主の知らんところで偶に話し合うんじゃぞ、童は」


「そうなんだ」仲が良いんだ。


 意外と言えば意外だし、そうでもないと言えばそうでもない。


 転生時に会ったあの女神様は、前に一度、声だけ聞いたけど、初対面時とは違った印象があった。アウルアラがつけたポンコツという評価は、僕にも正しいと思えるものだった。


 そんなポンコツの上位存在とアウルアラの相性は、思い返せばそんなに悪くなさそうだった。下位存在であるアウルアラが上位の女神様を馬鹿にしてからかって……、そういうのが楽しそうに思えた。


 ともあれ、アウルアラの言葉で僕は、自分が本物のアルカ・フェインを殺したのではないと判って、少し気持ちが楽になった。


 母に、いや両親に、迷惑もとい心配を掛けてる事に変わりはないけども。


「今更それを言っても仕方なかろう。それよりもこれ以上両親に心配を掛けないよう、今回の事件をさっさと解決するよう頑張ればよいじゃろう。それが今のお主にできる最善ではないか?」


「確かに……その通りだ」


 ここでうじうじ落ち込んでてても何も解決しないし、誰も喜ばない。極端な話、事件を解決しないでうじうじ落ち込むのと、事件を解決しないでヘラヘラ楽しく笑っているの。どっちが良いかと言われたら後者だ。


 両親は真っ当だから、子供の幸せを願っている。それなら僕は幸せであるべきだ。それが何よりもの親孝行というものだろう。それに僕の不幸を願っているような奴等は、総じて僕の敵だ。ゴミだ。カスだ。ウジ虫だ。ドブカスだ。僕が気を遣う必要もない。僕だってそいつが不幸になるのを望むくらいの敵だ。ならば、うじうじ落ち込んでいられない。敵が喜ぶような事をどうして僕がしなくてはいけないのか。誰にも好かれる聖人になるのは無理なんだから、敵の不幸を望むくらいの嫌な奴であれ。


「そうそう、その意気じゃ」


 アウルアラも僕の心構えに賛同する。


「それじゃ次、どっち行こうか」


 考える。この後、行く先は二つ。下品な店名の酒場でウェールイを尋ねるか、もしくはガリオス組のところでブーザマに恨みのありそうな人を訊くか。どちらかだ。


 少し迷った後、前者にした。ガリオス組のチンピラ共は調査が終わっても待ってるだろうし、待ってなくてもアパートの場所を知ってるからどうともでなる。それに対してウェールイの方は酒場しか心当たりがない。もしもタイミングを逃せば、また明日の夜まで待たなくてはならない。だからウェールイの方を訪ねる。


 僕は舵を酒場に切り替え、空を飛ぶ。日の落ちた街並みは暗くて、場所が判り辛い。しかし、その中でも判りやすいところがある。今が活動時間な夜の街だ。


 難しい事を考えずに、騒がしい方に向かえば自然と着く。


 降り立つ。


 さっき来た時は廃墟みたいにしんと静まり返っていた場所が、今は騒がしい。さすがに祭みたいにとは言わないが、それでもさっきとは雲泥の差。すれ違う人こそそれほど多くないが、あちらこちらから人の声が聞こえる。アルコールの混じった男女の声。


 通りを歩くと、おおよそ三割くらいの店が開いている。しかしよく目を凝らすと、五割か六割くらいが開いているのが判る。閉まってるように見せかけて、営業している夜の店。


 ガハハ、と粗暴で大きな笑い声があちらこちらから聞こえる。本人は普通に笑ってるだけでも、声は大きく、がなり声で獣のようだ。


 時折、その中から女の色のある声が混じって聞こえてくる。盛ってるのだろう。あるいは男を引っ掛ける為に出してるのか。


 その色気のある声が、通りの端をちょぼちょぼ歩いている僕の方に向いた。


「あらぁ、ぼくぅ? こんな可愛い坊やがどうしたのかしらぁ? よかったら、お姉さんのところで遊ばなぁい?」


「あ、いや、行くとこ決まってるんでいいです。すいません」丁重にお断り。 


 念の為に言っておくと、今は魔法で変身した姿。元の五歳児の姿ではない。


 確かに十五、六くらいならここでは坊や扱いされてもおかしくない。夜の街とは別名、大人の街なのだ。


「あらぁ、残念」


 女性はこれ以上、構う事なくあっさりと引く。引き際を弁えていて、必要以上に追ってこない。


 どちらかというと、引き際を弁えてないのは男の方。ガタイはデカイがおつむは小さめな男の方。


「おい、クソガキがこんなところで何の用だ。俺は今、金がねぇから寄こせ」


 いっそ清々しいくらいの浅慮なカツアゲを無視して行こうとすると、こちらの行き先を立ち塞がってくる。「無視すんなよ。金を出せばどいてやるよふんぎゃ」


 拳で大人しくさせる。幸い、軽いジャブだけで大人しくなったので、周りからは誰にも気付かれてない。膝から倒れ堕ちたのも、酒で寝たのと勘違いしてくれたっぽい。


 僕は他人事のように振る舞いながら、その場から離れる。


 んで。


 十秒後にまた絡まれる。


「ようにぃちゃん。俺ぁ今、金がねぇから貸してくれや。十倍にして返してやるから」


 カツアゲの台詞がギャンブル依存症のそれだ。


「んごふっ」


 拳で大人しくさせる。


 それからまた一分後にまた絡まれる。


「金出せやコラ」


 拳で以下略。


「んほぉっ」


 癖のある断末魔だ。


 そんな感じで、目的地まで行くのに結構な数に絡まれてしまった。


 治安が悪い。


 つうかなんだ。異世界チートって嫌な奴をボコるアレだけど、嫌な奴があまりにも手ごたえなさ過ぎるから、ヘイト溜まる前に終わっちゃう。


 これはどっちかというと、少年漫画とかで見るやつだ。少年漫画は他に本題があるから嫌な奴を倒すのもあっさり。むしろ主人公やり過ぎイキリ過ぎって逆にヘイトを溜めないよう、嫌な奴を倒さないまである。


 いやまぁ、僕は普通に倒してるけどね。やり過ぎイキリ過ぎで読者にヘイトを溜めてしまう奴になってるしまってるけどね。


 でも仕方ないじゃん。嫌な奴をボコさないのはこっちのストレスが溜まっちゃうし。


 死体の山を築き上げながらやがて目的地の酒場までやってきた。さすがにここまで来ると、目立ってしまっているが気にしない。


 店の扉を開き、店内に入る。板張りの床。くるくる回転するランプ。ニ十個くらいの円形のテーブル周辺にそれぞれ椅子が複数並んでいる。


 僕は辺りを見渡し、店主である青髭のお姉さんに声を掛ける。


「どうもこんばんは。ウェールイ来てますか?」


「あらぁ、坊や。さっきぶり。来てるわよ。ほら、そこ」


 店主の指さす先には、見覚えのあるチャラそうな男が座っている。


「よう。久しぶり」


 背を向けたままの態勢で、ウェールイが顔だけこっちを向いて挨拶をする。


 意外と落ち着いた反応だ。店主から僕が来ることを聞いていたからだろうから、驚きはしないだろうが、それにしてもキャラが違う。ウェールイというのはチャラ男の代名詞じゃなかったのか。


「来るならはよ来いよ。お前が来るって言うから、酒を我慢してたんだぞ」


「あぁ、ごめん」


 僕は軽く謝りながら。ウェールイの隣の席に座ろうとする。


 が、いきなりその椅子が引かれた。


 尻もちを付き、そのまま背中からゴロンと床を転がる。


 これはアレだ。不良学校に転校してきた奴が最初にやられる感じのやつだ。


 寝転んだ状態で天井を見ると、そこにはこちらを見下ろすチンピラが立っていた。


「よう、待ってたぜ」


 どうやらウェールイ以外に僕を待ってる奴がいたようだ。制服姿の美少女ならパンツが見えるアングルだが、汚い顔のチンピラだと何も嬉しくないし、なんなら見苦しいまである。


 ってよく見れば、こいつは前回来た時に、通行料がどうとかいって絡んできたチンピラだ。あの時はたしか股間を蹴って大人しくさせたんだっけか。


 それを恨んでこうしてまた絡んできた訳か。


 僕がぼんやりそいつの顔を見上げていると、チンピラはおもむろに足を上げ、こちらの顔を踏んづけてきた。


「ぐぇっ」


 連続で踏みつけられた。


「ぐぇぐぇっ」


 臭い。汚い。屈辱の3Kだ。


 ダメージは入らないが、汚い靴底を顔面に押し付けられるのは耐えられない。


 すぐに身体を起こして、戦闘態勢に入る。


 あぁ、これこれ。異世界チートってこういうやつ。ヘイトが溜まってからボコるのがカタルシスで気持ちいいのだ。


 そんな訳で、僕が戦闘態勢に入ると同時に、チンピラはウェールイにボコられて、あっさり気絶した。


「…………そんな…………ヘイトが……カタルシスが…………」


 ターゲットを先取りされしょんぼり落ち込む僕の前で、ウェールイが強キャラ感たっぷりで、気絶したチンピラを更にぶちのめす。


「おいこら、俺の客に何、舐めたっ、真似っ、してくれとんじゃ。オラっ、オラっ」


 ガンガン腹を蹴り続けるウェールイ。慣れた感じで暴力を振るう姿はびっくりするくらい堂に入っている。


 ウェールイはウェーイなパリピ系のチャラ男だった筈だが、今の彼はガリオス組も真っ青なやくざ系に見える。一発で気絶したチンピラをそのままドラム缶に入れて、コンクリで詰めてから、東京湾に沈めてそうな感じのやつだ。こっちの世界に東京湾はないけど、似たようなモノはあるでしょ。たぶん。


 僕の顔を踏み続けたチンピラの周りに、彼の仲間らしき男達がブルブル震えあがっている。どうやら数で取り囲んで、オラオラするつもりだったらしい。その前にウェールイがリーダー格をやっちゃったもんだから、どうしたもんかとビビり散らかしている。可哀そうに。


「そろそろやめときなよ」と僕はウェールイに声を掛ける。


「そいつはもうどうでもいいから、周りの仲間達にでも連れて行かせようよ」 


「ん? ああ、そうだな」


 ウェールイは飽きたという感じに暴力を辞め、白目剥いて泡吹いているチンピラを片手で持ち上げ、彼の仲間に放り投げる。


 仲間たちはキャッチしそこね、チンピラが床に落ちる。


「ほぎゃっ」あらら、可哀想に。情けない悲鳴をあげちゃって。


 ウェールイが言う。


「さっさとそいつを連れて消え失せろ。あと、店のマスターに迷惑料はきちんと払っとけよ」


「ひゃ、ひゃいっ」


 仲間たちがビビりながら返答し、情けない悲鳴を上げたリーダーの足を引きずり、店を出る。退出する事で気付いたが、彼の仲間は全部で十人ぐらい居たようだ。その人数でたった一人のウェールイにビビり散らかしていた訳か。あまりに情けない。


 いや、この場合はウェールイがすごかったのか。


「悪いな」とウェールイが僕に謝る。「この辺は治安が悪いから、ちょっと見かけない顔が居たらすぐに喧嘩を吹っかけてくるんだ」


「それはここに来るまでに散々味わったよ」


「俺もここではそれなりに顔が売れてると思ったが、どうやらまだまだらしい。俺の客に手を出されるとはな」


 確かに手は出されたが、顔が売れてない訳ではなさそうだった。というのも、さっきのチンピラが出て行った後、残った客達が「うわぁ、さすがウェールイの旦那だ……」「ウェールイやっぱこえぇ……」と呟き合ってるのが聞こえてくるからだ。


 中には「あははっ。さすがウェールイだな」と馴れ馴れしく話しかけてくる輩もいたが、そういう奴等はウェールイから、


「散れ散れ。話の邪魔だ」と雑に追っ払われていた。


 怖がられているが、慕われてもいるらしい。


「それで、わざわざ訪ねてくるのは一体何の用だ? …………いやまぁ、なんとなく察しは付いてるんだが」


「黒コートの男を探している。犯人を見つけないと僕が犯人扱いされるという意味の分からん状態なんだ」


「…………まぁ、あんなヤバい真似はお前くらいしかできないからなぁ」


 なにやらウェールイが納得したように頷いている。


 そんなに僕はヤバい真似ができると思われてるのだろうか。


「黒コートの男って言うからには、ムッサイの旦那からは話を聞いたんだな」


「うん。留置所で聞いた」


 しかしまぁ、随分と察しがいいな。てか頭の回転が速い。第一印象はIQ二桁くらいしかなさそうなただのチャラ男だったのに、今はエリートやくざみたいな雰囲気。あの時とはかなりキャラが違うな。


「犯人を見つける為に情報が欲しい。あの時の事をできれば教えて」


「うーん」とウェールイが眉をひそめる。「おそらくムッサイの旦那からの話とそれほど変わらんと思うがな。むしろ途中で離脱した分、俺の方が情報少ないと思うぞ」


「だとしても、そっちの視点でしか見られなかったことがあるかもしれない。ひとまず教えて」


「分かった。それなら語ってやるよ」


 そう言って、彼は事件当時の事を語り始めた。





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