筋肉
お久しぶりです。サボっててすいません。そろそろ再開します。といっても週一、二くらいのペースになると思います。
「結局、事件現場には何もなかったなぁ」
あれから現場を調べてみた物の、何も手がかりらしいものは得られなかった。素人だから調べ方が悪いというよりは、事件発生から既に時間が経ち過ぎていたというのが大きな理由だろう。元の世界でも、事件発生から七二時間以内が捜査のタイムリミットみたいなところがあるらしい。それ以上時間が経つと、あまり有益な情報期待できないそうだ。
ま、時間が経てば経つほど捜査が難しくなるのは素人の僕でも判る事だ。七二時間なぞとうに過ぎたし。
そんな訳で、次に行くとこもはっきり決めぬまま、僕はなんとなくお城の方に向かって飛び出した。飛びながら、アウルアラに言ってるのか、それともただの独り言なのか、自分でもよく分からないぐらいの気持ちで口を開いた。それがさっきの言葉だ。「結局、事件現場には何もなかったなぁ」
にもかかわらずアウルアラは、「そうじゃのぅ」と返してくれた。「こんな事なら自室で己のケツ毛を眺めてた方が有意義じゃったのぅ」
「いや、さすがにそれはないよ」
確かに有益な情報は手に入らなかったけども、それでも一度は行くべきだった。現場のイメージを掴む為にも。下見的な意味合いで必要な行動だった。ま、本当に必要かどうかは知らんけど。
「……そういえばケツ毛のくだりで思い出したけど、どうして憲兵たちはムッサイを処刑したんだろうな。既に事情聴取は終えたとしても、また何かしら訊く為にも、絶対生かしておいたがいいのにね」
「別に殺してはおらんぞ?」とアウルアラは言った。「あの男は生きとるぞ? 処されてはおらぬ」
「え? そうなの?」飛びながら僕はアウルアラの顔を見て、言った。「でも、あの時、憲兵たちのお上様…………名前は知らんけど、偉そうな奴と顔を合わせた時に、探知魔法を使って、ムッサイがいない事は確認したよ? あいつの凄まじいオーラは感じなかったよ?」
「それはお主の探知が雑だったからじゃよ」アウルアラの呆れるようなため息。「お主はもうちょっと己の集中力、注意力のムラを自覚すべきじゃな。時々、目を瞠るような集中力を見せる時もあれば、こちらが目を覆いたくなるようなダメダメな時もある。魔力の扱いなんか、その時の集中力がもろに出とるぞ。ムッサイを探知した時も、あの男が少し場所を移動しただけで簡単に見逃しておるし」
「…………マジか。少し場所を移動しただけだったか」
「厳密にはあの筋肉男の闘気を抑える為の処置もしておるがな。まぁ、お主がもう少し集中しておけば、簡単に気付く程度の処置じゃよ。あの偉そうな奴の策にまんまと引っ掛かりおって、なんとまぁ、情けない事じゃ」
あの偉そうな奴というのは、僕が牢屋に居た時に、大ボスさんと拘束の能力者に挟まれてやってきた男の事だろう。憲兵たちの上司的な奴。名前は知らないけど、僕の個人的な呼び方でいうなら、性根の腐ったお上様とか、偉そうな男とか、そんな感じの奴。偉そうとか、すごい悪そうとか、そういうイメージしか残っていない。そういえばあいつと話してる時に、ムッサイの探知をして、いないと思ったんだっけか。
あいつが悪そうな笑みを浮かべるから、てっきり殺したのだと早とちりしてしまった訳だ。
「うぅむ」
反省点はあるが、とりあえずムッサイが生きてるなら、素直にそれを喜んでおこう。僕はムッサイの事が嫌いではない。できれば生きててほしいと思うくらいには好きだ。だから、素直に喜んでおく。わーい。
────とまぁ、そういう話をしたので、僕の次の目的地はムッサイが居るであろう、監獄施設になった。行くというよりは既に戻るという認識になってしまっているが、ほんの少し宿泊しただけで、戻るべき場所があそこになるというのは、我ながら適応力が高すぎると思う。
飛行魔法を使ったのであっという間に到着。目的地が決まっていると尚更早い。
まだ修復作業でわちゃわちゃしているお城の前を通り、地下の監獄施設に向かおうとする。が、その道中で憲兵に捕まった。「おいこら、そこは関係者以外立ち入り禁止だぞ」僕が振り向くと、声を掛けてきた憲兵の顔色が一変した。真っ青になって、思わぬところでいじめ現場を発見した不甲斐ない担任教師の如く、さっと視線を他所に移して、見てみぬ振りをした。
「…………」色々思うところはあるが、絡んでこないようなので僕もあちらを無視して、そのまま突っ切った。
そんな感じのやり取りを三回繰り返し(うち一回は顔を覚えられてないのでガチで止められそうになったところを、相手側、仲間の憲兵からこそこそと耳打ちで知らされ、結局見てみぬ振りとなった)、地下への入り口まで到着する。
この狭くて長くて汚らしい階段を降りると、地下の監獄施設に行けるのだが、ここにきてまたまたまた僕を止めようとする輩が現れた。
これが動画配信ならカットして、何事もなかったかのように振る舞うのだろうが、今回はカットできない相手が止めに来ていた。
「えっと…………ここの偉い奴だ」
名前も知らない憲兵団の上部。お上の人。これでもかと言わんばかりにエリート臭を振りまこうとして、威厳よりも滑稽さの方が滲み出ているあの人。性根が腐り過ぎて、ネットのレスバに人生の八割割いてそうな人よりもヤバめな雰囲気が出ているあの人だ。
「やぁやぁやぁ」と名前も知らないお上の人が言った。彼の横には隊長さんと拘束の能力者の二人がやや疲れた表情で立っている。もしも疲れた表情のおっさん二人が百合少女だったら間違いなく百合の間に挟まる男として世界に収束され、存在そのものが消えてしまうだろうに、立っているのが疲労のせいかやや小汚いおっさん二人だから消えてしまわない。見るからに悪い奴なんだから、さっさと消えてしまえばいいのに。もしも僕が汚っさん二人の間に尊さを感じられる腐った御姉様の素質を持っていたら、百合力の性質を利用して目の前の性根腐ったお上の人を世界に収束させられただろうに、ああ、己の無力が嘆かわしい。
「…………聞いてますか?」
と、僕が考え事をしていたところで、そのお上様がこちらを覗き込んできた。
「え? ああ、すいません。聞いてませんでした。なんでしょう?」
「…………」偉そうなお上様は若干不機嫌そうに顔をしかめたが、すぐに立て直し、「どうして犯罪者であるアルカ君がこんなところで、自由に歩いているのかなぁと訊いてるんですよ」
「……………………あぁ、そういう」
僕が頷くと同時に、汚っさん二人がじりっと一歩こちらににじり寄る。大ボスさんの方は若干申し訳なさそうな顔で、好き好んで僕を捕まえようとしていないのが判る。もう一人の拘束能力者は申し訳なさそう顔でないものの、意気揚々と捕まえようとしていない。単に面倒だからだろうか。それとも、大ボスさんと同じ想いなのだろうか。ともあれ、どちらも真ん中の権力者の言う事に渋々従ってる感じだ。
とりあえず僕は逃げた。
「あぁっ!」とお上様が声を上げた。「逃げるぞ! 捕まえろ!」お上様の命令を聞いて、疲労感がトッポのチョコよりもたっぷりな二人が追いかけようとする。だが、あまり乗り気ではない奴に捕まる程、僕は間抜けじゃない。そもそもやる気がお父さんのストレスくらいいっぱいでも、僕の素早さの敵ではないのだ。見せかけさえもろくに出来てない奴なんて、祖父母のマリカーを相手にしてるくらい楽勝だ。せめて見せかけでも頑張れ。コンビニ商品を見てみろ。コンビニ商品の容器は底上げ、色付けで内容量を必死に誤魔化してるじゃないか。あれくらいの意地悪さを見せてみろ。
…………んで。
少し離れたところで一旦休憩。やる気のない二人だから、そこまで必死に追いかけて来ない。むしろこちらを逃がす為に、お上様が見てるとこまでしか追いかけて来なかった。きっと、これ以上はお上様の安全を護る為、とかなんかそんな感じの言い訳でもしたのだろう。とにかく彼らは追いかけて来なかった。
なので休憩。今なら捕まる心配はない。
だけど、どうしようと頭を抱える。おそらくさっきのところでお上様達は待っていると思う。彼等の目を盗んで忍び込むのは難しい。炎上した芸能人が再びメディアに戻るくらい難しい。
なので一つ策を練ろうと思う。といっても、大した策ではない。変身魔法を使って変装するのだ。考えてみれば、今のこの姿もある意味変装なのだ。変身と変装の定義についてはよく分からんから思考から除外するにして。本当は五歳なのに十五歳の姿になっているのだから、それをまた別の姿になればいいだけなので、実行は容易だ。勿論、本来の姿である五歳児の姿を晒すのではなく、もっと別の、お城の中を巡回している憲兵の姿に成りすませばいい。
どうせあの威張る事しか取り柄のなさそうなお上様は、憲兵団全員を把握している筈もない。なので鎧姿だけきちんとしていれば、顔にこだわる必要もないだろう。そんな訳で、魔法で地味な顔の憲兵に変装して、お上様をやり過ごすことにする。
行ってみる。
「……どうも、こんちわー…………ぐぇっ!」
適当に挨拶をしながらお上様の隣を通り過ぎようとしたら、いきなり蹴られた。
問答無用のヤクザキックを喰らって、尻もちを付く。
まさかの即バレかと思いきや、
「ちょっとぉ? お前は部下の教育もちゃんとできてないの? 私にあんな馴れ馴れしい口を利くとか、マジであり得ないんだけど?」
お上様の嫌味な言葉に大ボスさんが一瞬だけ顔をしかめるが、すぐに何事もなかったかのように取り澄まし、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。彼には後できちんと言い聞かせておきますので」
「しっかりしてよぉ、まったく……」
お上様から説教を受けた大ボスさんがこちらを一瞥するが、特にこちらに文句をいう事もせずに、そのまま黙ってお上様と一緒に見張りを続行する。
おそらく大ボスさんは、こちらの正体に気付いてそうだが、あえて気付かない振りをしているようだ。そういうのを全く顔に出さないのは、素直に有能だと思う。対して上司を挟むよう反対側に立っている拘束の能力者は、こちらに正体に気付いてるし、困惑した様子が顔にも出ている。大ボスさんの顔をチラチラ見つつも、大ボスさんの態度に、自分が何も言わない方がいいのだと察して、黙っている。
お上様が部下の様子も見ない無能だから、なんとか気付かれずにすんだが、普通だったらたぶん気付かれてただろう。拘束能力者の態度はそれくらい判りやすかった。
ともあれお上様の部下は見てみぬ振りをしてくれたので、尻を蹴られつつも僕は地下へと降りる事ができた。
んで、探知能力を使う。
「…………。…………。…………。…………あっ、あれかな?」
記憶に残っているあの筋肉男ムッサイの闘気に気付き、僕は本当に自分が見逃していたのだと実感した。早速向かう。
狭苦しい階段をムッサイがいる高さまで降りて、角を曲がる。監獄施設の構造はすごくシンプルだ。頭の悪い受刑者もこれなら地図なしに迷わず自分のお家に帰れるだろう。角を曲がって、二つ目の扉を開く。…………うん。間違えた。もう一つ隣だった。
シンプルな構造だからこそ間違える事ってあるよね、と自分の言い聞かせながら三つ目の扉を開き、お目当てのムッサイの姿を視認する。
…………が、絶句。
ムッサイの姿を見た途端、僕は思考が止まって、言葉を失う。でもすぐに我に返る。これがムッサイじゃなくて、僕の身内の誰かならもっと硬直時間が長かっただろう。そこそこどうでもいいムッサイだからそこまで凍らずに、そして怒りで我を忘れずにも済んだ。
というのもムッサイの姿が明らかに拷問を受けた後だったからだ。身体中ボコボコで、顔面なんて原型がない。あの膨れ上がってた筋肉も今は廃墟に置き忘れた茄子みたいに萎びて、どっちかというと顔面の方がパンパンに膨れ上がってるくらいだ。更に、クレーンなどの重機を思わせた筈の右腕が、肩からスッパリと斬り落とされてある。隻腕というやつだ。これも拷問を受けた結果なのだろう。そんな感じで、あまりにも惨いムッサイの状態に、どうでもいいと思ってた僕も流石に言葉を失った訳だ。
これだと僕が探知魔法でムッサイを見落とすのも無理はないだろう。僕がやった探知魔法は魔力とか闘気、オーラとかそういうのを感じる性能のやつだ。そんでムッサイは魔力がない代わりに、闘気が凄まじく、檻に入れられる前は溢れんばかりの闘気があった。だけど今のムッサイにはその溢れんばかりの闘気がすっかり消え失せ、脱稿後のコミケ作家よりも弱弱しい生き物だった。まぁ、こんだけ暴行を受けたら、生命力が消え失せるのも当然だろう。それだけマジに酷い状態だった。
「…………おっす」と、それでも僕はあえて気軽に声を掛けてみる。あまり重い態度で接しても仕方がないと思ったのだ。そしたらムッサイは僕の顔を一瞥した後、すぐに逸らした。返事すらない。放屁で返事するような愛嬌もない。ほとほと疲れて、色々と絶望しきった男の顔だった。
「入らせてもらうね」
こんな状態じゃ元気がないのも仕方ないと判断し、僕は彼の無反応に構わず、我が家のように檻の中に入った。勿論、鉄格子は力尽くでひん曲げて。前よりも硬くなってるが、それでもこの程度なら「むぎぎ」と力を籠めるだけで、オナ禁二日目の信念くらい簡単に曲げられる。力みによる放屁さえも、必要ない。
僕の力技に無気力無感動なムッサイも僅かに驚きを示したが、それでも僕に対応するまではしなかった。「何か反応してよ」と僕が言うと、「お前に構うとまた痛い目に遭わされる。見ろよこの腕。散々切り刻まれた後、あっさり斬り落とされたんだ」
「そっか」僕と関わったばかりに、こんな酷い目に遭わされたのか、と僕は同情しながら、回復魔法でムッサイの腕を生やす。ムッサイの生命力なら、エロ漫画の男性器くらい簡単に生やせる、筈。今はかなり弱弱しかったけど、いざ試してみると、案外簡単にいけた。やはりこれだけ丹念に拵えた筋肉は、そう簡単にムッサイを裏切らなかった。筋肉=生命力という図式が成り立っている訳でもないのに、そういう理屈を無視してしまうだけの力が、筋肉にはあった。やはり筋肉は如何なる理屈を超越するだけのパワーがある。パワーオブパワー。マッスルイズベスト。
僕の回復魔法でムッサイは腕を生やして、おまけに全身に受けた拷問の傷跡も、赤ちゃん肌みたいにつるりと綺麗になったが、彼は気付かなかった。「いいから帰ってくれ。俺はもう二度とエリザとジェーンとロックには会えないんだ。あれだけ必死に鍛え上げた彼女達があんなにもあっさり無残に斬り落とされた時の俺の気持ちを察してくれ。今にも胸が張り裂けそうなんだ」
そう言って、ムッサイはその斬り落とされた右腕で己の胸を掻きむしる。どうやら彼は己の筋肉にな目を付けるタイプの人らしい。やはり鍛え上げた筋肉にはそれだけの愛着が出てくるのだろうか。それともそれぐらいの愛着を持たなければ、あそこまで鍛えられないのか。
ともあれ、漫画のキャラ以外に己の筋肉に名前を付ける人間を初めて見た事に内心驚きつつ、僕はムッサイが己の右腕が再生したのに気付くのを黙って待つ。彼はひとしきりエリザとジェーンとロックとの関係を僕に向かって話した後、悲し気な表情で己の肩を抱いた。ちなみに彼の話では、エリザはひどく寂しがりやな彼の上腕三頭筋で、一日構わずにいるとすぐにへそを曲げてしまう可愛らしい性格の持ち主である事、ジェーンは彼の上腕二頭筋で、かなり甘えん坊な性格の持ち主である事、ロックは筋肉ではなく拳の名前で、全てを殴り潰す事を宿願としているとの事だった。
内容自体はまるで彼の大切な家族の話のようだが、個人的には聖書のような神秘性も感じられた。
拳だけ男性名なのは何か理由があるのだろうか。いや逆に筋肉に女性名を付ける事に意味があるのだろうか。もしやこれは、エロスを超えた先にしか辿り着けない筋肉という暗示なのか。そういえば元の世界での言語で考えると、ムッサイはムサイという意味以外にも、神を呼ぶ時にエロを除いた仏に挟まれる名前でもある。
エロイムエッサイム。イムッサイム。イ ムッサイ ム。
いやはや、ただのムサイ男だとばかり思っていた己が恥ずかしい。百合に挟まれる男はもれなく地獄逝き確定だが、仏に挟まれる男は一体何になるのだろうか。神に愛される名前である事は間違いない。ああ成程。だからこそあれだけの筋肉を得られたのか。そう考えるとやはり筋肉には神が宿っているとみて間違いない。いあいあはすたあ くふあやくぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ!
筋肉および、その筋肉を大量に有しているムッサイについての考察は、僕の灰色の脳細胞に神を感じさせた。やはり理屈を抜いても拵えても、圧倒的な筋肉には神が宿るものなのだ。筋肉こそが世界の真理なのだ。
そんな事を考えてたら、「おい、大丈夫か? 頭が筋肉にやられとりゃせんか?」と、アウルアラのガチで心配そうな声が聞こえて、僕は我に返った。
どうやらあまりにも濃密な筋繊維を前に、どうやら僕は少しだけ正気を失っていたようだ。
正気を失っていたせいで、何の話をしていたかも忘れかけていた。えっと、確かムッサイが腕を斬り落とされたから僕の回復魔法で再生させたところだったのだ。それで、ムッサイが腕の再生に気付かず、エリザやジェーンといった筋肉話に花を咲かせていたんだっけか。
んで。
当のムッサイはまだ筋肉話に花を咲かせていた。未だ、己の腕が再生された事に気付いてない。
「腕、生やしたよ」と僕が教えると、ムッサイは心底驚いた顔をして、その後に信じられないような目でこちらを見た。
「お、お前、一体何者なんだ……っ?」
戦慄の眼差しがやや辛かったので、僕は、「いや、筋肉のおかげだよ」と言うと、ムッサイは、
「そうか、成程。やはり筋肉だな」とあっさり納得を示した。
そう。筋肉。
筋肉は全てを解決するのだ。




