ケツ毛
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願いします。
そんなこんなで捜査が始まった。
捜し出すのはジャントルとブーザマを殺した犯人。黒コートでフードを被った謎の男。そいつは、彼等が馬車で移送されてるところに突然現れ、ブーザマ達をどうにかこうにか殺してしまった。周りにいた憲兵たちは誰もその男に気付かなかった。まるで初めから存在しなかったかのように。
バード副隊長から話を聞いた感じは、ミステリー小説のようなトリックを使った感じではなかった。聞いただけで判る、あからさまな不可能犯罪。これがミステリー小説なら、何か前提を崩すような情報を得ないと話が進まないような状況だが、この世界には魔法があるので、その必要もなさそうだ。たぶん状況的にミステリー小説よりも、クトゥルフTRPGの方が近い。奇想天外な魔法が物理現象として存在する世界。非現実が現実として認められる世界。そんな世界で前世の常識をマニュアルとして読んで何になる? クソの役にも立たないだろう。
そんな感じで捜査については色々、思うところはあったが、それでもやるべきことはやらないといけないので、とりあえず捜査開始する。
「────よぅし、それでは犯人をでっち上げるか!」とアウルアラが開幕早々とんでもない事を言い出した。
捜査開始の第一声からこれとは、なんとも頭が痛い。しかも、状況を考えればこれはこれでなかなか悪くないというのがまた頭痛を加速させる。
ちなみに僕がこの事件を捜査する理由は、憲兵のバード副隊長から「アルカさんの大切な人を酷い目に遭わせたくなければ、犯人を探し出してください」と暗に脅されてるからであり、そんでそのバード副隊長が所属する憲兵団は、お上の人の性根がどこまでも腐りきってるいるので、どうしようもない。真実よりも沽券などが大事な奴等だ。仮に僕が真実を突き止めても、憲兵団のお上様の都合が悪ければ、それは闇に消されてしまうという事になる。つまりクソだな。
しかしだからといって最初から真実を諦めてしまうのは、人として駄目な気がするのでやめておくことにする。メタ思考というか、こういうのは真面目にしておけば、なんだかんだでこちらにとって都合の良い結末を迎えると思うのだ。メタ思考が現実にどれだけ役立つかは知らんけど、それでも理性を働かせる理由になるならそういう風に利用しよう。働かせられなくなったなら、きっといつかは踏み外してしまう。人の道を。
ともあれ、とりあえずは真面目に捜査をしようと思う。しかしながら、じゃあどうすればいいかと言われると、事件の捜査なんてした事のない探索者初心者の僕は困ってしまう。捜査と言えば聞き込みだけど、どこでどういう風に聞き込みをすればいいのか。というかそういうのって組織が人海戦術でやるようなもんじゃないのか。たった一人でやったって何の意味もないんじゃないのか、なんて思ってしまう。
「んじゃ、組織の奴等がやった聞き込み情報を訊きに行けばよいのではないか?」とアウルアラが助け舟を出すように問う。「一応、憲兵団とやらが最初こそは真面目に捜査したのではないか? それと、馬車を囲んでいたとかいう残りの三人の話くらいは聞いておくべきではないか? バードとかいう者の証言だけでは見えて来ぬモノもあるかもしれぬぞ」
「…………言われてみれば」
アウルアラの指摘に納得し、僕は急いで先程立ち去って行ったバード副隊長を追いかける。ちょいと眺めに考え事をしていたから、きっともう姿は見えないだろう。追いかけるというよりは、捜し出さねばならない。
と、思いきや、今まで居た吹きさらしの部屋を出てすぐのところに、バード副隊長は立っていた。こちらが出てくるのを待っていたかのよう。「意外と遅かったですね」どうやら、待っていたかのようじゃなくて、実際に待ってたみたいだ。「とりあえず事件時、同行していた残りの三人を呼んでますので、そちらからまた話をお聞きください。それでは」
そう言って今度こそバード副隊長は立ち去って行った。こちらがどう動くか。予め分かっていたようだ。というか、それなら初めから教えてほしい…………いや、もしかすると僕に捜査を体験させようとしているのか。
そういえば、自分で言うのもなんだが、この世界での僕は優秀だ。転生特典で赤ん坊の頃から自我があるし、そのおかげで魔力がすんごい事になってるし。でも、僕が転生者である事を知らないこの世界の人にとっては、僕はものすごい天才に見えるだろうから。もしかしたら目を掛けられてるのかもしれない…………なんて、そんな風に思ってしまう。
「案外、そうかもしれぬな」アウルアラも僕の推測に同意を示した。「そう言われてみれば、なんとなく合点がいく気もする。ただ、仮にそうじゃとしても、もっと良い勧誘の仕方があるじゃろうから、違うかもしれぬがな」
どっちだよ、と声に出してツッコもうとしたところで、例の三人が現れた。
たぶん例の三人だと思う。鎧姿の憲兵だ。
「その通りです。かくがくしかじか以下略」
右からノブタ、シンゾー、ヤス。
…………最後、犯人じゃねぇのか?
訝しみつつも、僕は三人の憲兵から事件について尋ねた。が、ぶっちゃけあまり実の無い時間だった。大体の情報は先ほどのバード副隊長から聞いたモノと同じで、新たな情報と呼べるものは特に何もなかった。強いて言うなら憲兵がこれまで調べた内容が大したモノじゃないって事ぐらいか。事件現場周囲への聞き込みもほとんど無駄足だったそうだ。これなら自分のケツの穴を観察していた方がまだ有意義だったかもしれない。
三人は立ち去って行った。しかし一人は立ち去ったと見せかけて、物陰からそっと僕を覗き込んでいた。ヤスと名乗った男だ。念の為、探知魔法を使って、周囲にヤス以外の覗きがいないかを確かめてみたが、いなかった。ヤスが囮という訳ではないみたいだった。
「見張りじゃな」とアウルアラ。
そうだね、と心の中で返答。たぶんこちらが気付いてる事にはまだ気付いてないようだが、バード副隊長の事だから、きっとこちらが気付いてるのを前提に見張らせているのだろう。見張りというよりは、相棒のポジションをさせるつもりなのかもしれない。ヤスだし。
けどまぁ、色々と面倒そうなので、無視するけども。
僕は飛行魔法を使い、さっさとその場を離脱する。慌ててヤスがこちらを追いかけようとするものの、飛行魔法も使えない彼ではなす術もなく、僕はあっという間に彼を置いていく。
とりあえず、まず目指すのは事件現場だ。聞き込みが無駄足だったのは先ほどの三人の話から分かってるけど、それでも一度くらい事件現場に足を運んでみるべきだと思ったのだ。たとえ何も情報がなくとも、そこでしか見つけられない手がかり未満の何かが見つかるかもしれない。事件に繋がるきっかけとか、そういう感じのモノが。
そんな訳で事件現場の廃墟からここまでの道のりにある林的な場所に向かう。現場自体は馬車の中で行われたから、まずは馬車を見るのもよかったが、ヤスを振り切るなら城から遠い方がいいかなと思ったのだ。なんとなく敵から距離を取りたかったというのもある。
飛行魔法で廃墟の方へ飛び、そこから話の中にあった林みたいなところを探す。
あった。見つかった。
廃墟の方は前に行ったから覚えてたが、林みたいな場所には心当たりがなかったから、少し不安だったけど、思いのほか簡単に見つけられた。というか、木々が生い茂るような場所がそこしかなかった。一応は街の中ではあるけども、ほとんど街の外と言ってもいいくらいのところに、小さな運動公園みたいなところがあった。そこに高い木々が並んでいた。
周囲を確認し、うん、と頷く。やはりこの場所で間違いない。ひとまずここで死体のジャントルとブーザマ、それからムッサイが見つかったと言っていた。
ウェールイについては見つかってないので、本当は行方不明だが、憲兵側はなんかよく分からんプライドとか見栄とかで、彼はもう死亡したとみている。
おそらく状況的にもメタ的にも、彼は死んでないだろうけど。十中八九。
ひとまずその運動公園っぽい林に降り立ってみる。
「…………ふむ」と降り立つと同時にアウルアラが呟いた。「…………感じるな」
何を? と僕は心の中で尋ねてみる。
「童は色欲の魔王じゃ。感じると言ったら色欲関係に決まっておるじゃろう。近くに性欲を持て余した女子が居るのを感じるのじゃ」
聞いて損した。
「ついでに言うと、童の目は対象の服を透かして、全裸を見る事ができる。ほら、あそこの木陰で佇んでいる女子を見よ。あの女子、涼しい顔をして昭和の団地妻よりもドロドロとした肉欲を漲らせておるし、それに幽霊のように透き通った肌をしておりながらムッサイよりも遥かに濃いケツ毛を有しておるぞ」
いや、別にそういう情報は今、求めてないから…………って、ムッサイよりも濃いケツ毛だとっ?
思わず僕は、アウルアラが指さした方を見る。するとそこには、日本人形がそのまま綺麗に育ったかのような美人が立っていた。黒くて長い髪と幽霊のような白い肌のコントラストが美しくも儚げで、とても絵になる人だった。
◆
ちなみにネタバレになるが、この意味ありげなビジュアルをした女性は、今回の事件には何も関与しておらず、ぶっちゃけ物語的には何の意味もない存在だった。
◆
「うむ。あれだけの美人と偶々こんなところで出くわす訳がない! 絶対、事件に何か関係しておるぞ!」
というアウルアラの主張に、僕もなんとなくそんな気がして、女性に話を訊きに向かった。女性は艶やかな髪を揺らして、こちらを見た。長い睫毛の奥に、黒曜石のような大きな瞳が印象的だった。まるで闇そのものを覗き込んでいるかのようだった。
「あら? どうしたんですか?」と女性は言った。僕はこの辺りで事件があった事と、その調査をしている旨を伝え、何か手掛かりになるような事はないかと尋ねた。女性は記憶を探るように空を見上げ、「事件に直接関係があるかは分かんないけど……」という前置きをした上で、話を始めた。
「昔、この近くに双子姉妹がいたの。その姉妹はお金持ちの家に生まれて、しかもどちらも凄い美人だったわ。だけど、姉妹で能力に差があってね。凡庸な姉に比べて妹はとても優秀で、何をやっても人並み以下の姉と、天才的な妹。姉はそんな妹にいつも劣等感を抱いてたわ。見た目は同じなのに、どうしてこうも違うのかと、己の無能を嘆き、そして妹を妬んだ」
話の初めから明らかに事件とは何の関係もなさそうだった。
だけど、今回のはミステリーではなくクトゥルフ神話TRPG的な感じの事件っぽくて、もしかしたらこういう明らかに無関係そうな話でも、実は話を聞いていくにつれで徐々に関係してくる可能性もあるかもしれないと思ったし、それに話をしているのがとても美人のお姉さんだったから、なんとなく引き込まれてしまったというのもある。とにかく、僕は女性の話を止めずに、黙って聞き役に回った。
女性は続けた。
「姉妹はとてもお金持ちの家に生まれたってのは、最初にも言ったけど。その家には専属の芸術家もいて、家の家具や、内装、美術品等は全てその芸術家が創ったり、用意したりしてたわ。それである日、その芸術家が美人の双子姉妹の肖像画を描いたんだけど、…………少し問題があって、描いたのは優秀な妹だけで、姉の姿はどこにも描かれてなかったの。一緒にモデルをした筈なのにね。姉はそれを見て頭にきて、見たその場でその絵を燃やしてしまったわ。燃やした後で我に返った姉は、父に怒られると慌て、どうしようどうしようと焦った挙句、描いた芸術家本人に相談したの。そしたら芸術家は自身の作品を燃やされた事に対して特に怒った様子もみせずに、慌てなくていいよ、すぐにもう一枚用意してあげるから、と言って、宣言通りもう一枚、妹の肖像画を用意したわ。一日足らずにね。新たに用意された無表情な妹の顔の肖像画を見て、姉はほっと安心し、泣いて喜んだわ。これで父から怒られずに済む。自分が絵を燃やしてしまった事を知られずに済むってね。だけどその肖像画ができて以降、妹の姿が消えてしまったわ。どこを探しても、見つからない。煙のように消えてしまった。もしかしてと思って姉は妹の肖像画を見たわ。すると、無表情だった筈の妹の顔はこちらを睨みつけるような、憎悪のカタチをしていたわ…………どうかしら?」
どうかしら…………って、ただの怖い話じゃねぇか、と僕は思ったが、何も言わずに黙っていた。
女性は僕の呆れる表情に構わず話を続けた。
「憎悪にまみれたその肖像画を見て、姉はこんなものは父に見せられないと思ったわ。当然よね。だけどそれはいつまでも隠していられるモノでもなく、更には肖像画を用意してくれた芸術家もいつの間にか姿を消してしまった。どうしようもないと焦るに焦った姉は、追い詰められた挙句、その絵を燃やして、灰にしてしまった。その時の妹の顔は…………きっといつまでも忘れられないでしょうね。言葉にできないくらい凄まじい形相をしていたわ。それで狂ってしまったのか。姉はその灰を自分の口に運んだわ。……食べてしまったの。灰を。妹の燃えカスを。こうして妹の痕跡は完全に消えてしまった事になるけど、姉は喜んだわ。これで誰にも知られる事はない。ひいては、自身の罪も消えたのだと。心から安堵したわ。そんな訳ないのにね。結局、妹は行方不明になった。そしてそのまま時間が経過し、それから一か月後に異変が起きたわ。異変。そう。異変ね。なんと姉が妊娠したの。当然、相手は誰だって話になるのだけど、驚いた事に姉にも相手が分からなかったわ。いえ、そういう次元の話じゃないわね。だって心当たりすらないのだから。誰とも交わってないから、心当たりなんてある訳ないわよね。当然、父は激怒したわ。最初は姉が相手を庇う為に嘘を吐いているのだと思っていたのだけど、姉の必死に主張する態度に、姉が嘘を吐いてない事を悟り、困惑したわ。とりあえず著名な医者に見せたのだけど、姉が嘘を吐いているか、もしくは姉が寝ている隙に、誰かが無理やり交わったか、と言うだけで、何の解決にもならなかった。お腹のモノがそういう存在じゃない事は、姉はそのうち自然と察するようになったわ。それからまたその一か月後、お腹は大きく膨らみ、既にお腹は臨月の妊婦よりも大きくなっていた。それでもまだお腹は膨らんできて、母体の姉の命さえ脅かすようになった。降ろすという選択肢はとうに失われていたわ。というより、初めからそういう次元の話じゃなかったのよ。すぐには対処できなかっただけで。現状をきちんと認識するまでに時間が経ち過ぎて、もはやお腹のそれは誰の手にも負えないモノになっていたわ。だから気付いた時には、お腹のそれが姉の腹を突き破って、姉を殺すのをただひたすら待つしかなかった。そして、それから一か月も経たぬうちにに姉は亡くなったわ。お腹を切り開いてみると、そこには明らかに赤ん坊とは呼べない年齢の子供が入っていたわ。子宮を突き破り、産道を越えて、頭部が僅かにはみ出てたみたい。それは、二歳くらいに見えるけど、はっきりとした事は何も判らなかった。顔も、性別も、何もかも。というのも、お腹の中の子供は全身火傷まみれの焼死体だったの。…………まぁ、そんなとこ」
女性はそう話を締めくくってから、遠くを見つめた。
結局、話は怖い話のままだった。
僕はどうして女性がそんな話をしたのか、分からなかった。この話が、こちらが尋ねた事件と本当に何か関係があると思ったのだろうか。それとも女性は…………。
ふと、僕は彼女の視線の先を見た。だが、そこには何にもなかった。僕が視線を戻すと、女性の姿は消えていた。どこにも見えなかった。「あれ?」辺りを見渡すが、やはり彼女の姿はどこにもなかった。探知魔法を使っても感じられないし、きれいさっぱりはこの場から完全に消えていた。
いや、目を凝らすと、そこに彼女の残滓のようなモノが見えた。うっすらと見える彼女の横顔。その顔はごめんなさいごめんなさいと泣きながら謝っているように見えた。誰に謝っているのかは…………まぁ、別にいいだろう。あえて何も言うまい。
「ひぃぃっ! 幽霊ぃっ?」突然、消えた女性に対して、アウルアラが悲鳴を上げた。
いや、幽霊なのはお前もだろう。
◆
もう一度言っておくが、これは今回の事件には全く関係がない出来事だった。こちらの物語に全く別の物語が偶々出くわしただけの、イレギュラーな出来事だった。
ただ、アウルアラが消えた女性の残滓を見ながら呟いた一言が、僕には印象的だった。
「あのケツ毛、まるで燃えた痕みたいにチリチリじゃったのぉ……」
正月に読むような話でなくてすいません。




