バード副隊長
「いや無理です」
当然、僕は断った。考えるまでもなく無理だと即決した。
「大丈夫ですよ」
何の根拠もないだろうに、副隊長は力強く自身の胸を叩いた。無責任な奴だからこそやれる対応に、僕は腹立たしさを覚えた。普段からそうやって他人に仕事や責任を擦り付けていると思ったのだ。
「どうして大丈夫なのか説明しましょうか?」
「おう。説明できるもんなら説明してみせろや」腹立たしさのあまり荒っぽい口調になってしまった。だが、そんな僕の口調に構わず、副隊長は平然とこう言った。
「何故なら私は、アルカ君のお家と、アルカ君が大切にしている彼女を知っているからです」
それは、僕の思考やらなんやら、全てを真っ白にする言葉だった。
「…………は?」
我ながら間の抜けた声だった。間の抜けた声を嘲笑うかのように、慇懃な口調で副隊長はまたしても言った。
「ですから、私はアルカ君の大切な人達を知っているからです」
「…………い、意味が解らないんですけど?」
副隊長が、にぃぃっと邪悪な笑みを見せつける。
「実は私、先程アルカ君の後をこっそりついていったんですよ。いやぁ、いきなり高く飛んだのは焦りましたね。ですが、なんとか見失わずに済みました。ですので、アルカ君が預けた彼女の居場所、それから彼女が務めている孤児院を知っています。ついでにその近くにあるアルカ君のお家もです。こっちは前から調べておいたんですがね。なので、アルカ君の事は大体解ってます。アルカ君の年齢もです」
「…………お、お前…………」
あまりに唐突な脅迫により、僕は怒りで手が震える。血が滲まんばかりに拳を固く握りしめ、その手を胸の前に持っていき、構える。
しかし副隊長は慌てず騒がず間髪入れずにこう言った。
「残念ながら暴力では解決できませんよ。確かにアルカ君は強いですが、あくまで個人です。対するこちらは組織なので、たとえアルカ君が私達を葬ったとしても、まだまだ他に人はいます。仮にその全員を葬ったとしてもそれはこの街が崩壊する事となり、次いではアルカ君の大切な人達が不幸になります。それはアルカ君の望むところではないでしょう?」
両手を拡げて、まるで神を語るかのような態度。
僕は俯き、眉間に皺寄せ、瞼を固く閉じた。
「安心してください。アルカ君がこの話を受けてくれさえすれば、私達はアルカ君の大切な人達に手を出したりしません」
歯を食いしばり、怒りのあまりガクガク震える拳を何とか自力で押さえつける。
アンガーマネジメントの六秒ルールを思い出し、ひとまず六秒我慢するが、それでも怒りは収まらない。腸が煮えくり返るとはこういう事なのか。ピクピクとこめかみが震える。「落ち着け」とアウルアラの声が遠くから聞こえてくる。実際には近くに居る筈なのに、声はどこまでも遠い。僕の意識がいつもとは違うところに行ってるからだ。
「…………ふぅ」と副隊長が軽く息を吐いた。よく見れば額には汗が滲んでいる。余裕綽々な態度で煽っていたかと思ったが、どうやら違ったようだ。彼も彼なりに必死だった事に気付くと、自然と怒りも収まってきた。肩の力も抜け、手も震えなくなった。
「分かった。やるよ」
怒りが収まると、自分でも驚くくらいあっさり許可が出た。
「やってくれるんですね。ありがとうございます」
副隊長が満面の笑みを浮かべて喜びを露わにした。こちらの手を握って、ブンブン上下に振る。
「ハメられたな」とアウルアラが言い、僕もそうだと気付く。
どうやら今の、軽く吐いた息、滲んだ汗等は、演技だったのだ。余裕綽々に見えて実は必死────というのはこちらを欺く為の演技。僕に言質を取る為の演技だったのだ。
完全にしてやられた、と思った。だが、意外にも腹立たしさよりも清々しさの方が勝っていた。これが副隊長の人徳というものだろうか。あるいはそういう精神的な流れさえも予定通りだったのか。どこまで彼の計算の内かは知らないが、副隊長の願い通り、これから僕はブーザマとジャントルを殺した犯人を探す羽目になってしまった。
嘆息する。
まぁいい。切り替えていこう。これも勉強の内だと開き直るしかない。前世の僕なら探偵の真似事なんてできる訳がないと、この状況からでも断っただろうが、こっちの世界に転生して、チート能力に近い魔力を手に入れ過度な自信の付いた僕だから、とりあえずやってみようか、という気持ちになれた。筋トレして筋肉をつけた奴が、腹立つ相手にもいざとなればぶっとばせるからいいやと、危ない全能感に充ちてしまった感じに近い。たぶん。
筋肉は全てを解決するというが、こっちの世界では魔力もそれに当てはまるのだろう。
ともあれこれで僕は殺人犯を探す探偵になった。なってしまったというべきか。
色々思うところはあっても、今更どうしようもないのでひとまず置いておく。それよりも当面の問題として、まずはこれについて考えてみよう。
「…………さて、これからどうすればいいんだろう」
いくら魔力チートで全能感に充ちているとはいえ、実際に全能にも有能にもなった訳でもないので、目的やら目標を与えられても困ってしまう。犯人を探す。うん。それは解る。でもどうやって? 勝手が分からないので、途方に暮れる。
「えっと…………とりあえずは聞き込み? でもすればいいのかな? 誰に? 何を聞けばいいんだ?」
パソコンを与えられたおじいちゃんおばあちゃんみたいに、ただただ困惑し、途方に暮れる。まず何から手を付けていいのか。せめて何かお手本とか導き案内、マニュアルが欲しい。いきなり全部放り投げられてもどうしようもない。
「とりあえず目の前のこやつらに事件の全容とかを聞くのはどうじゃろう?」
アウルアラの助言に、僕は納得する。
「そうだ。ねぇ、事件について今のとこ分かってる事を教えてよ。このタコ」
いきなり丸投げしてきた無責任憲兵の副隊長に僕は情報を要求する。
「口が悪いですね」と副隊長は苦笑するが、おそらく隊長であろう大ボスさんが「当然だろ」と半ば僕の味方みたいに呟く。
「そうですね。それでは実際にどんな状況で事件が起きたのかについて話しましょうかね」
副隊長は微笑み、それからおもむろに辺りを見渡して、スタスタ歩き、瓦礫を椅子代わりにして腰掛ける。
僕はそれを見て、話が長くなるという事だと察し、その場に座り込む。
大ボスさんはそれらを見て、やや躊躇いがちにこう言った。
「俺はもう帰ってもいいか?」
◆
「事件が起きたのはアルカさん達が通報した当日ですね」その言葉を皮切りに副隊長は説明を行った。
あの日。
今はもう復学してこの街を去ってしまったナイルが誘拐され、僕やラキ師匠、それからナイルの父と彼の知り合いの探偵であるキラレキが、誘拐犯であるブーザマ達と闘った日の事だ。
誘拐立案のブーザマと彼に雇われたジャントル、ムッサイ、ウェールイの計四人は、僕たちに負けた後に、こちらの通報によって駆け付けた憲兵たちによって捕まり、馬車で連行された。
あの時、闘いは街外れの廃墟で行われたが、そこから街の中心であるお城の方に向かっていたところに事件は誰にも気付かれぬうちに発生していた。
馬車には、運転手含め四人の憲兵がいた。馬車はゆっくり進んでいて、憲兵たちが四方を囲んでいた。罪人というよりは大名だ。犯人達の中にジャントルがいると知っていれば、もう少し人数を増やしていたらしい。
当時は道中何事も起きず、徒歩一時間ほどの道のりを警戒の為ゆっくり二時間かけて歩いて、無事にお城に到着したと思っていたが、いざ目的地に到着して馬車の中を開いたら中身は空っぽで相当慌てたそうな。道中の出来事は、マジで何もなかったらしい。馬車で通れるよう舗装された道を選びやや遠回りになったが、それは予め定まってた事で、異常な事は何一つ起きなかったそうだ。
だから単純に言うと、四人の監視の目を潜って、馬車内の囚人達が消えたという事だ。
それで囚人たちが消えた後、憲兵たちは慌てて、訳の分からないままとりあえず来た道を引き返した。そしたら途中の、小さな林道のところで四人のうちの三人を発見したのだが、既に二人は事切れており、唯一生きていたのが筋肉男のムッサイで、彼は呆然自失となっていた。彼の証言は彼自身が混乱しているせいもあってか、あまり要領を得ず、信憑性の低いモノだとして扱われ、結局何が起きたかもはっきりとは解らず仕舞いとなった。
仮に彼の証言を信じたところで、特に有益な情報が得られた訳でもないのだが。
そして残り一名のウェールイについては、未だ見つからず、死んで消えたか逃げたかの二択だったが、逃げられたというのは体裁が悪い為、死んで消えたと見做されている。
…………ひとまずそんな感じの内容だった。
とりあえず要点をまとめると、四人の監視の目を潜ってブーザマ達が馬車の中から消え、いつの間にやら通り道の林道で死体として見つかった、という感じ。
馬車については、あまりあれこれ難しい機能や構造はなく、シンプルに硬くて丈夫な箱で、出入り口も後方の一つだけである事から、何かしらのトリックが使われるような余地はないとの事。
んで、その肝心な後方を警戒していた憲兵についても、彼が何かしら企んでいたという可能性はなく、というか左右を警戒していた憲兵二人が、真横ではなく左右若干斜め後ろを見られるような位置で警戒していた為、憲兵の裏切りの可能性も限りなく低い。
更に言うと、前方は目の前の副隊長が馬車の操縦をしていたのだが、ちらちら後方の馬車の中を箱にある小窓から確認しており、道中の異変は見つからなかったという事。
「…………って、ちょっと待って。小窓からチラチラ馬車の中を確認してたら、中で何が起きたとか、いつ消えたとか、そういうのが分かるんじゃない? 最低でも、目的地に到着するまでには奴らが消えたと気付くでしょ」
「幻覚魔法が張られてた訳ですよ」と副隊長が返す。「幻覚魔法で、中では囚人たちが大人しく座ってる光景が見えるようになってたんです。だから最後まで彼らが消えた事に気付かなかったんです」
「幻覚魔法って事は…………それはつまり」
僕の言葉を遮るように副隊長が告げる。
「馬車にはそういう魔法が発動するようには設計されてないんです。だから四人のうちの誰かが、もしくは四人以外の誰かが幻覚魔法を発動させて、こちらの目を誤魔化したんです」
「…………成程。理解した」
事件状況よりも、もっと根本的な事を理解した。
つまりこれはミステリー小説のようなものではなく、どっちかというとクトゥルフ神話TRPGに近い。僕は探偵ではなく探索者であり、解くべきは謎よりも人。
だからトリックについては考えなくてもいい。そもそも魔法がある世界なのだから、トリックとか考える意味がない。考えるべき事は、どうやってではなく、誰ができるかという事。例えば犯人がアウルアラなら、今回提示された謎は全て魔法で解ける。ドラ○もんのひみつ道具は科学の産物だから誰でも使えるけど、魔法は使える人が限られる。技量がそれなりに求められる。
…………ああ、そうか。だから僕が犯人として見られるようになったという事か。
「一応聞くけど、この事件の犯人が僕とされるようになったとは、僕以外にそういう事ができそうな人がいないから? というそんな浅い理由?」
「そうですね。その通りです」
副隊長は悪びれずに、こちらの疑いを認めた。
「今回の被害者のうちの一人であるジャントル氏は、こちらでも有名な強者です。あの人を倒せるような人なんて世界中でも限られています。その限られた人物がすぐ傍にいるのなら怪しまれて当然じゃないですか?」
「でも僕にはアリバイがあるじゃん?」
「アルカさんならアリバイを無効にできる魔法をご存じではないでしょうか?」
「いや、知らんけど」
「そうですか。信じられませんね」
そゆこと。
既に僕は自分が犯人ではないと主張する段階は過ぎている。冤罪は誤解ではなく悪意の産物だ。今更だが、それが自分の中で受け入れられてきた。だから、ようやく話を先に進められる。
「…………ムッサイの供述はどんな感じだったの?」
「ようやく状況を理解できてきましたね」僕の理解を理解して、副隊長が嬉しそうに微笑む。「ムッサイさんは突然、馬車の中に男が現れたと言いました。黒いコートを着てフードで顔を隠した謎の男が急に現れた、と。その人物が誰かはまだはっきり判っていません。ですが、さっきも言った通り、誰にも気配を感じさせずに密室の箱の中に現れる魔法の技量を持った人は世界中探してもそう多くはないでしょう」
「僕にも無理なんだけど……」
副隊長は無視する。
「そしてその人物は一瞬にして犯罪者四人を、本人含めて五人を別の空間に移動させました。その空間がどういうところかはよく分かっていません。ムッサイさん曰く、暗い森の中のような場所だったという事。そしてそこでまずブーザマが殺されました。殺す直前に謎の男とブーザマが何か問答のようなものを交わしたそうですが、ムッサイさんはよく覚えてない、いや聞こえなかったとの事。もしかするとその問答も魔法の力で交信していたのかもしれませんね」
テレパシー的なやつだろうか。僕とアウルアラの会話みたいなやつ。
「ブーザマは命乞いをしていたようでしたが、結局は殺されてしまいました。魔法の剣で全身をズタズタに切り裂かれ、見るも無残な姿に変えられてしまいました。正直、ジャントル氏とムッサイさんがいなければ、あの死体をブーザマだと判別できなかったかもしれません。それだけ酷い有様でした。死に顔も苦悶の表情を浮かべて、痛々しかったです。恨みがあったのでしょうか。その後、謎の男はジャントル氏に手を掛けるんですが、この時のやり取りも聞いたところによるとなかなか不可解みたいですね。というのもジャントル氏は、その男に殺されるのを望んでいたようなんです」
「殺されるのを望んでいた…………?」
副隊長が神妙そうに頷く。
「最初、謎の男が現れた時こそ、警戒心を浮かべてましたが、ブーザマを処刑している最中に何かに気付き、ジャントル氏は唐突に涙を流したそうです。まるで神のお告げを聞いた神職者のような感動を顔に浮かべて」
「…………」
「そして彼は自分を殺してくれるよう頼んだという事です。正直、ジャントル氏のような強い人間がこちら憲兵に捕まったところで、人生に絶望するような事はあり得ないと思ってるのですが、ムッサイさんの言葉に嘘は感じられませんでした。そもそも彼が嘘を吐く理由なんてありませんし。おそらくは本当の事なんでしょう。だが、どうしてジャントル氏がそんな行動に至ったかについては不明です。本人が死んでしまっているので、もう誰にも分かりません。…………犯人である謎の男を除いては」
「ウェールイは?」という僕の疑問に副隊長は、「こちらでは彼はもう死んでいるとみなしてますので」と返答。そうだった。そしてここの憲兵にとって重要なのは真実よりも体面やら面子、沽券とかだった。一度、そう決めたものはもう二度と覆さないのだろう。特にお上が決めた事なら。
「だったらいつ姿を消したとかは?」
「存じません。ムッサイさんは死んだの一点張りでした」
「口止めしとるんじゃないか?」とアウルアラが口を挟むように呟く。「おそらく逃げたんじゃろうが、仲間の行方を漏らすような輩じゃないじゃろ。ムッサイとやらは」
成程、と僕は納得する。
どんな些細な情報でさえ漏らぬよう判断した結果が「死んだ」の一点張りか。それなら理解できる。
「そしてジャントル氏を殺害した後、犯人は煙のように姿を消してしまったそうです。現れるのが突然なら、去るのも突然だったみたいですね。とまぁ、ひとまず話はこんなところです」と副隊長が言う。「一通り話し終えましたので、私はそろそろお暇しましょうか。といっても、帰るんじゃなくて、お城の復興の為に動くんですけどね。アルカさんの大切な彼女がやらかした後始末がたくさん残ってて大変なんですよ」
「自動で直るんじゃないの? たしか魔法煉瓦がどうとか……」
「確かに魔力を与えれば勝手に修復するんですけどね」と副隊長。「ですが、こちらがきちんと管理、調整しないと変な形に修復されちゃうんですよ。壁が歪んでたり。柱が地面に届いてなかったり。新しい技術は便利なように見えて、実際のところはまだまだ未熟で未発達なんです」
元の世界のAI技術みたいなものだろうか。エロが関われば、技術進化も早いだろうけど。建築ではちょっと難しそうだ。戦争でも起きない限り。
「そういう訳なんで、失礼しますね。何か進展があればその都度、報告お願いします。あ、申し遅れました。私はバードと申します。バード副隊長と呼べばいつでも参上しますので、ご遠慮くなくお呼びください。相談も受け付けます。では」
そう言って、副隊長改め、バード副隊長はさっさとこの場から立ち去ってしまった。
あまりにあっけなく解放されたような感じで、僕は暫しこの場で呆然と立ち尽くしていた。




