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魔王の器  作者: 北崎世道
9/26

服ビリ

 あれからまた一年ほど経過した。


 僕は五歳になった。


 魔法は達人級なら無詠唱で発動できるようになり、剣は単純な動きだけならラキ師匠と遜色のないくらいに成長した。


 あとは実戦経験を重ねるだけだ。


 実戦形式だとまだ手も足も出ない。


 魔法だってそうだ。どの魔法を選ぶかという状況判断が、マジュ師匠の足元にも及ばない。


 マジュ師匠はどちらかというと研究者タイプだというのにだ。


 今度、こっそりダンジョンに潜ってみよう。


 家については、妹のナミヤが一歳になって、両親も子育ての経験値が溜まって余裕がでてきたので、僕は実家に帰った。


 実家はナミヤの天下だった。


 ナミヤの一挙一動が家族全員を騒がす恐ろしい場所に様変わりしていた。


 父も母もナミヤを溺愛し、たまに僕の事を忘れてんじゃないか、と思うような時があった。


 その時は僕が両親の頭を叩き、両親はごめんなさいと素直に謝罪するのだが、この雑な感じが意外と心地よかった。


 マジュ師匠の家も居心地はよかったのだけど、やはり家族というのは別格らしい。


 そういえばこの前、僕が剣を習ってるのを聞いた父が、自分も昔は冒険者だったと告白し、僕の剣の実力をみてやると意気込んでいたのだが、 ぶっちゃけ父は弱く、軽い手合わせで僕がボコボコに叩きのめしてしまったので、それ以降、父が剣に触れる事はなくなった。


 ごめんよ父。



 ◆



 ダンジョンに潜ることにした。


「駄目」「駄目だ」「まだ早い」「一年前、痛い目に遭ったの覚えてないのか」


 みたいな事を言われたのだが、無視した。


 溢れ出るダンジョンに潜りたい欲求が止められないのだ。


 これが若さか。


 しかしながら、一度痛い目に遭ったというのに、また潜ろうとしているのは、我ながらなかなか図太い精神の持ち主だと思う。


 やはりこれが若さか。


 元の世界の自分だったら、二度と潜らないと決め込むだろうに、どうしてまたやる気になってるのか。


 やはりこれが若さなのか。


 とまぁ、そんな訳で、またダンジョンに潜る事にした。


 約一年ぶりの挑戦である。


 ちなみに二人の師匠は旅行中で、今はいない。


「おっしゃぁ、行くぞぉ!」と意気込み、例の十五歳の姿に変身してダンジョンの入り口に向かう。


 と、その道中でなにやら変なのに絡まれた。


「おいてめぇ、見ない顔だな。偉そうにしやがって。ちょっとツラ貸せよ」


 外見も発言もどこを切り取って見てもまごう事なきチンピラだった。


 こちらの自由意志などお構いなしに腕を掴み、無理やり路地裏へ引っ張っていく。


 あらら。


 引っ張られた先は、チンピラの巣だった。こちらの腕を引っ張ってきた奴となんら変わらないチンピラが五人住んでいた。ホームレスかよ。


「お、ヤッチャン。なにそいつ」

「偉そうにしてんねぇ」

「金持ってそうだから連れてきた」

「へぇん。それじゃ早速、裸に剥こうか」

「おい、痛い目に遭いたくなければ、金寄こせよ。全部だ全部」


 …………えっと。こっちが一言も話さずに、カツアゲが始まってしまった。


 導入としても雑過ぎる展開である。


 ひとまず僕はその五人プラス連れてきた一人、計六人のチンピラを拳で黙らせようかと思った。


 その矢先、突如、チンピラとは別の拳が何処からか飛んできた。


「あべしっ」「はべしっ」「ひとでなしっ」「おもてなしっ」「あぶらむしっ」「過ぎたるは及ばざるが如しっ」


 謎の拳によって六人のホームレスもといチンピラがあっという間に片付けられた。


 その雑さはもはや同情すべきレベルなので、もはや彼らについては語るまい。


 それよりも、あっという間にゴミムシ達を片付けた拳の主の方に目をやる。


 と、そこには一人の女の子が立っていた。


 今の変身中の僕と同年代の女の子で、丈の短いスカートと制服ブレザーに身を包み、腰には剣をぶら下げている。


「ったく、たった一人相手に恥ずかしい連中ね。大丈夫? 怪我はない?」


「あ、うん。大丈夫」


 僕が返事をすると、女の子は笑顔を見せ、


「ふんっ!」


 平手打ちをかましてきた。


「あいだっ?」


「まったく、情けない男ね。いくら相手が大勢だからって、ビビッて固まってしまって。そんなんでこんな危険な場所を歩くんじゃないわよ。臆病で弱虫なら弱虫なりにもっと頭働かせて、安全なところを通るよう注意しなさい。警戒心の雑魚なんて救いようがないわよ。このグズっ」


 ぴしゃりと言い切り、女の子はこちらの返事を待つ事なく、そのままこの場から立ち去ってしまった。


「……………………」


 そりゃ、呆然とするよね。


 助けてもらったかと思えば、いきなりビンタからの説教って。


 別に助けを求めてた訳でもないし、なんか殴られ損な気がするんだけど。


 …………まぁいいか。


 女の子的には人助けプラス、注意喚起だから、悪い事をしている訳ではない。単に自分勝手なお節介だっただけで。


 …………。


 忘れよう。


 ひとまず僕はそれ以上考えるのをやめ、この場から立ち去った。


 変なイベントがあったが、目的はあくまでダンジョンに潜る事。


 嫌な事は忘れるに限るのだ。

 


 ◆



 気持ちを切り替え、ダンジョン入り口まで歩き、ゲート代わりの穴を潜る。


 潜った先にはダンジョンがあり、複雑怪奇な迷路が待ち構えている。


 一応、第一層にはワープゾーンがあるのだが、無料の入り口では、入ってすぐのところにワープゾーンはない。あるのは入場料を取るところだけ。


 だから第一層を探索し、ワープゾーンのところまで

歩くしかない。


 一応、ワープゾーンまでの順路は壁に貼られているので、これも迷う心配はない。


 時々、魔物も出てくるが、クソ雑魚なのでこっちも恐れる必要なし。


 単に手間なだけだ。


 そんな訳でワープゾーンまで歩き、そこから二十層までワープする。


 前回、ガーゴイルに殺されそうになった時、あれはたしか十八層だったと思うのだが、どうして二十層までワープできるのだろう。


 …………おそらくだけど、あの時助けてもらって気絶した時、ラキ師匠に抱えられてダンジョンを脱出した訳だが、その時、十層のワープゾーンに戻るんじゃなくて、十八層より先の二十層まで進んでいたのだろう。


 だから二十層までワープできるようになってる訳か。


 まぁ、ラキ師匠なら二十層くらい僕を抱えながらでも余裕で突破できるだろうし。驚く様な事ではないか。


 それにその時、マジュ師匠も一緒にダンジョンに潜ってたというし。


 それはともかくとして、僕は二十層までワープする。


 ワープ完了。


 それじゃ、これから二十層より先の探索を開始する。


「行くぞーっ!」


 えいえいおー、と心の中で掛け声を上げて、いざ進む。


 んで。


 特に何の苦労もなく、三十層まで到着する。


 ボスもよわよわだし、突破した瞬間、あれ? 今のボス、どんな形態だっけ? と忘れてしまうくらいに印象もよわよわだった。


 そんな訳でお次は四十層目指して、三十一層を進むとしよう。


「行くぞーっ!」


 えいえいおー、と心の中で掛け声を上げて、いざ進む。って、なんかさっきもやったな、このやり取り。


 それならまた四十層まであっという間に終わるかな、と思ったら、どうやら違った。


 三十一層後半のところで、思わぬ事件が起きた。



 ◆ 


 

 三十一層に潜って、だいたい十分くらい経過したところで、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


 女の子の悲鳴だ。


 僕は慌てて、その悲鳴の聞こえるところまで飛行魔法で飛んでいった。


 そしたら、そこには全長十五メートルほどの巨大ゴーレムが立っていた。


 巨大ゴーレムの足元には女の子が膝を付き、今にも踏み潰されそうな状態になっていた。


 僕は急いで、そのでっかいゴーレムに魔法をぶつけてみた。


 中級魔法のロックボール。


 手のひらサイズの岩(石?)を対象にぶつける、見た目の地味さに反して意外と威力が高く、汎用性のある攻撃魔法である。


 ロックボールをぶつけられたゴーレムはこちらを振り返るがロックボールをぶつけられた部位にはヒビが入っており、ゴーレムが方向転換した際にそのヒビが大きくなって、ガラガラと全身が崩れていった。


 想像以上の弱さ、脆さに僕は、あわわ、とゴーレム足元に居る女の子のところに駆け寄り、そのコを抱えて、ゴーレムから離れる。


 ゴーレムが完全に崩れ落ちる。


 ふぅ。


 危なかった。


「大丈夫?」と女の子に声を掛けると、


「…………」女の子は呆然としながら、こちらを見つめていた。


 やっぱりというか、案の定というか、さっきの平手してきた女の子だった。


「もしもーし」 


 再度、声を掛けてみる。


 するとようやく女の子は我に返り、


「ちょっ、なに、勝手に触ってきてんのよ、この変態っ!」


 まさかの平手リターンだった。


 お姫様抱っこで両手が塞がれてたので、なすすべもなく喰らう。


「……………………」  


 僕は黙って、女の子を降ろす。


 そして、そのままこの場から立ち去ろうとする。


「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」


 なんか肩を掴まれ、止められた。


「あたし……っ、その……、えっと…………、ふ、服を寄こしなさいっ! 脱げっ!」


「はい?」


「だって、見てみなさい! あたし、今、服がボロボロなのよ! こんなんで街に帰れると思ってるの! って、何見てんのよ、この変態っ!」


 またまた平手が飛んできた。


 さっきから理不尽が過ぎる。


 でもまぁ、確かに女の子の服はボロボロだ。


 半裸か全裸かと言ったら、七割くらいの人が全裸だと言いそうなくらいに服が破けまくってる。


 少年誌だったら奇跡的に乳首や股間が隠れるだろうけど、ここは現実なので普通に見えてしまっている。


 まる見えというよりもろ見え、いや、もろ出しだ。


 このままダンジョンを出て街に戻るのは、なかなかハードルが高いかもしれない。


「でも、ま、大丈夫でしょ」


 そう言って僕はこの場から立ち去ろうとする。


「だから待ちなさいって!」


「ぐえっ」


 今度は襟を掴まれ、止められた。


「脱ぎなさい」


 と女の子が言った。


「いや、無理」と僕は答えた。


 別にこれは意地悪から言ってるんじゃなくて、本当に無理だから言っている。


 というのも、今の僕は変身中の姿だ。


 服もそれに合わせて変化しているけど、これを脱いで手渡したら、変身が解けてしまう。


 僕の変身がじゃなくて、服の変身が、だ。


 だから脱いで手渡した瞬間に、服が三歳児の服になり、そうなるともう、女の子の身体に入り切れるものじゃないので、当然破けてしまう。


 だから無理だと言っている。


「いいから脱ぎなさいっ」


「いやぁっ!」


 無理やり剥ぎ取られた。


 僕は必死に変身の魔法に集中する。


 全裸の女の子が剥ぎ取った僕の服を着る。


 一応、今のところ破けはしないみたい。


「…………なんか、妙にきついわね」


 どうやら違和感がある程度らしい。


「…………」


 僕は必死に魔法に集中しているから、あまり喋れない。


 慣れない状態の魔法なので、少しばかり頭痛もする。


「それじゃ、帰りましょうか」


 僕の服を剥ぎ取った女が、特に礼を言う事もなく、帰る事を提案する。


 ちなみに僕は服を剥ぎ取られたので、パンイチだ。パンツ一枚だけ。


 外でこの格好は僕が恥ずかしいのだけど。


「ほら、行くわよ。ついてきなさい」 


 …………いやまぁ、ついていくけど。


 でもなんなの、この人。


 さっきから我儘が過ぎる。


 偉そうだし。礼の一つも言わないし。



 ◆



 そのまま僕は名前も知らない我儘な女と一緒に三十一層を戻り、三十層のワープゾーンまで帰って来た。


「ふぅ。ようやく戻れたわね。足手まといがいたせいで大分手こずったけど」 


「……………………」


 頭痛が酷くなって反論する元気もないので、僕は黙ったままでいる。


「返事ぐらいしなさいよ」と女が僕の頭をぽかりと殴る。


 それでも僕は黙ったままでいる。


 マジで頭が痛いのだ。


 普通に魔力を消費し続けるだけならこんなに頭痛は酷くならないのだけど、こちらの手を離れた物への変身魔法の維持は、異様に神経を使うので、本当に大変なのだ。


 せめてそれ専用の魔法を使えば、こんなにも大変な想いはしなかっただろうに。


 なんであの魔法のまま服を貸したのだろう。


 いや、勝手に剥ぎ取られたんだったか。


 なら仕方ないか。


「ふんっ」


 と女は鼻を鳴らし、ワープ装置で街へと帰る。


 僕もそれに続く。


 街へと帰還。


「着いたわ」


「それじゃ」


 パンイチで街へと戻った僕は、そのまま家に帰ろうとする。


「ちょっと待ちなさい」


「ぐえっ」


 今度は首根っこを掴まれた。


「あんた、その恥ずかしい恰好のまま街中を歩く気? とんでもない変態みたいよ?」


 …………誰のせいだと。


 文句を言わない僕に、女は相変わらずの偉そうな態度で、


「あ、あたしの家がこの近くにあるから、ついてきなさい」


 …………。


 考えるのも面倒になったので、僕は女についていくことにした。



 ◆



 全然近くなかった。そろそろ歩き続けて三十分くらいになる。


「…………」


 まだか、と背後から視線で訴えると、女は何故か顔を赤くしながら、


「う、うるさいわね。ホント、ホントもう少しなのよ。分かったなら、あたしの後ろをついてきなさい」


 …………頭が痛くなり過ぎて、げろ吐きそうになってきた。


 意識が霞みつつある中、僕は必死に女の後をついていく。


「ほら、着いたわ。ここがあたしの家よ」


 女がそう言って、僕の手を引っ張る。


 と、ここで僕は、ほっと安堵してしまったせいか、足がもつれ、女に寄り掛かるに転んでしまった。しかもそのショックで服の方の変身魔法の集中も解けてしまい、女の服が三歳児の服へと戻る。


 ビリビリぃと破れる服。


 下着までは貸してなかったので、途端に全裸になる女。


「えぇっ?」 


 女は驚き、僕が寄り掛かったせいもあって、その場に倒れてしまう。


 形としては僕が押し倒した状態だ。


 という訳で、あっという間にパンイチの男が全裸の女を街中で押し倒すという構図が完成した。


 まさに一瞬の出来事。


 僕としては転んだ時の痛みよりも、魔法が解けてしまった事による解放感、頭痛も一瞬で消えて、一時的なトランス状態、ものすごく気持ちいい状態になった。


「あぁ……っ」


 思わず目の前のモノを抱きしめる。


 自分でも何をやってるのか、よく分からない。


「柔らかくて気持ちいい…………っ」


 しばらく寝転んだ態勢で目の前のモノを抱きしめていたが、暫くして、


「いやぁああああああああああああっ!」と鼓膜が破れかねないとんでもない悲鳴が耳元で上がり、バンッ、と何かに押されたかと思えば、本日何度目かの平手打ち。


 鋭い痛みが頬で弾け、裸の女が泣きながら、近くの建物へと逃げ込んでしまった。


「……………………」


 呆然とする僕。


 正直、頭痛やらなんやらで、記憶が曖昧だ。


 えっと、なんだっけ。


 たしか女の子を助けて、服を貸したのは覚えてるのだけど、それ以降の記憶がごちゃごちゃしている。


 なんか今、裸の女が目の前を歩いていたような気がするんだけど、それは僕の記憶違いだろうか。


「…………って、なんで僕、パンツ一枚なんだ?」


 慌てて股間を隠すが、パンツはあるので股間は最初から隠れている。


 なら安心。


 ってなるか、おバカ。


 ひとまずこのままでは変態として捕まってしまう恐れがあるので、僕は急いでこの場から走り去った。



 ◆



「わっ、どうしたのお姉ちゃん? 裸? 裸で外出てたの?」


「…………おされた」


「ん?」


「…………押し倒された……」


「え??」


「服を引き千切られて、押し倒された…………!」


「なんだって?」


「あの男に服を引き千切られて、無理やり押し倒された…………! これって、絶対、あたしの事が好きだって事だよね?」


「ん? ちょっと待って、お姉ちゃん? 相手は犯罪者じゃないの? 無理やり乱暴されて、泣いてるんじゃないの?」


「あいつ、絶対、あたしの事が好きなんだ…………。絶対そうだ…………。うわぁ、まいったなぁ……。あんなクソド変態。あたしみたいな器のデカい女じゃないと、絶対付き合えないでしょ…………。いやぁ、これは仕方ないなぁ…………」


「な、何言ってるの? 全裸でくねくねして気持ち悪いよ? 乱暴されたんじゃないの? そういう趣味なの?」


「うへへ……もう、仕方ないなぁ…………まったく…………こうなったら、あたしが付き合うしかないもんなぁ…………うへへ…………」


「…………ほっといた方がいいのかな……」



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