暴走
「しょ、処刑…………っ?」
リリス・ラグシュリアは我が耳を疑った。
己が愛する人が帰ってこない事を心配して様子を見に来たら、信じられない話を聞かされたからだった。
セリアス教に迷惑が掛かるといけないと判断した彼女はシスター服ではなく、彼女個人の私服でアルカ・フェインの面談に真正面から向かい、そして憲兵から彼の今後の処遇を何の容赦もなく聞かされた。
日付が変わっても彼から何の音沙汰もないのはどうして…………?
何の罪もない筈の彼がどうして…………?
先日からの疑問と不安が一気に爆発する形となった。
話を聞いた相手も悪かった。彼女が話を聞いたのは、アルカ・フェインが脱獄時に吹っ飛ばした憲兵の一人だったからだ。アルカ・フェインに規格外の力で吹っ飛ばされた憲兵は、彼に激しい恐怖と怒りの念を抱いており、彼は悪魔だ彼は鬼だ彼は魔王だ、彼は生きてはならぬ存在だと、彼の処刑はさも当然であるかのように話された。
彼の心配をしに来た相手に向かってそんな事を馬鹿正直の吐露する憲兵の思慮の浅さ。それへの罰はリリス・ラグシュリアの暴走の第一被害者というカタチで受ける事となる。
おバカ憲兵の全身は城内にある一般来客用の受付の壁にめり込んだ。アルカ・フェインが見たらそれは非常口のマークのようだと言っただろう。
幸いにも一命は取り留めたが、だからといって彼女の暴走が止まった訳ではない。
彼女の不満は個人には向いておらず、この城及びこの国の司法に向いていた。
リリス・ラグシュリアはこの瞬間、アルカ・フェインを救う為の鬼となった。
◆
「うわ、なんかすげー悲鳴が聞こえてくる……」
上からの阿鼻叫喚を聞いて、アウルアラの心配が的中している事を悟る。
とはいえ今の僕にはどうする事もできない。四つん這いで尻をまる出し突き出しで、目つきの悪い姐さん看守に優しく世話をされてるこの情けない僕に一体何ができるというのだろう。
「なにやら上が騒がしいが安心しな。お前はあたしが護ってやるからな」
そう言って意外と母性豊かな姐さん看守は、僕の尻を優しく拭き上げる。
それと同時に轟く凄まじい破壊音と地響き。このままだとこの監獄は崩壊して、生き埋めにされるかもしれない。
かなりヤバい状況とはいえ、姐さん看守に尻を撫でられる感触が心地よいのでさほど焦りはない。むしろ彼女の保護下で尻を触られ続けたいとさえ思うのだが、さすがにこのまま平然と天国を味わっていられるほど僕は人間を辞めてはいない。「いや、充分人を辞めとるぞ」という声も聞こえない。
とりあえず姐さん看守に、上の騒動は自分の知り合いが起こしてるかもしれないと伝えて、どうにか拘束を解いてもらうよう説得する。が、
「いや、たとえそうだとしてもあたしにその拘束は解けないし……」
「あれ? そうなの? 最初、お世話になった時、タイミングよく拘束が外れたからてっきり外せるもんだと思ったのに……」
「あれはこの拘束をした奴があたしらの様子を見てたからできたのであって。ほら、あれ以降は見てないから外されないだろ?」
「いちいち見てられないからまる出しのままにされたのか……」つうかアレを他の人に見られてたのか。
まぁそんな事はどうでもいい。結局、今の僕には何にもできない事が改めて分かっただけだ。
とりあえずそのまま上からの阿鼻叫喚をBGMにして姐さんの尻撫でられを楽しんでいたら、不意にアウルアラが声を上げた。
「ヲっ?」
どうした? オットセイみたいな声を上げて。
隣に姐さんが居座ってるので、声は出さずに頭の中だけで会話。
「魔力の暴走が収まった。どうやらシスターがやられたらしいぞ」
僕は力任せに拘束を引き千切った。
「なっ?」
驚く姐さんを尻目に僕はベッドのシーツを引き千切って腰布にして、特に何も言わずに檻を出る。
鼠が足下でちょろちょろしている汚い石畳の廊下を駆けながら、僕はアウルアラに問う。
「リリスさんがやられたってどういう事?」
「いくら魔力が多くてもあの娘は闘う者じゃなかったという事じゃろう。戦闘経験が皆無だったじゃろうし」
「そうじゃなくて」
神社みたいにクソ長い階段に差し掛かる。
「細かい事は判らん。童はお主よりも勘が鋭いだけじゃ。あの娘がどう動いているのかさえも知らんぞ」
「生きてるの?」
「それは間違いない。じゃが、怪我をしとるかまでは判らん。単に気絶したか、もしくは生きとるのが不思議なくらいに死にかけとるのかさえも判らん」
「リリスさんの居場所は?」
「それはお主で確認せよ。探知魔法を使えば簡単じゃろ?」
それもそうだと思い、僕は探知魔法を使う。すると、彼女の居場所は判った。以前、僕と大ボスさんが闘った場所の近くの部屋だ。彼女の周りにはたくさんの憲兵達が倒れている。全員命には別状はないが、意識を失っている者が多い。それなりに暴れたという事だろう。
「探知魔法を使ったらいつもよりも細かい状況が判った気がする」
「それはリンクしたあの女がいるからじゃろう。ある種の中継地点みたいな役割を果たしておる」
「アウルアラはこれで状況を探ってた訳か」
「そうじゃ。お主は魔法こそ凄いが、判断力はゴミカスじゃな。あの女程ではないが、実戦経験が少なすぎる」
「訓練はしてるつもりだけどなぁ」
「実戦と訓練は別物じゃ。いくら一人交尾を頑張ったところで童貞から抜け出せんのと一緒じゃよ」
「唐突な下ネタはやめてよ」
「さっきまで露骨なエロ行為に勤しんでた奴に言われとうないわ」
ぐうの音も出ないので、無視して階段を駆けあがり続ける。
光が差し込む門を潜り、地上に出た。
辺り一帯は崩壊しかけていた。
床はひび割れ、壁は壊れ、至る所に鎧姿の憲兵が倒れていた。
まるで爆発テロでも起きたかのような惨状。とはいえ火の熱と煙と血の臭いがしないので、ガチのテロよりは凄惨ではないだろう。ま、ガチのテロを見た事ないからあまりはっきりとは言えないけど。つうか見てたらこんな比喩は使えないだろうけど。
ともあれ前に見た時とは明らかに異なる光景だった。
この凄まじい光景をあのおとなしくて儚げなリリスさんが作ったとは思えない。何かの間違いかと思ってしまう。
「それだけお主の魔力がヤバいという事じゃよ」とアウルアラが言う。「あの娘の性格があまり攻撃的じゃないからこれだけで済んだのじゃろうな。普通程度の攻撃性を持ってたらこんなモノじゃすまなかったぞ。今頃、街そのものが壊滅しておったに違いあるまい」
「そんなにヤバいの? 僕の魔力って……」
「既に行きつくとこまで行っとるぞ。そろそろ自覚しとくべきじゃな。この鈍感主人公め」
「その鈍感は使い方が違くない?」
てかこんな事を言ってる場合じゃないと我に返る。急いでリリスさんのもとに向かう。壁があらかた壊れてるので、ほとんど直線距離で彼女のもとに行く事ができた。
憲兵の人垣。その中心で倒れているリリスさん。
その部屋がかつでどんな内装だったかは、今はもう分からない。前見た時は壁には絵画、棚には壺、床には赤絨毯を敷いた豪華な内装だったが、今はあらかた吹っ飛んで、何も残ってない。辛うじて赤絨毯の切れ端と割れた壺の破片がところどころに落ちている程度。あとは瓦礫の山。火の気がないのにここまで破壊し尽くされてるのはマジですさまじい。どれだけ暴走していたのだろう。
人垣を掻き分け、リリスさんのもとに駆け寄る。その僕を見て、大ボスさんが声を上げる。
「き、貴様は…………っ!」
無視してリリスさんの状態を確認。服こそ破けてないが、皮膚がところどころ裂け、見るからに痛々しい姿。
僕は憲兵たちを睨む。
「アルカ・フェイン。彼女はお前の仲間か……?」
「大事な人だよ。決して害意を振りまく人ではなかった。これはお前たちが起こした惨状だ。彼女は決して悪くない」
それよりも、と僕は続けてこう言う。
「お前たちは彼女に何をした? いや、何も言わなくていい。僕は今からお前たちを倒す。彼女と同じ目に遭わせてやる」
「待て。早まるな。感情を抑えろ」
大ボスの制止を無視して僕は魔力を籠めた腕を振るう。突風を起こして、周囲の憲兵たちを薙ぎ払う。たくさんの悲鳴と同時にこちらを囲んでいた憲兵たちの大半が吹き飛んでいく。
かなりすっきりした。残ったのは大ボス含めた五名で、彼等がそれなりに実力者である事はなんとなく判る。でも、正直僕の敵ではない。
「くっ」
大ボスが声を上げて突撃してきた。
僕は再び風魔法を放ち、大ボスを上空へと吹き飛ばす。
城の天辺くらいの高さまで吹き飛んだ大ボスはそのまま落下し、土煙を巻き上げる。
この程度で彼が死ぬことはない。だが、それなりに怪我はした筈だ。すぐには動けない程度の。
僕はそのままとどめを刺さずに、倒れているリリスさんの方に意識を向ける。既に残りの四名に戦意はない。なら無視して構わない。今はリリスさんの方を優先だ。
僕は血まみれのリリスさんに回復魔法を放とうとする。が、
「ちょっと待て!」とアウルアラが静止の声を上げる。「回復魔法は放つな。これはこの女の為じゃ。じゃから放つな」
僕は一瞬迷うが、アウルアラにはそれなりの信頼を置いてるので素直に従う事にする。
ならどうすればいい? とアウルアラに問う。
「ひとまずこの場を離れよう。この女を抱えて、他の者の目の届かぬ所へ…………そうじゃな、この前借りたアパートが丁度良いじゃろう。お主が連れ込んだ女がおるが…………まぁよいわ。とにかくあそこに向かえ。誰にも追われぬよう注意を払って」
分かった、と僕は頷き、リリスさんを抱えて空を飛ぶ。周囲に残された憲兵たちは怯えてこちらを追う様子はない。むしろ僕がこの場を離れようとしている事に安堵しているようだ。
一応、周囲の気配に注意しつつ飛行魔法でこの場を去る。
やはり誰も追って来ない。まぁ、前回の脱獄で追いかけてくる奴がいないのはなんとなく予想していた。
それでも全速力で空を飛んで、アパートに向かう。最初はあえて違う方向へ。そこから誰にも見えないとこまで高度を上げて、目的地まで一直線。目的地の真上に来たら、静かに落下して、アパート近くの誰にも見えない路地裏に着地。
最低限の魔力と最大限の注意を払ったので誰にも見られてないのは確実。
たったか駆けてアパートまでリリスさんを運ぶ、が、扉が開かない。鍵が掛かっている。
ノックして、名前も知らない女の子を呼ぶ。
「おい、開けてくれ。僕だ。急いでるから早く」
すぐに反応があった。慌てて扉に近付く気配がする。
扉が開かれ、驚いた様子で名前も知らない彼女が僕を見る。
「あ、あ、あの、ごめんなさい。実は…………」
「悪い。とりあえず上がらせてもらう」
なにやら言い訳しようとしているが、無視して無理やり押し通る。すると、中にはもう一人見知らぬ奴がいた。
男だ。が、若いというよりは幼い容貌。女と同じく、ガリガリに痩せ細っていた。
予想外だった。なんと驚くべきことに、僕が連れ込んだ女は男を連れ込んでいたのだ。
と思ったら、アウルアラが即座に反応した。
「弟じゃな。女と血の繋がりを感じる」
「弟?」と振り返り僕が問うと、僕が助けて連れ込んだ女は、驚きつつも首肯した。
「ならいいか」彼氏だったらボコして追い出してたかもと思ったが、今はそれどころじゃないと判断し、姉弟を無視して中に入り込む。
まだあまり家具の揃ってない部屋の床に傷だらけのリリスさんを寝かして、僕はアウルアラに訊ねる。
どうすればいい?
「落ち着け。慌てるな。怪我はしとるがそこまで重症じゃない。というよりこれは外傷ではないな。ある種の自傷、病気に近い」
どういう意味だ?
「お主の魔力がそれだけ凄まじかったという事じゃよ。端的に言えば界○拳二十倍を無理矢理行使したような状態じゃ」
制御できない力を無理に使って身体に負担が来たという事か。
「じゃな。それ以外に怪我はない。憲兵たちはこの娘に攻撃を加えてはおらん。あるいは怪我を負わせおらん」
…………って事は、僕が怒ったのは勘違いだったって事?
やっちまったなぁ。
後で謝りに行こうと思いつつ、僕はリリスさんの治療について尋ねる。
回復魔法を使っちゃいけないのは?
「今のこの娘の身体には高濃度の魔力が充満しておる。この状態でお主の魔力を注ぎ込むと、魔力過剰摂取状態になって更に危険じゃ。なので今は怪我の治療よりも、この娘に溜まった魔力を抜く事の方が重要じゃな」
魔力を抜くというと…………他に移せばいい訳か。それぐらいなら僕にも解る。
「うむ。だてに魔法の勉強もしとらんな」
まぁ、そういう事。
でも他に移すといっても、その対象には限りが…………「あ」
僕は気付いて、玄関近くでおどおどしている姉弟を見る。
「丁度よかった。二人ともちょっとこっち来て」
僕が手招きしても、二人は困惑してこちらに近寄らない。
「いいから来い」と強めに言うと、姉の方が泣きそうな顔で近づいて来た。
「勝手に連れ込んだのは謝るから、弟には手を出さないで」
なんか勝手に痛めつけられると思っているようだった。
「違う。そうじゃない。今、彼女の中には大量の魔力が充満していて、魔力過剰状態なんだ。だから今から二人に魔力を移す。勿論、無理のない程度にだ」
本来なら僕に移せたらいいのだけど、最初から魔力の溢れ返ってる僕が手を出すと、むしろ彼女の方に流れ込む恐れがある。満タンの柄杓で水をすくってもすくえないのと一緒。なので栄養失調気味で魔力も空っぽになりかけてるこの二人が適役なのだ。
「彼女を助けたいんだ。だから頼む」
僕が頭を下げると、つい今しがたまで躊躇していた二人は互いの顔を見やってうなずき合い、すぐに手を差し出してきた。
「ありがとう。感謝する」
魔力操作はそれほど難しくない。特に元は自分の魔力だから猶更だ。
僕はサイコキネシスみたいな要領でリリスさんの体内から魔力を取り出し、ガリガリ姉弟に移す。
意外と二人とも魔力を受け入れる器は大きく、リリスさんの体内が平常になるまですんなりと移し終えた。
「ふぅ」と一息。魔力操作がそれほど難しくないとはいえ、リリスさんに魔力が流れないよう細心の注意を払うのは大変だった。
「存外器用じゃな」とアウルアラが感心したように呟く。もしかすると、僕が思うよりも魔力操作は難易度が高かったのかもしれない。
「すご…………なにこれ」「うわぁ………」ガリガリ姉弟が感嘆の呟きを漏らす。
今まで感じた事のない大量の魔力を他人から流し込まれたので、驚いているようだ。
「初めてオーラに触れて念○力に覚醒したハンターに近いな」とアウルアラが言う。成程。そういう感じか。
つうか僕の知識を読み込んでいるからか、例えに漫画を多用しまくっている。
僕にとっては分かりやすいからいいのだけど。
とりあえず、今なら怪我を治療する為、回復魔法を使ってもいいのだろうか。
「あまり使わぬ方がよいな」とアウルアラが僕の疑問に答える。「怪我は見た目ほど重くはない。それにある程度抜いたとはいえ、未だ過剰状態なのは間違いない。怪我は自然治癒に任せておいた方が無難じゃろう。病院には連れていかれんじゃろうし、この二人に看病でもさせておけ」
「…………ま、そうなるよな」
僕は二人に礼を言いつつ、リリスさんの看病を頼み込む。
「お金は用意する。だから頼む。病院には訳あって連れていけないんだ」
「別にいいけど」と姉の方が了承する。第一印象時よりも反応が柔らかい。弟の方は姉の返事を見て、おどおどしつつも了承する。あまり自分の意志を持たないタイプらしい。
「じゃあお願いするね」そう言って僕は今ある全財産を二人に手渡す。
二人は多額の金を見て、目ん玉をまん丸にして驚く。
「こ、こんなにいいの……? あたし達が持ち逃げするとは考えてない……?」
「持ち逃げしたら僕から恨みを買う。持ち逃げせずに彼女の看病をしてくれたら、僕から感謝されて謝礼金を貰える。リスクとメリットを考えたらどっちを選択する方が賢いか容易に判ると思うけど?」
姉は、それもそうだと納得する。弟は判断を姉に委ねているので無視。
「それじゃ僕はまた出て行くから、彼女を頼むね。もしも彼女に何かあったらその時は…………」
「みなまで言わなくていいわ。分かってるから。安心して出掛けてね。帰りはいつ頃になるか分かる?」
「分からない。正直、帰ってこれるかも微妙。リリスさんが完治したら後は自由だから。その部屋に住み込んでもいいし。そこから出て行ってもいい。家賃は一年分だけ払ってるから好きにして」
「…………謝礼金は?」
がめついな。まぁいいや。
「今は持ち合わせがないから無理。会えたら渡すけど、できれば今渡したお金で満足してほしい。僕からの恨みを買わないだけでも儲けもんでしょ」
「…………それはそうだけど」
「ならそれで納得しといて。それじゃ」
僕はそう言って部屋を出る。
この部屋にまた戻って来る事があるのだろうかと疑問に思いながら。




