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魔王の器  作者: 北崎世道
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あの女の臭いがする

「おいどうした、レイニー? なんだか具合が悪そうだぞ? いつも仕事をサボってるお前が体調不良なんておかしな話じゃないか。お前の長所は能力にかまけて常に能天気そうなところだろう? 唯一の長所をどこに捨ててしまったんだ?」


「違うんだ、隊長」レイニーは首を横に振る。「別に俺は風邪をひいてる訳じゃない。体調管理ができてない訳でもない。俺は今まさに能力を発動させてるせいで具合が悪いんだ。こんな事は初めてだよ、畜生」


「一体どうした? お前の能力は一度発動させてしまえば、後は特に何もしなくていいものだろう? それなのにどうしてそんなに苦しんでいるんだ? 別にお前は昨日珍しく働いたから、今日は多少サボったところで文句は言わんぞ。体調不良を言い訳にしなくてもいい」


「違うんだ隊長」レイニーは大げさに肩をすくめてみせた。「俺は自分の能力について知ったつもりでいた。だけど違ったようだ。俺の能力は一度拘束した者を半永久的に拘束し続けるものだと思っていた。だけどどうやら違ったようだ。まさかこんな事になるとは思わなかった」


「一体どういう事なんだ? 用件をきちんと言ってみろ」


 体調であるジルの言葉にレイニーは頷いて、用件をズバリ言って見せる。


「拘束が解けそうだ」


「なんだと? お前の能力は一度発動させてしまえば、お前の意志なしでは解除できない、無敵のモノじゃなかったのか?」


「そうさ。俺もそのつもりだった。だけど違った。残念ながらな。俺自身、初めて知ったよ。まさかこの能力を力任せに外そうとしてしまえる奴がいるなんて思いもしなかった。なぁ、隊長? アイツは一体何者なんだ? アレは一体なんなんだ?」


 レイニーの必死な問いかけにジルは黙ってしまう。


 昨日、レイニーが能力を発動させて拘束した相手はアルカという青年だった。確かに彼はジルを一撃で倒してしまう程のパンチ力を持っていた。だがジルを一撃で屠るのと、レイニーの拘束を力任せに解いてしまうのとでは、訳が違う。


「一瞬でも気を抜いたら拘束が外されそうだ。この能力にこういう感覚がある事を初めて知ったよ…………本当にアイツは何者なんだ……?」


 レイニーの緊迫した態度に返せる言葉はなかった。


 頑張れ、負けるな、堪えろ。そういった応援の言葉以外に彼に掛けられる言葉は一体何があるのか。見当もつかない。


 これはレイニーの能力を過信していたという事なのだろうか。今までレイニーが能力を発動させた後でこんなに苦しむ事なんてなかった。しかし今回は本当に苦しそうだ。レイニーはサボり癖はあるが、仮病を使うタイプではない。能力が貴重かつ強力である為、仮病を使わずともサボりが黙認されているのだ。


 ジルは生唾を飲み込んだ。レイニーが拘束したアルカという青年は今、一体何をしているというのだろう。



 ◆



「か、かゆい…………ッ! せ、背中がかゆい……っ」


 全身を拘束衣で固められた僕は今、芋虫のように床を這い蹲っていた。


 つい先程まで、念能力だかスタンドだか、よく分からん能力で拘束されてふて寝していた僕は、ふと背中がかゆくなり、頑張って背中をかこうとしていたのだ。


 映画や漫画でしか見た事のない拘束衣はどうやら実在のモノではなく、能力によって具現化されていて、実際のモノよりも強度が高い。魔力で創造されてるのに、魔力で壊せないというのは、これがそういう事に特化した能力だからだろう。


 おそらくは、この拘束衣を作ったおっさんは、これ以外に創れるモノはないと思う。対象以外に使ったら命を落とすみたいな制約やら誓約もないのにこの強度だからきっとそうだ。じゃないとこの強度は卑怯。


「魔力に関して言えば、お主の方がよっぽど卑怯だと思うがの」


 僕はあれこれ考えてたら、頭に住み着く全裸魔王のアウルアラが軽いツッコミを入れた。


「専用の能力でもないくせに馬力だけで能力を破壊しそうになっているのは、ちょいと規格外が過ぎるじゃろ」


「破壊できそうにないんだけどね」


「んにゃ、そこそこイイ線いっとるぞ。お主には自覚がないようじゃが」


「これが無自覚チートというやつか」


「自覚しとんぞ」


 しかしながらそこでふんぬふんぬとキバっても、少年誌のズボンのように拘束はちっとも破れない。むしろこれ以上キバっても括約筋の方に力が入り、拘束よりも人間としての尊厳の方が破壊されかねないので、ひとまずはやめておく。


 人間、素直に諦めておく事も時には重要だと、頭の中の元白髪鬼先生もほざいている。ただそれは、なぜ僕はあんなムダな時間を…………と嘆いてしまう原因ともなり得てしまうのだが、今はまだ分からない。後悔先に立たずというように、未来への後悔を今する事はできないもの。できてもそれはただの悲観であり、今はただ己の判断を信じるだけだ。


 という訳でひとまず拘束を破るのは諦めておく。試合じゃないので、たぶん大丈夫だ。問題ない。


 …………なんか、今、後悔するフラグがビンビン立ってしまった気がするが、たぶん気のせいだろう。うん。きっと。



 ◆



 それから三時間後。僕は後悔した。


「うわっ、くっさ! こいつ漏らしやがった!」 


 拘束されてトイレにも行けない状態なのでこうなる事は明白だったが、その時の僕は気付かなかった。辛い後悔の念が頭に浸食し、涙となって溢れ出す。


「待ってろ。今、掃除してくれる奴を呼んでくるから」


 そう言って、さっき臭いと叫んだ檻前の看守が憐みの視線を残しつつ部屋を出て行った。僕は涙と鼻水と尿にまみれた状態で彼が呼んでくれる人を待つ。


 十分後にその人は来た。女性だった。やや目付きの鋭い若い女だった。「ったく、どうしてあたしがお前みたいな漏らし野郎の世話なんかしないといけないんだ」とぼやきながら、女性看守は怯むことなく檻の中に入り、しかも丁度そのタイミングで僕の下半身の拘束が解けたので、慣れたような手つきで僕の服を脱がして、尿で汚れた僕の下半身と床を綺麗にしていく。


 随分と手際がいい。こちらがボトムレスの四つん這いで尻を突き上げた態勢でいると、女性看守は丹念に僕の尻を拭いていく。濡れた布で尻の穴までしっかり拭かれて全て綺麗にされたタイミングで僕の下半身の拘束が復活し、再び身動きが取れなくなる。


 こんな事なら下半身がフリーダムな時に暴れればよかったと後悔の念が湧き起こるが、その場合だと僕の下半身を綺麗に掃除してくれた目付きの悪い女性看守にそれなりの暴力を働かないといけない為、結局無理だったのだとスッパリ諦める。


 ていうか拘束はされたけど、戻ったのは拘束衣じゃなくてベルトのみだったので、下半身は露出したままだ。四つん這いで生尻突き出した態勢でいるのはかなり恥ずかしい。


「まぁ、なんだ……あんまり気にすんなよ。どうせまた汚すだろうし、汚してしまったらその時はまたあたしが綺麗にしてやるから、あんま我慢しなくてもいい」


 目付きの悪い女性看守はそう言って、僕の剥き出しの尻をペチンと叩いて、檻を出て行ってしまう。


 すべて終えた後、「大丈夫か?」とアウルアラが声を掛けてくる。


「大丈夫じゃない……。何かに目覚めそうだ……」


「おそらく前職が介護士だったんじゃろうな」アウルアラが鋭い目つきで女性看守の背中を見送る。「あの娘、手つきこそ慣れておったが、お主の尻を見てる時の目つきはおぼこな生娘そのものじゃった。この世界の介護士がまだ一般的ではない事を踏まえると、たぶん決まった相手、それも金持ちの老婆の世話しかしとらんかったと思う。もしかするとリリスみたいな保育士の可能性も否定できぬが、ショタっけの素質がそれなりに高いところを見る限り…………介護士の可能性は低そうじゃと…………うぅむ」


「この処女ソムリエが……」


 僕の罵倒にアウルアラが満更でもない笑みを浮かべる。別に褒めてないのに。


「それよりも綺麗になったのはいいけど、下半身が出されたままで状態は悪化してるんだよな……」


「このままだと風邪をひいてしまうじゃろうな」


「いや、そうじゃなくて……」


 もっとこう、僕の尊厳的な話をだな。


 そんな感じで今度は下半身まる出しのまま放置され、まる一日が経過した。トイレの度にあの目つきの悪いけど実は優しい女性看守の世話になりつつ、食事も彼女の世話になったりして、もはや彼女なしでは生きられないかもと依存し始めたところで、異変が起きた。


「ぬ?」


 最初に異変に気付いたのはアウルアラだった。


「どうしたの?」


 下半身を露出する事にもはや抵抗感がなくなった僕が尋ねると、アウルアラは「あの女の匂いがする」と言った。いや、ほざいた。


「何の匂いだって?」


「覚醒して常人の百倍思考できるようになったくせに、その九九%が性の事しか考えられんくなった例のシスターじゃ」


「…………それってリリスさんの事?」


「うむ」大真面目に頷くアウルアラ。「どうもあの女と関係を持ったせいで、なにやらあの女と繋がりができてしまったようじゃ」


「なにそのどっかで聞いた事ありそうな構文は」


「いや、A=Aみたいな話じゃなくて、文字通りの繋がりじゃ。性シスターとお主がリンクしてしもうておる。具体的に言うと、性シスターがお主の魔力を使えるようになっておる。サキュバスクイーンの能力がこんなところで開花しておるな」


「へぇ、そうなんだ…………それが何か問題?」


「うむ。前にも言ったが、サキュバスクイーンは一途なサキュバスでな? 番いの危機には理性を失う事もある」


「ふうん? それで?」


「それで、ではないわっ!」アウルアラが一喝する。「お主は自分の魔力がどれだけ凶悪なのか自覚しとらんから平然としておるのじゃ。しかも最近のお主はやけに短絡的かつ暴力的だったじゃろう? あの性質もそれとなく引き継いでおるから、このままじゃと大惨事が起きかねんぞ」


「大惨事っていうと…………?」


「大惨事世界大戦…………じゃなくて、この監獄が完全に崩壊するやもしれん。いや、下手したらこの街そのものが焦土と化す可能性だって……」


「あははっ、そんなまさか────、」


 やたら焦りまくるアウルアラを笑い飛ばしていたら、上の方からなにやら轟音が聞こえてきた。


 遠いながらもやたら聞こえる激しい音。それと同時に来る地響き。背筋がぞぞぉっと寒くなる。


「…………あはは…………そ、そんなまさか…………っ」


 再び轟音アンド地響き。とても個人が出せる音と振動ではない。


「えっと…………マジ?」


「大マジじゃ」真剣そのものなアウルアラの表情。ちょいとこれは、本気で焦ったがいいかもしれない。


 言われてみれば確かに僕の中から何かが抜けていく感覚がある。これがリリスさんに魔力を使われているという事なのだろう。まだまだ余力はあるが、それでもこの抜け方は異常だ。更年期の毛髪くらいに抜けていってる気がする。


「う、上では一体何が起きているんだ…………?」



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