節度
無事に城を抜け出し、外へと出た僕はすぐに飛行魔法で空を飛んで逃げた。
地上では僕を追いかけようと必死に銭形○部しようとする憲兵たちがいたが、真っ暗な夜空を背景にしたら見失うのも当然であり、いつの間にかあっさりといなくなってしまった。
そんな真っ暗な夜空を全速力で飛んで、僕はまず孤児院の方に向かった。
現時点で既に子供は寝る時間はとうに過ぎ、リリスさんも寝てるかもしれないと思ったが、万が一起きて待ってたらいけないので、泥棒よろしくこっそり教会の方に忍び込んで、そこから夜這いよろしくリリスさんの部屋の前まで向かう。
で、扉の前に立ち懊悩する。リリスさんが起きてるかどうか不安になる。寝てるところにノックで起こしたら可哀想だし、かといって起きて待ってたら余計可哀想だし。なんて思ってたら、扉が開いて、リリスさんが出迎えてくれた。
「…………遅かったですね」
涙目で微笑むリリスさん。パジャマ姿が可愛らしいが、不安にさせてしまったようだ。
「さぁ、どうぞ。入ってください」話は中でという事なのだろう。すぐに部屋の中に誘ってくるリリスさんを僕は止める。
「ああいや、すいません。実は用事ができて、今晩は泊まれなくなってしまったので、その報告に来たんです」
「え…………っ?」
僕の言葉にリリスさんが信じられないといった様子で振り返る。
「どうしてですか…………?」
「実は……」
「他に好きな人がいるからですか…………?」
「ああいや、そういうんじゃなくてですね」
察した。
ちょっとここで引いたら更に面倒な事態になりそうなので、無理やり言い聞かせるように事情を説明する。
んで。
「…………さ、殺人の容疑者に…………?」
事情を聞いてわなわな震えるリリスさん。妙な誤解は解けたものの、また新たな不安を与えてしまった感がある。言わなきゃよかったかも。しかしそれだと他の女に走ったと思われそうで、やっぱり言うしかないよなぁと思う。
「まぁ、冤罪ですし。ちゃんと事情聴取を終えたら戻ってきますんで安心してください」
「だ、大丈夫ですか?」と心配そうなリリスさん。
「大丈夫です」
僕は小動物の如く震えるリリスさんに向かって、僕は力強く胸を叩いて元気づける。
こういう男らしさを見せつけるのはあんまり慣れてないが、それでもリリスさんはほっと息を吐き、安心した様子を見せた。
「信じてますからね…………!」
「はい。任せてください」
僕は再度胸を叩いて、すぐにその場を後にする。
「待ってますから……!」
◆
さて、次は家だ。今日、借りたばっかのアパートじゃなくて、実家の方だ。アパートの方はまだ誰も待ってやしない。空っぽの箱だ。
帰宅すると案の定、鬼の形相で待ち構えてる母が居た。
腕を組んで仁王立ち。その佇まいは、地獄の門番すら失禁するだろう。
「随分と遅かったわね…………何か言う事は?」
「えっと…………ごめん。でも、ちょっと今回は訳アリで」
「言い訳無用ッ!」
鋭い平手。
何かいう事は、からの、言い訳無用ッは、ちょいと無慈悲がすぎる。
「実は……」
「屁理屈を抜かすな!」
返しの平手。別名、往復ビンタ。
その練度の高さは普段から使い慣れてるのを示しているが、僕は普段往復ビンタを喰らってないので、おそらくその対象は父に向かっているのだろう。しかしこれまで父が顔を赤く腫れさせたところを見た覚えはない。
「おそらく普段は父の息子に向けているのじゃろう」とアウルアラ。僕も息子だ。
性欲の魔王の言う事だからその情報の信憑性は恐ろしく高いと思われるが、あえて僕は聞かなかった事にする。
違う息子の話なぞ聞きたくもない。わりかしマジに。
冗談はさておき、僕は我が子の話を聞く耳を持たないわりと一般的な母親に無理やり話を聞かせる。
暴力の止まらない腕を掴んで、力尽くで押し倒して、かなり必死に話を聞かせる。そこまでしないと話を聞いてくれない母だったが、なんとか話を聞いてくれた。
んで。
話を聞いた後、母は、
「それならそうと早く言いなさいよ」
親でも殴っていいタイミングってある気がする。
ともあれ、親からの理解は得られた。
「でも、どうして戻るの?」
「そりゃあ何もやましい事はしてないから。このまま逃げたら本当に犯人扱いされちゃうだろうし」
「むぅ……」
納得のいかなそうな反応。理解は得られなかったようだ。でもまぁ、何の罪もない息子が再び留置所に向かおうとするのを納得しろという方が難しいか。
「まぁ大丈夫だよ。いざとなったらまた今日みたいに力尽くで出てくるから」
「……時々、様子見に行くからね」
「うん。でも、できれば暫くは見に来ないで。せめて一週間くらいは様子見で」
「え? なんで?」
別にこれは授業参観に来られるのが恥ずかしい年頃の子供みたいな理由ではなくて。
「もしも、わざわざ戻ってきた僕でも完全に犯人扱いしてくるような、どうしようもないくらい愚かな司法だったら、説得を諦めてまた力尽くで戻って来るから。もしもその時、母さんが居たら危ないし、それに親の顔がバレたら更に面倒な事になりうるかもだし」
「…………ふむ。分かったわ」
これでようやく理解を得られたようだった。
「んじゃ、行ってくる…………あ、その前に」
と僕は玄関に向かおうとしたところでUターンし、
「檻の中のベッドは布団がないから、布団持っていくよ。あと退屈しのぎ用に本…………は、いいや。家にあるやつは全部読みつくしたし」
ちなみにこれは、この世界の印刷技術はさほど発達しておらず、本自体が少ないからだ。
ここよりも都会で、尚且つ印刷技術が発展した国ならもう少し本もあるだろう。
ナイルの向かった都市だと、かなり大きな図書館とかあるらしいし。
自室に戻って、布団を回収。収納魔法に入れて、再び玄関へ。
「んじゃ、行ってくる」
「あ、ちょっと待ちなさい。これでも持っていきなさい」
と、母から手渡されたのはちょいと固めなパン。稲作農耕が発展してたら、パンじゃなくておにぎりを持っていかせたかもしれない。
「ありがと、それじゃ行ってくる」
そんな感じで家を出る。父に挨拶をするのを忘れたけど、別に今生の別れって訳でもないから特に気にしない。
そう。
ぶっちゃけ、いざという時は力尽くで脱獄できるので、特に覚悟らしい覚悟なんてしていない。
こういう時、魔法を修行していると便利だ。
◆
んで、再び夜空を飛んで、さっきいたお城の方に向かおうとしている途中で、何やら突然、アウルアラが声を上げた。
「ちょいと止まれ。ここで降りろ」
「ん? なに?」
「襲われてる者がおる。娘だ」
僕はすぐ地上に降りた。
落下中に探知魔法で辺りを調べ、アウルアラが言ってたところを突き止め、着地後すぐにそこに向かう。
十秒足らずで目的地に到着し、状況を確認。確かに、女の子が複数の男に襲われてるところだった。口元を布で塞がれ、仲間で両手両足を抑えた状態で性的暴行を働こうとしている。
幸い、まだやられる寸前だったようだ。僕は走って、女の子に跨ってる男を蹴とばす。
「ぐぇっ!」
男は簡単に吹っ飛ぶ。斜め上に蹴とばすようにしたので、女の子を巻き込んで吹っ飛ぶことはなかった。
そしたら暴漢の仲間たちがなんだなんだとこちらに気付き、予め所持していた武器を手に取り、こちらに襲い掛かる。
判断が速い。しかしながら攻撃速度はそれほどでもなく、僕は簡単にそいつらをやっつける。
「ぐあぁっ!」と野太い悲鳴三重奏。今日はもう、こういうのばっかし。
襲われてた女の子は震えながらこちらを見ている。
「大丈夫?」と僕は女の子に声を掛ける。
見たところ、十代半ばで、顔はいいが、かなり華奢だ。骨と皮ばっかりで肉感が全くない。
「処女じゃな」とアウルアラが意味の分からん鑑定をする。「あとやっぱりそうじゃ。こやつもあのリリスという女と同じで、サキュバスクイーンの子孫じゃ」
あぁ、確か百人に一人はいるという……。
「やっぱり十人に一人じゃったかも……」
だとしたらとんでもない数だが、今はどうでもいいかも。
「大丈夫?」と再度僕は声を掛け、今度は手を伸ばす。
女の子は震えている。まぁ、助けたとはいえ、いきなり出てきた僕を警戒するのも仕方ない。
ふと、僕は閃き、未だ震えて反応がない女の子を抱きかかえる。
「えっ?」
突然の僕の行為に、さすがの女の子も驚きの反応を示すが、僕は無視して空を飛ぶ。
んで、今日借りたばかりのアパートまで飛んで、そこで降ろす。
「ほい。これ、鍵」
「…………どういうつもり」
女の子は僕を睨みつけて言った。
「別に。行くところなさそうだったから、とりあえず数日帰る予定がないアパートで匿ってあげようと思っただけ」
「…………」
女の子は言葉ではなく態度で嫌悪感を示す。
仕方ないと僕は構わずに、
「好きに使っていいから。と言っても、今日借りたばっかりだから、見ての通りまだ何にもないよ。あ、ついでにご飯代を渡しておこう。これで好きなものを食べて」
一万ものお金を渡した途端、女の子の警戒心が更に強まる。
「別に、変なところに売ったりしないから。ああそうだ。どうでだからこの部屋に合う家具を見繕ってくれないかな? はい、これが家具代」
追加で二十万を手渡すと、さすがの女の子も狼狽をみせる。
「な、何をさせるつもり…………?」
「え? いやだから、家具を見繕ってほしいって。数日は帰れないから、その間にこの部屋を人の住めるようにしてほしいだけ」
「…………」
「逃げたかったら好きに逃げていいよ。キミの事はまだ名前も知らないから、追いかけようがないし。そっちの方がキミも安心でしょ?」
「…………」
「ああでもその場合、鍵は置いといてね。いきなり鍵をなくすのはさすがに嫌だから。それじゃ」
「ちょっ、ちょっと待って」
飛び立とうとする僕をガリガリの女の子が止める。
「あ、あんた、何が目的なの……?」
「別に、ただの偽善。目の前で困ってる女の子がいたら助けてやりたくなるだけだよ。正直言うと、下心がない訳でもないけど、女の子の嫌がる事をする趣味がないから、こんな風に善意の押し付けをするしかないって訳」
「…………」
一応、偽りのない本音だったが、それでもこれだけでは不十分だったのか、まだ女の子の不信感は消えない。仕方ないのでもう少し本音の詳細を語るとする。
「実をいうと、僕は処女の淫乱娘が好きでね。ここでキミに優しくしたらキミは僕に好意を抱き、僕が手を出さない限り処女のまま淫乱になるだろうとふんで優しくしたんだ」
「きっしょ」
一蹴。
「…………」
おかしい。更なる本音を語ったら更に不信感が増してしまった。僕を見る目がお父さんか養豚場の人糞でも見るような目つきだ。
「お主……さすがにキショ過ぎるぞ」アウルアラの呆れた声までもらった。
めげそう。
「…………あぁそうだ。今夜は冷えるだろうから、これあげる」
仕方ないので僕は切り替えるように言って、先ほど家から持ってきた布団を女の子に手渡す。
が、その場で放り投げられた。
「ついでにパンも…………って、食べ物は薬が入ってるって警戒されるかもだし、そっちは自分で用意してね」
僕はついでに出したパンを収納魔法に引っ込める。
「それじゃあね。他に行くところができたら、好きに出ていいから。その場合はさっきも言った通り、鍵は置いといてね。それじゃ」
そう言い残して部屋を出る。
結局、女の子の警戒は解けないままだったが、特に気にしない。
こういうのは最初から感謝を求めようとするのが間違ってるのだ。他人から信頼を得る為にはそれなりに誠意を見せないといけない。
ただまぁ、腹の内を正直に曝したところで信頼を得られないというのは少し予想外だった。
下手に善人振るよりはいいかと思ったんだけどなぁ。
「最低限の節度は守れ」
二十四時間常に全裸の女から説教を貰い、僕は凹みながら留置所へと戻った。




