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魔王の器  作者: 北崎世道
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手錠

 気付いたら僕は血まみれの部屋に立っていた。


 周りはクアホみたいな死屍累々。汚っさんの排泄物とタメを張るような地獄絵図。


「…………えっと?」


 僕が辺りを見渡すと、アウルアラが「てへっ」と舌を出し、笑っていた。


「…………」無言で睨む僕。


「大丈夫じゃって。一応、全員生きとるから」


 確かに彼女の言う通り誰一人死んではいない。生きてるのが不思議なくらいボコボコで、生命活動のみを条件にすれば、一応生きてはいる。


「…………ここは何処?」


「やくざ共の事務所じゃな」とアウルアラ。「ほら、お主の隣人が属しとるガリオス組とやらの事務所じゃ」


 言われて再度、辺りを見渡す。よく見れば倒れてる奴等は全員カツアゲを義務教育と思ってそうな雰囲気を醸し出している。顔がボコボコで原型ないが、元々ボコボコだと思うので気にしない。人間は獣畜生の顔の区別はできないし。それよりもなんでやくざの事務所なんかに…………。


「…………って、ああ、思い出した。ヤンザのおっさんが俺のバックにはやくざがいるんだぜとかほざいてきたんだっけか。それをぶっ潰そうとしたら意識を失って…………アウルアラがその仕事を奪った訳か」


「てへっ」


「…………一応、治療しとくか」


 身体の使用権は返却されてるので、僕がやる。アウルアラにやらせようかとも思ったが、なんかまた面倒を引き起こしそうな気がしたので、僕がやる事にした。


 アウルアラへの説教は…………まぁ、またの機会に。


 彼女がやった事は元々僕がしようとした事なのであまり責められない。注意すべきところは、少しやり過ぎな事と、勝手に僕の許可なく身体を奪った事。それくらい。


 やくざ共を治療する。


 んで。


「……はいよ。これで終わり。これに懲りて、悪いことをするのは控えてもらえるかな?」


 治療後に事務所内で一番偉そうな男の顔に水魔法を掛けて起こして、要求する。


 その男は初めこそ僕の要求に反抗的な態度を示したが、拷問を繰り返すうちに徐々に反抗的な態度が薄れ、涙と鼻水の区別がつかなくなった辺りで僕は再度訊ねた。


「悪いことは二度としないでくれるかな?」


「はい……もう絶対、二度としません…………ですから助けてください……」


 僕は拷問をやめる。


 一応、手を離して顔をそいつから背けた瞬間、目だけをそいつに残していたら、案の定そいつは反抗的な目でこちらを睨んでいた。やはり反省は表面上だけ。心はまだ折れてない。


 なので拷問再開。


「ぎゃああああっ!」悲鳴を上げるやくざリーダー。


「童にやらせて!」と懇願するアウルアラに任せて、僕はそいつが本当に心が折れたかどうかを見極める事に集中する。


 アウルアラの手慣れた拷問で的確に痛みを与え続け、いよいよ本当に心が折れたと確信できたところで拷問を一時中断させる。


「どう? 本当に心が折れたと思う?」


「うむ。童がこの手の仕事を失敗する訳があるまい」


 アウルアラの確認も取れたところで、拷問終了。


「これに懲りたら二度と悪さをしないようにね。もし悪さをしているところを見たらその時は…………」


「ひゃいっ! じぇじぇぜ、絶対に致しません! かか必ず!」


「他の奴等にも徹底させてね」


 と僕がやくざリーダーさんにお願いしていると、こそっと後ろの方から、


「くそぅ……こんな時にブーザマさんがいてくれたら……」という呟きが聞こえてきた。


 僕は振り返り、拷問を観戦させてたモブヤクザの一匹に訊ねてみる。


「今、なんて言った?」


「いいい、いえ、特に何も…………っ!」


 慌てて首を横に振るも、当然見逃すはずもなく、僕は再度アウルアラに拷問を任せて、心が折れ切ったところで再度訊ねる。


「で、さっきはなんて言ったの?」


「ブブ、ブーザマさんがこんな時にいてくれたら、と言いました…………!」


 顔面血まみれのモブヤクザが泣きながら白状した。


「ブーザマ…………? なんかどっかで聞いた事あるような…………?」


「ナイルが誘拐された時の奴じゃろ。ほら、一番ザコいくせに一番偉ぶってた奴じゃ」


 アウルアラの言葉に僕は、ああ、と納得する。


 ブーザマはナイル誘拐犯の黒幕で、元々はリリスさんのいる孤児院の借金取りをしていたやくざだ。僕が借金取りをやめさせ、その腹いせにナイルを誘拐して、そんで返り討ちにあったあの無様な男。孤児院の借金が帳消しになった直後に、彼の部下である筈のゴルドフを銃殺した救いようのない極悪人でもある。たしかナイルを助けた後、いきなり来た憲兵に下半身を馬鹿にされつつ捕まったんだっけか。


 しかしなんだ。今のモブヤクザの反応を見た感じ、部下を銃殺した身でありながら、それでも他の部下からは慕われているようだ。よく分からん人間関係。下半身が男のヒエラルキー最下層である事が部下の信用を獲得した要因だろうか。見下せる相手なら人は優しくなれるからね。辛辣にもなるけど。


 ともあれこの状況で居もしないブーザマに頼ろうとする精神性は反抗的な姿勢が女児パンツよりも見え隠れするので、容赦なくボコすことにする。


 悪人相手に振り上げる拳は正義と名乗れる事が昔から決まっているのは戦隊ヒーローの存在が証明している。なのでボッコボコ。


 まぁ現代社会にはそぐわない価値観なので終了してしまうのかもしれないが(本当の理由は違うみたいだし)、気にしないでおこう。


 それよりもアウルアラの非情な暴力でモブヤクザさんの心も心電図みたいにポキポキ折れてくれたようなので一安心。これで復讐に走る事もないだろう。


 ついでに、こいつみたいになりたくないという恐怖心からか、他のモブヤクザさんもブルブル震えて敵対心も完全に消え去っているようで二安心。


 最後に「悪い事したら今よりももっとひどい目に遭わせるからね」と念押しして三安心でゲームセット。


 やくざ事務所を出る事にする。


 汚いビルみたいな建物から外に出るとそこは若干スラムに近い通りで、チンピラもどきみたいな野次馬が遠巻きにこちらを見てきた。


 モブヤクザの悲鳴などが聞こえてせいだろう。あまり関心を抱かれたくない僕はさっさとその場を離れる。


 暫く早足で歩いて、ようやく治安が正常な通りに出ると、僕はそこでほっと息をはく。


「ふぅ。楽しかったのぉ」


 公園内の椅子に腰かけると、アウルアラが満足したように笑みを浮かべる。


「楽しかったようでなにより。でも、勝手に僕の身体を奪って暴力行為に勤しんだのはいただけないなぁ」


 僕の小言にアウルアラがしゅんと肩を落とす。


「じゃ、じゃが、お主だってあやつらを懲らしめようとしたではないか」


「確かにその通りだけど、僕が責めてるのはそういう事じゃないのは解ってるよね?」


 正義がどうこうの話ではない。


 悪叩きを正義と呼ぶような己に都合の良い価値観ではないし、かといって救いようのない悪を叩かない事の方が正しいと思うような高尚な精神も持ち合わせていない。正義なんて知った事か。


 じゃなくて、単純に僕の身体を勝手に使うなという事。人の命を奪う事に抵抗感のないアウルアラはやり過ぎる恐れがあるから怖いのだ。


 アウルアラは人間じゃないのだから。


 やるんだったら僕以外の身体で、僕とは関係ないところでやってほしい。それなら悪い奴等をどれだけ殺そうと別に構わないし、場合によってはガンガン裁いてほしいとさえ思う。アウルアラなら人殺しに罪悪感を覚えて苦しむタイプじゃないし。悪の定義もたぶん僕と似たようなものだから、僕は困らない。僕以外の人間は知らんけど。


 閑話休題。


 僕の指摘にアウルアラが黙る。彼女は僕の機嫌を損ねる事を恐れている。僕が身体の使用権を貸さなくなったら困るからだ。今は彼女の方が使用権を好き勝手奪ったりできているが、そのうち徐々に僕の力が強まり、自由に身体を使えなくなるらしい。なので彼女は僕と良い相棒として振る舞おうとしている。偶に、我慢できずにやっちゃう事も多々あるけれども。今みたいに。今朝みたいに。


「反省しているならいいよ」と僕はアウルアラを許す。元々そんなに怒ってなかったのだ。一応は注意しておかないといけないと思ってたから注意しただけだ。彼女もそれは気付いているだろう。だからといって反省しているそぶりを見せないのもこちらとしては扱いに困るし。互いに建前は大事だという事だ。


「それじゃこれからどうするんじゃ? さっきのアパートに戻るつもりかえ?」


 ほとんど脳内で行われた反省会を終えたので、アウルアラが話題と気持ちを切り替え、尋ねてくる。


「そうだね。一度戻ってみようか。もしかしたらユキトが心配して待ってるかもしれないし」


「男に心配されても嬉しくないじゃろうに」


「それはそう。でも彼は…………」


 僕が言い淀むところに、アウルアラが容赦なく突き付ける。


「あやつは、お主に似とるよな。顔じゃなくて、雰囲気や精神性が」


「…………やっぱアウルアラもそう思う?」


 アウルアラが首肯する。


「強者の食い物にされる典型的な弱者じゃの。周囲に八つ当たりをする事もできない攻撃性の低い弱者。お主の記憶内の自分もそうじゃったな。匿名性の高いネットですら他者を攻撃する事もできない傍観者。しかもそれは決して優しさからではなく、単純に臆病から来る攻撃性の低さ。己に自信が持てず、殻に閉じ籠るタイプ」


「やめて」


「転生して能力が増え、己に自信が持てた今だからこそ他者の機嫌を媚び諂わぬようになったが…………って今、やめてと申したか。すまぬ」


 アウルアラの謝罪に僕はほっと息を吐く。


 とまぁ、そんな感じ。


 単なる第一印象だけど、いや第二印象かな。ともあれヤンザのおっさんに絡まれた時のユキトがどうも前世の僕と似ていたのだ。


 あんまり良い記憶の無い前世。親とか家族の愛情には恵まれたけど、能力には恵まれず、他者との距離感やら関係性に困ってばっかりだった気がする。


 そんな自分を思い起こさせたユキトだからこそ、今回こんなお節介を焼いてしまった訳だ。もう少し付き合うと案外、全然違う印象を持つかもしれないけれども。今のところはそういう印象という感じ。別に合ってたらどうとか、違ってたら扱いが変わるとかそういう事はないのだけど。


 なんて事を思ってる間に戻ってきた。ボロ臭い例のアパート。


 部屋に戻ろうとしたところで、慌てて扉を開ける音と錆びた鉄の階段をトンタカ降りてくる音が聞こえてきた。


「あっ、わわわわっ、だだだだ大丈夫でしたかっ?」


 判ってはいたが、やっぱりユキトだった。心配してくれていたようだ。


「大丈夫だよ。あの程度のチンピラなら欠伸しながらでも勝てるから」


「で、でも、あの人はガリオス組の組員で……」


「うん。それも含めて。バキバキに心を折っといたからたぶん大丈夫。もし奴らが前みたいに絡んで来たら僕に教えてね。今度は容赦せずにやっちゃうから」


 たぶんあの手の連中は復讐よりも他の弱者を探しに行くタイプだから、再びユキトに絡んでくる事はないと思うけど。


 大丈夫と言ってやっても、「でも……」と何の薬にもならない心配をしてくるユキトを適当に流して、僕は部屋に戻る。


 んで、猫の脳みそよりも空っぽの部屋を見て、まだ何の家具も用意してなかった事を思い出して、再度アパートを出る。今日は休みなく出っ放しだ。


 だが、辺りはもう暗い。やくざ共にチート無双してたせいもあって既に日も暮れ始めており、今日はもう買い物はやめておいた方が無難ではある。


 しかしそれだと再度外出するのが難しくなる。一応、今の僕は家出中の身分だ。僕は五歳児だし、一日で家出を止める事は何の恥でもないが、孤児院のシスターに呼ばれた手前、彼女のところへ夜這いに行けなくなるのは非常に困る。


 いっそのことこのまま孤児院に向かおうかと考えたところで、見覚えのあるようなないような少しある人が驚いた顔でこちらを見てきた。


 なんだろう。もしかして僕は自分でも気付かぬうちに恥ずかしい行為かもしくは恰好でもしていたのだろうか。


 人目を惹かない地味な男である僕は、ごくまれに通りすがる人達から二度見をされると、自分が何かおかしなことをしているのだろうかと不安になるのだけど、今の僕は特に変な事も恰好もしていない。ちょっと脳内に誰にも見えない美人の全裸女を住まわせ

ているだけの、普通で平凡な男の子である。


 もしかして返り血でもついてただろうかと一瞬不安になったところで、そのラー油みたいな人から話し掛けられた。


「あのう、すいませんが、アルカさんですか……?」


 名前を知られていた。という事は知り合いか。でも、見覚えがありそうでなさそうで少しあるラー油なのだけど。


「ああ、すいません。分かりませんよね。今は非番なので私服なんです」


 これが日本語ならそりゃあ非番は至福ですよね、みたいな小粋なジョークを返すのだが、僕が今使用している言語は日本語ではないのでこのジョークは使えない。それよりも私服だったら判らないというのはどういう事だろう。


 僕が平静を装いつつ戸惑っていると、見覚えラー油な男性が僕の後ろの方に手を振った。振り返るとそこには鎧姿の憲兵がおり、ああ成程、と納得した想いにさせられた。


 憲兵さんなら非番時の姿じゃ分かる筈もない。でも、僕はいつ憲兵さんとお知り合いになったのだろう。理解の先に湧き出た疑問に首を傾げていると、非番中の憲兵さんと非番じゃない方の憲兵さん(鎧姿)が何やら僕には聞こえないよう少し離れてこそこそ

話をし始めていた。


 こっそり盗み聞きでもしようかと僕は考えたが、面倒なのでやめ、おとなしくその場で待っていた。一分も経たずにひそひそ話は終わり、鎧姿の憲兵さんが、僕に指示を出してきた。


「おい、両手を前に出せ」


「…………はい」と僕は指示通り両手を前に出した。「どすこい」


 膝を曲げ、お相撲さんみたいな態勢になると、鎧姿の方の憲兵さんが明らかに不機嫌そうな声色で、「そうじゃない。前に出すじゃなくて前に出せ」


 ここまで知能の低い男が憲兵を名乗っても許されるのだろうか。と不安に駆られつつも、僕は憲兵さんの細かな指示通りに両手を前に出す。胸の前に出して、乳首ビームを出す態勢ではなく、犯罪者が両手に手錠を掛けられる時のような態勢だ。


 「はて?」理解が追い付かず、僕は憲兵さん(鎧の姿)が次の動きをするのを待つ。


 動きはそこそこすぐにあった。


「アルカ・フェイン。貴様を殺人の容疑で逮捕する」


 がシャリと僕の手に手錠が降ろされた。。




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