ユキト
「おいおい。どうしてそこで退くのじゃ?」不満そうにアウルアラが言った。
まぁ、僕もアウルアラと同じような気持ちなんだけどね、と僕は心の中で言い訳染みた言葉を返した。
でも、これは勝ち負けやら善悪とは別種の問題。ルールは破ってなくてもマナーを守ってないというか。ここで僕が無視して希少なアイテムを売り捌き続けたら、アイテム価値のバランスが崩れて、駆け出し冒険者たちの立場がなくなり、市場は枯れ朽ち、長期的に見れば損というか。とにかくまぁ、あんまりよくないよね、っていう話。
たぶん目の前の男はそこまで考えてはないだろう。どうせチンピラが俺の縄張り内であんまでしゃばんなぐらいの気持ちでキャンキャン吠えてるだけだ。
でも、突き詰めて考えていけば、さっきも言ったように僕の方があんまりよくない事をしてるって感じになってしまうので、とりあえずは無難に退いておく。ここでこの男が二度と売る事を禁止してきたら、その時はさすがに抵抗するけど。
「控える程度じゃ駄目だ。二度とてめぇはアイテムを売るな」
なんて思ってたら、本当に言ってきやがった。退きどころの知らない強欲なおバカ。
「てめぇ、ちょっと調子に乗ってんな。おい、お前ら」
そのおバカの合図で、同類のチンピラ臭いおバカがわらわら集まってきた。DQのマ○ハンドみたいなDQN。一応、ギルド建物が目の前にあるのだけど、そういうのは禁止してないのか。
あ、ちなみに集まってきたチンピラ臭いのは目の前の男に比べたらグレードが下がる。たぶん目の前の男が実力的にトップで、集まってきたのはこいつの手下。階級つけて動くのは動物やら昆虫と一緒。実に本能的。
「痛い目みたくなければ俺の言う事にしたがっとけや、こら」
冒険者だと思ったらチンピラだった男、いや、冒険者でありチンピラでもある男か。そいつがオラついてきた。
「どうする? 処す? 処す?」とウッキウキのアウルアラが耳元で囁いてくる。
いや、処さないけど。
「なら童が代わりに処していい?」
血の気が多い全裸魔女。さっきダンジョンで充分暴れまわっただろうに。
「じゃって、こういう糞野郎を殺すのはまた別腹じゃもん」
殺すと言った彼女に苦笑いを浮かべる。アウルアラの場合、昭和のヤンキーが言うようなぶっ殺すじゃなくて、ガチの殺害になりそうだから嫌なのだ。
「おい、何をヘラヘラしてんだ。状況分かってねぇのか。ぶっ殺すぞ」
なんて思ってたら、昭和のヤンキーみたいな殺すの方も出てきて辟易する。
「童はガチで殺すつもりで言っとるが?」
だからそれは駄目だって言ってるのに。ああもう。どうでもいいや。
全てが面倒になった僕は目の前のリーダーっぽい男の顔面を殴った。
モーション的にはほとんど予備動作の無いジャブ以下の裏拳もどきだったけど、実力差的にそれで充分。男は周りを囲んでいた手下どもを巻き込み、ボウリングの如く派手にぶっ飛んだ。
「ぐああぁっ!」とストライク時の快音、もとい手下どもの悲鳴が路地裏に響く。人数的に十人以上はいそうだけど、取るに足らない奴等だからどうでもいい。
「童が殺りたい童が殺りたい! 童に殺らせて!」
なんかさっきから幼児退行してるっぽいアウルアラが飛び跳ね、乳を揺らす。
なんでそう興奮してるの。
「じゃって、久しぶりにセックスしたから、気持ちが若返ってしもうて血が騒いで仕方ないんじゃもん」
ああそう。でも駄目。
「こんな人に迷惑しか掛けないクズ野郎なんじゃから殺したっていいじゃろう」
駄目なものは駄目。一応、僕は人間で、人間が人間を殺すのはルール的に駄目だ。
「こやつらは人間以下の獣畜生じゃろうが」
だとしても駄目だって。善悪の問題じゃないの。殺したら僕に迷惑が掛かるから駄目だって言ってるの。僕だってこいつらは死んでいいと思ってるんだから。
「むぅ……」
ようやく大人しくなったアウルアラが半べそをかく。
こんなアウルアラは初めてだ。ちょっと可愛いと思ってしまったのが癪に障る。
それはそうと、一発でリーダーをKOしてしまった僕に、残ったボウリングのピン共は尻込みし始めている。
「…………ああうん。次からアイテムを売り捌くのは少しだけ控えるから、もう僕に絡まないでくれる? 次に絡んで来たら容赦しないから」
僕はそう言って人混みを掻き分け、その場を離れる。
幸い、僕を追いかけてくる根性のある愚か者はいなかった。
◆
という訳で、いかにも異世界系のテンプレみたいな悪い連中からのやっかみを雑に退けた僕は、今度こそ新しい我が家であるアパートに向かう。
「うぅ、殺りたかったのぉ」とアウルアラはまだ半べそをかいている。
「いい加減、気持ち切り替えなよ。またそのうちダンジョンで暴れさせてあげるから」
「…………うむ……じゃけど、ああいう屑野郎をぶっ殺すことでしか得られない栄養があるから……」
腐ってそうな栄養素。でも、アウルアラの言ってる事は解らないでもない。
嫌な奴、悪い奴をぶっ飛ばすのは気持ちいい。カタルシスが生まれる。
しかし、欲を言えばあれはカタルシスを生むにはちょいと雑魚過ぎた。もう少しヘイトを溜めて溜めて、それから一気にぶっ放すのが気持ちいのだ。
「オナ禁と一緒じゃな」とアウルアラ。
こいつは何を言ってるのか。
「何って、そりゃあナニに決まっとるじゃろう」
言うと思った。
そんなこんな歩いてたら目的地のアパートに到着。
白を基調とした石造二階建ての共同住宅。一階四部屋、二階四部屋。僕の部屋は一階の右から二番目。一〇二号室。扉の色は黒に近い紺色。
僕は不動産屋から渡された鍵を使って、自分の部屋の扉を開こうとして、ある事に気付く。
「ん?」
よく見たら、建物が繋がってない。デザインが統一された四つの建物がものすごい細い隙間を開けて並んでいる。同じ建物なのはそれぞれ一〇一と二〇一、一〇二と二〇二、一〇三と二〇三、一〇四と二〇四という感じ。別にそれはいいのだけど、その隙間の細さがヤバい。指も入らないくらいに細い。
「うわすげぇ。なんだこれ。どうやって建てたんだろう」
建築に詳しくないからなんとも言えないが、この壁の作り方は一体どういう風に作ったのかが気になる。煉瓦だったら石おいてセメント塗って石おいてセメント塗っての繰り返しでできそうだが、レンガ造りじゃなさそうだし。
「魔法じゃろ」とアウルアラがあっさり正解であろう答えを言う。
「成程。あ、でも土魔法で作ったのがそんなに長持ちする?」
「おそらく壁の中に板状の芯が埋め込まれておるのじゃろう。いや、まず芯を立ててそこに土魔法で肉付けした感じか」
「鉄筋コンクリートの鉄筋部分みたいなもんかな」
コンクリートを流し込む為の型枠を用意しないのは楽そうだけど、その分、強度が心配だ。
「魔石の芯の質によるじゃろうな」とアウルアラが呟く。「見たところ大丈夫そうじゃぞ」
「ふうん。ならいっか」
元の世界には元の世界の建築技術があり、こっちにはこっちの建築技術があるという事なのだろう。
魔法でやってる事に元の世界の法則、基準を割り当てるのは無粋って事か。
「んじゃ気を取り直して、と」
今度こそ自室の部屋の扉を開ける。鍵は元の世界とほとんど変わらないシリンダー錠。こっちの建築技術はどうした。
ガチャリと開き、中を確認する。
埃っぽい空気。外観からある程度予想していたが、そこそこ狭い。六畳一間。キッチン、バストイレ付きだが、あまり清潔感はない。いかにも苦学生が住んでそうな部屋だ。これで床が畳だったら完璧だった。
「ま、こんなもんか」
想定を超えた汚さではないので一安心。
一応、虫除けの魔法を知っているので、汚さに関しては許容範囲内。シスターを連れてきてもたぶん大丈夫だろう。
「なんじゃ、やっぱあの女を連れ込む為に借りたんじゃな」
「…………」
アウルアラの指摘にはノーコメント。
下心の有無に関しては秘書に任せてますので僕は知りません。
「家具を用意しないとなぁ」
「かはは、誤魔化しておる」
アウルアラの腹立たしい笑い声を無視して部屋を出る。そしたらちょうど二階から人が降りてくるのが見えた。
一見、おとなしそうな青年。
「あ、どうも。今度ここに住む事になったアルカです」と僕は軽く頭を下げる。
「ど、どうも」と青年が少々ぎこちないながらも頭を下げる。
「ここに来て、長いんですか?」
「は、はい。一年ちょっとです」
長くはないな。
「学生さんですか?」
「いえ、あっちの方で働いてます」
「あ、そうなんですね」
何して働いているんだろう訊かれたくないのかなとか、そういやこの街に学校なってあったっけとか思いつつ、
「今度、ちゃんと挨拶する時、なんか持っていきますね。お菓子とか」
「ああいえ、お気になさらずに。別にそういうのはいいですから」
「いえいえ、折角ですし。その代わり、どったんばったんとあまりに煩かったら文句を言いに来ますから気を付けてくださいね」
「あはは、気を付けます」
我ながらちょっと悪趣味なジョークだったが、青年には通じたようだった。表情のこわばりが少し解けた気がする。
青年は足を止めて、
「ぼくはユキトって言います。アルカさんですね。これからどうぞよろしくお願いします」
「アルカでいいですよ。ユキトさん」
「それならぼくもユキトでいいですよ、アルカ」
「どうせだから敬語もやめません?」
「…………そうですね、いや、そうだね」
「ブホホ、距離感の探り合いが初々しいのぅ」とアウルアラがにやけ顔をする。
僕はあえてアウルアラの方に視線をやらずに、
「あ、ごめん。急に足を止めさせてしまって。なんか用事があったんじゃないの?」
「いや、特に用事らしい用事じゃないよ。ただちょっと買い物でもしようかな…………って」
言ってる途中で急にユキトの表情が強張る。さっきとは違う強張り方。さっきは警戒で、今回は緊張、恐怖の類。初対面だけどそれぐらいは余裕で判る変化。
何だろうと僕が後ろを振り返ると、そこにはガラの悪そうなおっさんがにやけ面をしながら歩いていた。明らかにこちらを見下した視線。さっきギルドで僕に絡んできたチンピラの同種。いや、こっちはあれが年を喰ってより悪質になった感がある。獣畜生の類。人間のなり損ない。
「やぁ、こんにちは。ここに越してきたコかい?」
おっさんが挨拶をする。
「そうですね。どうもはじめまして」と僕は挨拶を返す。
「俺はキミの隣に住むヤンザっつうもんだ。よろしくな」
おっさんはそう言って手を差し出すが、僕はその手を握って良いモノかどうか判断に迷う。するとおっさんは、
「おいおい、こっち仲良くやろうって握手を求めてんだから、握り返すのがマナーだろ。常識のなってねぇガキだな」
不機嫌そうな顔をしておっさんが僕の隣のユキトを見る。
視線が自分に向いたと気付いたユキトの肩がビクンと震える。借金でもしてるのだろうか。
「よぅ、ユキト。てめぇ、いつになったら金を返してくれんだ」
ホントにしてた……。しかしユキトは、
「か、返しましたよ……! そもそもぼくはヤンザさんに借りたいって一言も言ってないじゃないですか…………! そっちが無理やり貸し付けてきて、それで返したら利子が足りないって言ってきて…………!」
ああ、成程。理解した。
このヤンザという男は見た目通りのクソだって事か。
「うるせぇよ。借りたら利子を払うのは当然だろうが!」
ヤンザはユキトの言い分を無視して、彼の腹を殴る。ユキトが呻く。
「あん? なんだてめぇ? なんか文句あんのか?」
僕がヤンザを睨みつけると、クソ野郎は逆に睨み返してきた。
「うん」と僕は首肯する。
ヤンザは言った。
「よそ様の事情に首を突っ込むなって母ちゃんから習わなかったか?」
「あんたこそ、無理やり他人から金を奪い取るなって母ちゃんから習わなかったのか?」
僕の返答にヤンザは顔を真っ赤にして、僕の腹を殴った。
当然、このクソ野郎程度の暴力じゃ僕には効かない。
「今、僕を殴ったね? なら僕も殴り返したって何も文句は言えないよね?」
僕はそう言ってヤンザの腹を殴った。
一応手加減したので、ヤンザは吹っ飛ばされる事なくその場で膝を付き、呻く。
「て、てめぇ……!」
その状況ですごんでも何の意味もないのが、分からないのだろうか。
僕はヤンザを無視して、お腹を抑えて苦しむユキトに回復魔法を掛けてやる。
「……え…………っ?」
「どう? まだ痛い?」
ユキトは首を横に振る。僕はおっさんの方に向き直り、
「なぁ、ヤンザさん。もう二度とユキトにちょっかいを掛けるのはやめてくれるかな? やめなければまた痛い目に遭わせちゃうけど、どうする?」
「…………き、貴様ァ……っ! ……おいっ!」
突然ヤンザが声を上げ、すると彼の部屋から仲間らしき連中がわらわら出てくる。その数、四匹。皆、みごとに人のなり損ないって感じ。そのうちの一人はやたら身体がデカイ。よくもまぁ、こんなのがあの狭い部屋に入ってたものだと感心したくなる。何をしてたんだろうか。
「どうしたぁ?」と仲間の一人がヤンザに訊ねる。ヤンザは苦しそうな声で事情を説明。
「つまりそこのガキをぶっ殺せばいい訳か」
「ガキにやられるとか恥ずかしいな。ギュハハッ」
「今日はようチンピラに絡まれる日じゃのう」
確かにアウルアラの言う通りだ、と僕はため息を吐く。
という訳で、ギュハハの一分後。
彼らは全員揃って地面を這い蹲っていた。
「ぐぅ…………っ」と呻き声×5。
僕は未だ腹を抑えているヤンザの髪を掴み、
「なぁ、ヤンザさん。もう一度言うけど、もう二度とユキトにちょっかいを掛けるのはやめてくれるかな? じゃないとまた痛い目に遭わせちゃうけど、どうする?」
「…………て、てめぇ、俺を誰だと思ってゴブッ」
僕はヤンザの顔を地面に叩きつけてやった。
十回ぐらい叩きつけて、気絶したら水魔法と回復魔法で意識と顔を綺麗にしてやって…………いや、意識も顔も元から汚いから綺麗にするのは無理だな。ともかく、元の汚い状態に戻して、
「まだ痛い目に遭いたい……?」
「お、俺のバックにはガリオス組が……ゲブェっ」
「顔面スタンプで折れた歯を百本集めるRTAを始めてみぬか?」
アウルアラのちょっと怖い提案を無視しつつ、
「ユキトにちょっかいを掛けるのをやめてくれる?」
「やめっ…………やめますから……ごぶぇっ!」
「これ喉元過ぎればまたやらかすぞ、こいつ」
そうだよね。ワイもそう思います。
寒っ、と全裸のアウルアラが自身の肩を抱き、身体を震わせる。
ワイトとワイを掛けた僕の高度なダジャレを寒いと言ってのけた全裸。彼女に覚えた苛立ちを僕は顔面スタンプに押し付ける。
「ぶぇっ、ぶぇっ、ぶぇっ」
「…………そ、そろそろ止めないと死んじゃいますよ」と被害者である筈のユキトが止めたので、僕は再度ヤンザに回復魔法を掛けて、それからスタンプを再開させる。
「ぶぇっぶぇっぶぇっぶぇっ」
「アルカ、隣人が引いとるからやめといた方がいいぞ」
そうする。
手を離して、意識も絶え絶えなヤンザさんに僕は要求する。
「ねぇ、ヤンザさん? さっき貴方が言ったガリオス組っていう悪いところの拠点? 本部? そんな感じところに案内してくれるかな?」
「ふぇ?」
一瞬、意図が判らないといった表情のヤンザさん。おそらく彼は僕の意図など判らないままだっただろうが、それでも僕に仕返しをするチャンスだと判断したらしく、下卑た笑みを浮かべて、
「わ、分かった。案内してやるよ……ごぶぇっ」
「敬語」
「わ、分かりました。案内させていただきます」
「先程ギルドで絡んできた連中よりも哀れじゃな」
やってる事がそれだけあくどいからね。
そんな訳で僕はガリオス組とやらをぶっ潰しに向かう。
直後、僕の意識が暗転した。




