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魔王の器  作者: 北崎世道
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家出

 困惑する母をスルーして僕は家を出た。


 家出というのは大体においてそういうものだろう。親を無視して子供が出る。でなければ家出なんて起きない筈だ。


 とはいえ母は僕を止めなかったし、そもそも本気にしてなかったんだと思う。


 実際、僕もそこまで深く考えず、勢いもそこそこに言い出したのだから、本気とは言い難い。だから母の判断はやや情に欠ける面はありつつもおおよそ正しかった。


 ただ、問題は僕にはお金を稼ぐ手段があり、本気じゃなくても簡単に家出する事ができる点だ。


 家にも親にもなんら不満がなくたって、ちょいと不都合が起きただけで出てしまえる。金や力があれば、行動力は自ずと上がってしまう。


 だから、家を出た直後の僕が次のように考えるのはたいして不自然ではなかった。


 …………家出はともかく、実家以外に寝る場所を作るのもいいかなぁ。


 これは言い換えれば秘密基地を作るようなもの。五歳児だったらやっててもおかしくない。おかしいのは安易に物件を買ってしまえるくらいに強くなってしまった僕の魔力だ。


 ま、別にいいか。


 思考を放棄し、僕はアパート購入を検討し始める。


 怒られはするだろうが、今後の自由を考えると、この作戦も意外といい気がしてくる。なによりこの胸の高鳴りは止められない。ドキドキワクワクが止まらない。


「…………ひとまずダンジョンに潜ってみようかな」


「おっ、久しぶりに行くか?」


 僕の思い付きに、何故かアウルアラが乗り気を示した。


「アウルアラが探索したいの?」


「許してくれるのか?」


 ぱぁあっと目を輝かせるアウルアラ。漫画だったらしいたけ目であろう表情である。年上お姉さんが幼い表情をするのはいいものなので、僕は当然許可する。


「今回は金策が目的だから、ある程度こっちの指示に従ってくれるなら別にいいよ」


 他に行きたいところもないし。


「おぉ。ならまたあやつと闘いたいっ! 百層裏の赤黒い竜の奴!」


「いいよいいよ。むしろ望むところ。あれなら結構稼げるだろうし。問題なし」


 利害の一致というのはやや大げさにも感じるが、そんな理由で、僕はダンジョンへと向かった。通るのは慣れ親しんだいつもの道。二週間前だったらナイルが出待ちしているのが当たり前だったが、当然ながら今日は彼女は待ち構えていない。


 今日に限らず、明日も明後日も。ずっと会えない。


 ナイルは既に行ってしまったのだ。


 寂寥感を覚えつつ僕はいつも次元の隙間みたいな入り口を通って、ダンジョンへと潜る。


 やや迂遠しつつも各層へ続くワープエリアに向かい、百層への魔法陣に飛び乗り、ワープする。


 転移する瞬間、視界が断裂し、気付けば目の前の光景が入れ替わって、やや狭苦しい石壁の部屋から大きな扉の真ん前に移動している。


 これがワープ。ダンジョンにて何度も経験したワープである。


 アウルアラに教えてもらえば、いずれ魔法陣に乗らずとも魔法で自由に行き来できるようになるのだろうか。覚えるのに十年くらいは覚悟しろとは言われたけれども。


 ともあれ、僕は大した覚悟もないまま百層のボス扉前に来た。


 普通の冒険者なら命を賭けたこの状況に、並々ならぬ決意やら緊張が宿るものだが、今の僕にはそういう気負いは全くない。自室で寝転びながら動画見て、連続放屁してるくらいにリラックスしている。集中力も散漫だ。


「あ、しまった。そういや赤黒い方は裏の方から行くんだっけか」


 ダンジョンも久しぶりだからつい忘れていた。


「うーむ。確かにその通りじゃが、今のお主はダンジョンではちょいと不安定な立ち位置じゃから、あまりワープでの行き来を繰り返したくないんじゃがのぉ」


 アウルアラの不穏な言葉に、僕は少し焦りを覚える。


「それってどういう……?」


「いやお主、七〇層から九〇層辺りを踏破しておらんじゃろう? それで一度転送の魔法陣が発動せんかったじゃろうに」


「そういえばそうだったね」


 確か、そのトラブルをきっかけにアウルアラと出会ったのだった。まぁ、状況的に僕は何度も一〇〇層ボスに挑戦するだろうから、転送トラブルがなくともいずれは出会ったと思う。タイミングがズレただけで。でもまぁ、なんとなく感慨深いものがあるのは間違いない。


「おぉ、そういえばそうじゃったな」


 アウルアラも僕と同様、感慨深そうな目で遠くを見つめている。


 しかしまぁ、なんだ。今日はなんだか昔の事をよく思い出す日である。


「懐かしいのぉ」


「そうだね」あの頃はアウルアラの全裸にドギマギしていたように思う。今となっては母ちゃんの裸を見るような気分だ。


「それはそうと、さっさと身体の使用権を譲ってくれぬか?」とアウルアラが言う。


「あ、うん。ごめん。でも、アウルアラなら無理やり奪ったりできなかったっけ?」


 僕の確認の問いに、アウルアラがやや困ったような顔をして、


「うむ……。確かに出来ぬことはないが、やや疲れるんじゃよ」


「へぇ、そうなの?」


 アウルアラが首肯する。


「今はまだお主が未熟じゃから無理やり奪えるのじゃが、やはり本来の持ち主の方が魂と肉体との繋がりが強いから、いずれ奪えぬ日が来るじゃろう。今の時点でもお主の記憶がきちんと読めてない時が偶にある。マジュとやらの印象がどうにも朧げじゃ」


「一応、初恋の人だから印象深い筈なんだけどなぁ」


 まぁ、近しい人ほどしっかりと顔を見ない気もするので、もしかしたら僕もきちんとマジュ師匠の事を覚えてないのかもしれない。


 奥さんの変化に気付かぬ旦那さん的な理屈。


「ま、それはともかく、入れ替わってラスボス(笑)でも倒す? 僕が譲ろうと思ったら入れ替わりは楽になる?」


「楽になるし、倒しもするのう」意気揚々とアウルアラが言った。「何も考えずに力任せに暴れる機会は限られとるから、楽しみじゃ」


「ほいほい」と僕はアウルアラに身体を譲る。といっても、どうぞどうぞと道を開けるようなそぶりをする訳でもなく、頭の中でどうぞどうぞと許可を出すだけだ。…………結局、どうぞどうぞだったか。僕の身体は熱湯風呂かい。


 なんて思ってたらいつの間にか、身体から魂が出ていた。ゲームでよく見る三人称視点。一人称視点だとすぐに酔っちゃうタイプなので、こっちの方が少し楽な気がする。


 背後霊気分で僕は僕の背中を追う。


 僕の中のアウルアラが一〇〇層の扉を開けた。



 ◆



 それからアウルアラはダンジョン無双を行った。


 一〇〇層の竜を倒した後は九〇層にワープして、そこからボスラッシュゾーンを思う存分楽しんだ。


 九〇層から一〇〇層まで来る頃には最初に倒した竜もリポップしており、湧き待ちをする必要もなかったのが良かった。


 闘いには緊張感がなく、次々挑んでは次々倒していくアウルアラはまるで順番待ちの無いフリーパスの遊園地を楽しむ子供のようだった。九〇層には他の冒険者もいないので本当に貸し切り状態。こうなると、まるで、ではなくまさに遊園地そのものと言ってもいいかもしれない。


 しかしながらそれを三周する頃にはさすがのアウルアラの疲れが見え始め、


「うぬぅ、そろそろ飽きたのじゃ……」と抱っこを欲しがる幼稚園児みたいな足取りとなっていた。


「それじゃそろそろ止める? 目的分はとうに達したから無理にしなくても大丈夫だよ?」


「うむ。そうする」


 そう言ってアウルアラが僕に身体を返す。


 意識せずともするりと魂が僕の身体の中に入り、僕は自身の身体を取り戻す。


 後ろを振り返ると、いつもの全裸が背後でぷかぷか浮いていた。


「楽しかった?」


「うむ。満足じゃ。また身体を動かしたい気分になったら、同じように頼む」  


「オッケー」


 了承して、僕はダンジョンを脱出する。


 次に向かうのは、ダンジョン攻略後恒例、ギルド内にあるアイテム屋さんだ。獲得したアイテムをここで売り払うのだ。


 ギルドに入り、いつしかお世話になったギルド職員のお姉さんを横目に見ながら(今は別の冒険者の相手をしていた)僕はいつものアイテム屋さんのところに向かう。


「ほげーっ!?」 


 前みたいにアイテム屋さんは絶叫した。


 高額アイテムをこうも惜しげもなく売り払われるのはまだ慣れてないようだ。


 まぁ、四〇層辺りのアイテムでも驚いていた記憶があるし、九〇層以降になると驚愕するのも仕方ないのかもしれない。


 結局、売り払えたのは一種目分のアイテムだけだった。残りはまだアイテム屋側にお金がないとの事で、またの機会にする事にした。前回の失敗を生かし、必要ない分をあげたりせずに、アイテム収納魔法で保管しよう。ここに生ものを入れたら腐ったりするのかな。


 一通りアイテムを売り終えたら、今度は不動産屋を覘く事にした。


 お金はたくさんあるので、アパートの一つや二つは気軽に借りる事ができる、筈。ダメだったら失敗を経験する為に必要な経費だったとして割り切ってやろう、ぐらいの気持ちで突撃する。


「あのぉ、すいません……」


 突撃という表現とは裏腹におずおずと僕は店の扉を開いた。


 

 ◆



 一時間後。


 僕はアパートを買った。借りたではなく買った、だ。


 いや、一応借りたという方が正確な表現ではあるが、賃料が一か月ではなく一年単位だったから、買ったという表現にしたい気持ちが強い。


 でもまぁ、銀行から勝手に引き落としみたいな事ができないから、借りる期間の単位が長くなるのは仕方ないのかもしれない。


 それに加えてちゃんと前金やら敷金やら、聞いた事のないよく分からない手数料なんかも色々取られたから、ちょい釈然としない。


 ただまぁ、それを踏まえても一括であっさり払えるだけの手持ちがあったから何も問題はなかったのだけど。


 今回のアウルアラの気晴らし探索だけで簡単に一年以上の家賃を支払えた事を考えると、確かにギルド職員があんな知性の吹き飛んだ奇声を上げるのも仕方ない気がしてくる。


 どうやらいつの間にやら僕の金銭感覚は狂ってしまっているようだ。


「下見もろくにせずにアパートを借りといて、何をぬかしてんじゃろうなこいつは」 


「むむむ」


 アウルアラに常識的な指摘をされてしまった。


 いやまぁ、そうなんです。


 知ってる通りにある建物だったから、なんか別にいいかなって。


 懐事情を考えると、マジで失敗してもそんなに痛くないから、つい勢いで購入してしまった。それにこう言ってはなんだが、最初から選択肢は殆ど用意されていなかった。現在、いや、店内にある書類やらファイルの数を見た感じは、現在に限らず前後数年は、即座に用意できる空き部屋がなさそうだった。慢性的に不足していそうなのだ。


 なので僕は、今日着る服よりも安直にその建物を選んだ。これまで何度も前を通った事のある道沿いにある建物だ。


 偶に、僕は自分でもアホだなぁって思うような事をしでかしてしまう時がある。奴隷購入の時もそうだったし。孤児院の借金返済の時も現在進行形でそうだ。今回はそのパターンだ。前とは違って、リスクマネジメントする必要もないのは、我ながらすげぇと思う。


 不動産屋の人も僕の即断即決にやや笑みを引きつらせてたし、やっぱり僕はどこか道を踏み外している感じがする。


 常識的な道を。


 せめて人の道は踏み外さないようにしよう。


 んで。


 不動産屋から目的のアパートまでの道のりにギルドがあったので、特に何の意味もなく寄ってみた。


 コンビニが見えたから立ち読みでもしよっかなくらいのノリだ。最近はどこも縛ってできないようになったから、この表現も適切ではない気がするけど。


 ともあれ寄ってみたら、「あ」と声をあげられた。


 いつもの奇声の店員だ。さっきも見たあの人。


 さほど大きな声ではないが、指をさされたので、荒くれものしかいない市役所みたいなとこでもそれなりに注目を浴びた。


 まぁ、それぐらいは別にいい。いつもの肛門から奏でたような奇声に比べれば万倍マシだ。


 それよりもその行為によって、一人の男がこちらに近付いてくるのはどういう事だろう。そっちの方が気になる。


 歩み寄ってくるのはガタイの良い冒険者風の男だ。いや、ここがギルドである事を考えると、風ではなく、冒険者そのものだろう。他の連中に比べると防具のグレードが数段高い。本人の資質も、纏う雰囲気的にそれに見合ったものだと感じさせる。


 要は実力者だ。目つきの悪い実力者。


 でもなんで一目で実力者だと判る男がこちらに近付いてくるのだろう。


「帰ろ」


「お主マジか」 


 嫌な予感がしたのですぐさまギルドを後にしようとしたら、肩を掴まれた。


「おい、待ってくれ」 


「ぎゃぁあっ! ストーカーだぁ! 誰か助けておくれぇっ!」


 誰も助けてくれなかった。


 通りすがる人達は皆、僕を冷たい目で見て、そのまま通り過ぎて行った。


 悲しい。ここは現代日本か。つまらない世の中だぜ。


「話がある。聞け」


 と肩を掴んできたストーカーの実力者が僕をすぐそこの路地裏に引っ張り込んできた。


 そんで、僕を壁に押し当て、くっそ嬉しくない壁ドンをしてきやがった。


「な、なに?」


「最近お前は、あそこで高価なボスドロップアイテムを大量に売り捌いているそうじゃないか。アレをやめろ」


「え、嫌だけど?」と僕は脊髄で返す。「なんでそんな事を言われないといけないの?」


「迷惑だからだ」


「誰の? ギルドの人達の迷惑?」


「違う。俺たち冒険者達への迷惑だ」


「……………………」


 僕は男の答えに沈黙し、考える。


 えっと……これはアレだろうか。


 チンピラとかがここは俺の縄張りだと主張している類の話だろうか。


 僕、何も悪い事してないし、何のルールも破っていない。だけど冒険者風のチンピラは当然の事のように命令する。まるで自分が何も間違った事を言ってないかのように。平然と。堂々と。


 いじめっこがいじめられっこを脅す時のように命令する。


 なので僕は言った。


 なのに僕は言った。


「うん。分かった。少し控えるようにするよ」



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