魔王の器
母の妊娠が発覚してから約八か月後、妹が生まれた。
妹はナミヤと名付けられた。
ナミヤは元気に生まれ、元気に泣き、元気にウンチをした。
妹の世話に両親はてんてこ舞いで、僕の面倒を見る暇はないと、しばらく師匠二人の家に預けられる事となった。
「僕も妹の世話できるのになぁ」
剣を振りながら僕はぼやく。
剣の師匠であるラキさんことラキ師匠は穏やかな笑みで、
「そうだね。でも、できればご両親は自らの手で娘の世話をしたいんじゃないかな。話を聞く限りじゃ、どうやらアルは手のかからない子供のようだったしね」
「ふぅん」
そういえばそうだった。
僕が赤ん坊の頃は、当然、両親に面倒を見てもらったのだけど、中身が子供じゃないので、そりゃ普通の子供よりは手のかからない子供だった筈だ。
「妹ができて、両親が妹の世話に掛かり切り。こちらに預けられて、拗ねたくなる気持ちも分からなくもない。だが、剣を振りながらよそ事を考えるのはよくないね。素振りをもう百本追加しようか」
「うぇえっ」
ラキ師匠からの思わぬ罰に僕は悲鳴を上げる。
とはいえ、剣の修行は僕から言いだした事。
文句を言わずに、素直に従う。
「いっち、にぃ、さんっ、しっ、ごっ…………」
庭で木刀を振る。
腕の筋肉がもうパンパンだ。
ラキ師匠はそれを見つつ、席を外す。
家に入り、中にいる魔法の師匠であるマジュ師匠と話をする。
僕は剣を振りながら、二人の会話に耳を澄ます。
「どう? あのコの剣はどんな感じ?」
「悪くはないね。だが、残念ながら魔法ほどの才能はないかな。最初は同年代の子と比べて凄い動きもよかったけど、それはあくまで知能の高さからくるものだった感じかな。武才とは違ったようだ。あれなら頑張っても精々二流止まりだ」
うぅむ。僕に剣の才能はなかったか。
「ただ、彼の魔力はすさまじいから、魔力を肉体の強化に割り振れば、二流でありながら一流をも凌ぐ強さになるだろうね」
「一流の人も、魔力を肉体強化にあててるんじゃないの?」
「それだけアルの魔力が凄まじいって事だよ。それはむしろキミの方が詳しいんじゃないかな?」
「…………確かにそうね。あのコの魔力はとっくに私を超えてるというのに、今なお驚くべき速度で成長し続けてる。底が知れないわ」
「それなら世界一の魔導士になるのも夢じゃないかもね」
「…………いえ、それどころかあのコは『魔王の器』かもしれないわ」
「…………ハハッ、まさか」
『魔王の器』?
ラキ師匠が空笑いをするが、マジュ師匠の方は本気の様子だった。
マジュ師匠は軽く息を吐き、話を切り替えた。
「それより気になる事があるんだけど、あのコの変身魔法って、あのコの剣に影響したりしてる?」
「え、あ、うん? どういう事だい?」
マジュ師匠は言う。
「あのコの変身魔法って、頭身自体も変わってるじゃない? だから変身状態の身体に慣れたら、実際の身体に何かしら影響がでてくるんじゃないかなって、思って。変身前と後であそこまで体格差がなければ、こんな心配せずに済んだだろうけど」
「ああ、成程」
ラキ師匠はマジュ師匠の意図を理解し、考え込む。
「…………確かに、彼の動きはどこか微妙にズレがあるというか、自分の身体を客観視できてない感じがあるね。もしかしたらその影響でそういうズレが生じてるのかもしれない」
「変身はやめさせるべき?」
「どうだろう? いずれ彼も成長し変身後の姿になると考えたら、害があるとも言い難い。ああいう変身したケースが少ないから、ワタシには分からないね。本人がどう感じてるかによるだろう」
僕は、自分じゃよく分からないけど。
ああでも、自分の身体を客観視で来てないのは間違いない。
というか、自分の身体なんて普通、客観視できないのでは?
元の世界でもそうだったし。
それとも運動神経のある人は、客観視できてたのだろうか?
「…………ん? 客観視?」
ふと、僕の中で閃くものがあった。
何かを視る、データとして視る魔法に何か心当たりがあったような…………。
◆
「…………一体、どうした? 何があったんだ?」
ラキ師匠が戦慄の眼差しをこちらに向けながら、尋ねてくる。
僕は、「何かまずかったですか?」と剣を振りながら尋ね返す。
「…………いや、まずくはないんだ。むしろ良くなってる。劇的に。だが、あまりに良くなり過ぎてるから、困惑しているところだ。まさか、今まで手を抜いていたということかい?」
「そんな事ある訳ないですよ」
僕はラキ師匠の疑惑を否定する。
「コツを掴んだだけです」
そう言いながら、僕は密かに安堵する。
実際、コツを掴んだという言葉に嘘はない。
僕がやったのは、僕自身への探知魔法だ。
探知魔法には大きく別けて二種類あり、一つは広く浅くのレーダー機能特化の魔法。もう一つは細かな情報を収集するデータ機能。
今回僕がやったのは後者の方で、自分自身のデータを集めるというもの。
いや、データを集め続けるというもの。
この魔法は本来、一度使うと対象のデータが頭の中に入り込んでくるのだが、それをずっと使い続ける事で、対象の動きが客観的なデータとして頭の中に入り続けるという訳だ。
だから自分がどういう風に動いているのかが強制的に頭の中に入り込み、修正点、改善点がすぐに解る。
更に、この魔法が集めるデータを動きそのものに特化させる事で、より詳細な動きが解るので、たとえば剣を縦に振り下ろすだけでも、どのように力を入れるか、剣の重心をどんな風に意識するか、みたいな肉眼では決して見る事のできない部分さえも理解が及ぶ。
なので、
「ラキ師匠、お手本お願いします」
「…………ああ、うん。分かったよ」
僕の催促にラキ師匠がお手本を見せる。それを僕はさっき言った魔法で観察し、その動きをデータとして完全に取り入れる。
「えっと、こうですか?」
僕がラキ師匠の動きをトレースすると、ラキ師匠は口をあんぐりと開けた。
「…………ぁんが……っ」
「どうですか?」
「…………か、完璧だね」
「やったぁっ!」
ラキ師匠が白目を剥きかけている。
どうやら僕の成長がまだ信じられないようだ。
僕は自分の魔法の成果に満足する。
ただまぁ、この魔法にも弱点というか、あんまり過信できない部分もある。
まず、僕とラキ師匠には体格の差があるので、いくら動きをトレースしようと、やはりどうしても差異は出てきてしまう点。
それと僕がやってるのは、あくまでマニュアル的な動き。
いくら基本の動きをマスターしたからといって、応用力まで身に付けた訳ではない点。
むしろ基本的な動きも、きちんと身体に沁み込ませた訳じゃないので、これからその基本的な動きをきっちり沁み込ませないといけない点。
なんというか、自分の技術にしたんじゃなくて、ゲームのスキルとして習得したような感じか。
ゲームシステムに熟練度みたいなのがあれば、きっとゼロだろう。
あくまで身に付けたのは表面的な動きだけ。
それを忘れてはならないだろう。
しかしそうは言っても、その表面的な動きを身に付けるだけでも、本来は多大なる時間を要するのだから、それを一気に省けると考えたら、やはりこの魔法の力は絶大である。
今のところこれは訓練でしか使えないのだけど、いずれはこの魔法の熟練度を上げて、実戦で使えるようになれればいいなと思う。
そしたら敵の動きを読んだり、あっという間にコピーしたりと、とんでもない戦士になれる…………と思う。
なんか、戦士としての活路が見えてきた感じだ。
僕は喜びを噛みしめつつ、先程の動きをまた再現する。
「…………ちょっと、席を外すよ」
ラキ師匠はふらふらとした足取りで、家の中に入っていく。
耳を澄ますと、
「なんなんだい、あのコは? 昨日、二流にしかなれないっていうのは取り消すよ。既にアレは一流の素質を超えている! これは一体、どういう事なんだ? 訳が分からないよ!」
「…………あぁ、あのコは本当なんなんだろうね。私も何度も同じような気持ちにさせられたから、すごい解るわ」
…………これ以上、聞かないでおこう。