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魔王の器  作者: 北崎世道
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分からない

 ハラリのおっさんが子供のように泣きじゃくる中、僕の身体に乗り移ってるアウルアラがぱたりとベッドに寝ころんだ。


 目を瞑り、寝ている。いや、寝てるふりをしている。熊か?


「…………どういう事?」


 僕の問いにアウルアラは寝たフリを継続したまま心の声で、


「今はまだ何も言えぬ」


「なんで?」


「ミステリの探偵が推理を語るのを躊躇うのに近いの。確証がなくても話せと思ぉとうたが、あれは外れたら恥ずかしいから黙っとったんじゃな」


「いつ読んだんだよ、お前が、ミステリを」


「お主の記憶を読む時は大体サブカル関係じゃ」



 僕の記憶を通じて読んだという事か。


 人間の脳はこれまでの記憶を全て覚えているらしいが、アウルアラはこちらの記憶を自由に引き出せるのだろう。本人はほとんど思い出せないというのに。


 いや、それはともかく。


 本題に戻そうとしたタイミングでアウルアラは言った。


「確証が持てたら話すわ。とりあえず寝たふりをやめて、事件現場に確認しに行こうかと思うとるが、よいか?」


「別にいいけど。でも、確証がないのに、ハラリには分かってる風に演技したっていうの?」


「タイミングを逃すと厄介そうじゃったからの。咄嗟の判断じゃ。外しとったら童だけじゃなくてお主まで恥を掻いてしまうが、そこは我慢しとうてくれ」


「それはいいよ」


 どうもかなりシリアスっぽい感じなので、多少僕が恥を掻くくらいで済むならそれで構わない。


 僕が許可するとアウルアラが、「なら、起きるぞ」と言って身体を起こした。そして、


「うわっ? な、何してんの? 酒でも飲んでた? まぁいいや。とりあえず僕、ちょっとお腹減ったから外出てなんか食べてくる」


「…………え?」 


 困惑するハラリをスルーしてそのまま外に出る。


 出てから、小さく嘆息。


「…………今のは?」


「お主の真似。何も知らぬお主のな。何も知らぬふりをしたのは、先程のをお主の言葉ではなく神託のように見せたいからじゃ。咄嗟の判断だったが、意外とよかったかもしれぬ。特に罰を与えたのは、根が善人のハラリには効果的だったじゃろう」


 アウルアラはハラリが殺したみたいな事を言った。


 察するに、ハラリがあの男を殺した、という事なのだろう。


 オート拷問みたいな状態なあの男を、僕が頼んで、地中から引き上げたのだ。


 全く無防備な状態の男に、ハラリが復讐をしたと考えれば、アウルアラの言ってる意味がなんとなく判る。


 つまりこれは僕の我儘が招いた悲劇だ。


 僕が罪をかぶるのが嫌だから、代わりにハラリが罪を負ってしまったのだ。


「お主の責任ではないぞ」とアウルアラが言った。「童の油断もあったが、結局はハラリが自制を利かせんかったせいじゃ。他人の責任を奪う必要はどこにもない」


 アウルアラのフォローに僕は失笑する。


 彼女がフォローに入るくらいに、僕は責任を感じていたという訳か。


 自分が思うよりも僕は真面目だったみたいだ。


「ひとまず事件現場に向かうぞ」


 アウルアラはそう言って昨晩の建物に向かった。徒歩で。



 ◆



 朝の時間帯で空を飛ぶのは目立つから歩いて向かったのはいいが、それでも子供姿の僕が一人で街中を歩くのは十二分に目立っていた。


 なのでアウルアラは路地裏に入って、青年姿に変身した。それも僕が普段使っている十五歳の姿ではなく、全く別人の姿。


 十五歳の姿アウルアラバージョン、と言いたいところだが、それも違う感じ。


 明らかに僕にもアウルアラにも似てない、全く他人の姿。これを見て僕を想起する人は誰一人いないだろう。そのくせ元の姿同様、地味ではある。目を離した瞬間、その姿を忘れてしまいそうな絶妙な容姿。


「あんまり誰にも見られたくないからの」とアウルアラ。


 言われなくても意図は判る。


 おそらくこの街でなければ容姿は変わっていただろう。この街に溶け込むうえでもこの容姿は完璧だ。


 そんな、炭鉱で働いていそうな青年の姿になったアウルアラは早くも遅くもないペースで歩き、目的地の建物に到着する。


 扉は開いていた。


 一見、何も警戒してなさそうに、しかし細心の注意を払いながら正面から堂々と入り、中に入ったと同時に、壁に張り付き、潜入のモードを切り替える。


 段ボールを被ってそうな戦士の動き。素人目にもいいセンスだと唸らせてしまう。


「…………まぁ、ここまで警戒する必要はないがの」


 そう言ってアウルアラはあっさり警戒を解いてしまう。


 確かに彼女の実力なら、たとえ不意打ちで見つかっても、相手に何もさせずに無力化できるので、なんら問題はない。


 ちょっとジャンルが違う感じ。


 そんな訳でさっさと建物内を進み、人を見つけたら即座に攻撃して、相手に視認されずに無力化して、更に進む。


「誰だろこいつ」


「おそらく組の人間じゃろ。極道、チンピラ、マフィア、細かい事は分からんが、あの男がそういう組織に組しとるのはなんとなく判るじゃろ」


 アウルアラはそう言って二階に上がり、昨晩とは違う部屋に入り、そこで見たくなかったホロリさんの死体を発見する。


「目を瞑っておれ」とアウルアラが死体の前でしゃがみ込んで言う。


 はっきり言って、ホロリさんの遺体はかなり惨たらしいものだった。何度も殴った痕があって、見るに堪えないものだった。


 アウルアラは首に手を当て、脈が無いのを確認。それから彼女の眼に手を添えて目を瞑らせて、暫し黙とうする。


 それから立ち上がり、一階に降り、今度は例の男を探す。


 昨晩、アウルアラが拷問にかけた男は、一階の、昨日と全く同じ場所に寝ていた。


「…………おや?」


 アウルアラは男の死体を見て、首を傾げた。


「まだ息があるぞ? どうやら殺しそびれたようじゃな」


「殺してなかったの?」


「結果的にはな。じゃが、あやつに殺意があったのは間違いない。殺したと勘違いしておっただけじゃった。ちと恥ずかしいの」


 彼女は一息入れて、


「…………すまんがお主、今から少しの間、目を瞑ってもらってよいか? というか眠ってくれぬか? できれば、手荒な真似はしとうない。後の事は童が済ませておくから」


「…………」


 僕が何も言わずに迷っていると、アウルアラは動いた。


 どう動いたかは僕には分からなかったが、いつの間にか僕の意識は闇に落ちていた。



 ◆



 気が付くと、僕はハラリの家に戻っていた。


 アウルアラがあの建物でどう後処理を済ませたかは分からない。


 ただ、彼女(僕の身体だが)の前には衰弱しきったハラリが座っており、虚ろな目を壁に向けていた。


「起きたか」とアウルアラがこちらに向かって呟く。心の声で。


「後処理は済ませた。詳しい事は聞くな。それとハラリにも、自分が殺人を犯してない事は説明しておいた。じゃが、彼の心の傷が癒えた訳でもない。理解はしたが、呆けたままじゃ」


「それはまぁ、仕方ないよ。愛する奥さんが殺されたんだもの」 


「不貞を働いておった家内の死など気に病むでないと慰めたんじゃがな……」


「…………え? 不貞を働いた? 不倫してたって事?」


「うむ。あの男とじゃな。ベッドに男の体液と臭いが染みついておるし、あの女からはハラリに対する愛情よりも、あの男への発情の臭いの方が色濃かった。無理やりされた訳でもなさそうじゃな。これは童の管轄じゃから、間違いないの」 


「うわぁ…………マジかぁ…………って、それをハラリのおっさんにバラしたって言わなかった?」


「うむ。言ったぞ」


 あっさり認めるアウルアラ。


「そんなこと言うなよ…………うわぁ……」


 頭を抱える僕にアウルアラが小さく舌を出して笑った。


「…………うぬぅ、駄目じゃったか。てへへ、失敗失敗」


「…………」


 ゾッとした。


 彼女は笑っていた。


 僕やハラリを馬鹿にする笑いではない。己のミスを哂っていただけだ。


 アウルアラは悪い奴ではない。


 だが、人間でもない。


 己の失敗を認め、反省はしたものの、それで落ち込む様子は皆無で、まるでゲームプレイに失敗してしまったかのように、反応も反省も軽かった。


 彼女は微塵も心を痛めていなかった。


 サイコパスが人間の振りをしているようだった。


 こうなると不貞がどうこうの話どころか、ホロリさんの死やハラリの慟哭なども、本当の意味では理解してないのではないか、と思えてくる。


 僕が、彼女との断絶に気付いて愕然としていると、アウルアラは僕を見て、


「あちゃぁ、気付かれてしもうたか」と笑って、小さく肩をすくめた。


「……すまぬな。察する通りじゃ。童には人の心の機微は解らぬ。いや、心がない訳ではないが、倫理観が欠如しておる。感情、感覚で倫理を理解しておらぬ。種族差による文化の違いみたいなものかの。近い将来、悪気なく、お主にとって耐えがたい事をするやもしれん。追い出すなら今のうちじゃぞ?」


「…………いや、追い出しはしないけども」


「そうか。ならよかった」 


 アウルアラは笑顔で肩を降ろす。


 彼女はこちらを理解しようと努めてくれてるようだが、根本的な部分では永遠に理解しきれない、と僕は直感した。



 ◆



「いいの? 本当にネアとは会わないの?」


「……あぁ、そうするよ。娘に合わせる顔がない」


 結局のところ、ハラリとは別れる事となった。


 彼は娘のネアと会わないと心に決めたようだった。


 それがアウルアラの神託に素直に従ったからなのかはよく分からない。


 結局、人を殺してないとはいっても、彼が殺したつもりだったのは間違いないからだろうか。


 勘違いだったといっても。


 意識の問題として。


「アルカ君」とハラリは真面目な顔でこちらを見た。


「『君』って何だよ。気持ち悪いなぁ」


「そんな事言うなよ…………なぁ、アルカ。娘を任せたよ」


「…………あぁ。任された」


 こうしてハラリは僕の前から姿を消した。


 永遠に…………かどうかは分からない。


 案外、すぐ顔を合わせるかもしれないが、なんとなく僕は二度と会わないだろうなと思った。


 一人になって僕は嘆息する。 


 ところで、これはふと思ったのだが。


 どうしてアウルアラはハラリを人殺しと勘違いしたのだろうか。


 彼が殺したつもりだったのは間違いないが。


 そういうので印象が変わるからだろうか。


 それと、ホロリさんの不貞はいつから始まっていたのだろうか。


 彼がそれに気付いたのはいつだろう。


 本当に、アウルアラに教えられた時、初めて気付いたのだろうか。


 分からない。


 分からない。


 結局、僕は何も分からないままゲルル街を後にした。



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