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魔王の器  作者: 北崎世道
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神託

 一応、意識はあった。


 壊れかけたテレビみたいにザーザーした砂嵐の中に、自分の視界が入り混じった映像を見せつけられてたような気分だった。


 だからアウルアラが僕の身体を使って何をしていたかは、分かっている。


 彼女の考えこそ読めなかったが、それでも行動で、ある程度は理解できた。


 僕を殺した(結果的には生きてるけど)名前も知らない借金取りの男に復讐を果たす為だ。


 復讐なんていうと、アウルアラがそいつにものすごい恨みを抱いているかのように聞こえるが、おそらくはそうでもない。ムカつきはしただろうが、まぁ、それだけだ。たぶん僕の方が、あの男に恨みを抱いているだろうし、それよりもずっと、ずっとずっとずっと、そこで寝ているハラリのおっさんの方が強い恨みを抱いているだろう。


 だから復讐なんて言葉は適当ではないかもしれない。だが、彼女に正義を執行する意思はそれほどなさそうだし、一番強い理由を言葉にするとやはり復讐になるのだと思う。


 僕が目を覚ます前にさっさと片付けておかないとやり返す機会が失われると思ったのだろう。


 だから迷わずに動いた。それだけだ。


「理由は大体分かってるけど、とりあえずやり過ぎ」と僕は言った。


 アウルアラはばつの悪そうな顔(僕の顔だが)をしてから、「…………まぁ、そうじゃな」と言った。


「それでこの男をどうするつもりじゃ?」


「ほっとくか、取り出すかだけど…………正直、あまり出したくはないかな。だけど出すよ。出してくれる?」


「嫌じゃと言ったら?」


「困る」


「どうして? こやつは悪じゃぞ? 誰にとっても害悪な存在じゃ。こやつと顔を合わせてまだほとんど時間が経っておらぬが、それでもこやつがどれだけ有害で、どれだけ他人に悪意を振りまいて来たかは大体分かっておる。こやつを生かすよりも、こやつをこのまま殺した方が、人間社会全体において犠牲者が少ないのは、アルカだって分かるじゃろう?」


「うん。だけど僕はそういう事が言いたいんじゃない。正義がどうこうの話じゃなくて、あくまで自分本位、自分の保身を考えてるだけ。そういう意味でこいつを取り出して欲しいとお願いしてるんだ」


「生きてるとこやつが復讐を考える可能性を踏まえてもか?」


「うん。ここで男を放置すると、男は地獄の苦しみの中で死ぬだろうし、それは僕にとって精神的にも状況的にも救われる事だと思う。それでも僕は、助けてやってほしいと思う。こいつの為じゃなくて、僕の為に」


「分からぬな」とアウルアラ。まぁそうだろう。彼女にとっては、ゴキブリを殺すかどうかみたいな話なのだ。理解できる方がおかしい。


 人が人を殺す意味。死んでいく人を助けない事で生まれる苦しみを理解できるとは思えない。


「助けておいて」と僕は言う。


 命令形にするかどうか迷ったが、あくまで要求のカタチで押し通す。


 アウルアラはやっぱり迷うそぶりを見せるが、散々迷った後に、大きくため息を吐き、僕の要求通り、名前も知らない男の入った棺桶を透過魔法やらなんやら使って地中から引っ張り出した。


 そんで蓋を開けて、口と耳を解放する。


 ゴキブリと蠅がすぐさま出てきたが、魔法ですぐに処理。


 虫の命を奪う事に対しては、僕は反対意見を出さない。


 あくまで反対するのは人間の命だけ。


 命の哲学は、前世の内におおよそ済ませて己の意見を固定しているので、ここを揺るがす訳にはいかない。


 譲れる意見は譲ってやるが、譲れない意見は絶対に譲らないし、揺るがさない。


「ごめんね。折角、僕の復讐を果たしてくれたってのに」


 僕がそう言うと、アウルアラは困ったように笑い、


「まぁ、仕方あるまい。じゃが、こやつが新たな悲劇を生み出す可能性くらいは考えと居た方がよいぞ。特に、ハラリとお主の関係者であるネアがそのターゲットになる可能性が高いという事も」


「むっ」


 嫌な事を言うなぁ、と思いつつも、


「まぁ、僕が護ればいいし」


「護れないから孤児院に預けた奴がよう言うわぃ」


「むぅ」


 随分と噛み付くアウルアラである。邪魔をされたのがそんなに腹立たしかったのか。


 もしくは、僕を殺しかけたこの男にそれだけ強い怒りを覚えているのか。


「…………だとしても、一秒が一年に感じる魔法とかやってるみたいだし、心がもう死んでるんじゃないか。精神に効く回復魔法をしたって、そこまで効果はないでしょ?」


「そうじゃな。精神に効く回復魔法をしたところで、壊れるまでの記憶を消した訳じゃないし、再度壊れる苦しみが生まれるからあえて掛けてやったんじゃから、この男が再び活動する可能性は低いじゃろうな」


「ならやっぱり、助けてあげて。地中から引っ張り上げるだけでいいから」


「ほいほい」


 アウルアラはそう言って、地中から男のみを引っ張り上げる。用意した棺桶等は地中に放置だ。もともと、僕の魔力で創り上げたものがほとんどだし、透過魔法を使ってるからあっさりできるのだが、やはりアウルアラの魔法はいろいろとヤバい。


 利便性の高さから、こちらとは次元が違うのだと感じさせる。


 ともあれ男が引き上げられた。


 アウルアラはそのまま男を一階の床に放置し、建物を出る。


 二階にはハラリのおっさんがいるが、怪我は治して今は寝てるだけだから、おそらく大丈夫だろう。


 透過魔法で扉を開けることなく建物を脱出し、アウルアラは僕の身体の支配権を譲る。


「あっさり返してくれるんだ」


「一時的な支配権なら童の方が強いが、長期的な目で見るとやはり元の持ち主であるお主の方が強いからの。それに正直に言うと、童はお主の事を気に入っとる。じゃからあまり嫌われたくない」


「え? デレた?」


「元々ツンツンしてたつもりもないが?」とアウルアラ。


 確かに彼女は最初から結構友好的ではある。


 利害関係で助けてくれると思っていたが、それ以外にもいろいろと助けてくれている訳だし、好意はそれなりにあるのだと認めてもいいのかもしれない。


「身体が別なら今頃、性交三昧くらいには強い好意を抱いとるぞ?」 


「それ、強いのは好感度じゃなくて性欲じゃない?」


「そうとも言うの」


 別段、恥じらいもなさそうにアウルアラが笑う。


 こりゃ勝てないな、と僕は思った。



 ◆



 鉱山の街ゲルルにある建物はどれも砂っぽい煉瓦を積み上げてできたようなものだった。そして今、僕が出てきた名前も知らないあのクソったれな男が居た建物も、その例に含まれていた。


 にもかかわらず、その建物はどこか異様な雰囲気がしていた。一見、他の建物となんら変わらない、街に溶け込む為にあえて地味にしたような古臭くて、砂っぽい建物だが、中にあの男が眠っていると思うと、それはどこか別の世界のモノのようだと、僕は振り返りながら思った。 


 単なる感傷だろう、とも思った。


 明かりのほとんどない暗い夜の街で、生と死に触れるとそりゃぁそういう暗い気分にもなるものだ。ならない方がどうかしている。


 そう割り切って僕はハラリの住む家に戻った。


 当然ながら家にハラリはいなかった。


 居たら分身でもしたか、僕の頭がおかしくなったか、と疑っただろう。


 しかしながらハラリの奥さん、ホロリさんまでいないのはどうしてだろうと思った。


 ハラリの家は、アウルアラが目覚めた時となんら変わっていなかった。あの後、誰もここに来た形跡がなかった。


 乱暴なあの男が暴れた痕跡がそのまま残っていた。


 どうしようかと迷ったが、結局僕はそこで寝た。いつもはホロリさんが寝ているであろうベッドに横たわった。


 正直な事を言うと、僕は疲れていたのだ。さっきまでずっと眠っていたにもかかわらず、僕の身体は疲労感でいっぱいだった。いや、いっぱいだったというのは、たとえ疲労感でもなんとなくイメージにそぐわなかった。むしろ空っぽだったという方が近い。


 おそらく足りないのだろう。血や肉やエネルギーが。


 男に蹴られて内臓が破裂した後、アウルアラの決死な努力でなんとか一命は取り留め、自由に動けるくらいには回復したものの、それでもやはり失ったものは失ったままだ。無から有は生み出せない。


 一応、通りすがりの優しいおばさんに食事を貰ってある程度血肉を取り戻したが、それでもまだ足りなかったようだ。


 要は、疲れていたのだ僕は。さっきも言ったけど。


 あまり動いてないにも関わらず疲れて、くたくたで、何もする気が起きなかった。ベッドに横たわったところで、ハラリのおっさんを連れ帰れば良かった、と気付いたくらいだ。存在は覚えいたにも関わらず、まぁ大丈夫だろうとほとんど何も考えず、反射的に判断しそのままここに戻ってきてしまった。


 おっさんはガキじゃないし、むしろ僕の方がガキだし、別にいいだろうと思って、そのまま眠りについた。


 どちらかというと気絶に近い感じの眠りだった。



 ◆



 目が覚めると、枕元にハラリのおっさんが立っていた。上からこちらを覗き込むように立っていて、僕はそのあまりの不気味さに声にならない悲鳴を上げた。


 びっくりし過ぎて、一瞬で目が覚めてしまった。


「ど、どうしたの…………こんなとこで立って……」 


 ハラリのおっさんは特に何も答えなかった。


 こんなとことはなんだ、ここは俺の家だぞ、みたいな返答を期待したのだが、おっさんは虚ろな瞳で黙ったままだった。


 こいつは何か起きたなと直感した。


 ただ事ではない事が起きたのだと確信した。


「無事だったんだな……」 


 不意にハラリが言った。


 砂漠で一週間水なしで過ごしたかのような掠れ切った声だった。


「あぁー…………」 


 と、またしても唐突に言った。


 しかし今度はハラリではなく、僕の中に居るアウルアラが言ったのだった。


「すまぬ。色々、思うところはあるじゃろうが、とりあえず替わってくれぬか?」


 うん? 別にいいけど?


 そういう訳で、僕はアウルアラに身体を譲った。


 途端、僕は身体からはじき出されてしまった。


 普段はアウルアラが身体に居ても中に居たままだったと思うが、いや、時々出ていたか? あまり意識してないけど。


 だけど今回は明確にはじき出された感触があった。


 だから視点が主観ではなく、第三者視点になった。ゲームとかでプレイヤーキャラの背中が見えるような視点。酔いづらい方の視点だ。


「お前は悪くない」とアウルアラが言った。口調を僕に似せていなかった。


「お前は、あいつを殺したと思っているようだがそれは違う。お前はあいつを救ったのだ。地獄の苦しみに居るあの男を救ってやったのだ。お前の意思とは裏腹にな」 


「…………っ」


 ハラリの瞳に光が宿った。


 ここで僕はハラリの目がかなり淀んでいた事に気付いた。


 っていうか、アウルアラは今、なんて言った?


「だから罪を感じる必要はない。罪に怯える必要はない。悪いのはあの男なのだ」 


「…………だけど俺は……俺は…………っ」


 ハラリが泣きながら膝を付いた。


 話についていけない。


 だが、僕が寝ている間に何か致命的な起きたのだと悟った。


「罰を求めるか。ならば貴様は、今後二度と娘に会う事を禁じる。それが貴様の罰だ」


「…………ぅっ、…………ぅぁあああああああぁっ!」


 ハラリが蹲って泣き出した。


 何が何だか、訳が分からない。


 これは一体どういう事なのだろう。



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