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魔王の器  作者: 北崎世道
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病気の治療

「…………それで『タトゥー』という通り名から刺青をしている俺が犯人だと言ったんですよ。アルカ君は」


「へぇ。そうなのね」


 どこまでも続く大空での会話。


 聞き耳を立てる奴なんている訳ないので周囲の目を気にせず大声で喋れるっつうか、大声じゃないと流れる風のせいでほとんど聞こえないから、必然的に大声になるのだが、そのせいかどうにも俺ばかり喋っている気がする。


 一方的に喋ってるとどうも相手が退屈していているんじゃないかと思ってしまうが、こう見えて意外とマジュさんは乗り気で、


「面白いわね。もっと聞かせてくれる?」


 と、こちらに催促してくる。しかしながら


「あ、はい。話したいのはやまやまですが、そうはいっても、アルカ君とは今日出会ったばかりですし、そこまでお話できるエピソードはなくてですね……」


「使えないわね」


「あ、ありがとうございます!」


 という訳で、特にこれっぽっちも被虐心を持ち合わせていない俺ことハラリは、現在マジュさんの飛行魔法で運ばれていた。


 目的地はゲルル街。


 普段俺が住んでる街だ。


 妻に愛想を尽かされ、最近はあまり帰れなくなった街でもある。


 到着するなり股間もろ出しバニー姿の俺は、汚い性器を露出した公然わいせつ罪で無事逮捕され…………る事もなく、無事に妻のいる自宅に帰る事ができた。


 一応は自宅なのでチャイムを鳴らさずに扉を開けると、そこには懐かしい光景があった。


 懐かしき我が家。狭くて、古臭い俺の家。


 綺麗に整頓こそされているが、ほとんどの家具が埃かぶっている。


 部屋の奥にはベッドがあり、そこには病気の妻が眠っていた。


 俺が声を掛けようか迷っていると、気配でも感じ取ったか、妻は唐突に目を覚まし、こちらを見るなり、


「二度とその汚い面を見せるなって言ったでしょ」と怒鳴って、近くにあった薬瓶を投げつけてきた。


 薬瓶がこめかみに命中する。


 俺はすぐさま外に逃げ戻った。


 そして、その光景を一部始終見ていたマジュさんがなんとも言えない顔でこちらを見つめていた。


 俺は自嘲した。


「いくら妻を助ける為とは言え、勝手に娘を奴隷に売りましたからね。許されないのも当然です」


 娘の無事をも伝えられない無様な俺に向かって、ここまで俺を運んでくれたマジュさんはこう言った。


「いや、そのふざけた格好のせいじゃないの?」


 どうだろう。


 その可能性は限りなく低いと感じられたが、あるいはそうじゃないかもと不安に駆られて、俺には判断がつきかねた。


 ひとまず娘の無事を伝える為、再度家に入ろうかと思ったが、無理なのは火を見るよりも明らかで、実際に入ったら案の定、物を投げつけられた。今度は椅子だ。


 たまらず俺は家の外に逃げた。


 嘆息。


「私が事情を説明しようか?」


 そういう訳で、嫌われてる俺ではなくマジュさんに先に入って妻に事情を説明してもらい、その間、俺は、はみ出した性器をぷらんぷらん揺らしながら、家の外で待つことにした。


 暫くして妻から入ってもいいという許可を得て、なんとか家の中に入れてもらい、そこで妻から十五発殴られた。


 無理して病気の身体を引き摺ってまでの怒りの拳は、非常に弱弱しくありながらも、ものすごく重かった。


 十五発で効果が薄いと感じたらしい妻は、途中から拳ではなくバットで俺の顔を殴り始めた。


 そうして俺の顔面が血まみれになってようやく少しだけ留飲を下げられた妻は、


「ネアは無事なのね……」


 と、こちらの胸元に顔を埋める。


 涙で胸元が濡れる感触には驚くほどの熱が感じられた。


「無事だよ」と俺は言った。


「これからネアのもとに向かおうとしている途中だ」


「私も行く」と妻が言う。


「駄目だ。お前はまだ病気で身体がボロボロだろう」


「どっちかというと今はあんたの方がボロボロだと思うけどね」とマジュさんがぼそりと呟くが、今は一応シリアスな場面なので無視する。


「俺に任せておけ」


「あんたじゃ信じられないから行かせろって言ってんのよ」


 駄目だった。


 まぁ、勝手に娘を売った旦那を信じられない気持ちは解る。


 っていうか娘を売るかどうか以前に、俺みたいな人間を信じる方がどうかしてるくらいだ。


 背中の刺青から判るように、俺はまともな職に就いていなかった。


 妻が病気になる前からも、旦那としても父としてもまともな態度は見せた事がなかった。


 正直、見捨てられないのが不自然なくらいに妻と娘には多大なる迷惑を掛けてきた。


 そんなクソったれな俺を、妻と娘は愛してくれた。


 娘を売って流石に我慢の限界が来て、今はこんな辛辣な態度だが、前は本当に優しい妻だったのだ。


 俺はその優しさになんとか報いなければならない。


「頼む、信じてくれ…………ネアは絶対お前のもとに連れて来るから…………!」


「真面目な場面かもしれないけど、見た目が狂ってて、どうにも感情移入できないわ」


 マジュさんが困惑しながら呟いている。が無視。


「つうか、奥さんの病気って治らないの?」


「ああ、偉いお医者さんに頼んでみたが駄目だった。今はもう身体中が悪性腫瘍に侵されて、本当にボロボロなんだ……」



「ふうん……」とマジュさんが目を細めて妻の身体を見る。




「あぁ、本当ね。見事に悪性細胞が全身転移しちゃってるわ。まぁでも、もしかしたら私なら治せるかもしれないけど」


 俺はマジュさんを見た。


「本当か! だったら助けてくれ! 頼む! 俺にできる事なら何でもするから!」


 土下座して懇願。マジュさんは顔をしかめながら、


「とりあえずその見苦しいバニー姿をやめて普通の格好に着替えなさい」


「え……そんな…………」と、ここで妻が少し残念な顔を見せた。


 まぁ、今の俺の格好は妻のストライクど真ん中だから、残念そうにするのも解かる。


「…………奥さんの趣味だったのね」とマジュさんも妻の趣味を理解するが、それでも俺の着替えを止めようとはしなかった。


 俺はその場ですぐに着替えて、普通の格好となる。


 薄手の黒シャツと、皮のズボン。


 その格好で土下座をして、妻の病気を治してもらおうと懇願する。


「いいわよ。別にお金もいらない。ただし、治し方がかなり荒っぽいから、もしかしたら死ぬかもしれないし、その場合は責任取らないけど。それでもいいなら」


「ど、どういう治し方なんだ?」  


 俺が尋ねると、マジュさんは俺の腕を指さして、


「基本的にはあんたの両腕の治し方と一緒ね。破壊して回復魔法で再生させる。そんな感じ」


 確かにこれ以上ないくらいに乱暴な治し方である。


「ど、どういう意味?」


 困惑する妻に、俺は今朝、両腕を斬り落とされてそれを回復魔法で再生させられた件を伝える。


 傷の無い新品同様の両腕。


 見方によれば神への領域に足を踏み入れかねない恐るべき行為だ。


「一瞬でも臓器がなくなるから、死ぬ可能性はそこそこ高い。生きるかどうかは貴女の生命力次第ね。覚悟が決まったら教えて。ひとまず私はこの街の宿屋を探して…………」


「お願いします!」


 考える時間を与えようとしたマジュさんだったが、妻の判断は速かった。


「生命力なら自信があります。お願いします。治せる可能性があるなら、今すぐにでも!」


「…………分かったわ」


 妻の熱意に気圧されたマジュさんだったが、すぐに気を取り直し、


「それじゃそこのベッドに寝転がって。あ、血で汚れるから、予め上に何か敷いといた方がいいかも」


 俺は急いで耐水性のシートを探して、ベッドに被せた。


 その間、マジュさんが近くのソファーで寝ているアルカを起こしていた。


「ほら、起きなさい。見た後なら二度寝してもいいから、とにかく起きなさい」


「ふぇぇ」


 目をこすりながらアルカが起きた。


 かなり眠そうだが、顔色は大分よくなっている。


「…………あれ? ここ何処?」 


「俺の家だよ」


「今からこの人の病気を治療するから見ておきなさい。最初の一回は私がやるから、後はあんたが引き継ぐのよ」


「え? いきなり何言ってるの? 僕、病気を治した事なんてないけど? 精々、怪我を治すくらいで」


「だから言ってんのよ」


 アルカは理解できないといった様子だったが、まぁ無理もない。


 それよりもだ。


 一度で治せないのは、考えてみれば当然なので言わないでおくが、


「アルカも回復魔法できるのか?」


「ええ。魔力資質が高い分、私よりも再生効果が高いわ。手も小さいから、壊す部位を細かくする事ができるし」


「は? どういう事?」


「とりあえず見てなさいって事」 


 マジュさんはそう言って、ベッドで寝ころぶ上半身裸の妻の胸に手刀を突き刺した。


 いきなり始めると思ってなかった俺は驚愕するが、マジュさんは平然と手に付いた血を拭いていた。


 既に回復魔法は唱え終えていたようだった。


 妻が痙攣すると同時に、身体は回復、再生し終えていた。


 俺は慌てて妻の手を取り、応援した。


「頑張れ! 負けるな! 頑張れホロリ!」


 妻ことホロリは全身をびくびく痙攣させていたが、暫くして容体は落ち着き、吐血は止まり、呼吸も正常に戻っていた。


「大丈夫だったみたいね。よかった。成功して」とマジュさんが小さく息を吐く。


 隣ではソファーに座っていたアルカが、


「……寝起きにいきなりショッキンググロ光景を強制鑑賞させられたんだけど、どういう事? 僕、五歳なんだけど?」


 かなり混乱している。


 確かに、寝起きの五歳児に見させるような光景ではなかったかもしれない。


 だがまぁ、ただの五歳児ではないので、別にいいだろう。


「次からはあんたがやるのよ」 


「無茶振り過ぎない?」


 スパルタ師匠と規格外弟子のやり取りはともかくとして、俺は疲労困憊のホロリを泣きながら抱きしめる。


「ふふっ。いつになっても貴方は甘えん坊ね」と血まみれのホロリが微笑む。


「一応言っておくけど、まだ完全には治ってないからね? ヤバそうな部分を最初にやっただけで、このままだと悪性細胞がまた転移して、同じような状況になりうるからね?」


「うぅホロリ……」


「あなた……」


「ちょっと聞いてる? 交尾おっぱじめようとしてない?」


 無視する。


 だが、俺がズボンを脱ぎ始めたところで、マジュさんからバットで殴られ、感動の光景は強制終了となった。


 南無。




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