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魔王の器  作者: 北崎世道
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再会

「そろそろいいか?」


 船が完全に見えなくなり、僕も手を振るのをやめたころに、ハラリが声を掛けてきた。


「…………うん。お待たせ」


「なにも永劫の別れじゃないんだろ? そんな泣かんでもいいじゃないか」


「うるさいな。泣いてないもん」


 僕は涙を拭いながら言う。


「それで早速で悪いが、話を聞かせてもらっていいか? もしかしてだけど……」


「うん。僕の街にネアがいるよ。僕が奴隷として買って、今は孤児院に預けてる」


「…………本当か?」


 念の為、僕はネアの外見的特徴をハラリに伝えてみるが、どうやら本人で間違いなさそうだった。


「…………あぁ…………ネアは無事なんだな?」


「うん。元気にしてるよ。あ、でも、なんかこの前、ちょっと元気をなくしてたような……」


「まさか病気か?」


「いや、体調不良って感じではないみたいだけど…………もう元気を取り戻したと思うし」


「会わせてもらってもいいか?」


「いいよ。っていうか返すよ」


 なんかこの言い方だと物扱いしてるみたいで、ちょっと申し訳ないけど。


「うぅ……ありがとう…………ありがとう…………」


 ハラリが泣きながら膝を付き、感謝の言葉を言う。


 頭を地面に擦り付け始めたので、さすがにやめさせようとするが、なかなかやめてくれない。


「────何やってんの?」


 と、ここで思わぬ人物の声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにはマジュ師匠が呆れた様子で立っていた。


「し、師匠っ?」


 あまりに予想外な人物に僕が驚きの声を上げると、それに反応したハラリが泣きながらも顔を上げた。


「ど、どうしてここに?」僕はマジュ師匠に訊ねる。


「あんたが突然出て行ったせいで、あのコ…………えっと、ナイルってコの父親が慌ててね。追いかけようかどうかと、あたふたしているところに偶々ラキと顔を合わせて、それじゃあ私に追いかけさせればいいって話に何故か、なってしまって、こうして駆り出されたのよ」


 マジュ師匠はため息を吐き、


「ったく、くっそ面倒だったわよ」


「あはは、ご苦労様…………っあいだぁっ!」


 僕が労いの言葉を言うと、マジュ師匠はわりと遠慮のない拳を僕の頭におみまいした。


 久々の拳骨に泣きそうになって、つい蹲る。


 状況についていけてないハラリが、どう反応すればいいかと困惑の眼差しをこちらに向ける。


「それで、誰こいつ? てか、あの爆発ってやっぱりあんたの仕業? あのコが船に乗って、あんたが泣きながら別れたところは離れたとこから見てたけど、それまでの状況がサッパリだから教えてもらえる?」


「…………あぁ、えっと、その…………色々あったし、とりあえず一から事情を説明するね」


 頭にできたたんこぶをさすりながら、僕はマジュ師匠に事情を説明する。



 ◆



「…………ふうん。たった一日でよくもまぁ面倒ごとを起こすのね。ある意味才能じゃない?」


 全く感心したようには見えない態度でマジュ師匠がため息を吐く。


「確かに大変だったけど、こうやってネアの父親に会えたと考えるとそう悪くもなかったよ。結果論だけど」


 僕の言葉にハラリが首肯を繰り返す。


「まずひとつ、もう一度確認。あの爆発はやっぱりあんただったのね」


「うん」


 僕の肯定にマジュ師匠が再びため息。今度はかなり深く。内臓までぼろりと零しそうなくらいに。


「そんなため息吐かなくていいじゃん」


「いや、吐くわよ。弟子があんな馬鹿げた真似をしでかしたら、ため息の一つや二つ」


 うんうん、とハラリがまたも首肯を繰り返す。


 さっきは僕の言葉に首肯し、今度はマジュ師匠の言葉での首肯。


 どっちの味方だ、このおっさんは。


「ナイルちゃんが既に船に乗っていったのはこの目で見たから分かるけど、あんた、あのコについて行かなくてよかったの?」


「いや、いけないでしょ」


 僕がそう言うと、マジュ師匠はシニカルに微笑み、


「ふふっ、それくらいは判るか」


 そこまで考えナシだと思われてたのか、とちょっとばかりショックを受ける。


 しかし考えてみればここに来るときの事とか、ネアを買った時の事など、わりかし勢いで突っ走った前科が複数ある為、自分でも否定できなかった。


 もしかするとハラリとネアの件がなければ、僕もついて行くと駄々をこねてたかもしれない。


 肉体だけではなく精神的にも五歳児。


 やっぱ引っ張られるのかね。


「ところであんた、体調は大丈夫?」


「うん?」


 いきなり体調の心配されたので、僕は今日何回その質問をされたっけかと失笑する。


「自覚が無いならまぁいいわ」とマジュ師匠も失笑を返す。


 その笑みはこちらを嘲笑する部類の笑みで、なんとなく馬鹿は風邪ひかないんじゃなくて、馬鹿は風邪をひいても気付かない的な理論で馬鹿にされたと感じた。


 腹が立ったので背中に鬼の顔を背負うようなポーズで憤慨を示そうかと思ったが、両手を上げた途端、頭がクラリと揺れて、それと同時に世界が斜めに傾いた。


 こういうのはお決まりとして、傾いたのは世界ではなく自分だという事にすぐに気付くが、それでも意識を失うまでの刹那の瞬間では当然遅きに失して、何の受け身も取れずにバタンキューと倒れてしまった。


 どこか彼方よりも遠くから、ハラリの「おい、どうした? 大丈夫か? おい!」と叫ぶ声が聞こえてきて、僕は少し安堵するような気持ちで意識を手放した。



 ◆



 今日はとんでもなく長い一日だった。しかもまだ終わってない。それどころかまだまだ全然続いている。


 そのとんでもなく長い一日となった一番のっていうかぶっちぎりトップの要因が眼前の、身長半分体重四分の一くらいしかなさそうなアルカという子供で、こいつがものすごくヤバかった。


 ヤバいと言ってもナイフ見てエクスタシーを感じながら刃を舐めてしまうような狂ったヤバさではなく、魔力がおよそ大人でも持ち合わせてないくらいの…………という枠組みを遥かに超越して、なんかもうこいつ人間じゃなくて別の生物じゃね、と思えるくらいの、っていうかおそらく俺の語彙力ではとても表現できなさそうなくらいに持ってて。あ、魔力ね。いや、筋力かも。


 当たり前のように鉄の拘束具をひん曲げるし、なんなら鉄のドアだって、バキっと壊れる音がなかったら壊した事に気付かなさそうな感じで開いてしまう恐るべき力を持つガキだ。


 例えば今日ナルテ街一番の出来事と言えば、突然起きた超ド級の海面爆発だが、あれが年端もいかない子供の仕業と知ったら、普通の人はどう思うだろうか。


 ザ、普通の人間代表、とは言わずとも駄目クズ人間なりに普通のつもりである俺は、顔を青くして呆然としたし、慄然ともしたし、戦慄もした。


 とても現実の光景とは思えない行為をあっけらかんとやってのけた子供に、俺は恐怖するしかなかった。


 後はアルカの知り合いとかいうナイルっつうやたら美人な娘が現れて、流れで偉い人に会ったり喋ったりでなんやかんやあって、俺が助けたかった亜人の娘、いや親子は無事助けられて、なんとか事態は解決して、でもって終わったと思ったらナイルが船でどっか行って、それをアルカは多少はませた感じでありつつも、普通の子供のように悲しんで、ああこいつも中身はただの子供なんだなとか思ったが、まぁ、そんな事はどうでもいい。つうか、爆発とかもどうでもいい。何もかもがどうでもいい。とにかくそれらは全て取るに足らない事だ。


 真に驚くべき情報を。


 今日あったとんでもなく濃い一日の中でも断トツトップに驚くべき情報を、このアルカという少女もとい少年が持っていたからだ。


 ────ネア。


 俺の娘のネアが、今、このアルカという子供のところに居るという事。


 話を聞いた感じ、他人の空似とかではなさそうだし、アルカが嘘を言う性格でも必要もないので、ほぼ間違いなくアルカがネアを預かってるようだが、それでもまだ信じられないというか、今日一日とんでもない事が起きた後での、この驚愕すべき事実にどうも実感しきれていない。


 ただ、ネアが無事と聞かされて涙が溢れて止まらないだけだ。


 そんな感じで、俺がアルカに感謝していると、なにやら唐突にアルカの師匠とやらが現れた。


 話を聞いた感じ、周りから弟子を探しに行かされた感じで、アルカに腹を立てているようだが、おそらく普段から弟子に迷惑を掛けられているのだろう。アルカも怒られ慣れている感じがした。


 ひとまず状況を知りたがっていたので、こちらのこれまでの状況をあらかた説明すると、案の定、マジュさんは呆れた反応をみせた。


 アルカの師匠というから、アルカに輪をかけて非常識な人物かとも危惧していたが、どうやら彼女は常識人側だった。いやまぁ、アルカは魔力が非常識で、人格が非常識という訳ではないのだけれども。


 俺が内心ほっと胸をなでおろしていると、突然、アルカが倒れた。


 いや、確かに魔法を使ったあたりからどうも顔色が悪いようにもみえたが、本人はいたって平気そうだったし、あまり気にしないようしていたが、やはり無事ではなかったのか。


 俺が慌ててアルカに駆け寄ると、アルカの師匠であるマジュさんが特に慌てた様子もなく、いたって冷静な態度で、


「大丈夫よ。おそらく急激に魔力を消費し続けた事による、魔力欠乏症だと思うわ。こいつなら二三日寝かせとけば勝手に治るでしょうし。そんなに慌てなくてもいいわ」


 あまりに冷静な態度に俺はマジュさんに訊ねてみた。


「…………これは、しょっちゅうある事なんですか?」


「いいえ。こいつは初めて。でも、私自身は昔よくこの魔力欠乏症になってたから、そこまで心配しなくていいって分かってる。こいつの魔力量と回復力なら、普通の人よりも軽度で済むでしょう。…………あんだけの爆発を起こしといて、軽傷で済むのもどうかしてるけど」


 それはそうだ。


 考えてみれば、あれだけの規模の爆発を起こしといて平然としている方が不自然なのだ。しかも二度も。


 むしろここで気絶する方が安心するというか。


 このコにも一応限界はあるんだなって思わせる。


「とりあえず貴方…………ハラリさんと言ったかしら。ハラリさんはこのコを運んでくれる?」


 いつの間に敬語じゃなくなったのかと思いつつ、俺は首肯し、


「えぇ、構いませんが、どちらに運べば?」


「あちらに昔、私が経営していたお店があるから、そこに行きましょ」


 そういう訳で、マジュさんの案内で、街外れのお店に向かう事となった。


 こうして担いでみて思うが、ナイルの身体は小さくてとても軽い。


 華奢で、見た目や触った感触は簡単に骨とか折れそうなくらいに細くて、柔らかい子供の身体だ。


 子供なんだし、当然と言えば当然だが、それでもあんだけの規模の爆発を起こして街中を騒然とさせ、鉄の檻やら拘束具を粘土みたいにひん曲げたりしたとは思えない。


「このコって一体なんなんですかね……」


 運びながら俺はマジュさんに訊ねてみると、


「さあ。私も知らないわ。でも、もしかすると魔王の器じゃないかしら」


 魔王とは、これまた物騒な言葉だ。


 しかしまぁ、壮大さは納得できる。


 それだけの力を今日一日で見せてもらったので、本当に魔王のなんとやらでも驚きはしない。


 道中、そんな話をしつつマジュさんの言うお店に向かい、到着する。


「二階にベッドがあるから、ひとまずそこで休ませましょ」


 そう言ってマジュさんが扉を開ける。


 店内は物に溢れ、ごちゃごちゃしていた。


「これは…………何が置いてあるんですかね」


 俺の問いにマジュさんはこう答えた。


「魔道具よ。どれもジャンクだけどね」



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