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魔王の器  作者: 北崎世道
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犯人

「人攫い『タトゥー』がこの中にいるって?」


 ナイルが野暮なツッコミをしたせいで盛り下がったが、それでもハーバー氏が驚きのリアクションをしてくれた。


 しかしながらその情報をくれたのは他ならぬハーバー氏なので、どうにも虚しさが残ってしまう。


「ごめんなさい……気を遣わせてしまって…………」


「いやいや、確かに私はこの中に居る事までは分かってたけど、それが誰かまでははっきり判ってないんだ。だからアルカちゃんの推理が聞きたいかなぁ……って」


 一生懸命フォローしてくれる優しいハーバー氏。


 彼の期待に応えるよう、僕も気を取り直して推理を披露するにしよう。


 僕は一度咳き込んでから、


「ゴホン。そうですね。まず僕が注目したのは『タトゥー』という単語。どうして犯人はこんな名前を名乗ったのでしょう」


 僕はそう言いながら、ゆっくりと機関室内にいる九人の真ん中を歩き、キュッと回転してから驚くべき情報を口にする。


「────実はこの単語にはなんと、刺青という意味が含まれています」


「なっ、なんだと…………っ?」


 驚愕する一同。


 …………うん。一応これ、この世界の言語で話をしているので、タトゥー = 刺青、なのはそれなりに難しい事を言ってるんだよね。


 古代語だし。


 だけど、もしもこれを翻訳した異世界ものの小説とかあったら、きっとものすごく馬鹿な会話をしている事に違いない。


「そして、この中に一人、刺青をしている人物がいます」 


 僕はそう言って、その人物に視線をやる。


「────ね、ハラリさん。あんた、身体に刺青入れてるでしょ?」


 名前を呼ばれた途端、ハラリがビクッと身体を震わせる。


「は? まさかお前、俺が『タトゥー』だと思ってるのか?」


「思ってるじゃなくて、そうだと言ってるんだ」


「…………」


 ハラリが黙った。


 何か言い訳をするかと思ったが、どうも違う。


 呆れたような、こちらを馬鹿にしたような、そんな目をしている。


「ねぇ、アルカ……」ナイルがこちらに呼びかける。「……彼女がそこの船に連れ込まれた時って、奴隷商の檻の中に入れられてたんじゃないの?」


「…………」


「それについてはどう考えてるの?」


「…………えっと」


「っていうか、これまで一緒に奴隷を解放する為、一生懸命動いてた人を犯人呼ばわりは酷いんじゃない?」


「…………も、勿論、僕は彼が犯人だなんて露ほども思ってないけどね!」


 僕がそう言うと、ハラリのおっさんはこちらに歩み寄って肩に手を置き、


「いいんだ。誰にでも間違いはあるさ」


 そしてそのまま何事もなかったかのように先程の位置に戻る。


「あはは……」 


 思わず空笑い。


 いっそ責めてくれた方が楽になれたんじゃなかろうか。


「そういえば、アルカが倒した奴隷商は、犯人の正体知ってるんじゃないの?」とナイルが言う。


「それはそうだが、どうにも奴は口が堅くてな。かなり手こずってるんだ」 


「悪党同士にも仁義みたいなものがあるのかしら」


「…………あの」とここで亜人少女のメアンが手を上げる。


「一つ訊いてもよろしいですか?」


「うん。いいよ。なにかな?」ハーバー氏が優しく訊ねる。


「そこの…………えっと、私達を助けてくれたコ。アルカさん……ですか?」


「うん。アルカだよ。名前聞きたかったの?」


「そうではなくて、アルカさんって男の子ですか? 女の子ですか?」


「そりゃ、見ての通り男だよ」


 と僕が答えると、周りから驚きの声が上がる。


「えぇッ? 男……?」


「どうしてそんな恰好をしてるんだ……?」


「それにはすごく浅い理由が…………」


 ナイルの母から無理やり着せられたというべきかどうか、迷ったところで、


「でもなんでいきなり、そんな事を訊ねたの?」と唯一、僕の性別を知っていたナイル。


 メアンちゃんはびくびくしながら、


「だ、だって、さっきそこのおじさんが……アルカさんの事を坊主と呼んでたので…………それが引っ掛かって…………」


「…………そういえば、私も少し引っ掛かりはしたかな。何かの言い間違いかと思ったが、実際に男の子だとなると、なにか意味合いが変わるかな」とハーバー氏。


「どうして、どこからどう見ても女の子にしか見えない、女の子の格好をしているアルカちゃん…………もといアルカ君が男の子だと気付いたのかな」


「…………それは、」


 指摘された人物は口ごもりつつも、


「じ、実は偶々スカートの中身が見えてしまって、それでつい」


「ん? 僕のスカートって、中身が見えないよう魔法で隠してたと思うけど?」


 念の為にたくし上げてみる。


「ちょっ! あんたいきなり何を…………って、あらやだ。本当に見えないわね」


 これはこの街に来る前に、僕が開発した闇魔法だ。


 様々な縛りがあるおかげで今のところ僕専用でしか使えないが、それでも充分な効果を発揮している。


 ちなみに時々、使ってたので効果はまだ残っている。


 ていうか、効果が切れた唯一のタイミングと言えば…………。


「いつ、見たんだ?」と僕が尋ねる。「この魔法が切れたのは昨晩、僕が寝てる時だけなんだけど?」


「…………」


「あたしは当然知ってたけど。でもまぁ、この年の子供でも抱っこしたりしたら、なんとなく硬さの違いで気付いたりはするわよね?」


「そういえば、昨晩、僕が寝ている時に奴隷商に運んだのは誰だって疑問に思ったんだよね。一応、僕も冒険者だし、いくら寝ててもそれなりに警戒はしてた筈なんだよ。それでも全く気付かなかった訳で…………もしかしたら、僕を奴隷商に売ったのもプロの『タトゥー』かなぁって、さっきハーバーさんからの情報で思ったんだけど…………」


「…………」


 じり、じり、と僕たちはそいつの周囲ににじり寄る。


「少し話を聞かせてくれるかな?」とハーバー氏が笑顔で尋ねる。


 そいつこと、ヒゲはいよいよ追い詰められたと判断し、突然走り出す。


「うわぁあぁっ」


 だが、駆け出そうとするも、出入り口傍にいたエーラソに阻まれ、ヒゲは豪快に投げ飛ばされる。


「ぐあぁっ!」


「やるじゃん」 


 ナイルの誉め言葉にエーラソが頬を染め、


「…………好き」


「は? ○ね」


 ナイルさん……。


 咄嗟の事とはいえ、ちょっと辛辣過ぎですよ……。


 恋に落ちて一秒足らずで失恋したエーラソが膝を付く。


 彼が投げ飛ばしたヒゲは地面に叩きつけられた衝撃で白目剥いている。


「あらら」


 とハーバー氏が苦笑いしつつ、気絶したヒゲの身体をまさぐる。


 男色趣味なのかと思いきや、彼が取り出したのは鍵だった。


 おそらく檻か檻のあった部屋の鍵だろう。


「証拠も見つけた訳だし、これで事件解決だね」 


 僕がそう言うと、ハーバー氏は笑顔のまま、


「…………いや、喜ぶにはまだ早いかな」


「えっ?」



 ◆



 船を出ると、なにやら見覚えのある人物がこちらに駆け寄ってきた。


 眉毛の繋がった眉毛憲兵だ。その後ろには四人憲兵がついて来ている。


 たった一日ぶりなのに、なんだかものすごく久々な気がする。


「お疲れ様。どうだった?」とハーバー氏。


 眉毛憲兵は敬礼をして、


「はい。自宅を確認したところ、全員ばっちりクロでした。証拠も揃ってます」


「よし。それじゃ確保お願い」


「了解。皆のモノ、かかれーっ!」


 眉毛憲兵の号令に従って、四名の憲兵が、僕達と一緒に出てきたハゲとフケを取り押さえる。


 あっという間に取り押さえられたハゲとフケは何が何だか分からない様子で地面に押さえつけられている。


「…………これは?」


 思わぬ展開に、ナイルがハーバー氏に訊ねる。


「人攫い『タトゥー』は一人じゃなくて三人だったって事。さっきは時間稼ぎに私が出張ってたら、思わぬ推理で一人だけ逮捕になっちゃったんだけど。残りもこうやって無事逮捕できて万々歳って感じかな」


「え? なにそれ? って事はさっきのは茶番だったの?」


「そう捉えてもいいし、捉えなくてもいいよ。一人先に捕まえた事で残り二人の警戒心が解けてたと考えると、茶番と切り捨てる必要もないかなって思うからね」


 唖然とするナイル。


 その後ろから、先に捕まえてたヒゲを連れて来るエーラソが現れた。


「すいません。こちらも色々と確認不足で、行き当たりばったりの出たとこ勝負だったんです。まさかああいう展開になるとは思ってもみませんでした」


 たぶん、僕があれこれ推理し始めたからだろう。


 あと、ナイルがこの中に犯人がいるとか言い出したせいもあるだろうし。


 ハーバー氏的には、とにかく時間を稼がなくちゃいけない思惑があって、成り行きを見守ったというか、僕の話に乗っかったというか。


 ま、船内だったし、逃げ場なんてなかっただろうから、そこまで慌ててもなかっただろう。


「最初からあの三人が犯人だって分かってたんだ……」 


「怪しいと疑ってはいたけど、確証まではなかったかな。だから彼らの家を勝手に探索した訳だし」


 そういえば、この世界には捜査令状なるものがないみたいだ。


 だから怪しいと思った時点で、勝手に本人の許可なく調べる事が出来る訳か。


 もしくは、この街の責任者であるハーバー氏だからこそできた可能性が。


 まぁ、今になってはどうでもいい事だ。


 犯人が捕まって、事件解決となったのだから、細かい事は気にしなくていい。


 それよりも個人的には、一度犯人扱いしてしまったハラリと気まずい空気ができてしまっている事の方が問題だ。


 ハラリ自身は起こってなさそうなのが特に。


 と、ここでナイルがハーバー氏に訊ねる。


「…………話は変わるんだけど、船っていつ出港になるの?」


「…………あ」 


 そうだった。そう言えばそうだった。


 元々、僕は家を出て、別の国に行くナイルに話があって来たのだった。


 一応、話はもう済んだけど、まだ別れの挨拶というか、覚悟を決めていない。


 ハーバー氏がナイルの問いに応える。


「ナイルちゃんが乗る予定の船なら、もうすぐ出るよ。あと二時間ってところかな」


 僕は思わずナイルを見る。


 ナイルは優しい笑みでこちらを見つめ返した。



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