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魔王の器  作者: 北崎世道
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犯人はこの中にいる

「…………悠久の時を流れし破滅の意志よ、寡黙な自我を破りて我が血と魔力を贄に、暴虐の知を以て、虚空より星命の終焉を呼び起こせ! 墜ちよ────『テラ』!」 


 体内で蠢く魔力。


 歪む大気と暴虐的な魔素の嵐。


 呪文を唱え終えると同時に、狂牛の頭蓋骨のような歪な隕石が虚空から放たれ海面へと落ちる。


 着水し、爆発する。 


 眩い閃光と肌を焼き焦がす熱波が辺り一面を覆い、音が消え、大気が吹き飛び、視界が白一色に染まる。


 予め障壁を張っていたので、前回のような命の危機に晒される事はなかった。


 だが、それでも天と海を割る程の究極の暴威は、見るだけで地獄の深淵を感じさせる。


 遅れて落ちる海水の雨がなんとか僕を現実に引き戻してくれる。


「…………怖ぇ」


 二度目だが怖い。


 たぶん三度目以降も怖いだろう。


 何度やっても怖いままな気がする。てか慣れたらダメな気がする。この魔法は。


 いくら魔力が上がって攻撃力が高くなっても、本来人間が持つべき価値観まで捨て去ったらダメだと感じさせる魔法だ。


 仮にこれを連発させられるようになっても、こんなのに耐えられる生物なんていないし、それよりも周囲への被害が半端ないから、連発させたらダメだ。


 それこそ周囲への被害を考慮しなくてもいい状況にでも陥らないと使っちゃいけないやつ。


 平和な日常の中では決して使えないので、たぶんこの先ずっと使わないままだろう。


 てか使いたくない。


 閑話休題。


 魔法を無事放つことができた。


 その余韻に浸っていると、通信石から声が飛んできた。


『……っ。お疲れ様。無事かい? こちらにはきちんと爆発が伝わって問題ない。キミが無事なら、今回の件は成功と言えるんだが、どうだ? 無事だったら返事をくれ』


「うぃーっす。無事です。でも流石にちょいと疲れました。くたくたです。さっさとそっちに戻ろうと思います」


『分かった。一応、キミが無事に戻って来られるかまで確認しておくから。帰りも誰にも見られないよう雲の中を通って帰ってきてくれ。仮にそれだけの元気がなければいってくれ。迎えをよこす。ただし、こちらには飛行魔法を使える者がいないから、船を使っての迎えになる。荒れた海ではかなり危険だから、できれば自力で帰って来る事を求む。イケるかい?』


「うーん。何とか大丈夫。ここで迎えを頼んだら、事故を装って殺されかねないから、なんとか根性で帰るよ。うひひ」


『あははっ。こいつはやられたな』


 僕がブラックジョークを言うと、通信石越しのジョニーは笑った。


 彼は精神的には味方だが、立場上は味方ではない。


 いや逆か。精神的には味方でなくて、立場上は味方…………違うか?


 ともあれ、彼は良い奴で、表面上は味方の振りをしているが、裏の立場では味方ではないと言っている。


 まぁ、僕がこんだけの魔法を使える危険な存在だから、そういう扱いになるのは仕方ないだろう。


『どうする? 疲れてるならこのまま黙っておくかい? それとも気晴らしに適当に何か喋っておいたがいいかい?』


「うーん。静かにしといて。ジョニーさんが可愛い女の子だったら喋らせていたかもだけど」


『あはは。了解。静かにしておくよ。キミはいつでも好きに喋ってくれていい。話を聞くのもオレの仕事だからね。それじゃ』


 そう言って通信石が静かになった。


 僕は特にこれ以上喋る事なく、街に帰還した。


 爆風で吹き飛んだ雲の中を伝って街の上まで来て、そこから下に降りる。


 先程、上った時の場所。ナイルと秘書さんが待ってるお店のところだ。


 途中まで自由落下で降りて、最後の方に魔法を使って綺麗に着地する。


「おかえり」とナイルが言った。


「ただいま。疲れた」と僕は言った。


「……………………っ」とエーラソが言った。いや、言ってない。 


 口をあんぐり開けて、呆然としている。むしろ戦慄している。


 血の気が引いて青ざめた顔は、ホラー映画の被害者にピッタリの表情だった。


 実際、吸血鬼に血を吸い取られたんじゃないだろうかと勘繰りたくなる。


「…………おーい」


 あまりにもあんぐりしていたので、目の前で手を振ってみると、「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げて、その場で尻もちを付き、尻を引き摺りながら後ずさった。


 今にも泣きそうな顔だ。


 ここまでくると、いくら偉そうにしていたエーラソでも、少し同情心が湧いてくる。


「大丈夫だって。何もしないから」


 とエーラソを安心させようと言ってみるが、エーラソ同様、僕もなんだか泣きそうになってくる。


 どうして僕は、好みの女の子を部屋に連れ込もうとしているチャラ男みたいな台詞を吐いてるんだろう。そう考えるだけで辛さが臨界点を突破しそうだ。


 まぁ、目の前のエーラソは何もかもが臨界点突破してるけどな。


「おい、金出せや」「ひぃぃ」


 さっきまでの偉そうな態度が気に食わなかったのか、ナイルがエーラソをカツアゲしていると、


「あ、通信が」


 なにやらエーラソが自身の胸元をごそごそし始めた。


 彼が取り出したのは、僕がさっきジョニーと話してた通信石だ。


 あれ? いつの間に? と思ったが、僕の通信石は普通に持ったまま。どうやらエーラソ自身の通信石のようである。


「どうしました?」と石に話し掛けるエーラソ。音が小さいのか、携帯で電話してる人の持ち方である。


 さすがのナイルもこのタイミングでエーラソを痛めつける真似はしない。


「…………っ! ええ。分かりました。今すぐ現場に向かいます」


 そう言ってエーラソが通信石を切る。いや、通信石を切るってなんだ。通信を切る。


「どうしたの?」とナイルが尋ねると、エーラソはすぐに答えた。


「亜人少女の母親が見つかったそうです」 


「へぇ」


「ですが、見つかってないそうです」 


「どっちだよ」と僕がツッコむとエーラソは少し困ったように苦笑いを浮かべて


「来れば分かります。ついて来てくれますか」



 ◆



 僕達が慌てて港へ向かうと、数ある船の中で一際大きな船の前でハラリのおっさんがこちらに手を振ってるのが見えた。


「誰? 知り合い?」とナイル。


「存じません」とエーラソ。


「なら、ナンパか頭のおかしい人ね」


 二人は揃ってそのままその船を通り過ぎようとする。


「おいマジかよ」


 僕は慌てて二人を止めて、ハラリのおっさんのところに向かわせる。


「いやぁ焦ったよ。まさか俺を無視してそのまま通り過ぎるかと思っちゃった」


 冗談めかしてハラリが言うが、ナイルとエーラソがガチで通り過ぎようとしていた事には気付いてない様子だった。


 一安心。


「それで、亜人の母親が見つかったって聞いて来たんだけど、どう? 感動の再会は果たした?」


 僕は訊ねるが、しかし状況は思ったよりもうまくいってない事が、ハラリのおっさんの態度からなんとなく察せられた。


「何か問題が?」


「ああ、実は……」


 ハラリが若干重苦しそうな顔で状況を説明する。


 なんでも、亜人の母親は見つかったが見つかってないとの事。


 どういう意味だよと言いたいところだが、話はそこまで難しくはなく、声が聞こえるけど、部屋の鍵が閉まってて入れないとの事。


 閉じ込められてる側が扉を開けられないのは当然だが、まさか外側からも開けられないのはなかなか珍しい。


 いや、扉というのは本来そういうものか。


 鍵がなければ、外から開けられないものだ。


 一度檻に入れられてしまうと、どうやら感覚が狂ってしまうようだ。悲しいね。


「でもまぁ、壊せばよくない? 壊したら部屋が爆発するような仕掛けでもあるまいし」


「発想がグロいなお前」ハラリがドン引きした目でこちらを見る。「一応、こっちも壊そうと試したんだが、その扉が鉄でできてるんだよ」


「だから? 壊せばよくない?」


「…………」×3。


 今度はハラリとナイルとエーラソ三人からドン引きした目で見られた。


 僕、なんかおかしな事を言ったらしい。


「なら、来てくれるか?」とハラリが手首、それから首を触りながら言う。


 その仕草で、奴隷時に壊した拘束具を思い出して、ようやく鉄扉が壊せなかったのだと悟り、肩をすくめて誤魔化してみる。


 が、駄目だったようで、ドン引きした視線は変わらなかった。


 一度変な目で見られてしまうと、どうやら評価が狂ってしまうようだ。悲しいね。


 閑話休題。


 ハラリのおっさんに連れられ、亜人の母親が監禁されてる部屋の方へと案内される。


「ここだ」


「へぇ。この先に問題の鉄扉がある────、」


 僕が何気なく扉のハンドルを回すと、バキンっ、と鉄の壊れる音がする。


「…………」


 どうやら問題の鉄扉はこの先ではなく、ここだったようだ。


 いやまぁ、ここだって言ってたもんね。


 壊れたのが鍵部分だけでよかった。


 さっきの三人に加えて、よく見たらこの船の船員らしき人達と、今朝一緒に奴隷屋から脱出した亜人の少女が居て、全員僕をヤベェ奴を見る目で見てた。


 なんかもう来るところまで来たかんじだ。


 気にしてらんないと思って、壊した鉄扉を開けると、中には油臭い機関室っぽいところで(操作盤とかないから、そこまで出入りはなさそうだ)、そこに機械の隙間を縫うようにして、亜人の母親が入ってる檻が置かれていた。


 檻は狭いし、背も低いのでほとんど身動きを取る事ができない。


 この中にずっと入れられるのはさすがに可哀そうだ。


「ママ! ママ!」


 角アリの亜人少女が泣いて、母親に駆け寄る。


 鉄格子を揺らして、どうにかこじ開けようとするも、全く壊れそうにない。


「メアンちゃんっ!」


 と母親が少女の名前を呼ぶ。


 亜人の少女はメアンちゃんと言うらしい。そういえば名前を知らないままここまできてしまった。


 まぁ今更か。


「ちょっとどいて」


 僕は亜人少女もとい、メアンちゃんをどかして、檻の鉄格子をひん曲げる。


 ついでに檻の天井をひっぺがえして…………ぐぬぬ、こっちは硬い。思ったよりもがっちり溶接されていて、鉄板が取れない。


 けどまぁ、鉄格子をひん曲げる事ができたので、その隙間からメアンちゃんの母親が出る事ができる。


「メアンッ! メアンッ!」「ママッ! ママッ!」 


 泣いて抱き合う親子。


 それを見て、ナイルが涙ぐむ。


 ハラリのおっさんは号泣だ。涙よりも鼻水の方が噴出量が多くて汚い。


 後ろの方にはモブの船員さん達、三名とエーラソが青ざめた顔で僕を見ていた。


 今更、鉄格子をひん曲げた程度で顔を青くしなくてもいいのに。


「おっす。見つかったかな」


 感動の再会の場面でありながら、僕が他の人にドン引きされている事を気に病んでいると、遅れながらこの街の責任者であるハーバー氏が狭苦しい機関室っぽい部屋に入ってきた。


「狭いな、出よう」 


 なら何で入ってきたと思いつつも、確かに十人もいれば窮屈だと思って、部屋を出る。


 部屋を出て、近くの別の部屋に移動する。


 今度はそこそこ広い。こっちも同じ機関室みたいだが、さっきのが小部屋なら今度は大部屋だ。


 どうして二種類に別けられているのか疑問だが、そういう造りなのだから仕方ない。


 ともあれここには十人いる。


 僕。ナイル。ハラリのおっさん。メアンちゃん。メアンママ。ハーバー氏。エーラソ。


 それからモブの船員三名。右からハゲ。ヒゲ。フケ。


 ハゲはともかく、ヒゲとフケは普通に汚い。おっさんじゃなくて、汚っさんの部類だ。


 せめてヒゲはもう少し整えてほしい。逆さにしても顔に見えるトリックアートみたいな顔になっている。


 フケは論外。


「アルカちゃん。さっきの件はありがとね」とハーバー氏がいきなり礼を言う。


 さっきの件とは、爆破の件だろう。


 どうして伏せるのかと思ったが、ここには僕があの爆発を起こしたのを知らない人が居るのだろう。


 あまり大っぴらにしていい事ではない(その為、わざわざ個人の物置に爆弾が……みたいなシナリオを用意した訳だし)ので、あまり踏み込んだ内容を言わずに、「どういたしまして」とだけ返す。


「そこのコと何かあったんですか?」と目敏いハゲが尋ねる。


「ま、色々とね」とハーバー氏。「それよりもこの船に亜人の女性が監禁されてた事について訊こうか。さすがにこれは見逃せない事態だし」


「そうは言われましても……」とヒゲがこめかみの汗を拭く仕草をみせる。「我々もどうしてこの部屋に彼女が居たかは分かりかねまして……」


「この部屋の管理者は?」


「自分です」とフケ。「ですがさっきの小部屋は普段ほとんど使っておらず、鍵も船員なら誰でも取れるところに掛けておりました。いつそこの鍵がなくなったかは分かっておりません」


「ふうむ」とハーバー氏が呟く。この街の代表として、犯罪が行われてた事が見逃せないようだ。


 っていうかそれは憲兵とかの仕事かと思うが。


「ねぇ、なんでここに留まってるの? 外に出ない?」とナイルが提案する。


 確かにわざわざここに留まる理由なんてない筈だ。


「そうだね。外に出ようよ。てか、何でこんなに暑いの」と僕が文句を言いつつ、ナイルの意見に賛成する。


「エンジンが近くにあるからだよ、坊主」とヒゲが教えてくれる。


「へぇそうなんだ」


「まぁ、待ってくれ」とハーバー氏が止める。「それよりもそちらの方に訊きたいんだけど、貴女がそこの部屋に入れられた時、誰が連れ込んできたか分かりますか?」


 突然、尋ねられた亜人メアンちゃんの母親は少し困惑しつつも、


「い、いえ……眠らされていたので、誰が入れたかは分かりません……」


「そう……」


 少し残念そうなハーバー氏。


 と、ここでナイルが「あ、もしかしてこの中に犯人がいるって思ってる?」


「言うなよ……」とハーバー氏がナイルを恨めしそうな目で睨む。


「あ、ごめん」


「けどまぁ、そんな感じかな。憲兵から聞くところによると、どうも彼女をここに連れ込んだ犯人は、最近巷で噂になってる『タトゥー』である可能性が高いみたいなんだ」


 なんか聞いた事のある名前だ。


 人攫いの名前だっけ。


「『タトゥー』はプロの人攫いで、寝ている人に気付かれずに運ぶのが得意らしいんだ」


「寝ている人に気付かれないのは当たり前じゃない?」とナイル。


「そうだけどそうじゃない。ダンジョンで警戒する事に慣れてる冒険者でさえも、『タトゥー』の運搬には気付かないらしい」


「へぇ、そうなんだ」と、これは僕。


 もしかすると僕が奴隷屋に運ばれたのもその『タトゥー』の仕業かもしれない。


 実際、僕もまがりなりにも冒険者で、寝ながらでも警戒する事には慣れているつもりだ。


 それなのに起きたらいつの間にか、って展開は結構驚いたのだ。


 ま、それはともかく。


「成程。犯人が分かったよ」と僕は言う。


「え?」とナイル達が驚きの視線をこちらに向ける。「どういう事?」


「謎は全て解けた。人攫い『タトゥー』はこの中にいる!」 


「いやそれ、今ハーバーさんが言ったじゃん。何言ってんのあんた?」


 …………あ、うん。それはそうなんだけどさ。そうじゃなくて…………。


 どうにも締まらなかった。


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