エーラソ
前話同様、修正して秘書のキャラを変えました。
一度投稿した後なのに、すいません。
首根っこを掴まれ、引き摺られながらさっきのハーバー氏のお仕事部屋に向かう。
道中、通りすがる職員の人達がこちらを見て、訝し気な目を向けるが、ナイルは気にも留めなかった。
そしてそのまま到着し、ノックもなしに部屋の扉を開ける。
「どうも。連れてきました」
「ありがとう。お疲れ。あれ? でもまだ寝てるのかい?」
「いいえ。たぶん恥ずかしがってるんだと思います」
「違います」
僕はそう言って何事もなかったかのように話を進める。
「それで僕はどうすればいいんですか? この建物を爆発させればいいんですか?」
「照れ隠しに建物を爆破しないでくれるかな?」
九〇年代のアメリカドラマみたいな雰囲気でハーバー氏が笑う。
これくらいの冗談なら、笑って流せるくらいの度量はあるらしい。
「それじゃ、キミには、今から前と同じように、海であの爆発の魔法を使ってほしい」
とハーバー氏が言う。今見ると、彼の白い歯もアメリカンな感じがする。
「本当は海にも悪影響がありそうだから、あんまりやりたくないんだけど、やらないと街の人達が不安で眠れなくなっちゃうからね」
「というと?」
「シナリオを考えたんだ。あの爆発は、個人の家の物置にあった爆発物を勝手に爆発させたってね。思いのほか爆発が凄まじかったから、素直に名乗り出る事もできずに、もう一つの爆弾をこっそりここに置きましたって感じかな」
「…………?」
理解できないので首を傾げると、
「あの規模の爆発を個人の魔法で行えると知ったら、他の人達はどう思うかな? 怖いと思うんじゃないかな?」
「…………ああ、まぁ、そうですね」
「だから、正直に打ち明けるんじゃなくて、だからといってあの爆発の正体が何も分からないままだと更に不安だし、何か街の人達が安心できるような『真実』を公開したんだ」
「それがさっきの?」
「そう。個人宅にあった爆弾の話。爆弾は二個しかない事と、犯人は不明だが、悪意はなかった事。そしてそれを証明する為に、こちらの任意のタイミングで爆発を起こさせる事。とまぁ、大人の都合を考えた結果、ちょっと嘘っぽいけど、これが『真実』だとして、皆に教える事にしたんだ」
「なんとなく判りました。要は、街の人達を安心させるために必要な事なんですね」
「そういう事。だからキミには今からこれを持って、海の方…………さっきと同じようなところで魔法を使ってほしい。詳しい場所は、港に着いたら係の人が説明してくれるから」
「はーい」
「それで、念の為に確認なんだけど、大丈夫だよね? これでさっきみたいな爆発が起きなかったら、今のが嘘だってバレて、街が混乱して、私はお仕事クビになっちゃうんだけど」
ハーバー氏の確認に僕は「大丈夫です」と答える。
「たぶん」と付け加える。
ハーバー氏は僕が最後付け加えた言葉に、苦笑いを浮かべた。
そんで、その笑顔のまま僕に何かを手渡してきた。
インゴットみたいな石だが、金のように重くはなく、色も黒だ。
「通信石だよ。半径二キロエートルまでしか利かないけど」
一見、オモチャのトランシーバーみたいだと思った。
周波数を変えるつまみもないし、オモチャ以下の性能っぽいけど、この世界にしてはかなり文明的な代物だ。
裏をひっくり返すと魔法陣が刻まれており、それがこの石と連動しているのがなんとなく判る。
仮に同じ魔法陣を他の物に刻んだとしても、通信こそできるものの、通信できる範囲がそこまで拡がらないのだろう。
魔法陣が通信の為の装置で、その効果範囲を拡げるのが石だ。
軽くぺしぺし叩いてみると、ハーバー氏が慌てて「壊れモノだからあんまり雑に扱うのはやめてくれ」と言った。
単なる石なのに、機械みたいな壊れモノらしい。
「こちらには遠見の能力を持つ者がいる。そいつでタイミングと場所を聞きながらやってもらいたい」
「分かりました」
「あと海の方に向かう際なんだが、まずはこちらが指定した場所に行ってほしい。そこから高く飛んで、海に向かってもらう。これは、他の人に決して見られないよう為の措置だね」
面倒だが見られたらこちらも困るので、ここは素直に従おう。
「何か質問はあるかい?」
「うーん。たぶんないです」
あるかもしれないけど、今のところ思いつかない。
頭の回転が遅いと、質問すべきタイミングで浮かぶべき疑問に気付かないものだ。
「指定された場所へは私が案内しますよ」
そう言って現れたのは、さっきの意識の高そうな秘書さんだ。
「エーラソです。よろしく」
彼はそう言ってこちらを一瞥した後、薄く鼻で笑う。それから「付いてきてください」と言って部屋を出る。
僕はまたしてもナイルに首根っこを掴まれ、引き摺られながら部屋を出る。
部屋を出る際、「いってらっしゃい」とハーバー氏がハンカチを持った手を振るのが見えた。
◆
「感謝してますよ」とハーバー氏こと領主の部屋を出て、領主館の建物も出たところで、意識の高そうな秘書ことエーラソが突然感謝の言葉を言った。
「それってどういう意味?」
僕の問いにエーラソは下卑た笑みを浮かべて、
「いえ。あなた方が下手くそな嘘を言ったおかげで、ウチの領主様が責任問題でクビになるのが決まりましたから。これでこの次の領主の地位はいただきです」
「ふうん」
という事は、このエーラソという男。
どうやら僕が魔法であの爆発を起こしたというのをまるで信じてないらしい。
まあ、信じられないのも無理はないかもしれないけど。
エーラソが尋ねる。
「しかしまぁ、どうしてあなた方はこんな嘘を吐いたんですか?」
「…………いや、別に嘘なんて吐いてませんけど」
否定するが、エーラソの耳には届いてない。
「そこまでして他人を騙したいんですか? こんな事に何の価値を見出してるんですか? いくら子供とはいえ愚かとしかいいようがありませんよ? その年で他人を騙す事に生きがいを見出すなんて、哀れ過ぎます。さっさと死ぬ事をお勧めします」
大分辛辣なもの言いだ。
こちらの言葉を一切聞かず、あくまで自分の意見を押し通す姿勢は、一周回って尊敬しそうになる。
念の為、確認しておく。
「…………えっと、指定された場所には案内してくれるんですよね?」
「逃げたければ逃げても構いませんよ。領主様を辞任に追い込む仕事をしてくれたんですから、今なら見逃すサービス実施中。まぁ、私が領主となった暁には、あなた方を指名手配犯として扱いますがね。やはり嘘はよくありませんから。それも、身勝手な理由で大勢に迷惑を掛けるタイプの嘘は」
「嘘はついてませんが」
「まだ言いますか。飽きませんね」
それはこっちの台詞だ。
◆
そのままエーラソに連れられ、僕は街外れのよく分からないお店の前にやって来る。
外観からは何のお店か分からない。
エーラソがポケットから鍵を取り出し、開けて、こちらに手渡す。
「ん?」
「どうぞ。もう私達には必要ありませんから」
「…………さいですか」
とりあえず受け取る。
今度、ハーバー氏に遭った時でもに返そう。きっとそれが一番いいだろう。
エーラソが店内に入る。僕達もそれに続く。
店内には物が溢れていた。 にも関わらず売れそうな物が見当たらない。ていうか、何を売っているかこの目で見ても分からない。
「魔道具ですよ」とエーラソが言う。「開発失敗したジャンクばかりですがね。あなたの脳と一緒です」
「あんたが作ったの?」と後ろからナイルが尋ねる。
「いいえ。違います。ハーバーさんのお知り合いで、この街には住んでいない魔法使いさんです。ここ数年、あまり積極的に開発してないようですがね。何か別の事に夢中になってるんでしょうか」
「だから閉まってるんですか?」
「さあ? そもそも開いてるところを見てませんので、お店ではないかもしれません。ほとんど使ってない建物なので、ハーバーさんが管理しているんです」
「ふうん」
「こっちです」と言ってエーラソが建物の奥へと入っていく。
どこに行くのだろうと思ったら、そのまま裏口へと出た。
裏口は暗い路地裏に繋がっており、辺りには人気がない。
成程、ここからなら、空を飛んでも誰にも見られなさそうだ。
怪しい建物に入ったから、そこで何かするのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「港には既に遠見の能力者がいますので、海の方に飛んでいけば、通信石から指示が来ます。後はその指示に従ってください」
「はい。分かりました」
「それでは時間も近いので、そろそろ飛んでもらいますが、準備はよろしいですか?」
「大丈夫です」
ふと隣を見ると、ナイルが心配そうな顔でこちらを見ている。
何か言いたげだが、特に何も言ってこない。だから僕はこう言った。
「別に僕はナイルの応援と心配を否定するほど狭量じゃないし、追い詰められてもないよ。そこは素直にどちらか、あるいはどっちか言ってくれればいいから。それを聞いて僕は元気づけられるんだから」
僕の言葉にナイルは、はっとした顔になり、それから笑顔で言った。
「頑張って! でも無理はしないで…………!」
僕は頷いた後、「行ってくる」と言って、高く空へと飛ぶ。
誰にも見られないようにする為、スピードはそこそこ速く。
流れる風が心地よい。
一瞬で雲の近くまで飛び上がったところで、通信石から声が聞こえてくる。
『やぁ、聞こえるかい? こちら指示役のジョニーだ。聞こえたら返事をくれ』
「聞こえます。ジョニーさん。こちらアルカです。オーバー」
『ようし。ばっちりだ、アルカ。それじゃ高度はもう少し上。雲に入るくらいで頼むよ』
「入っていいの?」
『大丈夫。こっちは通信石に付けた発信機があるから、大体の場所は見える』
「あ、発信機あるんだ」
僕は石を見ながら高く飛び、雲の中に入る。
『ようし。完璧だ。それじゃそのまま海の方へと向かってくれ』
「了解」
僕は言われた通り、海の方へと飛ぶ。
雲の中と言っても、まだ前も下も見える。
特に、下には飛行機の窓から見たような、建物がジオラマに見える光景があって楽しい。
けれども一瞬で通り過ぎて、そのまま海へと出る。
青い空と青い海。
その狭間を追いかけるように雲の中を飛ぶと、なんだか不思議な感じがしてくる。
くらくらするというか、妙に背筋がゾワゾワする。
『大丈夫かい? なんだかふらふらしているように見えるが』
ジョニーから心配の声が掛けられる。
「大丈夫。空と海の狭間を見えたら、なんだか方向感覚が麻痺しちゃって」
『そうなのかい? オレは空を飛べないからそういう感覚は解らないな。風が気持ちよさそうには見えるが』
「あ、風は気持ちいいよ。でも、高過ぎてちょっと寒いかも。もう少し低空だったら丁度いいのかな」
『できれば低いところは飛ばないでくれ。おそらくかなりの人達から注目されてるからな。オレみたいな遠見の能力持ちはそこまで多くはないと思うが、注意するに越したことはない』
「今の高さのままで大丈夫なの?」
『それは大丈夫。発信機がないとこちらも気付けないくらいには見えないから』
「そんなんで指示は出せるの?」
『おおよその場所が判れば問題ないからな。なにせ海は広い。それに注意すべき事は、キミがさっき爆発させたところと同じ距離でありながら別の場所である事ぐらいだ。大事なのは場所よりもタイミングさ。こちらが気を付ける事はほとんどないんだ』
「なんだ。それなら簡単じゃんか」
『こちらは簡単でも、キミは魔法の爆発に巻き込まれないようするのが大変だと思うから、注意してくれよ』
と、ここでいきなりジョニーの口調が真面目になって、
『…………はっきり言わせてもらうが、オレ達はキミが爆発に巻き込まれたところで何も痛くないからな。心は痛んでも、危険な魔法を使う者がいなくなったと捉えれば、むしろ安心するくらいだ。だからすまないが、自分の身は自分で守ってくれ。個人的な事を言えば、キミみたいな子供にこんな危険な事をさせるのは気が進まない。だけどオレには家族がいて、キミと同じくらいの子供もいる。自分の家族の安全を守るために、キミにはいなくなってくれた方が助かると言えば助かるんだ』
「…………なぁ……るほど。正直に言ってくれてありがとう」
このジョニーという人。なかなか誠実な人だ。
自分たちが完全な味方でない事をきちんと言ってくれている。
それだけでも充分信用に足る人だと思える。
『すまないな。気分悪くしただろう?』
「いいや。そんな事ないよ。必要な事を言ってくれたんだ。感謝してる」
『そう言ってくれると助かるよ。お、いいな。ちょうどその辺りで止まってくれないか』
「ほい」言われた通りその場で止まる。
海の上だと目印もないので、あまり距離感がつかめない。
さっき魔法を使った場所とは違うところなのだろうか。同じように見えるが、違うと言われれば違うようにも見える。
『場所はそこでいい。魔法を放つ高さはそっちで調整してくれ。爆発に巻き込まれないようにだけ注意しといてくれ』
「了解」
そう言って、呪文を頭の中でそらんじながら、時が来るのを待つ。
それから数分後に、
『ようし。そろそろだ。後、一分で魔法を頼む』
「分かった」
言われた通り、僕は一分後に魔法を放てるようタイミングを合わせ、呪文を詠唱する。
そして魔法を放った直後、辺りが真っ白に染まった。