亜人の少女
「別にいいよ」
特に断る理由もないので当然許可。
「それじゃあ付いてきてくれ。とは言っても、俺も実際に行った事ある訳じゃないんだけどな。奴隷商の話を傍聞きした程度だし」
「それぐらい、いいよ。とにかく行こう」
僕はハラリの尻を蹴とばしながら、さっさと前を行かせた。
部屋を出ると、そこは一見、煩雑な雑貨屋のようだったが、それが駐車失敗した車が突っ込んできたかのような惨憺たる場と成り果てていた。
先行した人達が思い切り暴れまわったせいだろう。
よく見たら、無秩序に散乱した中に、さっきの奴隷商人が泡吹いて、鼻血噴いて、白目向いて倒れていた。
哀れな痴態。自業自得。
気絶してるとはいえ、いつ目を覚ますか分からないし、憲兵が来たらそれこそ時間を取られてナイルの出航に間に合わないかもしれないので、さっさと他の捕まった奴を解放しに、ハラリを急かす。
「あふんっ! ……だから痛いって。ケツを蹴らないでくれ」
おっさんのケツを蹴っても楽しくないが、良心は痛まない。
美少女のケツを蹴ったら良心が痛んで、素直に楽しめない。
やはりケツは撫でる愛でる埋まるに限ると思いながら、ハラリのケツを蹴る。
「あふんっ! …………あった。鍵だ。これで扉が開けられるぞ」
「……僕がこれくらいの力で蹴ったら鍵なしで開けられたんじゃない?」
「どあふんっ! …………確かにそうだな。早く言ってくれ」
ちょいと気まずい空気になりながらも、ハラリが地下へと先導する。
「地下?」
「ああ、地下だ。奴は確かに地下だと言っていた」
「よし、行こう」
「……………………」
「…………?」
「…………って、蹴らないのかよ!」
「あ、ごめん」
「あふんっ!」
ツッコミ不在。
◆
ぐっちゃぐちゃの一階を探し回るが、どうにも地下への階段が見つからない。
ここだけではなく他の部屋も丹念に探し回るが、やはりどこにもない。
「本当に地下があるの?」
「ある。鍵を見つけたんだから間違いない」
「あ、そうか。それなら……」
僕はふと思いついて、探知魔法を使う。
すると、一階端の事務所っぽい部屋のところに、謎の空間があるのを見つけた。
「こっちだ」
僕が先導し、その謎の空間前に辿り着くと、そこはただの壁だった。
「オラぁッ!」
代行でもないのに壁を殴り、最後の窓でもない壁をぶち破る。
と、そこには案の定、隠された地下への階段があり、後ろにいるハラリを驚かせる。
「おぉ…………マジか。よく分かったな……」
「これぐらい古代遺跡を見つけた僕にかかればちょちょいのちょいだ」
「古代遺跡…………? 何言ってんだ?」
「忘れて」
バラしたら色々面倒になりそうなので、訊かれても無視する事にする。
幸い、ハラリはそれ以上追及せず、おとなしく僕の後ろをついてくる。
そう長くもない、マイ○ラのブランチマイニング用みたいなくそ狭い階段を降りると、すぐに扉があった。
「お、扉だ。ここでさっき見つけた鍵を…………オラぁッ!」
開けるのが面倒になったので、思わず蹴りで破壊する。
破壊活動に勤しむのが意外と楽しくて仕方ない。
こんな風に壊しても何の問題もない機会ってのはそう多くはないので、やれる時にはやるに限る。
「オラぁッ!」
続いて、同じような扉を見つけたので、それも破壊。
「ゴリラちゃん、性格変わってないか? それともこれが素?」
「新たな性癖の扉が開いただけだよ。扉だけにね…………オラぁッ!」
次々扉を破壊し、ようやく目的地っぽい部屋に到着する。
地下なので窓もない密閉された空間。
中央には檻が二つあり、一つは空。もう一つには僕よりも少し年上っぽい少女が捕まっていた。
少女は涙目でこちらを見つめてきた。
「誰……? 助けて…………」
「オラぁッ!」
度重なる破壊活動で言語能力も破壊されてしまった訳でもないのに、僕はつい、言葉らしい言葉もなしに、少女の檻の鉄格子をひん曲げて破壊する。
「ゴリラちゃん、もう完全にゴリラ化してるよ……」
「ウホッ!」
少女が怯える。
「ああ、安心してくれ。俺らはキミを助けにきたんだ。俺らもここの奴等に捕まってたんだ。そこのゴリラちゃんが鉄格子も簡単にひん曲げられるって分かったから、こうやって助けに来ただけさ」
「ウホウホウホホ!」
「助けに…………?」
サラリの助けに来た発言だが、少女はまだ警戒を解いていなかった。
僕は無視して、少女の腕輪と首輪を引き千切り…………って、少女には足輪もされていた。厳重だな。そいつも破壊。
…………って、よく見たら頭には角まで生えてる。
そいつも破壊し…………って、これは違うか。手を放す。
「これは…………角?」
「…………ひぃ…………っ」
僕が角を壊そうとしたので、少女がまたしても怯えてしまった。
「ごめんって。悪気はなかったんだから」ウホウホから離れて素直に謝罪。
「…………」
角アリ少女は怯えながらこちらを見上げる。
体格的には角アリ少女の方が大きいが、小さく蹲ってる為、あちらの方が小さく見えてしまう。
「えっと…………どうしよう。とりあえず歩ける? 歩けないならおぶってあげるけど」
「だ、大丈夫……だけど、その、違うの…………」
言い淀む少女に僕は続きを促す。
「早く言って。ここで黙られる方が迷惑。残り三秒以内」
「マ、ママが連れて行かれたのっ! 今朝!」
カウントを始める前に少女が言った。
「オッケー。分かった。ママも助けろって事ね。どこに連れられて行ったか分かる?」
「助けてくれるの……?」
「助けられるかは分かんないけどね。全力は尽くすよ。それでどこ?」
「わ、分かんない……」
涙ぐむ少女。
「なら分かる範囲で情報。気付いた事は何でも言って」
「ゴリラちゃんカッコいー。……もしかして慣れてる?」
ハラリの茶化しに、慣れてねーよ、と返す。
彼も無駄な時間を浪費するつもりはないらしく、それ以上口出しはしてこない。むしろこの茶化しによって、角アリの少女の緊張が少し解けた節さえあるので、助かるともいえる。
ともあれ、現状は緊急。切迫している。
現状、今朝、少女の母親が連れ去られたという事は、何かしらのタイムリミットが迫られていると考えていい。
どこまで迫られているかは分からないが、なるべく早く、それでいて気持ちにはある程度の余裕を持ってこなすのがいい。
いつまで続くか分からないからこそ、精神的に余裕を持たないと身が持たないからだ。
「とりあえず上に行こう。このままだと憲兵に見つかる。話を聞くのはそれからだ」
とハラリが言う。
「見つかったらやっぱりまずいよね……。時間が取られるだろうし」
「時間が掛かるどころの騒ぎじゃないぞ。このコの角を見たら、憲兵がどう動くか。その感じだと、ゴリラちゃんは国の亜人の対処をどうするか知らないようだな」
亜人、か。角があるからそりゃそうだ。
「その言い方だと、あんまりよくない感じだね」
「そう。だからさっさと動こう」
「ならちょっと待って」
僕はハラリを止め、角アリ少女に変身の魔法を掛ける。
「これで角は隠せたから大丈夫。だけど時間が取られる事には変わりないから、このまま急ごう」
「変身魔法かよ。しかも無詠唱。もしかしてその姿も変身した姿か?」
「いいや。だからこそ普段は変身してばっかだけどね。子供の姿だとこうやって悪い連中に誘拐されるみたいだから」
「この街じゃ、大人も当たり前のように誘拐されるけどな」
「みたいだね」
それから僕達三人は部屋を出て、急いで階段を上がる。
一階に上がると、既に一階は憲兵が入り込んでいた。
「どうする?」
「二階だ。二階はまだ憲兵が入り込んでない」
僕達はそのまま近くの階段を上がり、二階に向かう。
そこには狭い通路と複数の扉があり、その中の一枚を蹴とばして開ける。
「誰だ! 二階に誰かいるぞ!」
「バカ。音を立てるなって!」
ハラリの文句を無視して、部屋に入り、そこにある窓に突っ込む。
「おっさんは先に降りて。僕が女の子を担ぐから」
「…………っ。無理すんなよ!」
ハラリが窓から飛び降りる。
続いて僕が少女を担いでそのまま窓から跳ぶ。
跳ぶ、っつうか飛ぶ。
飛行魔法で安全に着地し、地面をのたうち回るソラリを軽く蹴とばす。
「大丈夫?」
「ゴリラちゃんは飛行魔法使えるのかよ……」
「うん。咄嗟に思い出したっていうか、いざ跳ぼうとした時、身体が自然と飛行魔法の態勢に入ってた」
「俺にも飛行魔法使ってくれればよかったのに………………膝が……」
「ごめんごめん。それよりもいつまでもここにいるのは危険だよ。さっさと動こう。このコの母親を探さなくちゃ」
「しかしどうやって?」
「何の手掛かりもないじゃん。ってかまだ話を聞いてないし」
僕とハラリが揃って少女を見た。
「ひぃっ」
少女が怯えた。二人揃って見られたから、ビクッとするのは分かる。だけどこちらがしようとしているのは少女の母親を助ける事。ひいては少女を助ける事。ここで少女に黙られても困る。
少女が何も言えなければ、少女と少女の母親は助けられない。
そこら辺を理解して、少女にはきちんと情報を落としてもらいたいのだが。
「…………何もないかな? それだとこちらもお母さんを助けられないよ?」
ハラリがそう言って、少女から目を逸らす。
辺りを警戒すると同時に、少女を怯えさせている自分の顔を見せない為だと思う。
こちらは一応、少女よりも年下の男もとい、今は女装姿だから女の子。幼女。
おっさんの顔よりは幼女の顔の方が話しやすいだろうから、ハラリの判断は正しい。
僕は少女の目を見て、はっきりと言う。
「なんでもいいから話して。お母さんを助けたいなら話すの」
「…………シュッコー」
「うん?」
「…………シュッコーって、あの人が言ってた」
「シュッコ―? それとあの人って?」
「あの人ってのは、背が高くて髪がオールバックで、スーツ姿の男かい?」
ハラリの問いに少女が頷く。
背が高くてオールバックの髪。スーツ姿。ビジネスマンっぽい洋装。
あのいやらしい奴隷商の事か。白目向いて泡吹いて哀れな状態になってたけど。
「それじゃシュッコ―ってのは?」
「…………出港の事じゃないか?」
「ああそれだ。って事は船か」
ここは港町だから充分あり得るだろう。
「…………ってなると、時間制限がかなりシビアになりそうだな」
「そうだね」
ハラリの言葉に同意する。
連れ去られた母親が船に乗せられてたら一環の終わり。
せめてどの船に乗せられてたか特定できればいいのだが、残念ながらこの港町ナルテにはたくさんの船が出入りしている。
分からないまま出港されたら、二度と来の少女は母親とは会えないだろう。
「とりあえず港に向かおう」とハラリが言う。
「憲兵は頼れない?」
「亜人の為に動いてくれるとは思えない」
「…………そっか」
そういえばこのハラリという男はよくもまぁ、その亜人の少女の為に動いてくれるものだと思った。
根っからのお人好しか。それとも僕と一緒で何も考えてないのか。
あるいは何か裏があるのか。
僕は少し迷ったが、奴隷商から唾を吐き掛けられた時に、庇ってくれたこの男を疑うのは失礼だと思い、それ以上彼を疑う事はやめた。
僕は辺りを見渡し、憲兵がいないことを確認する。
ここは路地裏ではないが、あまり人通りの多い道でもない。
やましい事のある店の傍にあるのだから、そりゃあ人通りが多いわけがないか。
そんな事を思ってたら、丁度、憲兵がやって来た。
「おっさん。飛ぶよ」
僕はそう言って亜人の少女を担ぎ、それからおっさんにも飛行魔法を掛けた。
「うぉおっ?」
僕と少女、それからおっさんが宙に浮く。
「おーい、こらーっ、待てぇー!」
憲兵の声が下から聞こえてきたが、当然無視して、僕達は港の方へと向かった。




