ハラリ
憲兵所に行くか宿屋に行くか。どちらか迷った後、僕はまず宿屋に行く事にした。
宿屋での確認はすぐだ。もしもここにナイルがいたら、憲兵所に行く必要はない。
駄目もと気分で宿屋に入り、受付のおっさんにナイルがいないか尋ねてみる。
「お忙しいところ恐縮ですが、実は人を探してるんです。ナイル・マウンティングという十五歳の女子がこちらの宿に宿泊しておりませんか?」
「ん? お、おお、ちょっと確かめてみるね」
子供らしからぬ僕の態度に宿屋のおっさんが少し困惑していたが、それでも何もいう事なく素直に宿屋の記帳を確かめてくれる。
「…………うーん。すまないね。どうやらここには泊まってないようだ」
「そうですか。ご確認ありがとうございます。それでは失礼します」
頭を下げて、宿屋を後にする。
「うーん。やっぱりいなかったかぁ」
この街に宿屋はたくさんありそうなので仕方ない。
ラッキーパンチは諦めて、今度は斜め前の憲兵所に行ってみる。
中は漫画の交番みたいな感じで、古臭く、憲兵の眉毛が繋がっていた。
世界一有名なハンバーガーショップのロゴみたいな特徴ある権太眉毛。
「すいません。人を探しているんですが、少しよろしいですか?」
「ああん? うるせぇよ。今忙しいんだから、出て行けっ」
僕が尋ねると、眉毛の繋がった憲兵が邪険そうに僕を追い払った。
すると直後、その眉毛の憲兵の上司っぽい人が、
「ばっかも~んっ!」と怒鳴って、眉毛憲兵に拳骨を落とした。
こちらはどちらかというと、昭和の海鮮家族みたいな感じだ。
よく見たら上司の人の髪型が大黒柱のそれだ。頭頂部に波打つ一本柱。
双子の弟は頭頂部が二本になるのだろうか。
しかし帽子をかぶるとやはり近似値眉毛が目立って、権太憲兵の上司らしくなる。
「ああ、ごめんねお嬢ちゃん。このバカが失礼な真似をして。ほら、リオーツ。ちゃんとお嬢ちゃんの相手をせんか」
「ったく、それなら自分で相手すりゃいいのに……」
ブツブツ文句を言いながらリオーツと呼ばれた憲兵が僕の相手をする。
「で、なんだ? 迷子か? だったら父ちゃん母ちゃんの名前をここに記入してだな……」
「ああ、違います。探してるのは両親ではなく……友人です」
一瞬だけ、恋人と仲間の選択肢が頭の中に芽生えたが、あえて詳細を語る事もせず、無難な選択を説明した。
「行方不明って事か? そういや最近『タトゥー』っつう人攫いがやけにはしゃいでるらしいが、嬢ちゃんの友達もそいつに攫われたか?」
「いえ、違います。別に行方不明じゃありません」
てか人攫いに呼び名があるとか、どういう事だよ。金田○? 怪人二○面相?
「あん? 行方不明じゃないならどういう事だ? やっぱ迷子か?」
「ああいや、迷子じゃなくてですね…………」
説明しようと思ったが、説明すると色々面倒くさい事が起きそうなのであえて語らず、
「…………まぁ、似たようなものです。相手はこっちがここに来てる事は知らないんですけど」
「ははぁーん」
リオーツと呼ばれた眉毛憲兵がシニカルに笑った。
「突然現れてビックリさせようって腹か。面白いじゃねぇか。探すの手伝ってやるよ。嬢ちゃんの名前と、探してるやつの名前を教えろ」
教えた。
「ふーん。マウンティングってどっかで聞いた事のある名前だな」
あのおっさん、この街にまで名前が届く程の金持ちだったのか、と思いつつも、いらん事は言わない主義なので黙っておく。
「それじゃあどうする? あっちが嬢ちゃんを探してないなら、探す難易度が跳ね上がるんだが、どうにかしてあっちと連絡とる術はないのか?」
「あったらここに来てませんよ」
「そりゃそうだな」
ぼりぼりと頭を掻きむしりつつ、眉毛憲兵はあっさり納得する。
「とりあえずこの街の宿屋を全部教えてもらえませんか? 向こうの話では今日はこの街に宿泊する予定らしいので、宿を総当たりすればきっと会えると思うんです」
「…………ああ、それは別に構わんが、ちょいと面倒だな。この街にはかなりの宿があるから、全部を一人で当たるのは難しいと思うぞ?」
「それはまぁ、仕方ないです。衝動的に動いた自分の責任です。頑張って探し出します」
「ふうん」と眉毛憲兵。「まぁ、嬢ちゃんの覚悟は分かった。だけど嬢ちゃん一人で動くのか? この街はそれなりに治安が悪いから、正直嬢ちゃん一人が歩いてたらいずれ変な奴に捕まったりするぞ? それこそタトゥーっつう人攫いとかがな」
「ああ、さっき言ってた奴ですね」僕は軽く笑い流しつつ、「けどまぁ、大丈夫です。こう見えても自分はかなり強いんで。そこら辺の暴漢くらいなら簡単に倒せます」
ぐいと腕まくりして力こぶを見せると、眉毛憲兵が嘲笑った。
「がははっ。そうは見えんがな」
「試してみます?」
「がははっ。見た目に反して威勢の良い嬢ちゃんだな。だがまぁ、別に試さなくていいぞ。それだけの威勢があれば、何か遭った時、叫んでやれば暴漢もすぐに逃げるさ。嬢ちゃんが変なところに入り込まない限りな」
「そうですか」
治安が悪いといっても、街全体がスラム化してるレベルではないのか。
そりゃそうだ。
物流が多いという事はそれだけ普通の人も多いという事。
普通の人は、子供が助けを求めて叫んだら助けに行こうと少し動くくらいには善性はある。
元の世界は、助けたら逆に犯罪者扱いしてくるキ○ガイのせいで傍観主義者が増えたが、この世界はまだそういう間抜けな事態には陥っていない。
とまぁ、あれこれ僕が考えずとも、治安の程度を誰よりも把握している憲兵がいうのだから、そこまで恐れを抱く必要はないって事か。
そもそも僕なら誰が相手でも大丈夫だし。
「分かりました。えっとヤバそうなところには入り込まないよう注意します」
無難な返事をして、僕は眉毛憲兵からこの街の宿屋について教えてもらう。
地図を渡され、そこ指さしながら、一つ一つ確認。借りたメモ用紙に記入していく。
その数なんと三八個。
めっちゃ多い。
元の世界基準でもかなり多いが、よく考えたら、ここの宿屋は元の世界のと比べて、店の規模が小さい。
中には個人経営している宿屋も数多くあるので、泊まれる人数で考えたら、そこまで多くないのかもしれない。
実際、眉毛憲兵の話では大きな宿屋は四つしかなく、それ以外はどこも中くらいか小さい宿屋との事。
やはり部屋の総数ではそこまでの数ではないらしい。
現状的にはかなり面倒な話だが。
「全部メモったか?」
眉毛憲兵の問いに僕はイエスと答える。
「なにか困ったことがあったら、また来て構わんぞ。ワシが駐在して居るかは分からんがな。がははっ」
僕は眉毛憲兵に礼を言って、憲兵所を離れた。
四十近く店を教えて嫌な顔せず、最後にまた来てもいいといってくれる意外と面倒見のいい眉毛憲兵だった。
流石に一緒に来てくれるまではしてくれないものの、僕にはそれで十分だ。
「さて、と」
ぎっしりこの街の宿屋について書かれたメモ。この中にナイルが泊まる宿がある筈だ。今日中にそいつを探さないといけない。
まずは大きい宿四つから当たってみようふんす、と僕は意を決して動き出した。
◆
見つからなかった。
三八店全部探したけどダメだった。いなかった。
なんでどうして。僕はきちんと一店一店この足で向かって探したのにどうして見つからなかった。いや最初の大きい四店探して見つからなかった時は別に焦らなかったけど、それが十、二十と来て見つからなくて後半の方は、これ確率的にどれくらいなんかな計算したらどうなるんかなみたいな感じになって、三十超えた辺りからいよいよガチで見つからないんじゃねみたいな不安が過ぎって、最後の三八店目になると、あの眉毛憲兵が嘘ついただろみたいな疑惑の念が頭の中に渦巻いてしまって、いや嘘ついたのはこれまで通った宿屋の受付だろみたいな可能性も思いついてしまって、もう誰も信じらんねぇ、って疑心暗鬼どころか自暴自棄の電車内限界腹痛マンみたいなヤケクソな気持ちとなった。
そんな訳で、結局見つからなくて絶望した僕は、既に真っ暗になった夜空を見ながら途方に暮れていた。
とりあえずお昼の眉毛に文句を言おうかと思ったが、憲兵所に礼の眉毛はおらず、夜勤の憲兵に文句を言うのもなんとなく憚れたので、仕方なく諦め、今晩は宿に泊まる事にした。
…………のはいいが、いやよくないが、それでも現状は僕の予想を更に超えた最悪のモノだった。
「部屋が空いてない……んですか?」
「はい。申し訳ございません」
丁寧でこそあるが、あまり謝意の感じられない謝罪に僕は苛立ちを覚えつつも、それを真っ直ぐにぶつける程の熱量もなく、そのまますごすごと引き下がった。
ちなみにこれで五軒目。
いよいよを持って、野宿するしか選択肢が残されてないことに気付いた僕は、
「まぁいいか。こういうのも経験の一つかな」と開き直り、
野宿に向いてそうな公園を探して、そこのベンチで寝る事にした。
硬いベンチじゃ寝心地は、元の世界におけるお父さんの家での居心地並に最悪だったけれども、いつ魔物に襲われるかも分からないダンジョン内を独りで寝ていた時に比べたら全然マシだったので熟睡する事ができた。
まぁ、今は子供の身体だし。
ベンチの大きさも、己の小さな身体なら充分だし、それに子供というのは基本的にどこでも熟睡できる神経を持ち合わせているので、そこまで問題はなかった。
…………いや、大問題だった。
そしてその問題に気付くのは、僕が目覚めてからだった。
◆
翌日、目を覚ますと僕は檻の中に居た。
薄暗くて狭い、物置みたいな埃っぽい部屋。
両腕には拘束の腕輪。胸にはよく分からない色付きの札。
周囲からは助けて助けてと悲痛な叫びを発する、どう見ても囚人の類ではない善良そうな人達。
中には子供もいる。悪事とは無縁そうな無垢な子供だ。
どうやら僕は奴隷として捕まったようだ。
「…………嘘でしょ?」
念の為に再度辺りを見渡すが、やはり状況も印象も変わらず、そこには僕が奴隷として捕まっているという現実しかなかった。
「うわぁ、マジかぁ」
檻は複数あって、たくさんの人達が檻の中で各々絶望したり、悲嘆に暮れていたりする。
僕の檻の中にも五人いるが、皆、それぞれ己の境遇に悲痛な感情を漏らしていた。
しかし、その中に一人だけ、
「お、起きたかい、お嬢ちゃん」
意外と冷静な男が僕の起床に気付いて、声を掛けてきた。
三十代くらいの細身の男性。不潔そうな髭面でありながら、髪はそれなりに整っている。
いやらしい目つきが特徴的だ。
「お嬢ちゃん?」
言われて気付いた。いや、思い出した。
僕は今、ナイルのおさがりである女児服を着ている。
五歳という年齢もあって、今の僕はどこからどう見ても女の子にしか見えない。
スカートの中もこの街に来る道中に発明した闇魔法で見えなくなっているので、それこそ僕の身体に直接触れる以外に僕が男である事に気付ける奴はいない。
まぁ、触られたら流石に気付くけれども。
…………ん? とすると…………。
「おーい。おはよー。起きてるー?」
僕が現状における疑問に気付きそうになったところで、今しがた僕に声を掛けてきた、唯一冷静な男がまたしても声を掛けてきた。
こちらの目の前で手を振って、若干煩わしい。
「…………ああうん。起きてるよ。おはよう」
とりあえず朝の挨拶を返し、尋ねてみる。
「ここって何処?」
「奴隷用の檻の中」と男が返す。「ここは奴隷販売店で、この檻は商品を管理しておく為のモノだね。囚人用となんら変わりなさそうだけど」
「僕は奴隷じゃないんだけど?」
「だろうね。そんな上等な服を着ている奴隷なんている訳ないもん」
男はあっさりと認めた。
「だけど、お嬢ちゃんは悪い奴に捕まった。こうなるともう奴隷として一生を終えるしか道は残されてないよ?」
「…………それはあんたもじゃない?」という僕の指摘。
しかし男はあくまで余裕な態度を崩さない。
「そうかもね。けど俺は大丈夫。この程度で絶望するほど心は弱くない。というかお嬢ちゃんも随分余裕だね? まだ現実を受け入れられてない?」
「把握はしたけど、確かにまだ受け入れられてないかも」
まぁ、受け入れる必要はないのだけど。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「アルカ。おっさんは?」
「できればお兄さんと言ってほしいかな。俺はハラリ。ハラリお兄さんと呼んでくれ」
「うん。分かった。ハラリのおっさん」
「…………」
途端、ハラリの顔が憮然としたものになった。




