港町ナルテ
翌日、僕は昨日ナイルから借りていた服を返しに、ナイルの家……いや、マウンティングさん家に来た。
紙袋に服を入れた状態で、マウンティングさん家の呼び鈴を鳴らす。
「はぁい…………あらあらぁ、アルカ君じゃない」
出てきたのはナイル母だった。
「どうもこんにちは。昨日着ていた服を返しにきました」
「あらあらぁ、それはどうもご丁寧に…………。…………」
「…………どうぞ?」
紙袋を手渡そうとするが、ナイル母は何故だか受け取る素振りが見えない。
「…………ああ、しまったぁ。アルカ君に渡す物があったんだったぁ。ちょっと悪いんだけど、家の中まで来てもらえるかしらぁ?」
「え? ああ、はい」
特に断る理由もない為、僕はナイル母の指示に従う。
リビングまで通されて、そこで待っていると、部屋の奥から憔悴したナイル父が出てきた。
「…………おや、アルカ君じゃないか」
「だ、大丈夫ですか?」
まるで食事も水も睡眠もとらずにずっと部屋の隅で体育座りしていたかのような有り様だ。
お腹のお肉も心なしかへこんでいるように見える。
「だ、大丈夫さ。昔はナイルよりも体重が軽くなるのがざらだったからね……」
「ど、どうしてそんな……」
「昔はママから搾り取られるのが日常茶飯事で、毎日十発以上搾り取られ……」
「いや、そっちじゃなくて」
「ああ、これは単に、ナイルが出て行って寂しくて不安で、食事が喉を通らず、眠れなかっただけだよ…………」
「…………」
確かに僕も寂しいと思ったが、この人よりはマシだと思った。
何か慰めの言葉でも掛けようかと思った矢先、
「ぎゃあっ!」
「あらあらぁ、ごめんなさぁい…………」
明らかに故意と思われるナイル母から水をぶっかけられた。
彼女の手には水が入っていたコップと、僕がさっき持ってきたコッテコテの女児ドレスがある。
「アルカ君には是非ともこれに着替えてほしいと思って…………着ましょうか」
僕が戦慄する傍で、ナイル父がこちらに諦めろと言わんばかりの視線を送ってくる。
「え? いや……その…………」
「着ろ」
「…………はい」
有無を言わさぬ語調。
着替えさせられた。
パンツも当然のようにおさがりパンツ。
◆
という訳で着替えてから再度ナイル父と話をしようとリビングに戻る。
「今頃ナイルは、馬車に揺られてる最中かなぁ……」
すると、虚ろな遠い目をしてナイル父が呟いていた。
「え? 船じゃないんですか?」
「ん? ああ、まずは馬車で港町ナルテに向かって、そこで一泊して、それから船に乗る予定なんだよ……」
僕の存在に気付いたナイル父が、僕の服装には何も反応せず、普通に返答してくれる。
「あ、そうなんですね……そこまでついていかなくて大丈夫だったんですか?」
僕が尋ねると、ナイル父は発狂したように頭を掻きむしりながら、
「大丈夫じゃないよ…………そこは人さらいが多くて有名で…………ナイルみたいな可愛いコだったら、尚更危険で…………しかもそこから長い船旅で…………おまけに学校では虐められてるからナイル独りで…………ああ、不安だ不安だ…………だけどナイルが一人でいいって聞かなくて…………うぅっ……」
「…………虐められて?」
予想外のフレーズに僕はナイル父に問いただす。
「ナイルは虐められてたんですか?」
ナイル父は予想外だと言わんばかりに目を見開き、
「…………ああ、そうだ。聞いてなかったのか? …………いや、あのコなら話さないだろうな。俺も、ママの鋭い観察眼がなければ気付かなかっただろうし…………その通りだ。あのコは学校で虐められている。ナイルは可愛くて美人で、その上優秀だろう? …………優秀さはキミには負けるかもしれないが、それでも学内ではトップクラスに優秀なんだ。それで、皆から慕われればよかったんだが、残念ながら妬まれてしまってね…………それで虐められてるんだ……信じてたルームメイトからも裏切られたと言っていたし…………」
出る杭は打たれるというやつか。
思えば出会った当初のナイルは性格がきつかった。
美人であの性格なら、周りから疎まれても仕方ないし、しかもそれで優秀なら慕われる方ではなく妬まれる方向に転がってもおかしくない。
「一応、これでもあたし、向こうではモテモテの美少女扱いだったんだよ? パンツの一枚で半年は暮らせるくらいの値段が付けられた事もあったんだよ?」
「美少女がパンツを売ろうとするな!」
「美少女じゃなければ売ってもいいの?」
「どういう事だよ!」
「…………」
ふと、一昨日での事が思い出される。
それと、信じてたルームメイトから裏切られたというナイル父からの情報。
もしかして…………と思わなくもなかったり。
「…………止めなかったんですか?」
僕はナイル父に再度問い直す。
「そんなところに行くナイルを止めなかったんですか?」
「止めたさ。だが、あのコの意志は固かった。キミに釣り合ういい女になるからと言って、聞かなかったんだ」
「…………それは」
ナイルが復学すると言い出したのは、誘拐関係であれこれ戦った日の翌日。
つまりは僕(に憑りついたアウルアラ)がナイルを振った翌日の事だ。
「…………だとしても」
僕は言った。
「だとしても、僕は彼女を止める。いや、止められるかは分かんないけど、それでも何も知らずに送り出す前に、ナイルと一度、話をする! するべきなんです!」
「…………しかし、そうしたくても、もうあのコは今頃、馬車で港町ナルテの近くまで行ってるだろう…………」
「追いかけます!」
間髪入れずに僕は宣言する。
「馬車ぐらいなんですか! その程度なら飛行魔法で簡単に追い越せますから! なので今から行ってきます!」
「…………ほ、本気で行くのかい?」
「はい! それじゃあ行ってきます!」
ポカンとするナイル父を残して、僕はマウンティングさん家を出る。
正直、自分でも暴走していると思った。
ネアを買い取る時もそうだったし、孤児院の借金を返済してやると宣言した時もそうだった。
あの時みたいな熱暴走が再発してしまっていて、気付いても止められなかった。
僕がリビングを出る際に、ナイル父が「これが若さか……」と呟く声が聞こえたのを、空を飛び始めてから気付いた。
◆
そんな訳で僕は今、空を飛んでいる。
強い追い風の中、コッテコテの女児ドレス姿でスカート捲れて中身もろ出ししながら飛行中。
下着アリ速度マシマシ羞恥心ツラメである。
大空の風がひんやりしていて、熱暴走状態にあった頭の血も冷えてきたのが、辛さを助長させている。
前面バリアと追い風加速の魔法を解除すれば、スカートが捲れるのも阻止できたかもしれないが、それだと危険だし、目的地到着も遅くなってしまう。
目的地の港町ナルテまであと一、二時間程度だが、それまでこの状態で飛ぶのはキツいと思い、僕は飛びながら一つ魔法を創り上げる。
と言っても飛びながら一時間で創れるモノとなるとほとんど無理というか役に立たないというか、既存のモノを少しアレンジするしかないのだけど、意外と僕は有能なようで、それなりに良いモノを創り上げる事ができた。
題して、エリア外スカート。
スカートの中身を覗き込もうとしても、暗い闇に阻まれて見る事ができないというこの上ない邪悪な闇魔法である。
発動条件として、詠唱者と魔法対象がショタでないと発動しないという縛りを設けたので、なんとか完成させることができた。
常人には多めの魔力消費量と、縛り条件のおかげで実質、僕専用と言っても過言ではない。
これで追い風によるまいっちんぐ飛行も、暗闇防壁のおかげでパンツとはみだしおちんちんは見えなくなった。ピク○ブなら全年齢対象だ。
問題解決。
よし。完璧だな。
そんなこんなしていたら、あっという間に目的地のナルテに到着した。
海沿いのやや大き目な街。
船が沢山並んでいて、交易が発展してそうだ。
誰にも見られないように静かに素早く路地裏に降り立ち、辺りを確認する。
「うむ、誰にも見られてないな」
スカートの中の話ではなく。
路地裏から大通りに出る。
「おぉ」
人が多い。わらわらいる。
しかも服装や人種がばらけている。
いろんな交易、物流が発展している街だからだろう。
海風から潮の匂いが香り、ここが自分の住んでる街ではないと感じさせられる。
ドキドキワクワクと、独りぼっちで心細い気持ちが混ぜ合わされた奇妙な感覚。
「よし。早速、ナイルを探そう」
確かナイル父からの話では、馬車でこの街に来てそのままここで一泊するとの事。
それなら宿屋を探すのがいいか。
あと、念の為にナイルが乗るであろう船も。
ナイルが通う学園、トエフス学園があるミトバツ国マーゾフ区行きの船。えっと東の方だ。
宿屋で見つければ問題ないと思って、まずは宿屋を探す。
てってけてってけ歩いて、それっぽいお店が並ぶところに到着。
適当にお店に入り…………って、ここ酒場だった。
海沿いなのにカウボーイが入り乱れてそうな酒場に入り、僕は少し戸惑いつつ、お店の人に話し掛ける。
「あのぉ、すいません。ちょっとお話を伺いたいんですが」
お店に入った瞬間、周囲の客が一斉にこちらを向き、話し掛けられた店主はぎこちない笑みを浮かべて対応する。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんが入るようなお店じゃないよ」
今は、子供姿、それも女児服を着て、可愛らしい女の子になってる僕だ。
酒場の強面店主は慣れてなさそうな優しい口調で対応してくれる。
「実は人を探してまして、宿屋を色々見て探し回りたいと思ってるんです。なので、とりあえず近くの宿屋さんの場所を教えて貰えますか。なにぶん、初めての街でして、右も左も分からない状況なんです」
「うぅーん。それならお父さんお母さんと一緒に探し…………ああ、お父さんお母さんを探しているのか。それなら、宿屋よりも憲兵さんがいるところを教えてあげようか? そっちならお嬢ちゃんの力になってくれるだろうし、お嬢ちゃんも安全だよ」
「うーん。できれば宿屋の方が…………」と言いつつ、確かに憲兵でもそんなに悪くはないかと思って、「ですが、まぁ、それなら憲兵所のところを教えてください。お願いします」
頭を下げると、酒場の店主は少し嬉しそうな顔をして、
「よぉし。それじゃあ、この店を出て、左の方に歩いていって、少ししたら赤い大きな看板のお店が見えるから、そのお店の斜め前のところに行ってごらん。そこが憲兵所だから。あ、もし分からなくなったらいつでも戻ってきていいからね。それと、もし分からなくなっても、絶対に狭い道を通っちゃ駄目だからね。お嬢ちゃん一人で入ったら二度とパパママのところに帰れなくなるからね」
「分かりました。ありがとうございます」
話を聞く限り、ここはそこそこ治安の悪い場所のようだ。
店主はいい人だけど、それは僕が幼女の姿であり、なおかつ店主には周りの目があるから、優しくせざるを得ないという状況だったからだ。
もしも周りの人の目がない状況だったら、この優しい店主さえも悪い事をするかもしれない、それぐらいに考えて行動していった方がよさそうだ。
僕は再度店主に頭を下げて酒場を後にする。
酒場を出た直後、店にいた荒くれものっぽい客達が店主をからかう野次と、それに店主が怒鳴り声を返す声が聞こえてくる。
騒がしいが、楽しそうなところである。
僕は店主が教えてくれた通り、まずは左の方に歩みを進める。
いつもよりも短い脚(これが本当の僕の脚なのだが)をいつもよりも速く回転させて進む。
低い身長のせいで、人混みがいつもよりも巨大で、避けにくい。
目の前の人しか見えず、奥に居る人に気付きにくい。
なので進むというよりも避ける方に意識が向く歩き方だ。
それでも頑張って進み、ようやく強面店主の言ってたであろう巨大な赤い看板が見えてきた。
見たところそれが宿屋でありそうだが、その斜め前を見ると、確かに憲兵所があるのが判る。
「さて、どっちに行こうか」
◆
翌日、目を覚ますと僕は檻の中に居た。
薄暗くて狭い、物置みたいな埃っぽい部屋。
両腕には拘束の腕輪。胸にはよく分からない色付きの札。
周囲からは助けて助けてと悲痛な叫びを発する、どう見ても囚人の類ではない善良そうな人達。
中には子供もいる。悪事とは無縁そうな無垢な子供だ。
どうやら僕は奴隷として捕まったようだ。




