男らしさ
「あの、尻を振らないでくれる?」
料理の最中、裸エプロン姿のナイルが尻をこちらに突き出した態勢でゆっくりと腰を振る。
その際、ナイルの蕾が丸見えになり、正直たまらない。
お風呂上りに少ししゃがんで片足上げて、丹念に股を拭いていたのは見たが、どうしてだか今のナイルの内ももには滴が垂れている。
それも一滴や二滴ではなく、それなりにたくさん。
熱くて汗でもかいているのだろうか。
それにしては内もも以外の濡れた部分が見当たらない。強いて言うなら髪だが、それは汗で濡れた感じではない。
まぁそれはともかく。
明らかにナイルは僕を五歳児扱いしていない。
局部をこれでもかと見せつけ、こちらを誘惑しようとしている。
性癖を捻じ曲げて、自分の存在を刻み付けてやるとは言ったが、こうなるともうやりたい放題。
普通に考えたら男女関係なく逮捕案件である。
ただまぁ、正体がバレるまでずっと同い年だと勘違いしていた訳だし、それに実際の中身も五歳ではないので、今更その認識を改めるのは難しいかもしれない。
せめて僕が五歳児っぽく振る舞えばナイルも考えを改めるかもしれないが、今更そういう振る舞いをするのは恥ずかしくて、できそうにない。
つうか、ぶっちゃけ、僕がやめてほしくないと思ってるのだから、問題はない。
やめてほしかったら、それなりにマジに言うし、ナイルもそれをきちんと理解してやめるだろう。
ナイルは僕がツンデレの如く、満更でもないのを察知して、誘惑している。
変態で痴女で犯罪者なのは否めないが、恩情は与えてもいいんじゃないかって思っている。
五歳児だから好きになったのではなく、十五歳と勘違いしてたら実際は五歳児だったのだから。
…………うん。
だからナイルを責めるのはやめよう。
どうせ今日一日なんだから。
よし、と思い、僕はナイルに近付き、ケツをぶっ叩く。
「あ痛ぁっ?」
「服を着ろ」
「…………ごめんなさい」
ナイルは少々涙目になりながらも服を着た。
少しやり過ぎたと解かってくれたのだろうか。
「ちょっとお鍋見ててね」
そう言ってナイルが着替えてくる。
本当にちょっとして戻ってきたら、今度は逆バニ―姿だった。
「せめて局部は隠せっ!」
「あ痛ぁっ?」
リアクションに疑問符が入ってたので、ツッコミ待ちではなさそうだった。
◆
それからナイルは、全裸首輪リード付き、穴あき水着、水着に見せかけたボディペイント、裸ランドセル、透けショーツ、絆創膏、紐、納豆、お盆、天○アコと世界観まで無視した衣装というか、道具の姿に着替えては、僕にケツを引っ叩かれて、すごすご着替えに戻っていった。
ここら辺はあまり深く考えてはいけない。
そうした茶番を経て、ようやく普通の姿、いつしか見た事のある学校の制服姿で戻ってきた。
「どう? 似合う?」
「……………………」
僕はナイルの学校制服姿に見惚れてしまう。
「あれ? これが一番露出が少ないのに一番顔が赤い? 見惚れてる?」
「…………まぁ、うん。見惚れてた」
正直に僕は言う。
「ふうん。露出が少ない方がアルカの趣味なんだぁ。若いうちは露出の多い方が興奮するってママが言ってたのに、アルカは変わってるね」
なんだか妙な誤解をされていた。
「若いうちからそんな趣味だなんて、アルカは変態さんだね」
「不本意な解釈をされている!」
五歳児相手に裸エプロン姿を披露するような女に変態扱いされたくないな、と思いつつ、ナイルが料理に戻るのを眺める。
ちなみにこれらは全て茶番だったので鍋は火を止めてないのに何故か沸騰もしておらず、丁度いい頃合いだった。
「見ててくれてありがとう。そろそろできるからもう少し待っててね」
そう言ってナイルが食器を取り出す。
僕も手伝おうかと言ったら、使いたい食器は自分で選びたいからと言って断られた。
なら片付けの時に手伝おう。
食器を並べて、それらに作ったモノを入れる。
お昼のメニューはプレーンオムレツ。
僕は鍋を見ていた筈なのに、どうしてそのメニューなのだろう。
「はいどうぞ。召し上がれ」
ケチャップで円を描いて、瞳のカタチをしたオムレツを出す。
リアル志向なのか、中央には瞳孔、卵部分の端には涙丘もきちんと描かれている。
「いただきます」と礼を言って、オムレツを食べる。
「うん。美味しい」
オムレツは普通に美味しかった。あくまで普通に。
ここでナイルはドヤ顔で、
「プレーンオムレツは意外と奥が深いからね。料理人の腕が出るのよ」
「あ、うん。そうなんだ」
確かに美味しいとは言ったけど、めっちゃ美味しいじゃなくて、普通に美味しいと思っただけなので、ここでドヤ顔をされるとどうも居心地が悪い。
ちなみにオムレツは料理人の腕が出るというのは漫画で見た事あるので知っていた。
シンプルだからこそ、誤魔化しが効かないとか、そんな感じ。
「ふふん」とナイル。
「…………うん」
もしかすると文明の差、器具の差で、僕が普通だと感じるのが実はものすごく熟練された人でないと出せない味かもしれないので、ひとまずそういう事にしておこう。
「もぐもぐ」
出された料理を完食し、ごちそうさまをする。
「はーい。お粗末様でした」
ナイルも食べ終えたので、後片付けをしようとすると、ナイルが自分でやるからと掌をこちらに向け、止めた。
「お客様はゆっくりしときなさい」
「あ、うん。ありがとう」
ナイルが後片付けで食器洗いをしている最中、僕は彼女のチラチラ見える短いスカートの中身が気になって仕方がなかった。
エロスは全面におっぴろげるよりも、適度に隠された方が興奮するというのを実感した時間だった。
◆
食事の後は外出した。
「今日はウチに泊まるんだから、親御さんに連絡しとかないといけないね」
そういう訳で、ナイルに手を引かれて、僕は一度帰宅する事にした。
手を繋ぐと、身長差があるせいで腕の位置が高い。
肘がこんなにも上がるとか、これじゃあまるで電車のつり革だ。
しかもつり革の位置にナイルの尻があるのだから、これだと、痴漢疑惑を避けようとしたら逆に痴漢疑惑が高まるというおかしな話になる。
…………おかしいのは僕の方か?
そのまま手を引かれて、僕の家の前まで辿り着く。
「ここだよね」とナイル。
「そうだけど、僕ん家の場所って教えたっけ?」
やけに迷わず、真っ直ぐ来れてたけど。
「……うん。教えたよ」とナイルが小声で返答する。
なんか少し間があったような気がするが、きっと気のせいだろう。どうでもいい事だ。
「んじゃ、行こっか」
今度は僕が手を引いて、ナイルを導こうとする。しかし、
「…………どうしたの?」
いざ行こうとしたら、ナイルが足を止めてしまった。
ナイルはその場で足踏みをしながら、視線をあちこち彷徨わせ、
「いや、このまま行けば、あたしが犯罪者扱いされそうだし」
それは……確かにそうかもしれない。
五歳の息子が、十歳年上の女を引き連れ、そいつの家に泊まると宣言したら、親はどう思うだろう。
息子がヤベェ女に捕まった、と思うんじゃなかろうか。
僕も、前世の記憶がなければきっと素直にそう思っただろう。
前世の記憶があるから、それも変態大国ニッポン出身の記憶だから、この程度のシチュエーションに犯罪性よりも魅力の方が強く感じてしまうが、第三者的な視点で見たら、ナイルの立場が明らかにヤバい。
一般中年男性の人権くらいヤバい。
「…………分かった。それじゃ僕だけで行ってくる。ナイルはここで待ってて」
僕の指示にナイルが首肯する。
ナイルを家の前に待たせて、僕は一時帰宅した。
そして、自宅に入ると、母がちょうど玄関のところに立っていた。
「あら? おかえりアルカ。どうしたの」
「ただいま」と僕。「実は報告というか……言いたい事があって…………」
「別にお母さんはアルカの趣味に口出しするつもりはないわよ?」
「うん? 趣味?」
まさかナイルの事がバレたのだろうか。
年上好きと思われたという事なのか。
僕の脳裏にそういう可能性がよぎったが、違った。
母が言ったのは、僕がすっかり忘れていた事だった。
「いやぁ、まさかアルカが女の子の服が好きなんてね。今度、お母さんがそういう服を用意してあげとこうか?」
「あ」
僕は、自分が今、ナイルのおさがりの女児服を着ているのだった。
すっかり忘れていた。
「違う。これは違うんだ」
母の誤解を解くのに、それなりの時間が必要だった。
◆
「お、戻ってきた。随分、時間が掛かったね。もしかしてアルカの家って外泊が厳しいタイプ?」
僕が家から出ると、ナイルはこちらの服装に何の疑問も持ってないような態度で話しかけてきた。
「…………この服装について色々と誤解を受けたから、それを解くのに時間が掛かったんだよ」
「あ」とナイルが声を上げる。「ごめん。すっかり忘れてた。アルカがあまりにも似合ってるから、全然違和感なくて、つい」
「母さんにも似たようなこと言われた……」
自分が産んだのは息子じゃなくて娘だったっけ……とか。
目の前の子供がアルカなのは間違いないし、たぶん百メートル離れた場所から後ろ姿を見ても、それがアルカだって気付く自信はあるけど、今のアルカが男の子である自信は持てない……とか。
とにかく、今の僕はどこからどう見ても女の子にしか見えない、と母親からきっちり太鼓判を貰ってしまった。
…………まぁ、鏡を見て、僕も自分が女の子にしか見えないなぁ、と思ったけども。
太鼓判を貰っても、恥ずかしいモノは恥ずかしい。
ちょっとやらかしたわ。
「まぁいいじゃん」と無責任ナイル。
お前のせいでこんな事になったんだよ、と文句を言いたいけど、こんな事でケンカ別れするのは悲しいので、我慢しておく。
別に、この程度、恥ずかしがる必要なんてない。
元の世界じゃ、女装姿のおっさんが街中を歩いてる光景なんて、目が腐るくらい見たじゃないか。
自他ともに認めるくらいに似合ってる女装を恥ずかしがる必要なんてどこにある。
自信もっていこう。
女装は男にしかできない、最も男らしい行為なのだから。
◆
…………いや、そんな訳ないか。




