脱衣
「いらっしゃぁい。あらあらぁ、どうしたのぉ? ナイルちゃんを振っておいてぇ」
「…………っ」
ナイルの家に言ったら、出迎え一番にナイル母から核心へのクリティカルヒットがお見舞いされた。
「ああいや、その……なんというか……」
「うふふ。嘘よぉ。怒ってないわよぉ。このタイミングじゃないとこういう弄れ方はできないから、ついぃ」
「……………………」
この先、何があってもこの人には敵わないんだろうな、という予感をひしひしと感じながら、家の中に案内される。
一応この人も、僕が五歳児である事を知っている筈だ。忘れられてない限り。
「あの、ナイルさんは……」
「今はお部屋に閉じこもってるわぁ。流石に昨日の今日でいつも通りに振る舞うのはちょっとねぇ」
「むむむ……」
僕が困惑していると家の奥からナイル父が出てきて、
「…………アルカ君か。…………その、キミの年の話は本当なのかい?」
「……はい、そうですね。騙すつもりはありませんでしたが、すいません。言いそびれてました」
「いや、キミは悪くないさ。まさか……こんな事になるとはこちらも思ってもなかったから…………うん。すまないが、私は先に出るよ。娘の事をよろしく頼む」
「あ、はい」
そのよろしく頼むは、娘の恋人としてって意味じゃないよなと思いつつ、僕は頷く。
「あらあらぁ、それじゃぁ私も出ましょうかねぇ。それじゃ後はよろしくお願いねぇ」
「えっと、どこかに出られるんですか? 随分と大荷物のようですが……」
「あぁこれは…………どうせだから、ナイルちゃんに訊いてみてくれるかしらぁ。折角二人きりになるんだし、それじゃぁよろしくねぇ」
なんだか聞き逃してはならないような事を言って、ナイル母も家から出て行ってしまった。
えっと…………二人きりって言ったよな、今。
って事はナイルの妹のコズミって娘もいない訳か。
「…………まぁ、とりあえずナイルの部屋に向かうか。頼むって言われても、二人きりで一体どうすれば……」
階段を上がり、ナイルの部屋の扉をノックする。
コンコンコンと軽やかな音の後に、「はぁい」とノックのような軽やかな声。
「アルカだけど、入っていい?」
「あ、アルカ? うんいいよ。どうぞ入って」
意外と軽いナイルの反応に拍子抜けしつつ僕は部屋に入る。
部屋の中はファンシーな内装だった。
前に見た覚えがあるが、少しだけ変わってる気がする。何がどうとは言えないけど。
「おはよっ。元気にしてた?」
「あ、うん」
意外とナイルは元気があった。一応、昨日僕は彼女を振った筈だが、まるでそんな事などなかったかのように、普通に元気である。
いや、そんな事がなかったら、今日みたいに部屋に上がった時点で怒ったりしそうだし、やっぱりいつも通りとは違うか。
元気ではあるけど、いつもとは違う態度のナイルだ。
自然だけど不自然。自然だからこその不自然なナイルだ。
「どうしたの? そんなところで立ちっぱなしで。早く入って。そこら辺、適当に座っていいから」
僕は促されるまま部屋に入り、開いてる床に腰を下ろす。
「そんなところじゃなくて、こっちに座りなよ」
適当に座っていいと言いつつ、ナイルが座る場所を指定してくる。
指定場所はナイルの隣、ナイルのベッドだ。
「いやいいよ。なんか悪いし」
「遠慮しないの。子供なんだから」
ナイルは笑顔でそう言って、僕の隣に来て腰を下ろす。
子供なんだから、という言葉に昨日の事は夢じゃなかったんだと実感しつつ。
「ほら、お客様を床に座らせた状態で私だけベッドに座るのもなんだしね。遠慮されたらこっちも困る事だってあるんだから」
そう言ってナイルが僕の肩に寄り掛かる。
軽く頭を置く程度。
「…………えっと」
「なぁに硬くなってんの? っていうか何でその変身した姿? もうあたしにはバレてるんだし、普通の姿に戻ったっていいんだよ?」
「ああうん。今はもうこっちでの姿の方が長いからね。つい」
「大人の化粧みたいなもんかな。でもしてない方が楽でしょ? ほら、元の姿に戻りなよ」
「う、うん」
特に断る理由もないので、元の五歳児の姿に戻る。
途端、体格差が出て、急にこれまで華奢だと感じてたナイルに重量感を覚えて、支えきれずに倒れてしまう。
「ありゃりゃ。こんなに小さいんだ。それなのにあんなにすっごく強いんだね」
うりうり、とナイルが僕の頬を人差し指でかるく突く。
その指は頬からすぐに下へと移動し、僕の胸、乳首、そこから脇腹にきて、更には太ももまで降りてくる。
指の腹で太ももを優しくさすられたと思ったら、それが大きな掌に変わり、撫でられ方が妙に艶めかしく僕は思わず息を飲む。
何か…………何か様子がおかしい。
ナイルの様子が変だ。いきなり態度がこんなに変わるなんて、絶対に変だ。
「なんか、変だよ。だ、大丈夫?」
「別に大丈夫。なにもおかしくないよ。あたしって子供好きだから、五歳児が相手ならこれくらい普通だよ」
にしては、太ももの擦り方とか妙に色っぽいというか、男が女児にしたらセクハラ扱いで即行逮捕ででマスゴミご来店って感じなのに、一体、何がどうなってるのやら。
「うふふ」
いや、その笑い方は何か企んでる笑いなのよ。
「えっと昨日の告白の件なんだけど……」
「あむっ」
「ひゃぁあんっ!」
耳たぶを噛まれた。甘噛みだ。
思わず悲鳴を上げて跳び上がってしまい、そのまま勢いよく壁にぶつかった。
「あんがっ」
「ああっ、大丈夫?」
「いたた……壁は大丈夫だけど、耳たぶは大丈夫じゃない……」
「そんなに強く噛んでないけど?」
「そういう事じゃないよ!」
僕がツッコむとナイルはおかしそうに笑い、立ち上がって僕に手を差し伸べる。
「ほら。掴んで」
「あ、うん。ありがと」
ナイルの手を掴んだとたん、彼女は勢いよく引っ張って、僕を抱き上げる。
抱っこのかたち。
今日、僕がネアやシスターにような態勢だ。高い高いした後のやつ。
「え? ちょっと?」
思い切り抱きつかれて身動きが取れない。
勿論、僕が思い切り抵抗すれば簡単にハグを剥がせるが、そこまでする気にはなれない。
体格差のせいで必要以上に力を入れる必要があるし、そうなるとナイルに怪我をさせてしまう恐れだってある。
「あの……どうしたの?」
「別にぃ? アルカが小さくて可愛いから、ついね」
「変態?」
「アルカが相手なら変態と言われてもいいかも。捕まるのは嫌だけど」
「通報はしないけどさ……でも、戸惑うよ。いきなりこんな態度をされたら……」
「今のうちだからね」とナイルが言う。「ちょっとしたらアルカもすぐに大きくなって、今みたいに簡単に抱っこもできないし、可愛くなくなっちゃう」
「その代わりカッコよくなるかもしれないよ?」
「アルカはもうカッコいいよ?」
「…………」
駄目だ。敵わない。
ナイルの目的がよく分からないけど、こんなダダ甘な態度をされたら、僕には抵抗する術がない。
根っこの意思から挫く様な作戦だ。
こうなるともう、ナイルの思うがまま。僕はされるがままだ。
「よし。それじゃあお風呂入ろっか」
とナイルが提案する。
「いやいやまだ朝だよ?」
「別に朝からお風呂に入ってもいいでしょ?」
確かに中世ヨーロッパのお風呂は、疲れを癒す用途よりも身支度を整える用途の方が強くて、朝からお風呂に入る方が定番だったっぽいが、それはそれこれはこれだ。
ここは中世ヨーロッパとは全然関係のない世界。
ぶっちゃけ現代日本の方が文化は近い。
てか、現代日本も朝風呂あるあるだし。
「一緒に入りましょっか」
僕の返事を待たずにナイルはこちらを抱えたまま部屋を出て、一階のお風呂へと向かう。
「ちょちょちょっ、どういうつもり?」
「別にいいでしょ? 五歳の子と一緒にお風呂に入るのがそんなにおかしいかな? 普通だよ」
「目的が明らかに普通じゃないでしょっ?」
「それならあたしに目隠しでもする? 見られたくないならそれぐらいはしてあげるよ?」
「…………いや、それはそれでなんかおかしい気がするし」
「今、ちょっと迷ってたよね?」
「そそ、そんな事ないよ?」
「あははっ。どもってるし」
からかわれながら、まずは脱衣所へと運ばれる。
「よぉし、ぬぎぬぎしましょうねぇ。ほぉら、ばんざーい」
僕を降ろしたナイルが、僕に両手を上げさせる。
「いいよ、自分で脱ぐから」
「ほらほら遠慮しないで。ばんざーい」
「…………ばんざーい」
「あはは照れてる」
僕を笑いながら、ナイルが僕の服を脱がせる。
「今度は下だね。ほぉら、つかまって」
僕は少し迷いつつも、面倒なのでナイルの肩につかまり、ズボンを脱ごうとする。
「いいよぉ。あたしが脱がせてあげるから。ほぉら」
「っとぉ」
ズボンを脱がされ、パンツ一枚になる。
流石にここまでくると恥ずかしさがこみあげてくる。
「うふふ。恥ずかしがらなくたっていいから」
「そういや、お風呂がまだ沸いてないんじゃない? それなのにこのタイミングで服を脱いでも……」
「もう沸いてるよ。アルカが来る前に沸かしてあるから」
「…………なんで?」
「そりゃあ、アルカとお風呂に入る為?」
「…………なんで?」
「別にいいじゃん」
そう言ってナイルが無理やり僕のパンツを降ろす。
僕は素っ裸になり、恥ずかしくて前を隠す。
「年頃だねぇ。どうせすぐに見られちゃうから隠さなくてもいいのに」
「そういうそっちはどうなんだよっ。僕の前で脱げるのかよ」
恥ずかしさのあまり、僕がそう言うと、ナイルは平然とした面持ちで、
「うん、脱げるよ?」と返す。
というか脱いでる。
あまりにあっけらかんと脱いで、こちらは絶句する。
ただ、ここで思わぬアクシデントが起きた。
「…………あれ? なんか思ったよりも平然としてるね、アルカ?」
そうなのだ。
さっきまでドギマギしていた僕だけど、いざナイルが全裸になると、自分でもびっくりするくらいスンとなってしまった。
というのも、裸の女の人はかなり見慣れているからだ。
それこそ日常的に。
…………アウルアラのせいだ。
アウルアラのせいで女の人の裸はそう特にドギマギしなくなってしまった。
最初は性癖が捻じ曲がるかと思っていたのだが、意外とそうならなかった。
あまりに恥じらいがなさ過ぎて、かつ日常的に見慣れ過ぎて、耐性がついてしまった。つきすぎてしまった。
これはこれでなんというか…………悲しいものがある。
五歳の時点で勃たない感覚を得てしまったような…………。
性癖の扉が開けられるどころか、閉じられてしまったような感じ。
後になって変な性癖を覚えてしまうきっかけにならないといいのだけど。
「五歳なら普通そんなもんだよ」
とりあえず僕は平然とそう言い返す。
実際の五歳児なら女性の裸で興奮したりしないから、当然と言えば当然である。
興奮するのは僕か、もしくは世界最強の五歳児くらいなものだ。
あっちはもう日本漫画界、アニメ界のレジェンドだからいちいち言わなくてもいいだろうけど。
「ふぅん、つまんないの」
そう言ってナイルは唇を尖らせながら、タオルで前を隠す。
その何気ない所作で僕は自分でも分からないくらい動揺してしまう。
「うん? なに? どうしたの?」
「ああいや、別になんでもない……」
なんでもなくはない。むしろある。
エロスを語るうえで外せない一要素に恥じらいがあるが、おそらく僕はそれに引っ掛かったんだと思う。
恥じらい。
アウルアラは一切隠そうとしなかったから、少し隠そうとした時点で、僕の性癖の鼓動が高鳴ってしまった。
ぐぬぅ。と心の声が漏れる。
「? 変なの?」
不思議そうにこちらを見つめるナイルだったが、すぐに気を取り直して、お風呂場のドアを開ける。
前を隠す方の手とは逆の手でこちらの手を引き、脱衣所から浴室に入る。
次はお風呂だ。




