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魔王の器  作者: 北崎世道
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 万歳万歳、アルカ君なら娘を任せられる、もっと食べていいのよ、などの祝福を受けて、五歳児の小さな胃袋が避妊具の代理水筒ばりに膨らんでしまったところで歓迎会はひと段落をみせ、僕は膨れた腹を抱えて、まだまだ食料が山ほど余ってるリビングを出た。


 妊婦ってこんな感じなんだろうか、なんて思いながら上流階級のナイル家の廊下をふらふら歩くと、本日の歓迎会の原因であるナイルが、壁に寄り掛かって僕を待ち構えていた。


「ちょっと、いい?」


 屋上行こうや、みたいなノリで親指を外に向ける。


「あ、うん」


 拒否権が犯罪者の人権レベルでなさそうだったので、僕は素直に頷き、手錠もされてないのに連行される気分でナイルの後をついていく。


 そういえばナイルの両親は、孫の存在を聞きつけた老夫婦並の喜びテンションだったが、肝心のナイル本人がどうにも浮かないというか、実は旦那が浮気してるんじゃないかと危惧しているような感じのじめっとしたテンションで、少し気にはなっていた。


 表面上は喜んでいたけど、本心は何か心配事がある感じ。


 別に僕は浮気なんてしてないし、というかそもそもナイルと付き合ってる訳でもないし。


 ナイルが僕の事を好きなんてあり得る訳がない…………いや、そろそろ目を逸らすのは止めよう。


 告白はされてないかもだけど、実質されてるようなものだった。


 それを誘拐のあれやこれやで、曖昧なまま流してしまって今に至る事を忘れてはならない。


 そろそろ目を向けるべき事に目を向けてみよう。


「今日は、助けてくれてありがとう」


 外に出るなり、ナイルが優しく微笑みながら僕に礼を言った。


 空気が湿気っていた。


 地面も濡れており、知らぬ間に雨が降っていたのだと気付く。


 濡れた地面を古びた靴底で撫でながら、僕は勇気を出して告白した。


「別にいいよ。そもそもあの誘拐犯は僕に嫌がらせをするのが目的だったみたいだから、本当は謝るべきなんだよ。…………ごめん。あれは僕のせいだったんだ」 


「だとしても、ありがとうだよ」


 ナイルの返答は僕の告白を予期していたかのように速かった。


「お父さんも解ってる。アタシもお父さんも、アルカが一生懸命あたしを助ける為に動いてくれた事に感謝してるんだよ。本当にありがとう」 


「…………うん。ならよかった」


 僕はほっと肩を撫でおろす。


 満腹以外の理由で胃が重たかったのだと、今更になって気付く。


 僕の告白を許してくれた後、ナイルは暗い夜道をゆっくりと一歩一歩横断歩道の白いところだけを踏むかのような広い歩幅で歩きだす。


「ねえ」


「なに?」 


「あたしが誘拐される前、アルカに色々酷い態度をしちゃって……本当にごめんね」


「いいよ。別に気にしてないから」


「それはそれで困るんだけど」


 ナイルの可愛いふくれっ面に、僕は軽い苦笑いを浮かべる。


「…………それでさ、あんたに一つ訊きたい事があるんだけど、いいかな?」


「うん。なに?」


 ナイルは迷ったように目を伏せるが、少ししてから意を決したように、


「あんたって、今、いくつ?」


「……………………って事は、今まで言ってなかったって事だよね?」


 僕の質問返しに、ナイルは不満げに唇をへの字に曲げつつも、


「そうね。だから訊いてるの。あんた、何歳? その姿って、あんたの本当の姿?」


「…………別に隠してたつもりはなかったんだけど、今になって思えば、もしかしたら隠してたのかもね」


 言い訳はいいから、と急かされると思ったが、気のせいだった。


 彼女は、僕の告白を待っていながら、できるだけ先延ばしにしようと藻掻いているかのように見えた。


「これは、僕の本当の姿じゃないよ」と僕は言った。「これは魔法で変身した姿。僕が成長したらこんな感じになるかなって、僕が想像した姿。実際にこうなるかは分かんないし、それどころか僕が自分に都合の良い妄想を抱いた上での姿と言ってもおかしくない。意識的に鏡を見る習慣はないし。本当の僕はもっと不細工で、成長がどうこうとか語る以前に、絶対こうはならんやろと言われてもおかしくない姿かもしれない。あくまで僕個人の主観での妄想した姿。客観的な要素はひとつも…………」


「そういう事を訊いてるんじゃないよ」


 僕の言い訳めいた言葉を一蹴するようにナイルは言う。


「あたしは、あんたの外見を好きになった訳じゃないから…………あっ」


 好き、という言葉に僕は顔が熱くなる。


 ここでその好意の言葉をスルーしてしまう程、僕の面の皮は厚くないし、ナイルへの気持ちも軽くはない。


 僕もナイルが好きだし、大切だし、今回の件で誘拐犯がジャントルがカスってくらい強くても関係なく命を懸けて助けに行くくらい大事に想ってるし。


 だから、ナイルのなし崩し的な告白にも、咄嗟には反応できずに、本人と同じようにもじもじしてしまう。


「…………うん。まぁ、そうなのよ。あたしはあんたが好きなのよ」


 そんな風に、僕が情けないばかりに、告白したナイル本人の方が開き直ってしまって、僕としてはやや肩身が狭くなってしまう。


「だから、あんたの外見がどうこうの話じゃなくて、あんたの年齢がいくつかって訊きたいのよ。あんたは何歳なの?」


 ナイルの質問に僕は正直に答えた。


「…………五歳だよ」


 それから変身魔法を解いて、本当の姿をナイルに見せる。


 己の視線の高さがナイルのお腹辺りにきて、彼女の視線がこちらを見下ろすものになる。


「ああ、やっぱりあの時の子供なのね」とナイルが泣きそうな顔で言う。


「生きててよかった……でも、悲しい気持ちもある」


 それはおそらく、僕がダンジョンに潜って、なかなか帰ってこなかった時の事を言ってるのだろう。


 あの時、僕は満身創痍でダンジョン入り口まで来たけど、その後の事は覚えてなかった。


 その時、ナイルは僕の帰りを待っていたのだが、僕の本当の姿を知らなかったばかりに、その見知らぬ姿の僕を僕と知らずに病院へと連れて行ってくれた。


 そしてそのまま、その痛々しい姿から連想される結末を見てみぬ振りする為に意識的に蓋をしてしまった。


 結果的には、僕は自分で回復魔法を掛けてピンピンしているのだが。


 でも、その見知らぬ子供が僕と同レベルの回復魔法の使いである事など知らないナイルには、死んでしまったと思ってもおかしくない。


 だからこうして、生きててよかったと思ってくれてるのだが、まぁ、現状ではそう素直に喜べない部分もあるのも当然な訳で。


 まぁ、その…………なんだ。


「ごめん」と僕は謝った。


 そこから、僕は続けようとした。


 確かに僕は五歳だが、それはあくまで肉体的な話で、ナイルは別に僕の肉体的な部分を好きになった訳じゃないから、僕の中身を好きになってくれてる訳だから、僕はその中身について、もっと言うなら、僕がこことは違う世界から転生している事について────、


「────駄目じゃ」


 と、突然、声がした。


 何の前置きもない、圧倒的理不尽のような唐突さで、僕の身体は自由を奪われた。



 ◆



 だから、そこから先は僕の意思が欠片も混ざらない展開だった。


 僕が僕でなく、全く別の、一応正体は知ってるモノの、それでも僕ではない奴の起こした展開だった。


 僕の身体を奪ったアウルアラは、いつもの口調ではなく、僕の口調を真似て言った。


「────僕はナイルの好意に応えられない」


 そこに本当に僕が居るかのような、僕が自分で喋ってると錯覚してしまうような見事な物真似だった。


 ナイルはそれを、目を潤ませながら聞いていた。


「確かに僕はナイルの事が好きだけど、それはあくまで子供の好意で、ナイルの求める意味での好意には応えられない。だからごめん」


 ナイルは目に涙いっぱい浮かべた笑顔で言った。


「…………うん。分かった。ありがとう。正直に言ってくれて」


 僕はそのまま彼女に背を向け、この場を去った。


 ナイルは僕の背中を見送ってるかどうかは分からなかったが、鼻をすする音だけはかすかに聞こえてきた。


 そのまま僕の身体は歩行を続け、自宅とナイル宅の途中にある腰を掛けるのに丁度よさそうな石垣の前で止まった。


 辺りは暗く、周囲に人の気配はなかった。


 今日、行った廃工場の如く静かで寂れた場所だった。


 石垣に腰掛け、僕の身体を奪ったアウルアラは第一声に謝罪の言葉を吐いた。


「すまんかった」


「どういうつもりなんだ?」と僕は訊ねた。


 アウルアラからは悪意を感じなかった。


 初めは怒りが湧いていたが、アウルアラの真剣な様子に僕は怒りよりも、違和の方を強く感じていた。


「悪気があった訳じゃない。本当ならお主とナイルの恋路を邪魔する気なんて毛頭なかった。じゃが、さっきはああするしかなかった。否、もしかしたら他にも良いやり方があったかもしれぬが、あの時は思いつかなかった。今もまだ思いついておらぬ」 


「理由を訊ねている」と僕は言った。


 違和の方が強いとは言っても、それでも憤りが消えたわけではない。


 ここでアウルアラが僕を納得させるだけの理由を述べなかったら、彼女を僕の身体から追い出してやろうかと思った。


 どうすれば追い出されるかは分からないが、それでもそれを実行する為に多大な苦労を背負うくらいのつもりはあった。


「お主が転生体である事を知られたらマズいからじゃ」とアウルアラは言った。


「というと?」 


「お主は本来、この世界の住人ではない。じゃが、実際はここに住んでいる。世界は異物を嫌う。お主自身は既にこの世界の者じゃが、お主が持つ世界の外の情報は異物じゃ。世界は己の外からの影響を嫌う傾向があり、お主がこの世界の外の情報をここの人達に漏らすと、その場合、聞かされた人達が消えてしまう恐れがある。これが世界の意志というやつじゃ。浄化作用と呼ぶ時もある」


「…………えっと」


「つまり、あのままお主が、自分が転生体である事を説明すると、お主ではなくその話を聞かされたナイルがこの世界から消えてしまう可能性がある。ナイルを護る為には、お主は自分が転生である事を教えてはならんかったんじゃ。あの時、お主はナイルに自分の正体をバラす気であったじゃろう? じゃから慌てて童はお主の身体を乗っ取ったんじゃ。まさかお主の意志を無視できるとは思わぬかった。人間、必死にやれば、お主の身体を奪うくらいできるんじゃな」


「お前は人間じゃないだろ」


 と僕は半ば独り言になりかけていた彼女の言葉にツッコミを入れた。


「とにかく僕が転生したって事を誰にも言っちゃダメなんだな?」


「そうじゃ。そして唯一の例外が童じゃな。童以外には言ったら、そやつが消えるであろうと覚悟しといてくれ」


「…………本当にか?」


 僕は訝し気にアウルアラに訊ねる。


「本当じゃ。疑うなら、それを証明する者を紹介してやるぞ」


「は?」


 唯一の例外が、他に誰を紹介するというのか。


 僕が疑問に思った直後、アウルアラは天に向かって、「おい」と言った。


 すると、僕の頭の中に聞いた事のある声が聞こえてきた。


≪…………私は、美しい……≫



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