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魔王の器  作者: 北崎世道
50/86

無様

「…………あぁ、びっくりしたぁ。ホントびっくりしたのぉ」

 僕の身体が食われたかと思ったら、僕の身体を一時的に預かってるアウルアラが驚きつつも何事もなかったかのように、そこにいた。


「分身しとらんかったら危なかったのぉ」


「…………分身か。あぁ、マジでびっくりしたぁ」


「すまぬすまぬ」


 アウルアラは軽く謝って、また何事もなかったかのように復活している異形化ジャントルと向き合う。


 雲の上での睨み合い。


 常軌を逸した二体の戦闘は既に僕の理解を遥か超越しており、もうどっちが勝つかとかそういう言葉では語れなくなっている。


 このまま、キ○ガイ染みた闘いを見せられてSAN値が削られるのを我慢しなくてならないのかと思ったら、狂気の闘いはあまりにあっけなく幕を下ろす事となる。


 アウルアラが構える中、異形化ジャントルはガキゴキ骨を鳴らして、変形していく。


 また異形化が進んで尻穴から頭部よりも外見レーティングが高めになるかと思いきや、どうも違くて、元の姿に戻っているのだとすぐに悟る。


「めいっぱい暴れまわって満足したのかのぉ」 


 アウルアラも警戒を解く中、あっさり元の姿に戻ったジャントルは、そのまま雲の上から落下する。


「どうする? 助けるかの?」


「うーん……一応」


「ほいじゃ、任せた」


 そう言ってアウルアラが僕の身体の使用権を譲る。


 こっちも譲るのは実にあっさりだ。


 唐突に任された僕は慌てて飛んで落下するジャントルを追いかける。


 このまま追いつけなくても別にいっかな、と心の中で思ってたら案外あっさりとジャントルを見つけてしまったので、仕方なく意識を失ったジャントルを捕まえる。


 服が破けていて、全裸のジジイだ。


 …………さて問題。全裸のジジイを抱きかかえる僕の気持ちを六十文字以内で答えよ。


 ペストマスク阿修羅の亡霊がこちらの身体に戻っていくのも感じるが、それすらも取るに足らないと感じる程の不快感。


 このまま落っことしたい衝動に駆られるが、こんなジジイの為に僕の手を汚したくないので、とりあえず腕だけ掴んだ状態で、肩が外れても別にいいや精神で雑にジャントルを運び、地面へと降りる。


「落っことせばよかったじゃろうに」とアウルアラ。


「僕もそう思うけど、これはこのジジイを助ける為じゃなくて、僕の手を汚さない為だからね。仕方ないよ」


「成程のぅ」


 目を擦ってやや眠たげなアウルアラに僕は感謝しつつ、ジャントルのジジイを引き摺りながら廃工場へと戻る。


 入り口の壁を全裸のジャントルをバットにして叩き壊して、廃工場へと入る。


 廃工場内は天井に二つの穴があること以外は、僕とジャントルが闘う前とほとんど変わっていない。


 僕が戻ると、ラキ師匠がフラフラした足で駆け寄って来る。


 既にバリアは解除済みのようだ。


「大丈夫だったかい?」


「ああ、うん。大丈夫だよ」


「そうか。ならよかった」


 安堵するラキ師匠。


 闘いのほとんどは空の上でやっていたので、どれだけ狂った闘いを繰り広げてたかはたぶん分からないだろう。


 廃工場の隣に雲の槍で開けた大穴と尖った岩が残っているが、この程度なら、僕でもできるので特に誤魔化さなくていい。


「他の人達は?」 


「まだ寝てるよ」


「僕の隣で?」


「何を言ってるんだ?」


 寝ている観客をひとまとめにして、誘拐組は縄で縛って顔を踏んづけ、救援組+ナイルは優しく肩を揺らして目覚めさせる。


 幸い、ジャントルの叫びで体調を壊した者は一人もいなかった。


 全員目覚めさせた状態で、僕は皆に訊ねる。


「お疲れ様。この度はナイルの救出に協力してくれてありがとう。それでこの犯罪者達をどうする? 縄で縛ったまま川に沈める? それとも木箱の中に閉じ込めて土の中に埋める? もしくはナイルのお父さんの尻の臭いを嗅がせる?」


「どれも普通に死刑じゃん。憲兵に通報するとかはないの?」と当事者ナイル。


「俺の尻の臭いを嗅がせるのは死刑なのか……」


 ナイル父が落ち込むのを無視して、全員に話を伺い、結局憲兵に通報するというカタチに落ち着く。


 機動力のある僕が憲兵にコネのあるナイル父を抱えてひとっ飛び。


 とっくに子供姿から脂ぎったハゲデブの親父さんを抱えるのは全裸のジャントルを抱えるのに近い不快感があったが、我慢して飛んで、そして憲兵にあれやこれやを説明。


 汚い廃工場まで今すぐ来てもらう事を約束し、ナイル父を残して一足先に廃工場へと戻る。


 先に戻ったところで、反旗を翻してトラブルを起こす不届き物がいない事を確認して一安心し、ナイル父がミステリーの警察くらい無能感のある憲兵たちを連れて来るのを待つ。


 待ってる間、キラレキから「キミは一体何者なんだ」としつこく問い詰められたり、ラキ師匠から「ジャントルの爺さんが変身したのは一体何だったんだろうね」とぼやかれたり、今回の被害者であるナイルから「…………………………………………」と無言の圧力を掛けられたりと、色々大変だった。


 正直、ナイル父と一緒に憲兵を連れてきた方が精神的に平和だったんじゃないかと思えたが、いくら縄で縛ったとはいえ、かなり危険な誘拐犯たちと待機するナイル達が心配だったので、一応はこいつらを一掃できるくらいの実力がある僕が先に戻るのは、必要な事だった。


 そんな訳で、そこそこ気まずい時間をやり過ごして、ようやくナイル父が憲兵たちを引き連れ、廃工場へと戻ってきた。


 馬車で。


「お待たせ。それでこいつらが娘を誘拐した不届き者です。檻の中にぶち込んでください」


「了解しました。通報感謝します」


 憲兵のリーダーらしき人がナイル父に敬礼し、縄で縛った犯罪者達を檻付きの馬車にぶち込む。


「あ、しまった。そういえば」と最期の一人、仮面の男、ブーザマを檻にぶち込もうとしたところで、僕は声を上げる。


「おい、このクソ野郎。一旦、仮面を外しやがれ」


 僕はそう言って、ブーザマの仮面を剥がす。


 その顔は案の定、前に孤児院の件であれこれやったガリオス組の無様幹部の顔だった。


「やっぱお前か」 


「だったらなんだ」とブーザマ。


「憲兵さん。こいつたぶん、この前起きた、殺人事件。拳銃で十八発も撃たれて川に流されてた男を殺した犯人です」


「ああ、そうだろうね」


 僕の言葉に、憲兵はあっさり同意を示す。


「ここだけの話だが、ガリオス組の組長からこいつがやったから、捕まえてくれって話がきている。あちらさんから色々証拠も見せられてるので、別に説明はいらないよ」


「あ、そうなんだ」


 って事は、こいつ組長から見限られたって事か。


 いや、むしろこいつが組を裏切ったから、見限られたのだろう。


 一応同じ組のゴルドフを殺してる訳だし。


 仲間殺しは、やはりやくざ集団の中でも御法度、見捨てられてもおかしくないのだろう。


「無様だね」と僕がブーザマに声を掛けると、彼は両手を縛られたまま僕に掴みかかろうとしたので、思い切りぶん殴ってやる。


 前歯が二本折れ、鼻血を出しながら地面を転がるブーザマ。


 追撃に股間を踏み潰してやろうかと足を上げたら、彼は泣きながら失禁した。


 憲兵も、ブーザマを殴った僕を特に咎めたりはしなかった。


 尿で濡れたズボンを引き千切り、両手を後ろで縛られ、泣きながら下半身裸で檻にぶち込まれるブーザマはこの上なく無様だった。


「かわいそうに」と僕が呟くと、


「自業自得だ」とラキ師匠が言って、「確かに自業自得ですね」とキラレキが追従し、「気持ち悪」とナイルがぼやき、「死ねばいいんだ」とナイル父が憤慨して、「っていうか小さくね?」と憲兵たちがとどめを刺す。


 見事なまでなオーバーキルで彼は連行されていった。


 連れられて行く時でさえも、檻の中から「汚いから近付くな、ウェーイ」「確かに小便臭いな」とウェールイとムッサイの言葉も聞こえてきた。


 まだいくか。


 ただ、ジャントルだけがずっと黙り続けていた。



 ◆



 事件を解決した僕達は、犯罪者達が馬車なのに、こちらは徒歩で帰らないといけないのかともやもやした気持ちで街へと戻る。


 それでも皆、どこか清々しい顔をしていたような気がする。


 何もない日よりも、トラブルに巻き込まれつつもそれが解決された日の方が、気分が晴れるのかもしれない。


 お別れの時間になるまで闘いの怪我を治すのをすっかり忘れてた僕だけど、キラレキもラキ師匠も、特に何も文句は言わなかった。


 痛みよりも清々しさの方が勝っていたのかもしれない。


 二人と別れる際、ナイル父は感謝の気持ちを強く語っていた。


 ラキ師匠は「別にいいですよ。また何か困った事があったら、是非頼ってください。こちらも何か困った時は貴方を頼る事にします。人は支え合う生き物ですから」


 と言って、あっさりと別れた。


 次にキラレキと別れる時も、同じようなやり取りがあった。


「私はお仕事ですから。それに、ラキさんとアルカ君に比べたらあまり活躍できませんでしたし」


「そんな事はない。キミがいてくれて本当によかった。心から感謝している」


「でしたらまた何かあったら、キラレキ探偵事務所をご贔屓に」


 ああ、それと。


 と、キラレキは僕に向かって名刺を差し出し、


「アルカ君。最初はキミに失礼なことを言ってすまなかった。それと、もし何かあったら、是非ともウチに来てくれ。今回の仕事はキミと出会えたことが何よりもの収穫だったよ」


「あはは。そうですか。えっと、どうも」


 僕は名刺を受け取り、キラレキと別れる。


 そうして残りはナイル、ナイル父、それと僕になった。


 最初、僕は公園で二人と別れようとした。


 ナイルが誘拐され、誘拐犯とあれこれやった公園だ。


 だが、マウンティング親子から、できれば家に来てほしいと頼まれ、断る理由を思いつかなかった僕は行く事にした。


 すでにその時、時刻は夕方になっていた。


 ナイルの家に到着するなり、僕は亀を助けた浦島太郎ばりのすごい歓迎を受けた。


 ナイル父からは、この前、殺してやると呟いた人と同じ人とは思えないくらいの、凄まじい感謝の嵐があった。


 ちなみにナイル母は、娘の誘拐、そしてそれが救助済みである事を、現場に向かわなかった憲兵から聞いていたらしく、娘の帰還に然程、驚愕と歓喜の反応を見せなかった。


 それどころか、感謝歓迎の為に、たくさんの料理を用意しているところだった。


「うわぁ。これはすごい」


 満漢全席みたいな料理の数々に僕は喜びよりも驚きが勝ってしまう。


「全部好きに食べていいのよぉ」とナイル母。


 僕が五歳児でなければ、エロい意味で捉えてしまったかもしれない色気がある。


 その色気を本来、受け取るべき大黒柱のナイル父はといえば、


「ああ。好きにしてくれ。キミは娘の恩人だ。我々はアルカ君を家族だと思えるくらいに感謝…………感謝じでいる……ひっぐ」


 なんて言いながら涙ぐんでいた。涙の前に酒でも飲んでるのだろうか。


「…………」


 そんな中、唯一ナイルの妹である…………えっと、コズミ・マウンティングだけが、僕に反抗期の娘なら標準装備が正常であろう敵対心を見せていた。


「えっと……どうも……」  


「ふんっ」


 そっぽを向かれた。実に分かりやすい。


「こらっ、コズミ!」


「コズミちゃんっ!」


「アルカ君になんて失礼な! アルカ君はお姉ちゃんの恩人なんだぞ! ちゃんと謝りなさいっ!」


「あ、いえ、おかまいなく」


「そもそもこいつのせいで、お姉ちゃんは捕まったんでしょ。謝るのはこいつじゃない!」


 確かにその通りなので、僕は何も言い返せない。


 しかし、マウンティング家両親は、正論だからって言っていい事と言っちゃいけない事と言うまでもない事があると言わんばかりに、娘を叱り付けてしまう。


「…………っ!」


 両親の説教を受け、コズミ・マウンティングは怒って自室に引き返してしまった。


 彼女には彼女なりの正義があっただろうに、正義はより力の大きな正義によって潰される宿命があったばかりに、悲しみの海に沈んでしまった。


「あ、こらっ、コズミ」


「いえ、僕は気にしてませんので……」


 もっと気にするべきは禁句。


 泣きながら敗北の沼に沈み込んでいくナイルの妹を放置して、僕は先の比喩で使用した竜宮城ばりの歓迎を心から楽しむ事にした。


 とはいっても、人見知り属性が平均よりもやや高めな前世記憶があるせいで、本当に心から楽しむ事はできなかった。


 通常の五歳児なら、好意への順応がカップ麺RTAばりに速いので、すぐに受け入れ、心から楽しむ事に何の憂いも抵抗もないだろうに。


 こういう時は前世の記憶が邪魔だと感じてしまう。


 子供の時の素直さは愚かさだけを残して一体どこにいったのやら。


 ちと悲しい。



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