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魔王の器  作者: 北崎世道
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性根

 彼の遠い目はここではなく、過去を見つめているように思えた。


 過去を見つめ、彼は優しい笑みを浮かべて言った。


「いきなりですけど、アルカ君は技量ってどんな計算で求められると思いますか?」


「計算ッ?」


 本当にいきなりの事だったので、さっぱり意味が理解できず、戸惑った。


 技量? 計算? なんのこっちゃ。


 ジャントルは僕の答えを聞く前にあっさりと持論を展開した。


「私は技量とは、才能×努力+運で求められると思うんですね」


「え、ああ、そういう……」


 計算という意味が理解できてようやく頷ける。だからなんだって話だが。


 ジャントルは続ける。


「大半の事はこれで片付けられると思うんですが、ただ一つ例外がありまして、これだけは先程の計算式とは全く異なる理屈で成り立つと思うんです。なんだと思いますか?」


「さあ? なんでしょう? 分かりません」


 考えるのが面倒なので、さっさと答えを促す。


 どうせ無意味なジャントルの主張が語られるだけだ。


 僕の無関心に気付いたか、気付いてないか分からないが、ジャントルは特に気分を害した様子もなく、そのまま淡々とした調子で話を続ける。


「それは殺し合いですよ。殺し合いの技量。あれだけは才能×努力+運では求められません。あれは純粋に才能だけで決まります」


「その心は?」


「別に謎かけじゃありませんよ」


 ジャントルはここで初めて少し不愉快そうな顔をするが、構わず、笑顔に戻って続ける。


「というのも、殺し合いというのは一度でも失敗すると、努力(経験)をする機会が一生奪われるからです。運も才能の前にはほぼ無力です。純粋に才能こそが殺し合いにとって一番重要な要素なんです」


「はぁ……分からなくもないですけど…………」


 確かに他の事は失敗してもまだ挑戦する機会があるから、努力要素が加えられるのだけど、殺し合いは失敗すればそのまま死んでしまうから、才能こそが重要、才能至上主義みたいな理屈が生まれるという訳か。


 ん? でも……。


「ちなみに闘いの才能と殺し合いの才能は別物ですよ。確かに似ているかもしれませんが、どれだけ強くても人間の命を奪うという事が出来ない者だっています。私はこれまでそういうタイプは嫌という程見てきましたから」


「……あっそう」


 僕が思いついた穴を、ジャントルは即座に埋めてきた。


 別にもう少し考えたらまだまだ穴はありそうな理屈だけど、特にあれこれ意見する意味も感じられないので、僕はそれ以上何も言わなかった。


「何か意見はありませんか?」


 求められてしまった。


 僕は少し考え、


「うーん…………と、なんていうか、哀れかなって」


「哀れとは?」


 途端、ジャントルの表情が変わった。


 ドヤ顔っぽい感じから不穏なものに。


 僕はまだきちんと意見がまとまってないので、頭の中で思い浮かんだ事をそのまま脈絡もなく適当に答える。


「うーんと、そういう理屈って本当に正しいかどうかよりも、自分にとって都合がいいかどうかで判断されると思うんだよね。だからジャントルが生み出した理屈は、ジャントルにとって都合がいいだけの理屈で、他の人にとっては考えるにも値しないただの戯言にしか過ぎないっていうか。僕があれこれ否定したところでジャントルが己の間違いを許容できる程の度量がなければ、無駄な議論にしかならないと思うし。そもそもこんな話をどうしてしたのかを考えたら、要はジャントルは自分には殺し合いの才能があるって言いたいだけにしか思えないし。そしたらそんな事をドヤって主張する老人を哀れだと思わないでなんだと……」


「────おい小僧、言葉に気を付けろ」


 口調が変わっていた。


「あ、ご、ごめん」


 素直に謝罪する。


「でもその年になってそういう事を言うのは恥ずかしいと思うから、できれば今後は止めた方がいいかなって…………」


「────殺す」


「あわわわわわ、怒った」


「当たり前じゃろ」とアウルアラが呆れたようにため息を吐く。


 いやまぁ、他人の大事にしている事を否定したら怒るのは当然だろうけど。


 でも、意見を求められたんだから、答えて何が悪い。


「性根が悪い」と一蹴するアウルアラ。


「そこで何を言ってもいいと考えるのは性根が腐っとる証拠じゃ。少しは反省せよ」


「はぅぅ」


 僕は内心にて項垂れる。


 アウルアラの言い分には何の反論も思いつかないので、素直に反省する。


 ま、それはともかくとして。


 お喋りからの唐突な試合開始。


 ブチギレたジャントルが神速の勢いで飛び掛かり、思い切り拳を振りかぶる。


 そのあまりの速度と憤怒に、僕は反応しきれない。


 全身のバネをひとつに集約したようなジャントルの拳が思い切り顔面にぶち当たってしまう。


「…………がぁっ!」


 思わず声が上がる。


 それは、老人の拳とは到底思えぬ程の硬さと重み。


 巨大な鉛を遠心力で振り回してそのままぶつけてきたかのような衝撃が顔面全体に奔る。 


 そのくせ僕の身体はその場からぴくりとも動かない。


 凄まじいパンチを喰らったら吹っ飛ぶのが当然の流れなのに、何故か吹っ飛ばない。


 おそらく理由のひとつに、角度がある。


 打ち下ろすような殴打。


 先程ムッサイがラキ師匠にやったのと同様のモノだ。


 あれは暴走状態で偶然起きた現象だが、今回のジャントルの攻撃は狙ってやったのが直感で判る。


 憤怒に任せた殴打だが、そこには確かな技量が感じられる。


 先程、技量について語ってたのは伊達じゃなかったという訳だ。


 ついでにもう一つ。威力に反して吹っ飛ばない原因がジャントルの攻撃から感じられる。


 鋭さ。


 殴打でありながら、槍で突き刺してきたような鋭さがジャントルのパンチにある。


 鋭いパンチって比喩ではなかったのか……。


 なんとも恐ろしいものである。


 いや、違う。


 恐ろしいのはこれからだった。


 たった一撃で豊満な種類の衝撃が籠ったパンチが、今度は連撃で襲い掛かって来る。


 僕は光のようなモノを見た。



 ◆



 戯言切り捨てられる老人の幼稚な妄言。


 それを安易に切り捨てた青年に老人が激怒し、襲い掛かった。


 十数エートルあった距離が瞬きせずとも消失する速度で疾走し、それと同時に大気を揺るがし、内臓を貫く程の衝撃波が奔る。


 爆音が遅れて届いたような錯覚すらあった。


 キラレキは、初撃で老人と己の格の違いを思い知らされた。


 あれほど重厚な拳を何の枷もなく放てる老人の姿をした化け物は一体何なのか。


 自身が闘った重量級のムッサイの攻撃でさえ比較対象として軽すぎる威力の拳がまた更に青年に浴び去られる。


 青年の死を確信した。


 キラレキは、自分でも気付かぬうちに涙を流し、アルカという青年に謝罪した。


 助けられなくてすまない。


 止められなくてすまない。


 今からでも間に合うという考えはとうに頭から消え去っている。


 彼はもう恐怖しかできない。


 再び届く衝撃波にキラレキはもう立っていられず、その場で尻もちを付く。


 地に尻が着く事で、更なる衝撃がキラレキを揺るがし、彼は嗚咽とも悲鳴とも取れない声を上げた。


「ああっ……ああっ……ああっ……ああっ……ああっ」


 ジャントルの拳が青年の頬に直撃する。


 

 ◆



 全身を震わす程の爆音と衝撃にウェールイは目を覚ました。


 微かに見覚えのある廃工場の天井から視線を移して、爆音の原因の方を見る。


 態勢的によく見えないので上半身を起こすと、隣から声が聞こえた。


「お、起きたか」


 そこには己の先輩とも呼べるムッサイが座っていた。


 全身が血で赤く染まっているが、不思議と身体に怪我らしきものは見当たらない。


 雰囲気から闘った後だと察せるが、どうにも違和感がある。


 しかし今はそれよりもこの爆音の正体を優先すべきと判断し、身体を起こした態勢でそちらを見る。


 そこにはジャントルという老紳士が青年を一方的に蹂躙している光景があった。


 ウェールイはアルカという青年を恨んでいた。


 前に人質大将の少女をナンパした時に返り討ちにあったからだ。


 しかしその恨みも一瞬にして吹き飛び、むしろ同情した。


 いや、それどころかジャントルからあんなに殴られてるのにも関わらず、辛うじて原型を保っていられる事に感心さえした。


 しかしどれだけ頑張って耐えようとしても、あの調子じゃすぐにただの肉塊になるのも遠くはない。


「怪我の調子は大丈夫か?」


 悍ましい戦闘を呆然と眺めていたら、ムッサイが心配の声を掛けてきた。


「ああ、大丈夫だ」とウェールイは答える。


「あんたは大丈夫か? 怪我こそ見当たらないが、それだけの血って事は闘ったんだろう? もしかして返り血か?」


「いや、正真正銘、俺の血だ。怪我がないのはあのガキが回復魔法を使ってくれたからだ。俺が負けた時にそこのブーザマがキレ散らかして、俺を銃で撃ったんだ。まぁ、その直後に人質に股間を蹴られて失神したんだが」


 ムッサイが顎で指し示す先に、確かに失神したブーザマの姿がある。


 見るからに哀れで無様な姿だ。


 ムッサイが銃で撃たれた事に驚きはあったが、この男ならそういう事をやると納得もした。


 怪我が一切残されてないから、どうにも信じにくいが、ムッサイが嘘を吐くような男でない事は百も承知だから、間違いなく真実なのだろう。


 ウェールイは、それだけの回復魔法を敵に放てるアルカに恐ろしいものを感じた。


 だが、そのアルカも今は瀕死だ。


 可愛そうな程にジャントルに殴られ続けている。


「しっかしあの爺さん、あそこまで強かったんだな……」


 彼が敵でない事に安堵するも、ウェールイは鳥肌が止まらなかった。


「そうだな。俺はジャントルさんの強さを知ってはいたが、実際にこの目で見るとやはりどうしても驚いてしまう」


 そう言うムッサイの肌にもぶつぶつと鳥肌が浮かんでいる。


 やはりこの男もジャントルが怖いのだ。


 あんなものを見せられて怖がらない方がどうかしているが。


「知ってるか? ジャントルさんは昔、フュリーラ大戦に参加した事があるんだってよ」


「フュ、フュリーラ大戦だとっ?」 


 ムッサイからの情報に、ウェールイは思わず声を荒らげてしまう。


 フュリーラ大戦とは、かつてたった一匹の魔物が引き起こした未曽有の大災害事件の事だ。


 今から約三十年前、レシャン街にて幽体フュリーラが一般女性に憑りついた。


 フュリーラはその状態で殺戮を行ったが、規格外に強く、それを止められる者はいなかった。


 殺戮は際限なく続き、犠牲者は恐るべき速度で増え、十日足らずで死者千名を超える最悪な事態なった。


 この事態を重く見た国王は軍を動かす事を決意。


 たった一匹のフュリーラを討伐する為に、十万以上の兵が集められ、フュリーラ討伐隊が結成された。


 討伐隊はフュリーラを討伐する為にあらゆる策を立て、実行するが、フュリーラの常識外れの戦闘力に、立てた策は悉く突破され、しまいには戦争まで発展した。


 だが、結果として生存者は三百名を切るという大惨事となり、生存者の多くは精神を病み、中には自らの命を絶つ者も少なくなく、時間経過も相まって、現在まで生き残ってる人は皆無だとされてきた。


 過去の生存者から聞いた話は理性がはっきりしている人ほど記憶が曖昧で、それほどまでにフュリーラとの戦争が激しかったと推測されている。


「まさかフュリーラ大戦の生き残りがいるとはな……もうとっくに全員くたばったかと思ったぜ」


 ウェールイは呟きながら闘いを見る。


 ジャントルは悍ましいまでにアルカを殴り続けている。


 あれだけ打ちのめせばとっくに死んでるにも関わらず、その攻撃は止みそうにない。


 あそこまで強くないと大戦では生き残れなかったのか。


 たとえ生き残ってても、あんな風に狂ってしまうのか。


 もしくは、あそこまで狂っていたから生き残れたのか。


 正解は分からない。


 ただ、自分はあんな風になりたくないな、と素直な気持ちで思った。


「んん?」


 なにやらムッサイが怪訝な声を出した。


「どうした?」と尋ねると、ムッサイは、


「あいつ、アルカという男。あれだけ殴られれば、当然もう死んでる筈だよな?」


「そりゃそうだ。あんな攻撃を受けて生きてたら、それはもう人間じゃねぇ」


「だけど、聞こえた気がしたんだ。アルカの声。なんか、ご、とか言ってるような気がしたんだ……」


「空耳じゃねぇか?」


「そうだよな。そうに決まってるよな……」


 ウェールイはムッサイにつられて、殴られ続けてるアルカを見る。


 そこにはジャントルに馬乗りにされて、ただひたすら殴られてる死体があった。


 なんとなく死体の手が動いた気がした。



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