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魔王の器  作者: 北崎世道
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剣士

「────そういう訳だから、前の二人は私が相手しよう。キラレキ君にも途中で手伝ってもらうかもしれないが、その時は無理に勝とうとせず、キミ自身の役割を果たしてくれ。正直、私は闘いになるとそっちばかりに集中し過ぎて、私達の目的の方は忘れてしまうだろうからな」


 ラキ師匠の言葉にキラレキは苦笑しながら首肯する。


「分かりました。役割はきちんと果たします。ですが、役割とは別に、私が闘う相手を倒しても構わないんでしょう」


「あぁ構わないよ」とラキ師匠。「勝てるものならね」


「任せてください」


 と自信満々に笑うキラレキだったが、この後、敵の姿を真正面から見た途端、その自信は儚く砕け散る事となる。


 それでも彼は役割をきちんと果たすのだが。それはさておき。


「しかし大丈夫ですか? アルカ君を最後に回すのは理解できますが、これだとラキさんの負担が大きくありませんか?」


「大丈夫だよ」とラキ師匠ではなく、僕が言う。


 本人以外の返答に、キラレキは呆け、師匠は嬉しそうに笑う。


「ははは。大丈夫だってさ」


「えぇ……いいんですか、それで?」


「構わないよ。弟子が大丈夫と言ったんだ。その期待に応えるのが師匠の本望じゃないか」


「本人がそれでいいなら、私は構いませんが……」


 キラレキは諦めたようだった。


「…………それでは、アルカ君には作戦の為にこいつを渡しておきましょうか……」



 ◆



 金属同士がぶつかり合うと火花を巻き散らすのは分かるが、人間同士がぶつかり合って火花を巻き散らすのは前代未聞だった。


 おそらくは僕の見間違いだろう。


 だがその肉同士の衝突は閃光が放たれてると錯覚するくらいに凄まじかった。


 かたや質量百キロオーバーの骨まで筋繊維でできてそうな巨大な漢。


 かたやスポーツをやってそうな、普通に体格の良い成人女性。


 単純計算で二倍以上の質量差がぶつかり合うと、当然ながら小さい女性の方がはじけ飛ぶに決まっている。


 実際そうなった。


 女性ことラキ師匠が軽々と吹っ飛ばされた。


 ここまでの流れだったら、まさかの展開でラキ師匠の方が勝つとか言いそうな感じだったかもしれないが、そんな可能性はあの圧倒的質量の前には無に等しかった。


 一本過ぎすらへし折りそうな横綱が、たまたま近くを歩いてた一般女性にぶちかましをするようなものだ。


 あるいはトラックが人間を轢いてしまうような、そんな感じ。


 だが、それにしては衝突音の大きさが凄まじすぎやしないだろうか。


 トラックが人を轢いたら、そりゃあ確かに凄い音が出るかもしれないが、それでも、まるで自分が轢かれたと錯覚するまでに凄まじい音が出るものなのか。


 つまり何が言いたいかというと、吹き飛ばされたラキ師匠だったが、ただ何もできずに吹き飛ばされた訳ではなかった。


 ラキ師匠もそれなりに抵抗したから、あんな凄まじい衝突となったのだ。


 あと、今更だが実際にぶつかったのは身体ではなく、拳と拳。


 岩と石くらいのサイズ差がある拳同士。


 漫画みたいに拳同士がぶつかり合って、石の方が弾けとんだ。


 それで弾けとんだラキ師匠はというと、「あいたたたた……」と、二〇メートル向こうの崩れたコンテナの山の中で、よろめきながらもなんとか身体を起こしていた。


 対するその場に残っていたムッサイはというと、その圧倒的な質量を持っていたにも関わらず、何故かその場で蹲り、「うぐぉおお……っ」と呻いていた。


「指の骨が折れたんじゃろ」とアウルアラが状況を端的に説明する。


「指の骨は細い。グーで殴ると、そりゃあ簡単に骨が折れるわ」


 あんな鍛えられたデカイ男の手でもか? と僕は心の中でアウルアラに問う。


 そりゃあ素人なら机を殴っただけでも簡単に折れるが、殴ったのは明らかに素人ではない、ベンチプレスが自重の三倍くらいできそうな筋肉の漢だ。


 そんな漢の手がそう簡単に折れるとは思えないのだが。


「童もそう思っとった。じゃが、実際折れとるのじゃからそうなのじゃろう。どうやら童は腹筋がエロい女の闘気の質を見誤ったようじゃの」 


 闘気の質……?


 僕の疑問に、アウルアラが首肯で応える。


「筋肉だってそうじゃろう? 同じ身長、同じ体重の奴同士でも、筋力に差があったりするケースがどれだけあるか、知らぬか?」


 それは体脂肪で体重が一緒になっただけじゃ?


「そ、それでもじゃ!」


 アウルアラは少し慌てつつも、持論を展開する。


「筋肉にも差があるのと同様、闘気にも差がある。童がさっき見たのは闘気の量。闘気の量は二人とも同じようじゃが、質がどうやら違ったようじゃ。じゃから腹筋エロ女は吹き飛ばされつつも無事で、筋肉漢の方は手の骨が砕けたのじゃろう」


 自重のせいもある気がしたが、ここで突っ込んだらまた面倒そうなのでやめておく。


 実際のところ、僕が思ったツッコミどころも理由の一つではあるだろうが、それでもアウルアラの言った、闘気の質の差も、この結果を生み出した要因の一つだと思われる。


 ラキ師匠の闘気の質が良かったという事。


 そして、この衝突の結果は、次の行動に踏み出すまでの速さに影響した。


 よろめきながらも立ち上がったラキ師匠は、すぐさま駆け出し、恐ろしい速度でムッサイに襲い掛かった。


 ムッサイは動けない。


 彼がラキ師匠の接近に気付くのは、もうほとんど目の前に来てからだった。


 顔を上げた瞬間に、ラキ師匠の膝が彼の顎に入り、そこから顔面への左フック。


 足の位置から体重が綺麗に乗ったのが判る鋭い左フックでムッサイの意識を軽く飛ばしてから、そこにトドメの右アッパーを決める。


 体重をきちんと乗せるためにワンテンポ遅れて放たれたが、ムッサイの意識が軽く飛びかけてたので、これも綺麗に入った。


 彼の顎にはほとんど二連撃が入ったようなものだ。


 これでムッサイの意識は完全に頭から切り離されて、巨大な肉体が廃工場の乾いた地面に倒れ堕ちる。


 ────か、に思われた。


 完全にラキ師匠の勝ちだと僕は思ったし、師匠本人も思ってた。


 アウルアラもそうだったし、敵のブーザマやジャントルもそうだったと思う。


 もしかするとムッサイ本人もそう思ってたかもしれない。


 誰もがラキ師匠の勝利を認めていた。


 だが、ムッサイは倒れる瞬間に、右足を一歩前に踏み出し、倒れるのを辛うじて堪えた。


 彼が顔を起こす。


 その目には、とても意識が残ってるようには見えなかった。


 泡を吹いてそうな白目。そいつでラキ師匠を睨んでいた。


 完全に勝利したと確信していたラキ師匠は、ムッサイの執念の粘りに反応しきれず、彼の猛打を受けた。


「がぁあああああああああああああああああああああああああぁ────────────ッ!」


 鬼のような咆哮と同時に繰り出される岩の拳は、ラキ師匠の身体を一瞬で丸めさせた。


 吹き飛ばさなかったのは、拳の繰り出す方向が上から下だったからだ。


 地面に叩きつけるように拳を放つことで、ラキ師匠は逃げ場を失い、ただその場で縮こまる事しかできない。


「…………やっぱダメか。勝てなかったわ」


 と、どこか達観したようなラキ師匠の呟きが聞こえた気がした。


 このままでは死ぬ、と思って、僕は助けに入ろうとしたその時、頭を覆ってたラキ師匠の右腕がいつの間にか伸びていた。


 そして、それに気付くと同時に、暴走状態だったムッサイの身体から鮮血が噴き出した。


 鮮やかな赤色が雨となって降り注ぐ。


 いつの間にか、ラキ師匠は立っていた。


 ムッサイが血を噴き出してる隙に立ち上がり、血の雨に打たれながら虚ろな表情で彼を見ていた。


 ふと、ラキ師匠の右腕が陽炎のように消えた。


 ひゅんひゅんひゅん、と縄跳びのような音が聞こえ、その直後にまた更なる鮮血の雨が降り注ぐ。


「ぐぁあああああっ!」


 ムッサイの悲鳴。


 斬られる事でムッサイが意識を取り戻した。


 だが、きっとまたすぐに気絶するだろう。


 ラキ師匠は勝つことを諦めた。


 それは素手で勝つことを諦めたという意味で、勝利そのものは諦めていない。


 闘気を剣の形に物質化して、それを硬質化の能力で固める。


 闘気が身体能力の強化以外に出来る、ほぼ唯一の能力。


 もしかしたら他にもできるかもしれないが、今のところラキ師匠が僕の前で見せるのはこれくらいだ。


 拳士ではなく、剣士であるラキ師匠にはこれだけで充分なのだろう。


「あぁ、素手で勝ちたかったんだがなぁ」


「貴様……今まで手加減してたっていうのか……」


「あ、うん。まぁそうなるのかな。私としてはそんなつもりはないが」


「言い訳はいい。それでも負ける俺が悪いんだ。しかし、ブランクのある相手に負けるとはな……ふん…………」


「ああ、実はブランクはそんなになかったんだ。昔みたいな実戦はともかく、今回みたいな、よーいドンで始まるような闘いは、普段から模擬戦で結構やってたんだよ。それもお前より強い相手で」


 ムッサイより強い相手だと…………?


 そんな奴と一体、いつ闘ってたというのか、ラキ師匠は…………?


「いや、お主じゃろ」


 思わず赤面。


 アウルアラのツッコミを聞かなかった事にして、僕は事の成り行きを見守る。


「お前は昔から俺の憧れだったから、できれば勝ちたかったんだがなぁ」


「悪いが、弟子に大丈夫と言われた手前、負ける訳にはいかなかったんだ」


「くそっ」


 悔しそうに歯噛みしながら、ムッサイが崩れ落ちる。


 勝負あり。


 ラキ師匠の勝ち。


 勝利者として、ラキ師匠は右手を力強く天へと上げた。



 ◆



 三試合目が終わると同時、ブーザマがヒステリックに声を荒げた。


「てめぇっ! 偉そうな態度しといて、なに負けてんだ! この役立たずっ!」


 それまでじっと座ってた椅子から立ち上がり、倒れているムッサイを何度も蹴り飛ばす。


 敵であるこちらさえ見ていてあまり気持ちのいいものではない光景に、ここにいる誰もが眉をしかめる。


 ただ、正直なところブーザマがあまりに無様過ぎて、ガキが癇癪を起こしてるだけにしか見えず、それほど怒りは湧いてこなかった。


 蹴られてるのがムッサイだった事もある。


 ムッサイの体格だと常人が蹴られても然程ダメージを受けてるようには見えないし、なんなら「おぉぅっ……もっと……おぉぅっ!」と小さく喘いでいたくらいだったので、むしろブーザマの方に同情しかけたくらいだった。


 とまぁ、ここまでなら笑い話で済んだ事だった。


 何度蹴り飛ばしても不満が収まらないブーザマは、どうせこの後、ナイルをこれまでのような餌としてではなく、テンプレのような人質として扱うのだろうと思っていたので、僕はひっそりと準備をしていた。


 ブーザマがナイルの方に行ったら、すぐにそれを止められるよう駆け出す準備をだ。


 しかし違った。


 ブーザマはポケットから拳銃を取り出し、ムッサイに向けて発砲した。


 バンバンバンと三発。


 いつかのように十八発も撃ちはしなかったが、それでも致命傷になるには充分の弾数だ。


 撃たれた後にムッサイは呻き声をあげていたので、頭には撃たれてないようだったが、それでもかなり深刻なダメージを受けたのは少し離れたここからでも見てとれた。


「てめぇ…………っ!」


 思わずラキ師匠がブーザマに飛び掛かろうとするが、ブーザマはすぐに反応し、拳銃をそちらに向けた。


「おぉっと、油断ならねぇな」


 怪我の多いラキ師匠はそれで身動きが取れなくなってしまった。


 両手を上げて、そのままの態勢でゆっくりと後退しようとした。


 しかしブーザマの引き金に掛かる指は外れてない、どころかチチチと力が入ってるように見えた。


「俺はてめぇみたいな女が嫌いなんだよ。このまま撃たれちまうか?」


 このままではラキ師匠までもが撃たれてしまう、と思ったところで、ようやく僕達が心待ちにしていた奴が復活した。


「お前が撃たれてろよ」


 言葉の直後、そいつはブーザマの拳銃を持つ手が掴み、奪おうと試みる。


 あさっての方向へバンバンバンと何発も発砲が起きた。


「なっ、貴様ァ!」


 思わぬ反撃に抵抗するブーザマだったが、予想外の状況にうまく反応しきれていない。


 そいつがブーザマの股間をけたぐる事で、哀れなブーザマはそのまま膝を付き、涙と涎を垂れ流しながら崩れ落ちた。


 そいつは落とした拳銃を、ブーザマの手の届かないところまで蹴とばした。


 それから安全が確認されたところで、振り返る。


「お待たせ」


 と彼女は爽やかな笑顔で言った。


「…………ああ、ようやくこれで喋れるわ。長かったよ」


 僕は口の中の丸薬を吐き捨て、これまでずっと拘束されてた奴に声を掛ける。


「無事か? ナイル」


「おかげさまで。パパもありがとう」


「お、俺の縄も切ってくれ……」


 ナイルが下を向くと、まだ拘束された状態で呻く子供の姿があった。


 子供と言っても、中身はハゲデブで子持ちのおっさん。


 僕が魔法で変身させた、ナイル父だった。



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