闘気
ハンマーみたいな拳が縦横無尽に暴れまわる。
あんなのに当たったら、いや、かすりでもしたらきっと身体は粉々に消し飛んでしまうだろう。
見えない敵に対してムッサイが選択した行動はひたすら攻撃する事だった。
暴風雨のように拳を振り回し、どこにいるかも分からない敵を吹き飛ばす。
ムッサイの体格を考えたら、脳筋な行為こそが最適解なのは本人も判っていたのだろう。
実際、キラレキにはもう打つ手がなかった。
暴れまわるゴリラに攻めあぐね、ゆっくり後退していく。
「そもそもの話、完全に無防備の状態で攻撃してほとんどダメージを与えられなかった時点で勝ち目はなかったのじゃ」
とアウルアラが言う。
確かに彼女の言う通りだ。
「ただまぁ、それぐらいの実力差がないと、あの忍術も効果を果たさなかったじゃろうがな」
というと?
「あの忍術。目の前の敵に視認されない動き。あれはいくつもの条件が重なってようやくあれだけの効果を出したのじゃ。そのうちの一つが、相手が自分に脅威を抱かないくらいに実力差がある事。仮にあの筋肉がキレイキ」キラレキ「に脅威を抱けたら、本能が働いて、たとえ周辺視野じゃろうとあやつに気付けた筈じゃ。キレイキ」キラレキ「が攻撃してもダメージを与えられないくらいクソ雑魚じゃからこそ、筋肉はキレイキ」キラレキ「を見つけ切れなかったんじゃ」
でも実力差があったら、逆に簡単に見つけられるもんじゃないの?
「それは筋肉の強さの方向性の問題じゃな。筋肉が、技量的な意味で実力者じゃったらお主の言う通り、簡単に見つけられたじゃろう。じゃが筋肉は根っからの脳筋じゃ。パワーイズパワーで敵をなぎ倒してきた輩じゃ。じゃから実力があるくせに、技量が低いという弱点も抱えておった」
という事は、ムッサイみたいな相手じゃないとキラレキの忍術? は発動できなかったって事?
「発動できなかったというのはちょいと極端じゃが、まぁ、あそこまで効果は果たさなかったじゃろうな。目の前にいるのに見えないレベルの効果は無理じゃったと思うぞ」
そうなんだ。
「じゃからあまり実用的じゃないと言ったんじゃ。倒せないレベルの相手じゃないと効果がないし、効果があっても、実力者相手じゃ普通に見つけられるし。逆に、倒せるレベルじゃったら、あんな事せずに素直に倒せば良いだけ。今回みたいなケースはほとんどないといって良い。…………じゃが」
うん。まぁ、そうだね。
アウルアラが次に言わんとする事が、僕には分かる。
それでも彼は────、
「────おいっ! 何をしてんだっ! さっさとやれ! このクソボケがぁ!」
最適解でとにかく暴れまわるムッサイに対してヤジを出す奴がいた。
これまでずっと後ろの方で静観していた仮面の男だ。
あいつがおそらくジャントル達の雇い主であろう事は一目で判った。
雇い主だから、ジャントル達に色々指示を出すのは分かる。
だが、この状況で味方に文句を言い出すのは正直、愚かじゃないだろうか。
なんて思ってたら、仮面の男はそれどころじゃない行動をし始めた。
「さっさと倒さないと、こうだっ!」
あろうことか、仮面の男は先程、ラキ師匠に倒されたウェールイを蹴り飛ばしたのだ。
いくら自分が雇った者とはいえ、この仕打ちはあまりにも辛辣極まりない。
ブーザマ程度の攻撃力じゃ倒れたウェールイにもダメージを与えられないとは思うが、たとえそれでもクソ過ぎる。
この行為にムッサイが怒りを露わにした。
「…………貴様」
自陣の方を振り返り、雇い主であるブーザマを睨みつける。
しかしそれを止めたのは、なんとムッサイの先輩か上司っぽい感じのジャントルだった。
「こらこらムッサイさん。貴方がさっさと敵を倒さないのが悪いんですよ。文句があるならさっさと敵を倒しなさい。貴方が今、どんな状態かは察しています。ですが、それは貴方の視点でしょう? 他の者の視点に立てば、また見えてくるものも違うんじゃありませんか?」
その言葉にムッサイは項垂れるも、すぐにジャントルの真意に気付いた。
今、ムッサイの目にはキラレキは見えていない。
だが、他の人、この闘いを見ている、僕やラキ師匠、ジャントルやブーザマなどにはキラレキは見えている。
キラレキの見えない能力はあくまで対象の視線から逃れる手法。
多数の視線には対処しきれない。なので────、
「そうか……」
ムッサイは見えない敵を追うのをやめて、他の人、僕達の目を見て回った。
そしてすぐに、
「そこかぁっ!」
拳を振るった。
でたらめの攻撃だったが、圧倒的な筋力の前にキラレキは吹っ飛んだ。
幸い直撃は避けたものの、それでも大ダメージなのは一目で判る。
今度は変わり身の術は使えていない。
おそらく忍術の併用はできなかったのだろう。
「大丈夫か?」
ラキ師匠がキラレキに声を掛ける。
「す、すいません……勝てませんでした……」とキラレキが辛うじて返答する。
意識はあると思ったが、すぐに気絶した。
まぁ、仕方あるまい。むしろ頑張った方だ。
「いや、よく頑張った。あとは任せろ」
ラキ師匠が労いの言葉を掛ける。
おそらく届いてはいないだろうが、それでもあえてラキ師匠は言った。
彼の心意気に応える為に。
「ひゃぁっはぁっはっ! 結局、何のダメージも与えられなかったじゃねぇか! このクソ雑魚がッ! てめぇの行為に何の意味もねぇだろ! そのままくたばっとけ! ボケナスがぁッ!」
ここでブーザマが勇敢な戦士に煽りの言葉を飛ばす。
こんな状況で何を勝ち誇っているのか。
愚かにも、彼が充分に役目を果たした事にまだ気づいてないのだ。
それにブーザマの言葉で、火が付いた者がいる。
────ラキ師匠。
師匠の身体から今までにない強い波動みたいなものを感じる。
そんな感じでわざわざ敵を強くする愚かな雇い主に、ムッサイは憤怒の視線を、ジャントルは憐みの視線を投げ掛ける。
でもきっとあの愚かで哀れな当人には届いてないだろう。
それよりもこの状況。
二試合目が終わった直後に始まる三試合目。
一試合目と二試合目の勝者が言葉もなしに前に出る。
ラキ師匠は小刻みに飛び跳ね、ムッサイはゆっくりと肩を回す。
既に両人とも準備は整っている。
一試合目から時間が経って身体が冷えた筈のラキ師匠も、今は怒りで身体も心も温まって、いや、燃え上がっている。
二人の視線が交差した直後、戦いは始まった。
◆
二人の距離はおよそ十メートル。
その間をラキ師匠が疾走し、蹴りを入れる。
ストレートな中段蹴り。
鋭い一撃がムッサイの脇腹に突き刺さる。
「ぐぅっ」
ムッサイが呻く。
防御も間に合わない素早い一撃だったが、ムッサイはあえてそれを喰らったようにも見える。
「なかなかやるな……」
そう言ってラキ師匠の蹴った足を掴もうとするが、既に師匠の足は戻っており、次なる攻撃、左拳がムッサイの左頬に直撃する。
「くっそ硬いな」
攻撃したはずのラキ師匠が文句を言う。
確かにあのムッサイの筋肉の鎧は見るからに重厚で、生半可な攻撃じゃ通用しないのが一目で判る。
そもそもラキ師匠の細腕であんな筋肉重戦車に突っ込む方がおかしいのだ。
あ、いや、ラキ師匠はそこまで細腕じゃなかったか。
むしろ女性にしてはそこそこ太い方だった筈だ。
ムッサイが色々とデカすぎるだけで。
「ほぉ、あの腹筋女、なかなかやるのぉ」とアウルアラが感慨深そうに呟く。
「たしかお主の師匠じゃったか。魔力もないのによくやるわ。いや、魔力がないからよくやるのか」
魔力がない? と僕はアウルアラを見る。
僕の心の声にアウルアラがきょとんとした顔を見せ、
「なんじゃ気付い取らんかったか? あの腹筋女、魔力がほとんどないぞ」
そうなんだ…………。
でもそれにしては強すぎない? 魔力って肉体を強化する効果があったと思うんだけど。
「そりゃあ魔力の代わりに闘気が発達しとるからじゃろ」とアウルアラ。
闘気?
「お主ならオーラとか言った方がよいか。ぶっちゃけオーラも魔力も、どっちも同じようなもんじゃから、あんまり区分けする意味はないんじゃが」
それじゃ何が違う、と訊くと、
「魔力は魔法が使える。オーラは魔法が使えん代わりに、身体能力強化が魔力よりも良い。そんくらいじゃ。あ、どちらも硬質化と物質化はできるぞ」
ふうん。
「個人的には、右脳と左脳って結局どちらも脳みそじゃろうって感じじゃな。得意な事が違うだけで、本質的なところは何も変わらん。とりあえずあのエロ腹筋女は、魔法が使えん代わりに、運動能力が高いって感じじゃ。だからあんなに動けるんじゃな。中途半端に魔力が使えるよりはずっと手強いじゃろう」
そういえばラキ師匠が魔法を使うイメージはほとんどないな、と今更ながらに気付く。
「ちなみに魔力との併用はできる。というか普通の人間は無意識のうちに併用しとるな。お主もしておるぞ」
あ、そうなんだ。
「じゃからあえて教えとらんかったんかの。筋トレやら運動しとったら、自然と鍛えられるし。扱い方も魔力と変わらんし。生まれつき魔力が使えん奴以外、あんまり意識はせんの」
ラキ師匠はその生まれつき魔力が使えないタイプだったのかな。
「そこまでは知らぬ。じゃが、その可能性は高そうじゃな。ま、どうでもよい事じゃが」
そこまで言って、アウルアラがラキ師匠とムッサイの闘いを見る。
闘いは終始ラキ師匠が押しているようにも見えるが、一撃が大きいムッサイの逆転はいつでも起こり得そうな状況。
いつまでラキ師匠の攻撃が続くかと思った丁度そのタイミングで、ムッサイがラキ師匠の連撃の隙を突き、巨大な拳を振るう。
ガード越しだがそれでもラキ師匠が吹っ飛ぶ。
「…………どうやらあの筋肉男も同じタイプみたいじゃの」とアウルアラ。
闘気しか使えないってやつか。
「腹筋がエロい女ほど極端じゃないかもしれぬが、かなりその傾向が強そうじゃ。見たところ闘気が同等じゃから、筋力の差がそのまま闘いに現れるじゃろうな」
って事は、かなりマズいんじゃないか?
「まぁ落ち着け。お主が焦ったところで状況は変わらん」
他人事で済ませられる奴が何を言ってるのか、と思ったところで、戦闘中の二人がふと手を止めて、何やら話し出した。
◆
「やるじゃないか。二〇キオブラムと九〇キオブラムの区別がつかない俺の素晴らしい筋肉と互角に渡り合えるとはな」
狙いすましたかのような自慢をしつつ、ムッサイが問う。
「やはりお前……東の出身、ラキ・ゴーグルだな?」
「私を知ってるのか?」
「ああ、東の戦場でブラッドタイフーンと呼ばれた戦士だろう? 見る者全てを血祭りにあげるという恐ろしき暗黒の悪魔……。まさかこんなところで出会えるとはな」
…………こ、こいつ。
ラキ師匠の強さを知っていながら、ウェールイの戦の時に強敵エピソードを語ったというのか。
────そんなウェールイが負ける訳がない。必ず勝つさ、とまで言ってた覚えがある。
なんて恐ろしい奴だ。
「貴様の噂はよく知っているぞ。なんでも────、」
「黙れ」
これまでにない強い殺気を放って、ラキ師匠が言う。
「私の過去を口にするな。血生臭い私の過去を弟子に聞かせるな」
「…………そいつはすまなかった」
意外にもムッサイは即座に謝罪した。
おかげでラキ師匠の殺気が収まる。
ムッサイが言う。
「それじゃ過去の話はナシで言おう。貴様はもう駄目だ。現役時代に比べて弱くなった。ブランクだろう。平和というぬるま湯に浸かり過ぎて、腕が錆び切っている」
「そうかもな」
ラキ師匠はムッサイの言い分を認める。
「だが、問題ない。貴様程度の相手ならたとえブランクがあろうと関係ない」
「ふん。ならば、俺程度の相手でどれだけ貴様自身が弱くなったか、しかと自覚すると良い」
直後、二人の間で肉と骨の爆音が響く。
◆
ムッサイとラキが闘う前。
拘束されたナイルは、紙袋を剥がして、縛られている子供の顔を見た。
それは────あの時の子供の顔ではなかった。
どのように成長しても、絶対にアルカの顔になる事はない、完全に別人の顔だった。




