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魔王の器  作者: 北崎世道
42/86

筋肉

 初戦のラキ師匠対ウェールイの勝負は、ラキ師匠の勝利に終わった。


 倒れたウェールイを見て、筋肉男のムッサイが「ふん、役立たずが」と吐き捨てた。


 そのまま彼を放置するかと思いきや、ムッサイはこちらまで来て、全力を尽くした味方を担いで自陣へと運んでいった。


 そして眠る我が子のように優しく、ウェールイを簡易ベッドに寝かせた。


 意外と仲間想いの奴だ。


 仲間想いの筋肉は意気揚々と言った。


「さて、次は俺の番だな」


 対するこちらはや声も身体も、特に膝をも震わせながら、彼が言った。


「つつつ、次は私が行きましょう」


 という訳で次戦。


 ムッサイ対キラレキだ。



 ◆



「ふぅ」


 一仕事終えてラキ師匠が戻ってきた。


 その足取りはやや重く、疲労感あるため息を吐いて、近くの木箱に腰掛ける。


 ミシッと木箱が軋む。


 どうも思ったよりも怪我が多い。


 ラキ師匠の肌には赤い擦り傷と、青い痣が迷彩模様のように浮かんでいる。


 これは予想以上に敵が強かったという証だ。


「大丈夫さ」とラキ師匠が額に汗を滲ませながら言う。「心配はいらない」


「…………」


 とても大丈夫そうには見えない。


 だが、僕は何も言わずに黙っている。


 色々と思うところはあるが、今はラキ師匠よりも集中すべきことがある。


 それに、次戦の相手はウェールイよりも数段強い男、ムッサイ。


 筋肉の鎧に身を包んだ巌のような男だ。


 ムッサイの強さには何の理屈も理論もいらない。


 そこにあるのは周囲を押し潰す程の圧力を持つ筋肉。


 それだけで彼の強さは証明されたようなものだ。


 ムッサイがピッチピチのシャツを脱ぐ。


 分厚いゴムのような筋肉の上には禿げ散らかしたおっさんの頭部のような体毛が乗っかっている。


 見るからに不潔な体毛。そこらの犬のウンコの方がまだ清潔に感じられる程の汚らわしさだ。


 それをジャントルの出す炎魔法が焼き払う。


「あぢぃっ! 熱いっすよ、ジャントルさんっ!」


「筋肉で我慢しなさい。筋肉でしょ」


 謎の理屈だったが、ムッサイは了承した。


「わっ、分かりましたっ。あ……っ……あん……ん……あ……っ気持ちい…………あぢぃっ!」


 廃工場内に野太いテノールの喘ぎ声が響く。


 どうやら鍛えられた筋肉というのは、灼熱の炎でさえ防げるようだ。


 敵ながら凄まじい男である。



 ◆



 ちりちりと毛の焼け焦げる臭いに仮面の男が怒りの声を上げた。


「くせぇんだよッ! クソがっ!」


「いやぁ、すいません。見るからに気持ち悪かったので、つい」


 ジャントルが謝罪すると、仮面の男は意外にもすんなりとそれを受け入れた。


 どうやら彼も、ムッサイの体毛には生理的嫌悪感を抱いていたようだ。


「うぅ、クラフト……」


 ムッサイが膝を付き、焼き払われた毛を手の平でさらい、悲し気な表情で名前を呼ぶ。


 どうやらクラフトというのは体毛の名前のようだった。


 筋肉に名前を付ける奴は見た事あるが、更に極まった奴には体毛にさえ名前を付けるらしい。


「お前の犠牲は無駄にしない……!」 


 ムッサイはそう言って、立ち上がる。


 そこには覚悟を決めた漢にしか出せない強い顔がある。


 あの顔をした人間に勝つのは並大抵の事ではない。


 これは筋肉がどうこうの話ではない。


「…………こいつは苦戦しそうだな」とラキ師匠が息を飲む。


「筋肉がどうこうの話じゃない。あれは覚悟を決めた漢にしか出せない強い顔だ。あの顔をした人間に勝つのは並大抵の事ではない」


 あ、ちょ、それさっき言った。


「待たせたな」


 敵側。真夏の建設業の如く肌を赤黒くさせたムッサイが前に出た。リング入り直前のプロレスラーみたいな立ち振る舞いだ。


「別に待ってないさ。今、来たところだよ」


 対するこちら、キラレキはまるで遅刻してきた彼女を気遣うような台詞を吐きながら前に出た。


 膝は残像が見える程にガクガク震えている。


 なんというか、初期のウソ○プ戦を見ている気分だ。


 これでキラレキが勝てば大金星で、彼の印象がぐーんと良くな……あ、負けた。


 キラレキがボクシングポーズを構えたところで、勝負が始まり、ムッサイの砲丸みたいなパンチで、あっという間に吹き飛んでしまった。 


 彼が熱い三枚目キャラだったら、血だらけでフラフラ立ち上がるところだろうが、残念ながらそういう事にはならなかった。


 根性なしと罵る事はできても、心の底では責めきれない。


 相手が悪かった。悪すぎた。あまりにも悪すぎた。


 という訳で勝負あり。 


 片手を上げて勝利のポーズを取りながら、ムッサイが悠々と自陣に戻ろうとする。


 ────と、ここで違和感。


 ムッサイのクソでかいその背中に、おや? と疑問が湧いた。


 すぐには理解できない。


 陽炎のような存在に首を傾げていると、ムッサイが突然、声を上げた。


「いぃっ?」


 何かが起きた。


 しかし、こちらは何が起きたか分からない。


 第三者の視点でよく見える筈の僕やらラキ師匠、あとはブーザマ達も何が起きたか理解できてないようだった。


 唯一できてたっぽいのがジャントルで、この誘拐ジジイは、突然ムッサイが声を上げた事に対して、何の反応も示さず、悠々と事の成り行きを見守っていた。


 もしかしたら、分かった振りをしていただけかもしれない。あるいは痴呆でボケて、すぐに反応しきれなかっただけかもしれない。


 どちらにせよ、次の瞬間、僕達は当人であるムッサイを残して、状況を理解した。


 突然彼が声を上げた理由。それは、たった今、ムッサイに一発KOされた筈のキラレキだった。


 キラレキが、勝ったと思って背中を向けてるムッサイに襲い掛かったのだ。


 あんなに吹っ飛ばされたのにどうしてか、と僕はつい今しがた吹っ飛ばされた方のキラレキを見ると、そこには彼の姿はどこにもなく、代わりに短い丸太だけが何故か転がっていた。


 丸太。


 上着でもかぶせてそうな丸太。


 ゴリラにでも殴られたかのように一部がへこんでいる。


 まさか…………。


「おぉ。まさか忍者がこの世界にいるとはのぉ。いや、この場合はNINJAと呼ぶべきじゃろうか?」


 不意にアウルアラの感心した声をあげる。


 僕はそれに呆れつつも同意する。


 英語か漢字かは知らないが、あのいかにもな丸太は忍者が身代わりをする時によく使うやつだ。


 漫画などではよく見るが、実際にこの目で見たのは初めて。


 まさか自分の目で見る機会がくるとは夢にも思わなかった。


 しかしながら、忍者の前知識がある僕とアウルアラ以外は、頭にクエスチョンが浮かびっぱなしだった。


 特に実際に闘ってるムッサイなんて、クエスチョンマークが他よりも三倍あった。


 炎で炙ったせいで、肌が赤い。そのせいで三倍なのか。


「誰だ! どこにいる!」とムッサイが怒鳴る。 


 目の前にいるというのに、辺りをきょろきょろ見渡し、自身の背後を襲った敵を捜そうとしている。


 見えてないのか。


 見えてないのだろう。


 色々とツッコミどころのある状況だが、しかしまぁ、誰だときたか。


 目の前のキラレキが見えてないどころか、今のが彼の攻撃だって事すら分かってない。


 誰か第三者からの攻撃だと思っている。


 ムッサイの目の前にいるのに、何を言ってんだと思うが、その理由はアウルアラが解説してくれた。


「完全にキレイキの事が見えておらぬな」


 キラレキね。


「アレはおそらくあやつが筋肉男の意識の外におるからじゃろう」


 意識の外? と、僕が心の中でオウム返しで尋ねると、アウルアラは少し嬉しそうに微笑んでから、


「視界には焦点となってるところ中心視野と、その周り周辺視野とがある。あやつは周辺視野には映っとるじゃろうが、中心視野には入っとらんのじゃろう」


 要は、背景に隠れて見えてないって事らしい。


 それよりも個人的には、中心視野とか周辺視野とか、どうにもアウルアラっぽくない単語が気になってしまう。


 もしかするとこれはアウルアラの知識じゃなくて、僕の記憶を読んでからの、僕の忘れた知識から解説しているのだろうか。


 自分の知識から解説されるというのは我ながら滑稽極まりないが、それでも成程と納得してしまうから困りものだ。


 アウルアラが言う。


「ほら、よく見れば、筋肉の真正面から少しズレたところに立っておるし、立ち方もややしゃがみ込んで奇妙じゃ。おまけに服の色を周囲の背景に溶け込むようにしとる。傍から見れば滑稽な状況じゃが、あやつはなかなか高度な技術を使うとるようじゃぞ」


 そりゃあ、アレがガチなら、かなり凄い技術に決まっている。


 ……僕もアレができるようになれたらなぁ。


 なんて思ったら、アウルアラが僕の気持ちを予め読んでたようなタイミングで、


「残念ながらあの技術はあまり実用的ではないがのぉ」 


 え? そうなの?


「うむ。じゃからあれの頑張りは確かに認めるが、勝つのは間違いなく無理じゃな。それよりもお主の方は大丈夫か?」


 ふと、アウルアラが話を変えて、尋ねてきた。


 …………うん。まぁ、一応頑張ってはいるけど、もう少しかな、と僕は心の中で答える。


 実際に声に出したら、アウルアラ以外の人に聞こえてしまうからだ。


 アウルアラは「そっか。ま、頑張るんじゃぞ」と他人事のように言って、試合の方に視線を戻した。


 その直後、試合が動きだした。



 ◆



 ナイルは思わず息を飲んだ。


 キラレキが生きてる。


 ムッサイにぶっ飛ばされた筈なのに何故か。 


 だが、冷静に考えたらあんなのを気にしてる場合じゃないと気付いた。


 自分は拘束されている。


 自分を助ける為に彼らは今、誘拐犯の男達と戦っている。


 誘拐犯たちの注意が戦いの方に向かっているなら、その隙に自分はどうにか誘拐犯たちの手から逃れないといけない。


 お姫様のように黙って助けを待つだけでは駄目だ。


 確かにアルカ達が自分を助けに来てくれた事には驚いたし、喜びもしたが、このまま何もしないのはよくない。


 今はまだ誘拐犯たちがこちらに手を出さずに平等な条件で戦っているが、いつ誘拐犯、それもブーザマという仮面の男がこちらに手を出して、アルカ達の行動を縛ったりしたら、戦いどころではなくなってしまう。


 だから、自分がなんとかしなくては。


 特に今は捕まってるのが自分だけではない。見知らぬ子供もいる。


 この辺りの子供なのか、見知らぬ自分たちに興味を惹かれ、近付いたら捕まってしまった可哀そうな子供だ。


 自分と同様、身動きの取れない状態で、更には頭から紙袋を被せられている。


 かなり怖いのだろう。必死にもがいている。


 しかし何故か、このコを見ていると、とある子供を思い出す。


 今はもうきっといないであろう、あの子供。


 あれはアルカがダンジョンから戻って来ず、それを待ってる時の事だ。


 あの時、ダンジョン入り口でアルカの帰還を待ってたら、見知らぬ子供、なんとなくアルカの面影がある子供が瀕死の状態で現れた。


 自分にはアルカを待つ使命があったが、その子供はそんな事を言ってる状態じゃなかった。四肢は切断され、顔も半分失い、生きてるのが不思議なくらいの状態だったが、それでもまだ一応息はあった。


 ナイルは一時的にアルカを待つのを止め、その子供を病院へと運んだ。


 手足がないせいもあってか、恐ろしく軽かったのを覚えている。


 病院へと運んだあとは、すぐさまダンジョンへと戻った。


 アルカを待たなくてはいけない、そういう気持ちもあったが、あのコが死ぬところを見たくないという気持ちの方が大きかった気がする。


 人として最低限の行為はしたが、結局はそれだけだった。


 その後、あのコがどうなったか、あえて調べたりしなかった。


 あんな状態だ。死んだに決まっている。


 だけど、それでも病院の人に聞いたりしなかった。


 教えようとした人がいたら、きっと言わせなかっただろう。


 怖かったからだ。


 今、目の前で紙袋を被せられ、必死にもがいているこの子供を見ていると、どうもそのコを思い出してしまう。


 いや、そのコがダブってしまう。


 似ているというか、どことなく感じた事のある雰囲気がする。


 自分でもよく分からない。


「大丈夫よ。安心して」 


 ナイルは縛られた状態のまま、床で必死にもがくそのコに近付き、そっと声を掛ける。


「今、助けが来てる。だから大丈夫。心配いらないから」


「…………んぁ」


 紙袋を被せられたコから返事があった。


 怖いや助けて、などの返答が来るのは予想していたが、それとは全く異なる、何か意図がある声だった。


「ぁぅぁうぉ、ぉっぇぅぇ」


 そのコが小さな声で頼みを言った。


 何故か舌が回っていない。呂律が悪いというよりは、舌の上で何か乗ったままの状態で喋ってるような喋り方だった。


 だが、それでもナイルは、そのコが、紙袋を取ってくれと言ってるのだと悟った。


 困惑しながらも、言われた通りそのコの紙袋を取る事にした。


 一応、紙袋は誘拐犯たちの、彼らなりの配慮があったが、そんな事は気にしてられなかった。


 紙袋を取って、ナイルはその子供の顔を見た。


「そんな…………あなたまさか…………」



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