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魔王の器  作者: 北崎世道
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誘拐犯

 お昼の公園。


 そこは特に用事のない暇な人々が憩いを求めて集まる、平和な場所。


 敷地はそこそこ広く、人はシマウマの模様みたいにまばらだ。


 舗装された道を少し外れれば、高い木々や草花が生い茂る林に、魚釣りもできそうな湖がある。


 公園というより運動公園というよう場所。


 その中に、ふと身に覚えのある気配を感じて、僕は足を止めた。


「どうした?」


 ラキ師匠が僕の異変を察知して、尋ねる。 


「気配を感じました…………あ、また一人増えたって事です」


 僕が感じた気配の主、それは…………。


「ウェーイ……」


 たった一回会っただけの、名前も知らない男だ。


 ただ、それでも顔も雰囲気も辛うじて覚えている。


 特徴的なのは話し方。ウェーイを枕詞か語尾に付けるのが習性な頭の悪いパリピを体現したような人種。


 前にナイルにナンパで失敗して、腹いせにナイルの腹を殴りやがったクズ野郎。


 僕が、お仕置きとして顔面をぶん殴ってやったが、アレはもう治ったのだろうか。


「どうする?」


 その問いをするって事は、ウェーイ野郎の存在にラキ師匠も気付いたって事か。


 ま、そりゃそうか。


 これだけ殺気を剥き出しにしていれば、気付かない方が難しい。


 素人のナイル父とかでも気付きそうなレベルだ。


 ラキ師匠の問いに答えるからではないが、この殺気に対して僕はどうするべきか。


 こんだけの殺気を巻き散らせば、僕達が気付いたって事にあちらが気付くだろう。


 ここまでずっと気配を隠していたところでいきなりこのレベルの殺気を解き放つのは、正直、今まで何の為に気配を隠していたんだ、と問いたくなるが、もしかするとこれはあちら側にとっても計算外の事ではないかと、直感した。


 要は、相手側の暴走。


 おそらくウェーイの独断での暴走。


 僕に恨みがあるであろうウェーイがついついいきがってしまったんじゃないかと思える。


 てか、そうとしか思えない。


 他二人の気配も、ウェーイが殺気を解き放ってすぐに感じるようになった。


 アウルアラが教えてくれたからではなく、僕自身の感覚で。


 どうしようかと迷ってたら三人の方から近づいてきた。


 ウェーイが殺気を放ってしまったので、もうこちらにバレてしまったのだと悟ったようだ。


 僕達はあえて近寄らずに、開けた場所に移動して、三人が来るのを待つ。


「…………やぁこんにちは。気付かれてしまったみたいなので来ました」


 三人の内の一人が、声を掛けてくる。


 見覚えのある男だ。


 確か、僕とナイルがミュージカルを観に行った時に、ちょっとぶつかって謝り合った事のある老紳士だ。


「…………あんた達が、彼女をさらったのか」


「そうですね」と老紳士もとい犯罪者ジジイ。


「私の名前はジャントル。こちらの体格の良い男がムッサイで、こちらの若者がウェールイです」


 むさい男がムッサイで、ウェーイな男がウェールイか。


 ウェールイが見覚えあるのは分かっていたが、ムッサイの方もなんと見覚えがあった。


 僕がナイルに殴られて壁尻状態になった時、壁の向こうに居たむさいおっさんがムッサイだ。


「…………前から僕達をつけ狙ってたって訳か」


「そうだな」とムッサイ。


「壁の修理費はありがとな。いずれ捨てるつもりの仮拠点だったが、修理出来て助かったぜ」


「こんな事になるなら払わなければよかった」


「まぁ、そう言うな」


 ムッサイがシャツの上からでも分かる胸筋をピクピクさせながら笑う。


「今のところ娘は無事だ。人質は無事である事に意味があるからな」


「当たり前だ。危害を加えたらてめぇらの眼窩から灼熱の棒を突き刺して、脳みそぐちゃぐちゃに掻き混ぜてやるからな」


「おお怖い」と笑うムッサイと同時に、


「ウェーイ、やれるもんならやってみろや」と頭上に『!?』を浮かしたような表情で、今にも殴りかかろうとしてくるウェールイ。


 ムッサイが肩を掴んで止める。


「おい、今はやめろ」


「ウェーっせい。てめぇには関係ねぇだろ」


 ウェールイがムッサイの手を乱暴に振り払うと、ジャントルが、


「ゴホンッ」とわざとらしく咳き込んだ。


 途端、ビビるウェールイ。


「…………ウェーイ」


「はんっ。腰抜けが」


 僕が煽ると、ウェールイがまたしても頭上に例のマークを浮かび上がらせたような表情で、殴りかかろうとする。


 でもギリギリ、殴りかかってはこない。


 仲間の言う事を守ってるようだ。


 …………単に、二人にビビってるからという方が正しそうだけど。


「あのコを誘拐した目的はなんだ?」


 とラキ師匠が誘拐犯たちに問いかける。


「ナイル・マウンティングを誘拐した理由は私どもにはありません。私どもはしがない雇われ業者。他に雇い主がいます。彼に話を伺ってみてください。我々が見たところおそらく金ではなく復讐が目的のようですが」


「復讐? ナイル家に恨みがあるって事?」


「いいえ。恨みがあるのはアルカ君。キミですよ」


「…………僕か」


 その言葉で、僕の中にある怒りの炎が激しく燃え盛る。


「私どもはここ数日、アルカ君の調査を行いました。キミの大切な人を攫う為にですね。人質に恨みはないので危害は加えてません。縄でぐるぐる巻きに縛ってるだけです。我々も必要以上の命は奪いたくありませんしね」


「なに偽善ぶってんだ。真正面から僕に掛かってくればいいだろうが、この下種チキンが」


「どのように受け取られても結構」


 誘拐犯のジジイが笑う。


「あなた方にはこれから一時間後に、あちらの廃墟へ来てもらいます。本当だったらもう少し準備を整えて、こちらから招待したいところだったんですが、そこのおバカが早まったせいでどうにも中途半端な招待となってしまいました」


 おバカと呼ばれたウェールイが小さく肩を震わせる。


「それでは一時間後に、あちらの廃墟でお待ちしております。当然ですが、憲兵を呼んだら人質の命は保証しません。まぁ、正直な話、憲兵を呼んだところで我々の敵ではないですがね」


 確かにな、とラキ師匠が小さく頷き、「ところで、あちらの廃墟ってどこだい?」


「行けば分かります。あなた方なら、近付くだけで我々の気配を感じ取れる筈です」


 そりゃぁな、とアウルアラがぼりぼりとケツを掻きながら言う。


「ところで、ここであんた達とやっちゃダメか?」と僕は問う。


「我々が時間内に戻らなければ、人質の見張りをやってる雇い主がどう動くか分かりません。人質の安否が気にならないなら、ここで戦っても構いませんよ」


「…………そういや、あんた達は金で雇われたんだよな。それなら僕達があんた達の雇い主以上の金を用意するから、雇い主を裏切って僕たちにつかないか?」


「残念ながら、こちらの世界は金よりも信用が大事なのです。金で裏切れば、金で裏切ったという噂が立ちます。顧客の信用を失いたくないので、その提案には乗れません。悪いとは思いますが」


「そ」


 あまり期待してなかったので、特にがっかりはしない。


 むしろさっきから胸の中で激しく燃え盛る怒りの炎を処理できるので助かったというべきか。


 これで心置きなくこいつらをぶっ飛ばせる、というワクワク感が胸を躍らせる。


「それでは、我々はこれにて失礼します。また一時間後に会いましょう」


 そう言ってジャントル達が立ち去る。


 その際、ウェールイが舌を出しながら中指を立ててきたので、僕は親指で首を斬る仕草で応答する。


 世界間を越えたスラムなやり取り。


 それを見てラキ師匠が「やれやれ、そんなのをどこで覚えてきたんだか」と困った顔をする。


「それどころじゃないでしょ」


「それもそうだね」


 と、誘拐犯の三人の姿が見えなくなり始めたところで、不意に声を掛けられた。


 見るとそこにはナイルの父親が顔を真っ赤にしながら駆け寄って来る姿があった。



 ◆



「おい、貴様っ。こんなところで何を遊んでいる! 娘の事などどうでもいいと思ってるのか?」


「この人は……ナイルちゃんのお父さん?」


 ラキ師匠がナイル父を指さして、僕に訊ねる。


 僕が頷くと、ラキ師匠ではなくナイル父の方が、


「貴様ァっ! 本当にどうでもいいと思ってたのかァ! 絶対に許さん! ぶっ殺してやる!」


「ああいや、そっちじゃなくてですね……」


 めんどくさいな、と思ってたら、ナイル父の後ろからもう一人、見知らぬ男が近づいてきた。


「どうされましたか?」と見知らぬ男。


「ああ、それが……娘に近付く害虫が、娘を捜さず他の女と遊んでおったから、つい」


「違うよ」とラキ師匠が否定する。


「私はこのコから娘さんの捜索を手伝ってほしいって頼まれた、このコの保護者代理さ」


「そ、そうか……」


 意外にもナイル父はラキ師匠の言葉をあっさり信じ、怒りを鎮めた。


「ところで先程、別の方とお喋りしていたようですが、あちらの方もお仲間ですか?」


 見知らぬ男が、口を挟むように尋ねてきた。


 先程の僕達の事を見ていたらしい。


「っていうか貴方は誰? どちら様ですか?」


「ああ失礼。私はマウンティング様に雇われた探偵、キラレキという者です。どうぞお見知りおきを」


「探偵?」僕は首を傾げる。


「お父さん。貴方、憲兵に捜索を求めに行ったんじゃありませんでしたっけ?」


「ああいや、それは……」


「大方、憲兵が頼りなさそうだから、自身とコネのある探偵に助けを求めたんじゃないかな」


 ラキ師匠がナイル父の話を継ぐかのように、推測をたてる。


「そ、その通りだ……」


 ナイル父が項垂れるように肯定するが、


「な、何か文句あるのか! 貴様らが私の何を知っている!」


 何故か逆ギレ。しかしラキ師匠は平静を保ったまま、


「別に私は貴方の事など何も存じません。ですが、この国の憲兵の頼りなさは知っています。なりふり構わず娘を助けようと必死に動く貴方に文句を付けるつもりなど毛頭ございません」 


 ナイル父が軽く呆然とする。しかしラキ師匠は、


「ですが、頼りにする相手を少し間違えましたかね。既に娘さんの行先は分かりました。これから頼りになるのは調査力よりも戦闘力。残念ながら彼にはもう活躍する場は残されておりません」


「はんっ」と探偵のキラレキが鼻で笑う。


「私に戦闘力がないと? こう見えて私はそれなりに荒事も慣れています。失礼ですが、そこの見るからに弱そうな彼程度なら赤子の手をひねるように無力化できますよ」


 本当に失礼だな。


「ちょっと待て! それよりも娘の行先が分かっただと? どこだ? 娘はどこにいる?」


 ナイル父の問いにラキ師匠が答える。


「娘さんは誘拐されました。先程、探偵さんがみた我々とお喋りしていた輩。アレが誘拐犯の一味です。娘さんを助けたければ一時間後に、あちら側にあるらしい廃墟まで来いとの事です」


「な、何故その場でそいつらを捕まえなかった!」


「彼らが時間内に戻らなければ娘さんの安全が保障されないと言われたものでね。一時間後に我々が指定の場所に行けば大丈夫ですよ」


「ははぁ、それで必要なのは調査力よりも戦闘力と」


 ラキ師匠の言葉に、キラレキがしたり顔をしてみせる。


「確かに貴女はそれなりに腕が建つようですが、貴女一人で全て片付けられるとお思いで? そこのいかにも役立たずな彼よりも強い事を今からお見せしましょうか」


「…………いやいいさ。気に障ったなら謝るよ。それよりも今はあまり時間がない。今から相手が指定する場所に向かおうと思うんだが、行けますか?」


「勿論です」とキラレキ。しかしナイル父が、


「ま、待て。こういうのは憲兵を……」


「頼りにならないと判断したから、私を呼んだのでは?」


「むっ……」


 キラレキの言葉でナイル父が黙る。


「犯人を刺激したくなければ、ここは少人数で行った方が無難かと」


「そうだね。探偵さんの言う通りだ。相手は憲兵を呼んだら、人質の安全は保障しないと言ったし。それにこの場合は呼んでも戦力的にはあまり期待できない。娘さんの命よりも犯人を捕まえる方を優先させたければ話は別だが」


「いや、娘の安全を第一で頼む」


 ナイル父が真摯に頭を下げる。


 やはりナイル父は、娘を第一に考えている。


 怒りっぽくて話の通じにくいところもあるが、娘への愛情だけは間違いない。


 それだけは信用できる。


 話がまとまったところで、キラレキがリーダーっぽい感じで、


「それじゃあ、誘拐犯のところへは我々三人だけで向かいましょうか」


「いや待ってくれ」とラキ師匠が、キラレキの言葉を止める。


「どうせならお父さんも同行してくれませんか? 貴方には手伝ってほしい事がある」


「へ?」


 ラキ師匠の言葉に、ナイル父が呆けた様子で己の顔を指さした。



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