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魔王の器  作者: 北崎世道
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誘拐

 ナイルの家に行くと、なにやら家の中が騒がしい事に気付いた。


「どうしたんだろ」


 一応ここに来る前にダンジョンに行く時の道を通ってみたけど、ナイルに会う事はなかった。


 家にいるか、もしくは別のところにいるか。


 とりあえず僕に会おうとして、すれ違いが起きてる可能性は低い。


 会いたくないと思われても、嫌いとまでは思われてない、と思うので軽く深呼吸をして、家の呼び鈴を鳴らす。


 忙しそうだったが、思いのほかすぐに反応があった。


 出てきたのはナイルの父親だった。


「きさっ、貴様かっ! 娘をどこにやった! ぶち殺してやる!」


 いきなりこちらに飛び掛かってきたので、軽く躱して、質問する。


「ナイル、帰って来てないんですか?」


「という事は、貴方とは昨晩一緒に居た訳じゃないって事?」


 家の奥から、ナイルの母が出てくる。


 いつもと様子が違って、あんまり「あらあら」してない。


 かなり真剣な表情だ。


「ナイルとは昨晩、公園で別れました。ちょっと喧嘩別れみたいな感じだったので、家まで送るような事もしませんでした」


「ナイルが誘って来たけど、アルカ君が断って、怒られたってところかしら?」


 流石母親。完全に状況を見透かしている。


「……その通りです」


 僕が項垂れながら肯定すると、ナイル父が鬼のような形相で、


「貴様ァアァァ…………っ」


「あなた。今は彼に嫉妬してる場合じゃありませんよ」


 ナイル母に窘められ、ナイル父がしゅんとなる。


 落ち込む旦那を軽く流して、ナイル母がはきはきと言う。


「状況を説明しましょう。ナイルは昨晩、アルカ君と公園で別れてから行方不明になった。たとえどこかの宿屋に泊まったとしても、この時間まで家に帰ってこないのはおかしい。なのであのコの身に何か起きた可能性がある。もしかすると単に寝過ごしてるだけかもしれないけど。でも楽観視するのもよくない。何か起きた可能性を考え、動きましょう。アルカ君も協力してくれるよね?」 


「勿論です」


 僕は是非もなく頷いた。


「ならアルカ君は昨日別れた公園の辺りを探してみて。あなたは憲兵に連絡。わたしはあのコの友達をあたってみる」


「お、俺が憲兵に連絡か? 俺もお前たちと同じようにナイルの捜索を……」


「私達の通報だけじゃ憲兵は動いてくれないわ。あなたの権力がないと憲兵は動かせない。目を離すとサボりそうだから、きちんと見張ってて。家はコズミが留守番してくれるから大丈夫よ」


「わ、分かった。任せてくれ」


 ナイル母の的確な指示でナイルの捜索が振り分けられる。


「それじゃあ行動開始。情報はできる限り共有したいから、何かあったらすぐに家に戻ってきて。何もなくても十三時に一度家に戻って来ること。解散っ」


 合図と同時、僕は飛行魔法を発動して、昨晩の公園へ飛ぶ。


 僕の飛行魔法にナイルの両親が声なく驚いていたようだが、すぐに離れてしまったので、よく分からなかった。


 急いで飛んで、すぐに公園に到着する。


 昼前の公園は穏やかな雰囲気で、ナイルの姿は見えなかった。


 探知魔法を使っても、彼女の気配は感じられない。


「やっぱ宿屋か……? 一軒一軒尋ねてみるしかないか?」


「誘拐されとるんじゃないか」


 かなり他人事な様子でアウルアラが口を出す。


「確かに、誘拐されそうな外見をしてるけど、まだそうとは限らんだろ」


「しかしあの良いケツの小娘、お主と別れた後、変な男達に連れ去られとったぞ?」


「は? なんて?」


 思わずアウルアラの方を振り向くと、アウルアラは特に表情を変えずに、


「じゃから、連れ去られとったぞ、と言っておる。聞こえんかったか?」


「な、なんで今更そんな事を……! なんで教えなかった?」


「聞かれなかったから言わんかっただけじゃ。それと良いケツの小娘を連れ去った奴等は、小娘がここでケツをまる出しにしてお主を誘っとった時から、ずっとお主らを見とったぞ」


「ば、馬鹿な。それなら僕が気付くはず……!」


「それはお主が未熟だからじゃ。実際、気付かんかったじゃろう。まぁ、連中の技量もそこそこ高かったから、気付かぬのも無理はないかもしれんが」


「…………強いのか?」


「さあ? 童にはお主も先程のオヤジも同じくらいに見えるから、違いは分からん。技量が高かったのは間違いないな」


「…………そうか」


 ここでアウルアラを責めるのは意味がないからやめておく。


 アウルアラは、現代に生きる人間ではない。


 僕達とは価値観から強さから何もかもが違う。


 僕の記憶を読んで、僕の価値観を理解はしただろうけど、それでも僕の価値観に合わせるとは言っていない。


 僕を慰め、発破をかけてきたのも、僕の頭の中が煩かったからそうしただけで、そうじゃなかったらしてこなかった。


 いや、たとえ煩くても、それがアウルアラの楽しめそうな状況なら、もしかするとあえて無視する可能性だってある。


「その通りじゃ」


 僕の心を読んで、アウルアラがシニカルな笑みを浮かべる。


「どうした? 童を責めとる場合か? そんな暇があるならあの良いケツの小娘を捜すべきじゃないか?」


「そうだな。アウルアラはナイルがどこに連れ去られたか分かるか?」


「うーむ。最後まで注意しとらんかったから、はっきりとは判らんが、あっちの方に向かったのまでは分かるぞ」


「どんな連中が連れ去ったのかは分かるか? 技量じゃなくて外見とかそういうのは?」


「それは、あっちでお主を見てる男じゃぞ?」


 思わず僕がアウルアラの指す方を見ると、


「バカじゃな。方角は嘘。本当はあっちじゃ。いや、じゃからそっちを見るな。こちらが気付いたと悟られるじゃろうか。バカかお主は」


「…………ここからどれくらい離れてる?」


「およそ五〇メートルくらいかの。椅子に座ってこちらを見とる。気配の隠し方がそこそこ上手じゃな。ってこら、あちらは細心の注意を払ってこちらを見とるから、気配を探ろうとすな。探るのは童に任せとけ」


「協力してくれるのか?」


「最低限な。童は話が面白くなるように動くだけじゃ。話が進まんのも退屈じゃし、バッドエンドも今はそういう気分じゃない」


「…………分かった。それじゃそのまま気配を探っててくれ。相手は何人いる?」


「今は一人じゃ。随分、昼間の公園にはそぐわない恰好をしとるな。アレがジェントルって奴か。佇まいは老紳士って感じじゃ。昨晩、小娘を連れ去った時は四人おった。そのうち二人は、お主の警戒網に引っ掛からんようあえて離れとった感じじゃ」


「つまり実力者は四人中二人って事か?」


「そうなるかの。あくまで技量で見ればな」


「…………分かった」


「それで、これからどうするつもりじゃ? まさか作戦を童に立てさせるつもりじゃあるまいな? 童が策謀なら、成功はしても、苦難もたくさんするぐらいの妨害もしてやるぞ? 良いケツの小娘がお主に依存してしまうレベルの傷を与えて助けるくらいじゃがどうする?」


「却下で」


 身体の傷は治せても、心の傷は治せない。


 てか、自分の身体の傷はともかく他人の傷は治すのがちょいと難しい。


 今の僕の技量だと、怪我は治せても、傷痕ががっつり残りそうだ。


「協力者を募ろう。相手が強いなら、こちらも戦力を強化する必要がある」


「となると、あのケツのデカイ女か? 引き締まった腹筋がエロかったの」 


「お前が誰を指してるか分かんないけど、僕の周りで戦力になるのは師匠二人だ」


「ああ、そういえば師匠とか呼んでたな。しかし二人か? 一人しか見らんかったが」


「って事はお前が言ってたのはラキ師匠の事か」


 引き締まった腹筋となるとラキ師匠に軍配があがる。


 マジュ師匠の腹がだらしないとは言わんが、わざわざ引き締まった腹筋を評価するような体型ではないから、ラキ師匠でほぼ間違いない。


「確かにあの女なら戦力になるな。じゃが、師匠なのにお主よりも弱くないか? 技量は確かに高いが……」


「なんだ戦力も計れるじゃないか」と僕は言う。


「まぁいいや。アウルアラはそのまま敵を見てて。僕は今から師匠の家に行くから」


「分かった。といっても、おそらくあの男がお主をストーキングするから、はぐれる心配はいらぬと思うが」


 僕は頷き、その場で飛んだ。


 ストーキングするという事は相手が追い付けない速度で飛ばない方がいいだろうと判断し、ある程度のスピードでマジュしよう宅へ行く。


 空を飛んで街外れの方まで行くと、アウルアラが「お」と小さく声を上げた。


「追いかけるのをやめたようじゃな。じゃが、こちらを探るのはやめとらん。おそらく人気のないところまで追いかけると、尾行がバレてしまうと思ったのじゃろう。安心せい。こちらはまだあやつの気配を掴んどる。他国まで行かん限りあやつを取り逃しはせんから問題ない」


「だったら昨日もずっと気配を掴んどいてほしかったんだけど」 


「めんどい」


 そりゃそうだと納得し、僕は飛び続ける。


 少ししてマジュ師匠宅に到着し、急いで扉を開ける。


「おや?」


 家の中に居たのはラキ師匠だけだった。


「マジュ師匠は?」


「マジュは出掛けてるよ。行方は私も知らない。ちょっと色々あったからね」


 そういえばマジュ師匠も、ゴルドフとは知り合いだったか、と思い出す。


 もしかしたらマジュ師匠はその件で動いているのかもしれない。


「ならラキ師匠だけでいいや。頼みがあるんだけど」


「なんだい藪から棒に。悪いが、私にも色々用事があるから────、」


「緊急。ナイルが誘拐された。助けてほしい」


「詳しく」


 ラキ師匠の切り替えの速さは素晴らしい。


 僕はラキ師匠を抱えた状態で空を飛び、事情を説明する。


「成程。とりあえず犯人は今から向かう先にいるんだね」


「そう。でも今は一人しかいないみたいだから、まずは様子見。相手がどう動くか分からないから、僕と一緒に公園内を捜す振りをして」


 これなら一度公園から出たのも不自然と思わないだろう。


 人を捜すために、仲間を呼ぶのは特に変ではない筈だ。


「しかし私にはそいつの気配が分からないな。本当にいるのかい?」


 僕がチラリとアウルアラを見ると、


「おるよ。さっきの場所に戻っておる。お主が仲間を呼びにいったと理解したようじゃ。ちなみにあちらも仲間が増えとるわ。どちらもお主の警戒網に引っ掛からん方の実力者じゃ」


「いる。なんかもう一人増えたっぽい」と僕はアウルアラからの情報をラキ師匠に流す。


「…………すごいな。気配を探る技量はまだ私の方が高いと思ってたんだが、いつの間に抜かれたんだか……」


 別に抜いてなんかないよ、と思ったが、言ったら、じゃあなんで判るんだという話になるので、言わないでおく。


「戦闘も既にアルカの方が強いし。これじゃあ師匠の面目丸つぶれだな」


「ラキ師匠はその程度で自嘲する必要もない人だと思うけどね」


 ラキ師匠の自嘲を僕は軽く否定する。


「確かに今はもう僕の方が強いかもしれないけど、それでも僕はラキ師匠を尊敬してるし、ラキ師匠には一生勝てないかなって思える事がたくさんあるよ」


 精神的な強さだってそうだ。


 ラキ師匠は自嘲こそしているが、僕みたいに駄目な感じで落ち込んではいない。


 落ち込んでも、それはそれとして割り切っている。


 嫉妬はしても、嫉妬に狂ってはいない。


 むしろ己を鼓舞する為の餌として扱っている。


 恐るべき精神的タフネス。


 これだけでも一生尊敬に値する。マジで。


「ふふっ。そういう事を言われると、少しこしょばいな」


 ラキ師匠が照れ笑いを浮かべる。


 そんな話をしてるうちに、公園に到着する。


 と、ここで僕は異変に気付く。


「…………あれ? この気配ってもしや……?」




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