デートと脳破壊
「いやぁ、面白かったわね」
ミュージカルを見終えたナイルが「んん~」と背伸びをしながら、嬉しそうに笑う。
「そうだね。思ったよりも面白かったよ」
これは素直な感想。
元の世界と比べて文明の差があるから、そんなに面白くないんじゃないか、と思っていたが、意外とそうでもなかった。
こっちの世界には魔法があり、それが僕の発想を越えた演出して、思わず魅せられてしまった。
紐なしで空を飛ぶところは、自分が自由自在に飛べたとしても、つい驚いてしまった。
声や音も魔法による反射、反響のおかげで、臨場感たっぷりだったし、演技も、時に顔が魔法で大きくなったり、手足が伸びたりで、元の世界では絶対出来ないモノがあって面白かった。
そこらは元の世界を超えていたと思う。
だがまぁ逆に、役者の演技力や小道具の緻密さ、あとは脚本に関しては、元の世界に軍配が上がるんじゃないだろうか。
こっちはこっちで良いし、あっちはあっちで良い感じだと思う。
できれば元の世界に戻って、今一度あっちのミュージカルと見比べてみたいのだが、それはもう叶わない事だ。
「それじゃ、次はどこに行きましょうか?」
言いながらナイルは思案し、とりあえずショッピングという結論に至る。
◆
「ねぇ、これ似合う?」
高そうな服屋の試着室でナイルがドレスに着替えて、尋ねてくる。
「腹立たしいことに、なかなか似合うね」
「なんで腹立たしいのよ!」
ぷんぷん怒りながら、ナイルがカーテンを閉める。
また別のに着替えるらしい。
これで四度目だ。
「ふぅ」椅子に座り、僕は嘆息する。
周囲からも溜息が漏れる。
僕が今、着ているタキシードは一発で決まったというのに、ナイルは何回試せば気が済むのだろう。
女の子はオシャレに手間が掛かるというやつか。
面倒くさいな。
…………てか、ちょっと思ったのだけど、これなら先に服屋でドレスを購入してから、さっきの劇場に行った方が良かったのではないだろうか。
公演もまだあったみたいだし、観れない事はなかっただろう。
これじゃあ順番が逆だ。
どうにもデートし慣れてない感がある。
ま、突発的な行動だし、そういう失敗も味があるものだ。
楽しければそれで良しという事で。
「ん?」
って事は、僕は楽しんでいるのだろうか?
…………まぁ、楽しんでいるのだろうな。
間違いなく。
これはもしかするとだけど、さっきのミュージカルの内容が悪くても、楽しめているかもしれない。
何故ならナイルが笑っているからだ。
ナイルがいるから、僕は笑っていられる。
今朝の暗い気分が嘘のように消え去ってしまっている。
ゴルドフには悪いけど、もう全然悲しくない。
元々てめぇ敵側だったじゃねぇか、って思えちゃうくらい。
ま、あの男は僕が悲しむ事なんて望んじゃないだろうから、これはこれでいいだろう。
たぶん僕の両親にも悲しんでもらいたくないに違いない。
彼はそういう男だった。
短い付き合いだったけど、なんとなく判る。
「ねぇ、こっちはどう?」
カーテンを開けて、ナイルが尋ねる。
「もう面倒だから、それでいいよ」
「バカッ!」
靴を投げられ、頭に刺さる。
カーテンが閉められ、僕はほっと息を吐く。
どうしてあんな事を言ったのかだって?
そりゃあ、そろそろ周囲の男たちの目が気になってきたからだ。
ナイルが着替える度に見物客が増え、既に三十人以上の男達がナイルの麗しい姿を心待ちにしている。
服屋の店員すら、それを注意するそぶりは見られなず、見物客同様、ナイルのショーを心待ちにしている。
要は、それだけナイルが美人だって事だ。
分かってはいたけど、こういう人の集まるところに来ると、改めてナイルの美貌を実感してしまう。
もしかすると、劇場を先にしたのは正解だったかもしれない。
綺麗な服で劇場に行くと、おそらく隣に僕が居ても、ナンパの類が止まらなかっただろう。
現に、
「…………なぁ、あの美人の男がこいつか?」
「…………全然釣り合ってねぇよな」
「…………クソ弱そう」
「…………邪魔だからブッ●さねぇ?」
「…………むしろ俺、この男の方が好みなんだけど」
「…………解かる。尻の形が良いよな。女の恰好をさせたい」
という話し声が後ろからぼそぼそ聞こえてくる。
こんな奴らにやられるほど弱くはないけど、それでも面倒ごとはできれば避けたい。
つうか最後の二人はマジ怖い。
「ねぇ、これはどう? 似合う?」
「似合うからそろそろ出よう。お願い。頼むから」
◆
僕の半泣きの懇願を見てただならぬ事態と察したナイルは、僕のお願いを素直に聞いてくれた。
そんな訳で最後に着た服をそのまま購入して、店を出た僕達だったが、すぐにナイルが、
「あ、忘れ物した」
と言って、店に引き返してしまった。
僕も慌ててナイルについていこうと思ったが、当のナイルから、
「お願いだから来ないで。すぐに戻るから」
「何かあったら大声を出して呼んでね」と僕は言って、やや渋りながらも了承した。
宣言通り、ナイルはすぐに戻ってきた。
「大丈夫だった?」
「うん。何人かから声を掛けられたけど無視したわよ。腕を掴もうとしてきた奴もいたけど、はたき落としてやったわ。アレは雑魚ね」
そうだった。
普段は僕と比較してたから忘れてたけど、ナイルはナイルでそこそこ優秀な冒険者だったのだ。
さすがにプロの冒険者にはやや劣るが、学生レベルならトップクラス。
この前のウェーイは相手が悪かったが、一般人なら手も足も出ないくらいに強いのだ。
服屋の中には一般人レベルを超える奴はいなかったので、ナイルならいくらナンパされようと、腕力で簡単にあしらえる。
できれば腕力以外の方法であしらえるようになってほしいけど、あの人数ならちょっと難しいか。
それよりも、だ。
「もしかして何か買ったの? 言ったら、その服と一緒に買ってやったのに」
僕はナイルの右手にある紙袋を見てから、言った。
ナイルは僕の言葉に、慌てて後ろ手で隠しながら、
「こ、これはいいのよ。気にしないで」
「ふうん?」
もしかして、僕には見られたくないモノを買ったのだろうか。
背中どころか半ケツ出してるドレスを平然と着ているくせに、今、購入した物は慌てて隠すとか、一体何を買ったのだろう。
まぁいいか。
深く追及したら可哀そうなので、気にしないでおく。
それよりもこれからどこ行こう。
「どっか行きたいところある?」
プランをこれっぽっちも考えてない僕は、ナイルに次の行先を尋ねる。
「行きたいところは…………あるわ。ここだけは譲れないかも」
「そんなに行きたいところあるんだ。どこなの?」
ナイルはちょいと真剣な顔でその場所を言った。
「え?」
◆
そんな訳でナイルに連れられて来たのは、僕の家…………の近くにある教会兼孤児院である。
ここ最近はずっとこの孤児院に来てる気がする。
入り浸ってるという訳ではないが、毎日、短い時間ながらも顔を出している。
用件はなくとも、ネアとシスターに挨拶するのが日課となっており、今朝も…………いや、今朝は来てなかったか。
ゴルドフの件があって落ち込んでたから、行きそびれてたんだっけか。
そういえば、もうほとんどその件を引き摺ってないな。
数日は引きずるかもって思ってたのに……。
これは間違いなくナイルのおかげだな。
ナイルに慰められて、精神的にかなり楽になった。
ナイルには感謝の気持ちでいっぱいだ。
それはそうと、ナイルはどうしてわざわざこんなとこに行こうと言い出したのだろうか。
今、僕はタキシードを、ナイルは背中がら空き半ケツドレスを着ている。
こんな格好で孤児院に来るのはちょっと恥ずかしかったり。
でも、ナイルが来たいなら、今朝の恩返しという訳ではないが、彼女の希望通りにしてやりたいと思う。
ちょっと恥ずかしくても、これくらいなら別にいいだろう。
小学生じゃないんだから、馬鹿にはしてこない筈。
孤児院の敷地内に入り、そのままいつものようにネアのところに向かう。
ネアは、孤児院の庭の隅で、おとなしく座り込んでいた。
「ネア」と僕は声を掛ける。
するとネアは嬉しそうに顔を上げ、そしてこちらを見た途端、その嬉しそうな笑顔が何故か凍り付いた。
なにやら、ピシャっ、とか、パキンっ、とかそんな風な音が聞こえた気がする。
もしかしたら、ぐちゃ、だったかもしれない。
まぁ、音の種類はどうでもいい。
これまで(懐いてから)いつも笑顔で出迎えてくれたネアだったが、今回はその笑顔が凍り付いてる理由だ。
ああ、そうか。いつもとは違ってタキシード姿だからか。
それなら納得できる。
僕も、いつも優しい笑顔で出迎えてくれるシスターが突然、般若面の和服姿で出迎えてきたら顔が凍り付くかもしれない。
たぶんそれと同じだ。
それに今日は、いつもと違って朝ではなく夕方に来ている。それもあるだろう。
いつもと違うのダブルパンチでネアの笑顔が凍り付いたんだと思う。
決して、僕の腕に、付き合いたての彼女みたいに絡みついてるナイルを見て、脳破壊のショックを受けた訳じゃない筈だ。
確かにネアは僕にぶちゅぅとキスをしちゃうくらいに、僕の事が好きかもしれないが、それはあくまで親愛と恋心の区別もつかない子供らしい純粋な好意であって、一人と女が胸に募らせるような愛慕ではない筈だ。己が肉体をも燃え上がらせるような恋慕でもない筈だ。
まだ五歳のネアがそんなに重い情愛を持ち合わせる筈もない。
なので、凍り付いた笑顔の直後、地獄の閻魔様さえも恐怖で失禁してしまいそうな程の憎悪の表情に、一瞬だけ変化したのもきっと僕の気のせいである。
単なる見間違いに決まってる。うん。そうに決まってる。
「ネア」と僕は再度、五歳のあどけない少女に声を掛ける。
年齢だけなら僕と同年齢だが、別にあどけないと言ってもいいだろう。
細かい事は気にしない。
ネアは僕の呼びかけに、笑顔で応えた。
だけど言葉はない。笑顔だけ。妙に子供らしくない、部下が上司に向けるような無機質な笑顔だ。
そしてネアはそのまま僕とナイルの間に挟まり込んだ。
いや、挟まり込んだというか、ナイルをどかして僕の隣に居座ろうとする感じだ。
ここで普通なら子供のやる事だからと、ネアにその場を譲ろうとするだろうが、ナイルは大人げなくネアの行為を無視し続けた。
むしろそっちの方が邪魔だと、力尽くでネアを剥がした。
ネアもナイルも、互いにここは譲らないという確固たる意志が見える。
ネアは可愛らしい嫉妬心だろうが、ナイルの場合は単なる負けず嫌いな性格が発揮されたんだと思う。
デパートの激安セールでも満員電車の空席でもないんだから、それぐらい譲ってやればいいのに、と一瞬だけ思ったが、思っただけだった。
言ったらガチで怒られそうな気がしたからだ。
ともあれ、大人げの無さと体格の差で、見事(?)ナイルが勝利し、僕の隣の権利を得た。
ネアは渋々ながらも反対の腕にしがみ付く。
しがみ付き、ナイルを見て、ふんと鼻を鳴らす。
「…………このガキャァ」と勝利者の筈のナイル。
「なんでそんなに必死なのよ……」
これだとまるで二人で僕の取り合いをしているみたいだ。
そんなこんなしてたら、ここで第三者の登場があった。
ここの管理人兼責任者のシスター(そういえば名前知らない)だ。
シスターは呆然とこちらを見ていた。
ここはひとつ、大岡裁きみたいな秀逸な対応をしてくれるだろうかと期待を寄せてみたが、残念ながらシスターはそれどころじゃなさそうだった。
「あ……あ……っ……あぁ……あ……っ……」
と脳でも弄られてるような声を上げながらこちらを見ていた。
まるで壊れた人形の如き表情。
どこからか、ピシャっ、とか、パキンっ、とかもしくは、ぐちゃ、とかさっきも聞いた様な音が、前回よりもやや大きめのボリュームで聞こえてくる。
ただ、やっぱり何の音かまでは分からない。シスターから聞こえてくるのは間違いないが。
何かが壊れるような音だとは思うけども、怪我をしてるそぶりはみられない。
僕がシスターを心配しているのを余所に、ナイルとネアはこれでもかと僕に身体を押し付け、絡みついてくる。
「って、勝手に僕の手を股間に持っていくな」
パキャンっ。
あ、また聞こえた。




