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魔王の器  作者: 北崎世道
3/22

師匠

 魔法を指導してもらうという事で、母の知り合いであるマジュさんの家に伺う事にした。


 マジュさんは本来教師ではなく魔女で、将来有望なら弟子をとってもいいという話らしい。


 確かに現時点での僕は将来有望なのだろうが、それでもまだまだ赤ん坊である僕の指導をしてくれるかは分からない。一応、オムツは卒業しているのだけど。


 マジュさんのお宅は街外れにある大きな一軒家で、周囲には建物らしい建物はない。自宅から毎日通うにはちょいと遠すぎるが、この辺はどうしようかと悩み中。


 まぁ、一度行ってみてから考えてみる。


 毎日通うだけの価値もないかもしれないし。


 家の前まできて、扉をノックする。


「…………」


 返事がない。


 留守なのだろうか。


 僕が不安そうに母の顔を見上げると、母は軽く息を吸ってから、


「おーい! マジュ―ッ! 居るのは分かってるんだから、出ておいでー!」


 と借金取りの如く大声を上げた。


 暫くして、部屋の中から物音が聞こえてきて、


「はぁい」と女性が扉を開けた。


 母と同年代くらい、つまり二十代後半くらいの女性。


 目にはくまがあり、やや不健康そうな面持ちである。


「久しぶりね、マジュ。元気にしてた?」


「…………いきなりなのにご挨拶ね。結婚して以来かしら? なに? 子供が出来たから見せびらかしにきたの?」


「それもあるけど、実は貴女にアルの魔法の師匠になってほしいと思って」


「…………」


 マジュさんは心底不機嫌そうな顔で母を睨みつけた。僕の方をチラ見し、そして再び母を睨みつけた。


「…………なに? 正気? まだ赤ん坊じゃない。英才教育のつもり? 子供産んで脳みそとけたの? せめてもう少し大きくなってからって考えなかったの?」


「アルは天才なのよ」と母。


「親バカになったのね。可哀そう」とマジュさん。


 そりゃそうなるわ。


 おそらくこのままじゃ埒が明かないと思うので、僕から挨拶を試みた。


「どうもこんにちは。はじめまして。アルカ・フェインです」 


 僕のやや唐突な挨拶にマジュさんが軽く目を見開いた。


 まだ一歳にもならない赤ん坊が自己紹介を行えば、そりゃ驚きもするだろう。


「…………かなり賢いみたいね。でも、それと魔法の才能は別……」 


「一応、初級魔法なら大抵行えます。中級魔法はまだあまり覚えてませんが、少しなら行えます」


「…………」


 マジュさんが絶句した。


 顔に手を当て、少し考えるようなそぶりをみせ、


「えっと、たとえばどんな魔法ができるのかな?」


 僕はあさっての方を向き、そっちに向けてウォーターボールを放った。


 ウォーターボールなら完全無詠唱ができるからだ。


 僕が放った水の球は約三十メートルほど空を飛び、そして空中で弾けた。


「……………………ッ!」 


 またしてもマジュさんが絶句した。


「次はウインドカッターをやってみます」


 僕は先程と同じ方向に風の刃を放った。


 こっちは完全無詠唱とはいかないが、それでも詠唱自体はかなり短く行えた。


「…………解った。もういいわ」


 とマジュさん。


「恐ろしい才能ね。親バカと言ったのは訂正するわ」


 ふふん、と母が胸を張る。


「ところでアル君はどうやってその魔法を覚えたの?」


「本を読んで」


「って事は一人で覚えたの?」


「ときどき、パパに見てもらったけど、基本的には一人で」


「一番難しい魔法は何ができる?」


「えっと…………これ」


 そう言って僕は変装魔法を唱える。


 見た目八歳児になり、マジュさんを驚かせてみる。


 案の定、マジュさんは驚いていた。だが、


「…………成程。そういう事ね。変身魔法とはすごいじゃない。でも、なんで赤ん坊の振りを? さっきの驚きが台無しになるわよ」


「いやいや、こっちは魔法で変装した姿だから! さっきの姿が本当の姿だから!」


 と、ツッコむ母。


「……………………本気で言ってる?」


「じゃないと計算合わないでしょ? 八年前、いや九年前、私のお腹が大きくなってた記憶あるの?」


「……………………ないけど」


 マジュさんは二日酔いでもしたかのように苦悶の表情を浮かべながら頭を抱え、ふらりと家の中に入り込んでしまった。


 追い出された? かと思ったら、家の中からおぇえぇっと嘔吐する声が聞こえてきた。


 僕と母は顔を見合わせる。


 どうやらマジュさんの中で色々な感情の動きがあるみたいだと察し、ひとまず待つ。


 暫くしてからマジュさんが出てきた。


 顔色が真っ青で、やや不健康そうな面持ちだったのが更に不健康そうに見える。


 幽鬼という表現が似合う。


「大丈夫ですか?」


 僕が尋ねると、マジュさんはしかめっ面をしつつも、


「…………大丈夫よ。クソガキに心配されるほど落ちぶれてないから」


 クソガキて。


「赤ん坊相手にその口ぶりはだいぶ落ちぶれてると思うけど」


 母が身も蓋もない事を言う。


「…………」


 マジュさんも母の言葉に一理あると思ったのか、特に何も反論せずに黙っていた。


 でも、すごい睨まれた。


 お母さん。僕、今からこの人に教わるのちょっと怖いんですけど?


「それで、ウチのコの面倒見てくれるの?」 


 母がわりかし真面目な口調で尋ねた。


 マジュさんは悩みながらも、


「…………ええ。見てあげるわ」と絞り出すように答えた。


「でもどうするの? あんたの家から毎日通うつもりなの?」


「それなんだけど、マジュ、あんたウチに住まない?」


「はぁ?」とマジュさん。


 まさかの家庭教師提案。


 お母さん、それ最初に否定しませんでしたか?


「嫌よ」当然マジュさんは断る。


「ならこのコを暫く預かってもらえる?」


 今度は我が子を預ける提案。


 確かに一日何時間も歩いてここまで通うのは辛いが、かといって生まれて一年足らずの我が子を他所に預ける提案もどうかと思う。


「嫌よ」当然、マジュさんは同じように断る。


「じゃあどうする?」と母。


「知らないわよ」


 そりゃそうだ。マジュさんからしてみれば、夕立よりも突然過ぎる話だ。


 こちらが頼み込んでる立場なのに、どうして母はこうも上からの立場なんだろう。


 弱みでも握ってる訳でもあるまいし。


 ……………………いや。


 まさか弱みを握ってるのだろうか?


 お母さん?


 僕が母の顔を覗き込むと、母は優しい笑顔でこちらを見つめ返す。


 マジュさんはさっきからずっと難しい顔だ。


 信号機よりも顔色の変化が激しい。


「…………分かったわ」とマジュさんが悩みに悩みぬいて言う。


 苦渋の判断だというのは、これまでの反応から当然判るし、なんなら今、うんこ味のカレーとカレー味のうんこを選ばなくちゃいけない時でしか見せないような表情だけでも判る。


 マジュさんは真っ青な顔で言う。


「宿題を出してあげる。それが片付いたら、また来なさい」 


 無難な答えに行き着いたようだ。


「貴女がウチの近くに住めば早いんだけどね」


 母がぼそりと呟いた。


 どうやら、母とマジュさんの力関係は母の方が上らしい。弱みを握ってるかどうかはともかくとして。


 このまま黙ってたら不穏な空気が更に悪くなりそうなので、僕は訊ねる。


「宿題ってなんですか?」 


「ちょっと待って。紙に書き写すから」


 そう言って、マジュさんが再び家の中に入る。


 そう。僕達はまだマジュさんの玄関前なのだ。


 セールスマンみたいな状態で色々話しこんでいたのだ。


「それよりもさ、上がらせてもらえる?」


 母が返事を待たずに家に上がり込む。


 息子の僕としてはそれに続くしかない。


「お邪魔しまーす」といって家に入る。


 マジュさんの家の中はかなり散らかっていた。


 ゴミ屋敷とまではいわないが、ある種それに近い。


 生ゴミの代わりに魔法関係の器具で溢れ返っている。


 臭くはないが、危ない。


 危険物でいっぱいだ。


「ちょっ、勝手に入らないでくれる?」


「思春期の娘じゃないんだから別にいいでしょ」


 母はもはや我が物顔だ。


「ったく、ほら。はい。まずはこれを一週間以内にクリアしてみて」 


 そう言ってマジュさんが一枚の紙を手渡してくる。


 内容はどれも魔法を覚えてきて、みたいな内容だ。


 とりあえず僕は五個ある内の四つをその場でクリアしてみせる。


 既に習得済みの魔法だったからだ。


 マジュさんの顔が強張る。


「…………もう少し待ってて」


 マジュさんはそう言ってまた奥の部屋に入り込む。


「ねぇママ」と僕は母に尋ねてみる。「マジュさんとはどういう関係なの?」


「うん? 先輩後輩の仲ね」母はいたって平静に答える。


「あのコは魔法の才能はあるけど、癇癪もちで友達がいなかったのよ。それでママが友達になってあげた訳だけど、そしたらあのコ、パパをママから奪おうとしてね。その時、こらしめてやったの」


 お母さん?


 尋ねたのは確かに僕だけど、それは我が子に、それも赤ん坊の我が子に訊かせる話ではありませんよ?


 マジ勘弁してください。


 つうか、それなら僕、結構恨まれてもおかしくないじゃん。


 好きな人と恋敵の子供って訳なんだから。


 命に代えても守るって言ってたのはそういう事だったのか。


 預けようとしてたけど。


「勝手にこちらの過去を捏造しないでくれる?」  


 マジュさんが奥の部屋から戻ってきた。


「別にあんたの旦那を寝取った覚えなんてないんだけど?」


「そういう事にしておきましょうかね」と母。


 さっきから空気が悪すぎる。助けて。吐きそう。


「はい」とマジュさんが紙を手渡してくる。


 今度は、この場ですぐ終わる事のない内容だ。


「一週間後に提出ね」


「でもマジュさ、宿題だけ出して後は放置する師匠なんて、私、聞いた事もないんだけど?」


「私だって、突然の話じゃなければもう少しマシな対応をしたと思うけど」


 それはそう。


 何もかも、いきなり来訪してきたこちらが悪い。


 にもかかわらず、どうして母はこうも高圧的なのか。


 そして険悪な仲なのに、どうして我が子を預けようとしたのか。


 全く訳が分からない。


 色々と疑問はあるが、今回はこれで話は終わった。


 宿題を受け取り、家路に帰る。


 別れ際に、マジュさんが何やら言いたげな目でこちらを見つめていたのが印象的だった。



 ◆



 家に帰り、僕は早速宿題に取り掛かる。


 宿題の内容は、風魔法の習得とそれの練度を上げる為の訓練だった。


 それをやろうとして、僕はふと違和感を覚えた。


「んんん? これは……?」


 風魔法の用途にはいくつか種類があるが、マジュさんが出した風魔法はどれも用途が限られている。その全てを組み合わせれば、おのずと答えが浮かび上がる。


「ああ、そういう事……」


 しかも宿題が書かれた紙には、なにやら魔法が掛けられていた。


 魔法による炙り出しみたいな仕掛けだ。


 それを見て、僕はたった今出した答えが正解だと分かった。


 魔法で書かれた文字は時間が記載されていた。

 

 

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