ゴルドフ
僕とシスターがそれぞれやくざの手下共に捕まってしまった。
後ろに回られて、羽交い絞めの態勢になっている。
「おい。こいつらが殺されたくなかったら、黙って俺の言う事を聞くんだな」
ラキ師匠に顔を殴られ、鼻血を垂らした無様なやくざ幹部が、下卑た笑みを浮かべて言う。
師匠二人は沈黙していたが、そのうちの一人、マジュ師匠が状況を見て、これ見よがしにため息を吐く。
「おい。なめてんのか? こっちには人質がいるんだぞ。いう事を聞けよ」
「人質?」とマジュ師匠。
「人質はあんたでしょ」
そう言って、マジュ師匠が躊躇いもなく無様幹部に近付く。
「おいっ!」
マジュ師匠が動き出したので、シスターを捕まえている方の男がナイフを取り出し、刃を首に押し付ける。
シスターは刃を指で掴んで、ぽきっとへし折る。
「……………………え?」
シスターがあまりにあっさりとナイフの刃をへし折ったので、部下の男が呆ける。
その隙に、シスターが部下の男の腕を掴んで、力尽くで引き剥がし、拳を思い切り顔面にぶち当てる。
KO。
まぁ、取るに足らないザコなのでどうでもいい。
それよりも、僕を羽交い絞めにしている方が問題だ。
部下の一人がぶっ飛ばされた隙に、無様な幹部をあっさりぶちのめしていた。
「あら、いつの間に……」
「まぁ、ザコだしね」とマジュ師匠。
「でも……」とシスターは僕を見る。
────いや、シスターである僕は、僕であるシスターを見る。
「あっちはどうしよう……?」
「別に問題ないわよ…………ねぇ」
マジュ師匠が僕を羽交い絞めにしているフランケンに視線を送ると、
「…………」
フランケンは黙って、僕を解放した。
いや、僕の姿に変身させているシスターを解放した。
「こいつらを連れて出て行きなさい」
そう言って、マジュ師匠が部屋の出入り口に張ってある結界も解放する。
士気の低い部下たちはそれを聞いて、やや戸惑いつつも倒れた仲間達を担いで、部屋を出て行く。
そのうちの一人が、
「あの…………この人もいいんですか?」
今回の無様で賞であるBランク資格を持ってドヤ顔してたやくざの幹部(失神中)を指さして、マジュ師匠に尋ねる。
「…………あー、うん。ここじゃ邪魔だから、とりあえずお願い。後で憲兵に逮捕状持たせて連れて来るから、あんた達はさっさと転職したがいいわよ」
「ひぃぃ」
士気の低い部下が小さく悲鳴を上げながら、無様な上司を抱えて、部屋を出て行く。
そうして部屋に残ったのは、孤児院側である師匠二人と、シスターと僕と、それからこれまでずっと黙っていたやくざ側の一人である筈のフランケンみたいな男。
フランケンみたいな男は孤児院側の全員に向かって頭を下げた。
「すまなかった」
「別にいいわよ。あんたのおかげで今回は丸く収まったんだから」
「ん?」
フランケンが泣きそうな顔で僕を見つめ、
「…………目元が似ているな」
そう呟き、部屋を出て行く。
「……………………」
◆
やくざ達をやっつけた。
色々と後処理は残るだろうが、それでも借金の件が片付いたので、当面の問題は解決したと言っていいだろう。
「ちょっと聞いていいかい?」
フランケンが部屋から出て行ったのを確認し、ラキ師匠が手を上げて、質問する。
「色々疑問があるが、まず、シスターは実力を隠してたのかい? 指でナイフをへし折ってたけど」
「違うわ」とマジュ師匠。「それはつまりこういう事」
マジュ師匠の目配せを確認して、僕は変身魔法を解いて、正体を晒す。
「…………ああ、成程。そういう事か」
変身魔法で僕とシスターの姿が入れ替わる。
要は、僕はシスターに変身して、シスターは僕(十五歳の姿)に変身していたという事。
やくざ達がシスターを人質にしたら厄介なので、予めその対策として僕とシスターの姿を入れ替えてたのだ。
だが…………。
「それでもう一つ質問なんだが、さっきの体格のいい男、あいつは味方だったのかい?」
その問いにマジュ師匠は少し難しい顔をするが、少しして、
「…………結果的にはそういう事になるかしら。本当は敵だったんだけど、実を言うとあいつは昔、私の知り合いでね。色々話をして、裏切らせたの」
「…………知り合い?」
「厳密には、あんたのお母さんの知り合いだけどね」
「お母さんの…………」
元々マジュ師匠と母は知り合いなので(というか昔の知り合いだから、僕はマジュ師匠を紹介された)、マジュ師匠と知り合いなら、母とも知り合いなのは理解できる。
「それで、彼女の息子が身を張って孤児院を護ろうとしているのに、あんたはそれを邪魔しようとするのかって言ったら、あっちが折れてくれたわ」
「…………」
マジュ師匠はテーブルの上に置かれたままにしてある一枚の紙を手に取り、
「それからガリオス組の悪事について色々喋らせたの。だからたった一日でこれだけの事が調べがついたのよね」
それは、調べがついたというより、単に無理やり喋らせただけのような…………。まぁいいか。
「ぶっちゃけ、証拠はまだ全然掴み切れてないんだけど、そこら辺はまぁ、雰囲気で誤魔化されるかなぁって。実際、これらの事は全部事実なんだし。それに今回ラキが手に入れた権力を使えば、証拠を掴むのもできそうだし」
ラキ師匠が肩をすくめる。
「でも本来こういうのって、悪事を見つける事よりも証拠を掴む方が難しいから、証拠がないって言われた時は少し焦ったわ。でもわざわざ権力を見せびらかせてきたから、これはもう楽勝かなって。あいつが小物で本当助かったわ」
マジュ師匠が笑い、軽く息を吐く。
すると、これまでずっと黙っていたシスターが唐突に頭を下げて、
「あ、あの…………今回は、本当にその…………ありがとうございました!」
「…………」
僕達三人はそれぞれの顔を見合わせ、沈黙する。
最初に返事をしたのはマジュ師匠で、
「別に構わないわ。私はこのコに頼まれたからやっただけ。それにあんなクズ野郎を放置するのも胸糞悪いから、貴女に感謝される筋合いはないわ」
「で、でも……」
次に答えたのはラキ師匠。
「それに私たちはここの孤児院には恩があるからね。ネアちゃんを何の躊躇もなく引き取ってくれただろう? あの時、ネアちゃんの処遇で私達は頭を悩ませてたから、本当に助かったんだ。だから今回の件で貸し借りはなしだと思ってるよ。個人的にはね」
「あ、あれは……こちら側の立場では当然の事で…………」
「だとしてもだ。私もアルカにお願いされたってのが、そもそもの理由なんだから、私達二人に対しては別に何もいらないよ。そうして感謝の言葉を言ってくれるだけで充分さ」
そう言って、ラキ師匠がマジュ師匠の傍に寄る。
「正直、こんな事でいちいち感謝されてたら、うざったくて逆に迷惑だから、それ以上の感謝はいらないわ。ひとまず私達はそいつの家に預けてある子供たちを連れて来るから、感謝とかそういう話はそいつにお願いね。そこのバカはここの孤児院を助ける為に身体を張って、ガチで死にかけたんだから、感謝するならそいつにね。私達はそいつに動かされたようなもんよ」
「ちょ……っ」
師匠二人が部屋から出て行く。
こうして取り残される僕とシスター。
ちなみに孤児院の子供たちは全員、一時的に僕の家に預けている。
下手にやくざ共の手に掛からない為の対策だ。
僕の家はコンビニよりも近いくらい傍にあるから、徒歩で迎えにいったのだろう。
「あー、えっと…………」
僕は頭を掻き、何を言おうかと考える。
「ここの孤児院にはネアの件でお世話になってるから、助ける為に動こうとするのは当然の話で…………」
「今回は、本当にありがとうございましたっ」
僕の言葉を遮るようにシスターが頭を下げた。
「アルカさんには、ホント…………感謝してもしきれないぐらい……感謝していて…………ホント、私、怖くて…………っ」
シスターが涙ぐみながら、僕の胸元にしがみ付く。
ちなみに今の僕は十五歳の姿に変身中で、シスターは十代後半くらいの細身でありながらスタイル抜群の美人さんである。
絵面的にはそこまで問題ないかもしれないが、それでもやはりテンパってしまうのは仕方ない訳で、
「あ、えっと、もう大丈夫ですから、安心してください」
僕が安心させるように言うと、シスターは涙いっぱいの目で笑って、
「…………はいっ」
思い切り僕に抱きついた。
◆
ちなみに、部屋の外でナイルがそれを見ていたのは別の話である。
◆
次の日、僕は心地よい目覚めとともに、アウルアラの存在を思い出した。
「あっ! そういえば…………っ!」
前日、孤児院の件でやくざとあれやこれやしている事もあって、すっかりその存在を忘れていた。
今にして思えば、守護霊よろしく、素っ裸で僕の周りにうろうろしている事もなかった。姿自体が見えていなかった。
だが、その前の日の夜、今日から見たら一昨日の夜にアウルアラから、
「おそらく明日、童がいないかもしれぬが、気にせんでよいぞ」と予め言われていたので、特に気にしなかった。
「何百、何千年振りに外に出たせいですっかり疲れたわい。おそらくお主の身体の中で眠っとるじゃろうから、起こさんでよいぞ。つうか起こすな。もしかすると数か月、数年くらい余裕で眠っとる可能性もあるじゃろう。年を取るとどうも時が過ぎるのが速過ぎるからな」
そういう訳でアウルアラの事は忘れる事にした。
既に昨日の時点ですっかり忘れていた訳だし。
「もしかすると気配くらいは感じるかもしれぬぞ」
とも言われてたので、念のため確かめてみると、成程、確かに気配は感じる。
僕の中でグースカ眠ってる気配がある。
…………これは、妊婦でもないのに、腹の中に生命体が宿ってる事になるのだろうか。
見方に寄れば、僕は新種の妊婦になってしまったのだろうか。
五歳児の妊婦(男)。
…………頭痛くなってきた。
せっかく心地よい目覚めだったのに。気分悪い。
僕は頭を掻きながら、階段を降り、リビングに向かう。
と、そこには昨日見たフランケンみたいな男が座っていた。
「やぁ、おはよう」とお茶を飲みながらフランケンが朝の挨拶をする。
「…………なんでいるの?」
「それが本当の姿か?」
「そうだよ。で、なんでいるの?」
「昨日の件について、改めて謝罪しに来た」
「別に僕に謝罪しなくていいでしょ…………あ、それとも未だ片想い中のお母さんに会いに来たの?」
「ぶっ」
フランケンがお茶を噴き出した。
もう少しで、父が残してくれた朝ごはんに掛かるとこだった。
汚いなぁ、もう。
けれども僕は特に文句を言わずに、
「お母さんは今、病院にいるよ。入院中。ちょっと僕が心配かけ過ぎて体調崩しちゃったみたい。今日にでも退院するから大丈夫だけど」
「…………心配かけ過ぎてって、お前、一体何をしたんだ…………?」
「借金を返そうとダンジョンに潜ったら、四肢失って、顔の半分が溶けちゃったくらいかな。治療して元に戻したけど」
フランケンの顔が渋いモノになる。
「…………そりゃあ、入院の一つもするか。ただ、そんな目に遭って、お前はよく平気でいられるな」
「もう元に戻したしね。それにあの時はそういう事に構ってたら、間違いなく死んでたから。ホント、死に物狂いだったんだよ。ところでお父さんは? それとナミヤ……妹は?」
「…………既に出かけている。あの人を迎えに行ったよ。俺は、お前が起きるのを待ってたんだ」
入院自体は知ってたけど、入院理由は知らなかった訳か。
「よくもまぁ、見知らぬ男を家に上げたまま息子を置き去りに…………あ、お父さんとも知り合いだったの?」
「ああ、友人だった」
「過去形?」
「俺はな。だが、お前の父はそうではなかった。未だ、俺の事を友達と思ってくれていた……」
恋敵だったけど、友情もあったのか。
両親側はともかく、フランケンの方は色々と厄介な想いを抱えていたようだ。
ゴリラみたいな肉体をしといて、精神は乙女みたいだな。
「ふうん。なら、過去形じゃなくてもいいんじゃない? どうせ仲良くやりたいんでしょ?」
「だが俺は、息子であるお前にも手を出して…………っ」
「師匠から話は聞いたし、僕から恨みは特にないよ。むしろマジュ師匠に色々と情報を教えてくれてありがとう。あんたがいなきゃ、今回の件はこんなにスッキリ解決できなかったと思う」
「…………お前、本当に子供か?」
「今更なに言ってんの?」
転生の事を考えると鋭い指摘だったが、現時点での僕の自己認識はもう完全に子供となってるので、図星を指されたような気持ちにはならなかった。
…………自分を子供と思ってる大人ってなかなか痛いよなぁ。
「それよりもさ、あんたって僕の両親と友達だったなら、昔の二人の話を聞かせてくれる?」
「ぬっ?」
「なんなら、僕への贖罪をそれで済ませてくれたら助かる。一か月前、僕のこと思いっきり殴ったでしょ? 悪いと思ってるなら、僕の両親の話を聞かせてよ。今後の参考にするからさ」
「何の参考だか……」
「今後のって言ってるでしょ」
「末恐ろしい子だな……」
魔法関係以外で言われたのは初めてかもしれない。
僕も色んな意味で成長しているのだろうか。
「ふっ」とフランケンの旦那は軽く鼻で笑ってから、「まぁいいだろう。折角だし、思い出の話を聞かせてやろう。両親から怒られて困ったときに話してやるといいさ」
「ありがとな、筋肉だるまのおっさん」
「…………ゴルドフだ」
◆
そんな感じで、朝飯を食いながら、フランケンことゴルドフのおっさんから昔話を聞いてたら、いつの間にやら時間が経って、両親とナミヤが帰ってきてしまった。
「ただいまぁー。おっす。ゴルドフ。久しぶり。アルカとお留守番ありがとね」
軽い調子でゴルドフに挨拶と礼を行う母。
ゴルドフは昔から怖い外見をしていた為、こういう感じでサバサバ接してくれる母に心が惹かれたらしい。
「ふぅ、ただいま。ゴルドフ君。アルカを見ててくれて、ありがとう」と父。腕の中にはおねむのナミヤがいる。
こちらは朝、僕が寝てる時に会ってるから、そこまで感慨深そうではない。
というか、ゴルドフのおっさんの片想いの相手が母だから、父はむしろ恋敵なので、あまり感慨深くもならないか。
父は、ゴルドフのおっさんが母に片思いしている事に気付いてないらしいし。
…………不憫なおっさんである。
「それじゃあ、二人も帰ってきた事だし、俺は帰ろうか」
「え? なんで?」と母。「もう少しいてくれたっていいじゃない。折角、久しぶりに会えたんだしさ」
「…………いや」とゴルドフのおっさん。「実は今、仕事が忙しいから、そろそろ戻らないといけないんだ」
「え? それならそうと言ってくれよ。お留守番、頼んじゃったじゃないか」
父がゴルドフの気持ちに全く気付いてなさそうに言う。
対する母は「……………………」と、何やら訝し気な顔。
父ほど鈍感ではないが、それでもゴルドフの想いに気付いてもないだろう。
「もしかして仕事が忙しいって、昨日の件?」
僕がそう訊ねると、
「そうだ」とゴルドフ。
「それしかなかろう」
「もしかしてアルカが何か迷惑かけた?」
父よりは若干勘の鋭い母が尋ねる。
「いや。迷惑を掛けたのはこちらの方だ。息子は何も悪くない」
「こらっ」母が僕の頭に拳骨を落とす。「おじさんに謝りなさい」
「いや、僕は迷惑を掛けてないって言ってるじゃん」
「こいつが馬鹿正直に他人のせいにする訳ないでしょ。どうせあんたを庇ってるに違いないわ」
「えぇ……お母さんからの信用がなさ過ぎて泣きそう」
「母親に眠りの魔法を掛けて、病院から抜け出すような息子じゃなければもう少し信用できたかもしれないけどね」
「ぐぬっ、それを言われるとちょい辛い……」
でも、あの時はそうするしかなかったと思うし。
「はははっ」とゴルドフのおっさんがこちらのやり取りを見て笑う。「仲が良くてなによりだ」
「そりゃぁ、血を分けた息子ですから」
母が得意げな笑顔でそう答える。
…………ん?
僕は何か引っかかるものを感じつつ、二人のやり取りを見守る。
それから軽い談笑の後、
「それじゃあ俺は失礼するよ。久しぶりに会えてよかった。楽しかったよ」
「またね」と母。
手を上げて、ゴルドフとハイタッチをしようとする。
ゴルドフは少し迷いつつもデカい手を上げて、母とハイタッチを行う。
「じゃあな、レイサ」
母の名前を告げて、ゴルドフが出て行った。
父も母もそれを笑顔で見送った。
僕もゴルドフのデカい背中を見送った。
…………それが彼の最後の姿となるとは夢にも思わずに。




